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(12)ピーチの困惑。そしてアカネは……


 あれ以来、ハンとピーチの魔力保持量、魔法行使力は急上昇を続けている。アカネと連動リンクしているからだ。


 現在、如意棒の魔法リング四本は 全てが白色だ。これは最高値であることを示している。ピーチの魔法も同じ状態にあるユウシャのレベルに換算すると九十以上に相当する。最高値と言って良い。

 アカネは何もしなくても、常態で 魔法を吸収する技能を持っている。それが、そのまま 彼等にも流れ込んでいるのだ。

 魔力保持量が飽和状態になり、他の力に変換される状態だ。


「……じゃ今度からは、魔法込みの本気でいくわよ」


 アカネがハンに話しかけている言葉がピーチの耳に入った。

 え? 今度からって……。じゃ、今までは何だったの。まさか準備運動とか?


「ピーチ」


 アカネに突然声をかけられて、ピーチは跳び上がりそうになった。


「は、はい!」みえみえの 動揺した返事になってしまった。


「装備なんだけど。ん? どうかしたの」


 ピーチの 心の振れを察知したのか、アカネが問いかけてきた。相変わらず鋭い。


「何でもありません。で、装備を どうかするのですか?」ピーチは何とか平静を取り戻した。


「そう? なら良いのだけれど。現在は耐刃防御だったよね」


「はい」何か問題があるのだろうか。ピーチは思案した。


「今度から、耐圧と耐熱仕様に変えてちょうだいい。両ベクトル共ね」


 両ベクトルということは、真空と高圧、極冷と高温、ということだ。

「どの程度でしょうか」


「圧力は、絶対真空から八百エクサパスカル。温度は、絶対零度から八百億K、程度かな」


 ピーチは、何という無茶な値を求めるのだろう、と思いながらも普通に対処する。そして、これが可能なのだから怖ろしい。アカネの言うところの『穴』なのだろう。


「耐物理攻撃は あなたの魔法で お願いね」


「はい。分りました」ピーチは明るく返事をした。


「それから、魔法系邪鬼討伐も中レベルから始めるのはね」


 自分の困惑を察していたのか、とピーチは驚いた。そして、なぜそのレベルから? と再度疑問が浮かぶ。


「低レベルの邪鬼には、人間の天敵になってもらうわ。冒険者なら ぎりぎりで相手が出来る筈よね」


「はい。何とか、条件さえ揃えば倒せます」まただ。以前より苛烈アカネだ。


「ヒトにだけ天敵がいないのは、良いことではないのよ」


 ■■■


 アカネは魔法系邪鬼をクリアした。続いて魔法・高速移動複合型邪鬼も殲滅した。

 最後の邪鬼の 頭蓋を打ち抜いた長く伸びた如意棒を 手頃な長さに戻した時、殺戮された邪鬼の死骸と それが流した血液で沼が出来ていた。


 アカネは邪鬼を倒す時、一撃で致命傷を与える。彼等のやってきた数々の悪行を考慮すれば もっと苦しませても良いのに、と思うのはピーチだけではない筈だ。

 それはアカネの優しさなのか、ただ面倒だと思っているだけなのかは、ピーチには判断できない。


 ピーチはいつものように、アカネのデータを読み込んでいく。体力及び知覚能力を含む知能と技能値は、各個五億を超えている。もう言うべき言葉もない。彼女は非常識の極みだ。レベル換算では、もう測れない値だ。


 ピーチは先刻、アカネにレベルのことと、それをアップしない理由について質問した。その時の返事は「こんなのは虚構だから無視するのが正解よ」だった。

 彼女には何とも理解不能な内容であったが、アカネからは それ以上の説明はなかった。


 これら領域での戦い方も体力系と同じだった。しかし なぜ、わざわざ その系統の邪鬼を、それを上回る同系統の仕様で倒すなんて暴挙をするのだろう。わざわざ困難な方法を選ぶのかピーチには理解できなかった。

 ――それは、アカネの本質がヒトであるからだ。幾ら才能があろうと、ピーチやハンのように、誕生した瞬間から全てを使いこなすことは、アカネには出来ない。訓練が必要なのである。

