(3)アカネの力は……
「それで、邪神って どんなモノなの。あなたの言う『神』との違いは?」
招喚者はアカネが興味を持った、と思って勢い込んで話しを続けた。だが それは支離滅裂な、説明にもなっていない代物だった。
彼は非常に疲れている、精神的に。言葉を選ぶ余裕すらなくなっているようだ。
「……えと、邪神ですから、人間の敵です。悪です。それを倒して頂こうかと……。その反対位置にいるのが神です」
それはアカネの求める答えではなかった。落胆と共に感じるのは「嘘くさい」だ。
そして彼女が最も嫌う特性にひとつ、この卑屈な態度は、ヒトを ごまかそうとするモノだ。本質を隠そうとしていることが ありありと分かる。
彼女は正確な情報を求めた。
「ふーん。そんなこと誰が決めたの? だいたい その『神』は自称でしょ。相手、その邪神側は、それを どう呼んでるのかしら?」
「え?」ポカンとした彼には意味が分からなかったようだ。
アカネは語気を強めて 再度確認した。
「あなたバカなの! だから、邪神イコール人間の敵、だいたいが人間の敵イコール悪とか、そんなこと誰が決めたの! それに、どうでも良いけど、神が人間の味方だと どう証明するの?」
「え? そ、それは……基本……な……です……が」
アカネは軽蔑の眼差しを以って、その心がテレパシー能力を持つ招喚者に 誤りなく伝わるように、強く念じた。「あーぁ。ただの小物ったのか、何も知らないらしい」と。
目の前の少女から突き付けられた 強烈な侮りの思考に愕然とし、男は がっくりと肩を落とした。反論する気力さえ残っていないようだ。
「再度聞くけれど、邪神側から あなたの言う『神』は、何と呼ばれているの」
「……き、旧神です」
「そうなんだ」少女の顔に 明確な嘲笑が浮かんだ。
アカネは招喚者の心が 八割がた折れたことを確認して、話を切り替えた。潰してしまっては元も子もない、まだまだ情報が足りないのだ。
「まあ良いわ。調べて、ちゃんと答えを出しなさいよ。で、他に何かあるの?」
男は話題が替わったことに安堵したのか、または 押え付けられていた反動か、明らかに口が軽くなった。
「はい。補正仕様がございます。貴女の場合は……。
あれ? こんなバカな」
招喚者は、何もない空間から取り出した文書を見て不審な動きをした。何か不手際があったようだ。
「どうしたのよ」
彼女は 特に語気を強くした訳ではなかったが、男には詰問に聞こえた。慌てて その内容を語り始めた。
もう隠そうという気力さえも残っていない。
「は、はい。貴女の補正仕様は、知力、体力が現状の二十倍。それと付与技能の魔法遮断能力が反射発動なだけです。
これは何かの間違いだと思われますので再調査しますので少々――」
「待って。その値は どれくらいなの?」
男の言葉を断ち切って、アカネは詳細な説明を要求した。
「え?」だが、彼には通じなかったようだ。
全く、鈍い奴! と、アカネの心の声。これも、招喚者の心に ちゃんと伝わっている。
「だから『知力』『体力』『魔法遮断能力』の値よ。それと それらの関連性を教えて」
機嫌を損ねた言葉に、彼は過敏に反応した。
「あ、値は個人差が大きいので何とも言えませんが、関連性は直通です。例えば知力が上れば他の能力も向上します。体力も、技能である魔法遮断能力も同時にです。
それをベースにして能力の上昇値も決まります。この二十倍というのは、平均値である 五倍に比べると凄い値なのですが……」
招喚者は自分が言っている言葉の怖ろしさを全く自覚していなかった。しかし、アカネは正しく理解した。そして確認する。
「じゃあ 仮に、私が天才で、アスリート並みの体力を元々持っていたとしたらどうなるのかしら?」
この質問は もちろん、仮定の話ではない。
しかし緊張の連続で、全く余裕のない男には気付けなかった。そして、その言葉を口にした。
「二十倍ともなれば、たぶん無敵ではないでしょうか」
「そう」アカネは何も表情に出さず、当然 心も閉じたままで、素っ気なく話を変えた。
「これは みんな技能よね。魔法はないの」
これは期待しての言葉ではない。『魔法遮断能力』という言葉から類推して カマをかけただけである。彼女は魔法が存在することすら知らなかったのだから。
「はい。そこが間違いだと思われます。
このままだと 貴女の持つ魔力の使い道がありません」
アカネは魔法の存在を知り少し驚いたが、その心の内を覗かせるようなことはしない。
「それは何とかしてくれるのでしょう? それとも魔法なしで戦え、とか?」と言いながら男を睨みつけた。
招喚者の身長は彼女より かなりある。だか卑屈な姿勢をとっている彼には 見上げるような巨人に見えた。
「い、いえ、それは あり得ません。必ず調達してまいります」男はアカネの視線を避けるように、更に体を縮めながら言った。
「じゃ、お願いね。なるべく強力なのをね」
アカネは、この話は早々に切り上げることにして、別の課題を提示した。