(6)長老
「この世界は、最初から あんな半砂漠状態だったの?」
アカネは まだ遠出をしていない。この村の状態が一般的なのか、または特殊なのかさえ分からない。
質問した相手は この村の長老。一見 小さな老婆のような風体をしていて、顔は隠してある。村にとっては生活の知恵袋、そういう存在らしい。彼女の出自については、聞いてはならない とういう暗黙の了解がある。
長老は魔法についても造詣が深く、書物に載っていない事柄まで よく知っていた。
「いえ。あれは飛散した魔力が自然に与えた副産物、いわば魔法による副作用のようなモノなのですよ」
「どういう意味?」
魔法って殺虫剤、農薬の大量散布のようなモノなのかと、妙な考えに至ったアカネだったが、長老は この村の周囲から少しばかり離れた、荒れた土地に目をやりながら淡々と真相を語った。彼女の直感は、ある意味で正解に近いものであった。
「魔力を一点に絞って使用したなら問題は無いのですが、広範囲を対象とした魔法では、関係のない場所にまで効果が及びます。それが自然に悪影響を与えているのです。
ちゃんと回収すれば良いのですが、そのようなことをする者は、まず いませんんね」
「私に それを回収出来ないかな? 何らかの魔法とかで」アカネは『魔法』という言葉を、わざと取り付けたように話した。
「そのような魔法は無いと思いますよ。もし あるとすれば、技能でしょうね。魔法は、各人固有に特化した物質なのですから。
だからこそ、魔力の回収は使った本人にしか出来ないと聞いていますし、このように混濁した状態では 本人でも もう回収は困難なのではないでしょうか」
魔法が物質だと聞いて、アカネは驚いた。
老婆は、魔法の分類について「今は細分化して いくつにも別れていますが、本来は『四大』からなっています」と語った。
魔法の本質は、四大――という素材――をナノマシンの形に組み合わせる事によって成り立っているが、その特化は その面倒を避けるために行われ、更に標準化のため質量が大きくなっている、らしい。
その他、ヒトを素材にし、変性した邪鬼の存在。召喚された者達ついての考察。両陣営に根本的な相違点が無いことなど、参考になる多くの事をアカネに伝えた。
アカネは自身に起こっている現象についても質問したが「そんな事例は今まで一度もなかった」という答えだった。記録、経験上だけでなく「通常では あり得ない」とまで言っていた。
そして、何か特別な、異常なことがあったのは間違いないようだ、と逆の意味で納得した。
「長老。アナタのような存在は、他にも存在のかしら?」
もう対談も終わろうかという時、ある意味、非常に突っ込んだ質問をした。本来なら不躾となる これに対し、長老は明確に答えた。彼女だけに聞こえるように、小さな声で。
「はい。旧神側の土地に五体、邪神側の土地にも五体います。皆、小さな村などで 似たような生活をしています」
「それぞれの知識の共有は出来ているの?」
「皆、同じ知識を持っています。貴女との対話も共有されます」
「それは重畳。だけど、ヒトが集まる場所にいるのは問題だわ。
旧神、邪神の両方が滅んだら、大きな町の支配者に取り込まれる可能性があるもの。それは、好ましくないことよ。
今いる場所には端末を置いて、皆で隠遁することを勧めるわ」
アカネの意図は明確である。「滅ぼされたくなければ隠れていろ」だ。
長老は少し考え、共有回線で他の長老と会議し、はっきりと合意を示した。
「そのように はからいます」
「ところで、あなた、調子が あまり良くないのではないの?」
長老は、苦笑を浮かべて「お分かりでしたか」と、それを認めた。
「あとで、調整してあげるわね」
「感謝いたします。で、その調整方法も共有化して宜しいでしょうか」
「もちろんよ」
後日、長老は『全ての知識』をアカネに提供すると申し出た。アカネはキューブにソレを入力しようとしたが、出来なかった。
キューブでは、それを運用するには容量も性能も不足していたのだ。長老の知識を活用するには もっと高性能で しかも大容量の頭脳が必要だった。
彼女には 今は、その手持ちがない。圧縮状態で保存しておくのが せいぜいで、来るべき時期を待つしかない。