 ただ、それが アカネの場合は 少々過激なだけである。そして彼女は、そんな素振りは、誰にも一切見せない。


 「この方が面白いじゃない」アカネは これで済ませてしまうのだ。


 ピーチは、自分の中の常識が どんどん崩れていくような気がしていたが、それこそがアカネの狙いだろとは、当然知る由もない。

 悩むことは大切なのだ。アカネは 決して彼女達に、操り人形であることを求めているのではないのだ。同等ではなくとも、仲間を求めているのだ。


「なぜ邪鬼系統ばかりを狙うのですか」ピーチはアカネに尋ねた。


 ピーチはキューブの形態で、アカネの右側後方に 五十センチメートルばかり離れた空中に浮かんで待機している。ハンはアカネの周りを はしゃいで 走り回っている。


「モンスターは無視してますよね。何故ですか? 彼等の方が簡単でしょうに」


 その答えは、質問者にとって意外なモノだった。


「そうね。でも彼等は本来の、旧神・邪神が来る前からの この世界の住人でしょ。生態系のバランスは壊したくないわ。それに、私はヒトの味方と言う訳じゃないもの」


 あっさり怖いことを言っている、とピーチは感じた。

 確かに邪鬼は本来の生物相には いない存在だ。彼等は、自らの意志で、その欲望を満足させるために、望んで(、、、)変化へんげしたホモ人種、ヒトなのだ。


「ヒトに戻せないのなら殺した方が良いわ。まあ、仮に その方法があったとしても、彼等は戻るつもりなど ないでしょうけどね」


「召喚された者も、この世界の異物として対処しているのですか?」ピーチは わざと皮肉気に質問してみた。


「ふふ……、そうね」アカネの微笑みは 愉しげに見えた。


 アカネの答えは ピーチにとって衝撃だった。


「今までのは表向き。実のところ、この世界の 元からの住人でも、召喚された者、両陣営の神人エンギルも関係ない。ああ、旧神や邪神も含めて良いわ。

 とにかく、私の気にいらない態度を取ったり、私の行動の邪魔をしたりしたら 差別などしない、何者だろうと関係ない、みんな排除することにしているの。

 特に『召喚された者』は全て抹消すわ。理由? その存在自体が気に食わないからよ」


 その気負いのない、迷いの欠片かけらもない その答えに、質問したピーチの方が絶句してしまった。


 ■■■


 アカネは言葉通りに実行している。

 生態系に反する者に限らず、彼女の行動を阻害するモノに対して、全く区別せず駆除していった。


 ピーチは、アカネが適当に、歩きまわっていると思っていた。

 だが、それは違う。

 アカネは無意識に 求めているモノがいる方向に向かっていたのだ。


 ピーチには ひとつ気になっていた事があった。過去形である。

 彼女はアカネの体調を常に監視している、もちろんアカネには内緒だ。それで気付くのが遅れてしまったとも言える、体調に何等変化が無かったからである。むしろ良好になっている。もう、その状態になってから五十日以上経っていたのだ。

 アカネは、最初の邪鬼と戦った頃から――正確には 性格が現在のモノに確定してから――食事を摂っていない。ピーチは彼女が『召喚された者』化しするのではないかと懸念していたのだ。

 だが、今はもう心配するのを止めた。アカネの行動が 明らかに『召喚された者』とは違うからだ。


 ピーチにとって、平安な時間が緩やかに流れていこうとしている時、それが起こった。


 その事に 最初に気付いたのはハンだ。ピーチも一瞬遅れて気付いた。


「どうしたの?」

 アカネは急に緊張した態度を示した従者達に、その理由わけを尋ねた。


「バ、バケモノがいる」とハン。

「この先、かなり離れていますが あり得ないほどの魔力の爆発が起こりました」

 ピーチは、ハンの答えの足りない部分を補足した。


「魔力の爆発?」


 アカネの顔を見て ピーチは嫌な予感を覚えた。眼は笑っていないのに 唇の端が笑顔の形をつくっている。


「どのくらいで着くの?」アカネの問いかけに、ピーチもハンも ため息をついた。


 ピーチには信じられない。アカネには分からないのだろうか、この圧迫感プレッシャーが。

 だが、アカネの命令は絶対である。従わなけれはならない。


 ■■■


 しかし、目的地に向かって数日も進むと、従者達が音を上げた。


「これ以上進むと 私達の自我が崩壊します」と、ピーチが言葉にした。もう限界だったのだ。まずは、分かっていることを報告する、そして。


「対象はヒトだと思われます。私達には とても近付けません。避難します」


 アカネの腕輪に、ピーチはハンと共に逃避し、ロックした。


 アカネの その腕輪は、幅三センチメートルほどのリストバンドである。それは 手の平の方から 淡い色彩の青・緑・黄・赤色の順で不安定にグラデーションし、やがて鮮やかなオレンジ色に統一され落ち着いた。肌触りの良い、柔らかな絹のような感触をしている。

 当初 招喚者から提供されたモノとは様変わりしているが、その機能は同じである。


 従者たちの言葉は、少しばかり気にはなるが 好奇心を抑えられない。アカネは、そのまま歩みを進めて行く、正確に、その場所に向かって。




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