表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一人童話祭  作者: 狭間
5/6

星語り 星繋ぎ 星送り(後編)

 彼らが降り立った場所は神殿のような場所でした。

 周りの地形は赤黒い場所で町や村などは人が住んでいるところは見られません。


 それなのにその場所だけはもう何千年も人が踏み入れていないまま時が止まってしまったかのようにきれいでした。



「急に移動することになるとはな。それも俺たちがずっと見続けていたあの星に」

「お母さんの星かあ……」



 その言葉は自分の母親に対してでもあり、ステラの母親に対しての言葉でもありました。

 彼女は自分の杖の輝きを見ています。かろうじてほのかに光っているぐらいでしょうか

 どこへ行ったらいいのだろう。と彼らが途方に暮れていると赤、青、黄色の三つの光が現れました。



「なに!?」

「あっ!?」



 戸惑う彼らを導くようにクルクルと何回か彼らの周りを回った後、神殿の奥へ続いていきました。

 迷う暇はありません。彼らもついていきます。


 コツコツという足音以外辺りには何も聞こえません。

 大きくて広い神殿でしたが、それほど迷う経路にもなっていませんでした。



 そして一つの大きな部屋に止まります。

 何もない部屋でしたが、どこか異様な雰囲気がありました。

 


 その時、声が聞こえてきました。



「ステラ……私のかわいいステラ……」

「お母さん!?」



 何年も聞いていなかった、でも忘れるはずのなかった彼女の母親の声が聞こえてきました。

 ビンとガルにも聞こえています。どうやらこの部屋にいるのでしょうか?



「三つの玉をそれぞれの足場の上で掲げてください。そうすれば、私は……」



 見るとそれぞれの玉の色に合わせたように違うの色の足場が三角形を描くように地面に刻まれていました。

 玉はそれぞれ宙に浮いています。



「やろう。ステラ、ガル」

「うん」

「おう」



 それぞれ一人一人が玉を手に取りました。ガルは口にくわえましたが。

 ビンが青色を。ステラが赤色を。そしてガルが黄色を。

 神殿に漏れる光に反射されるように掲げました。


 その光は一筋の鋭い光となって天に向かって伸びます。

 そして、蛇のようにそれぞれが巻き付いて一つの大きな光の柱となり。



「うわっ!?」

「きゃ!?」

「うおっ!?」



 彼らがいた魔方陣にたたきつけられました。

 思わずその場から離れるように飛び去ります。



 砂埃が舞い、周囲が何も見えなくなります。

 何が起こったのかわからないまま、おろおろとしていると、笑い声が聞こえてきました。



「ふふふ……。ふふふふふ……」



 だんだん砂埃が晴れるにしたがって一人の姿が見えてきます。

 笑っているのは彼女のようでした。

 金色の髪と瞳……一目でステラの母親だとわかりました。



「お、お母さん……」

「ステラ、待って!!」



 すぐに駆け寄ろうとする彼女をビンが止めます。

 先ほどの笑い声……どう聞こうとしても子供の再会を喜ぶ母親の声には聞こえませんでした。

 何か嫌な予感がします。

 長老たちが彼女を止めようとした……その理由がわかるぐらいに。



「ふふふ。ありがとうね。ステラ。おかげでようやく自由の身になれたわ」

「お、お母さん?なの……?」



 ステラもすでに身構えるほど目の前の存在を警戒していました。

 目の前の人物は、彼女の母親であって彼女の母親ではないかもしれません。

 いえ、絶対に違いました。

 その目は鋭く邪悪な雰囲気を全身にまとっており、ステラに似た髪や瞳は間違いなく金色なのに、まるで黒く光っているようです。



「愚かな人間達……忌々しい星守の一族……ようやく復讐の時は来た!もう誰にも邪魔はさせない!でもせっかくだし、あなた達には私の真の姿を見せてあげましょうかね……」



 そうつぶやくと瞳を閉じ、そのままその場に崩れ落ちます。

 しかし、すぐに、彼女がまとっていた黒い闇がその場から離れ彼女のすぐ前に降り立ちます。

 闇は徐々に人の形になってきてついに、その姿を現しました。

 黒いローブに先がとがった帽子…そして身に着けている物よりもよりもさらに黒い髪を持ち、そしてその手にはステラとはまた違う形の杖を持っていました。



「あ……あなたは一体……?」

「そうね……。遠い昔に魔女と呼ばれていた一族……とでも名乗っておこうか」


 

 ふふふと笑い声をあげながら話します。

 その声はもうさきほどの彼女の母親の声ではなく、恐ろしいほどの怒りと憎しみを込められた声でした。



「私の大切な物を奪っておきながら……何も罰せられることなかった人間達……。復讐を果たそうとしたら、お前たち星守の一族に邪魔をされた。何人か葬ってやったがやがて、あの星の生物達がそれぞれ力を寄せ合い、私を封印した。

そう……火山の主、深海の人魚、雷の一族……そしてお前の母親によってな!」

「お、お母さんが!?」



 突然いなくなった彼女の母親が大切な使命を果たしていたと聞いて、ステラは驚愕の表情を浮かべました。

 やはり魔女と名乗った女性の後ろにいるのは間違いなく彼女の母親なのでしょう。



「それぞれが大切な物を差出し、そして私を封印した後、その封印が決して解けることのないように、星守の一族はそれぞれを別の惑星に移動させ、封印の要となる存在が宝玉となったものに護らせたのだ」

「大切な物……あ!?」



 ビンはその時に思い出しました。

 人魚の姫が言っていたことを。


 みんなの大切な物を救ってほしいという願いを。



「そしていつかお前の持っているその星の剣を完全に操れる人間が現れたとき封印を解いて、私を倒すつもりだったのだろう。それまでお前の母親を犠牲にし、私を封印していたのだ。だが、奴らには計算外のことが二つあった。

一つは封印されてもなお私の意識は残っていた。だから長い時間をかけ、母親の体を乗っ取ったのだ。お前に、宝玉を集めさせるためにな」

「そ……そんな……」



 彼女の聞いた声は母親の声で間違いはありませんでした。

 しかし、それは助けを求めるのはなく別の存在が彼女を利用するために奪った言葉だったのです。

 自分がしてしまったことの重さ。そして自分の罪の恐ろしさにステラは震え始めました。

 


 ビンがその手をそっと握りしめます。



「そして、もう一つは……のっとったことにより私も星守の力の一部が備わったと言うことだ。それにより、いつ星守の力が強くなるか、そして星の剣を持つに足る人間が今のあの星にいるかわかるようになった。

お前たちの一族は必死で探していた様だが、その剣に足る力を持つやつはいなかったようだな」

「っち!ビンじゃ到底力不足だって言いたいのか!お前は」



 ガルが唸り声をあげて威嚇します。魔女は全く臆する気配を見せません。



「ふん!星守の一族が目にすることもなかった小童程度が力を持てるわけがない。もはや私の敵などいない!」



 そして杖を大きく振り上げて地面にたたきつけると突風が走り、彼らと母親を吹き飛ばします。

 意識がなく倒れていた女性は転がるように壁にたたきつけられました。

 


「お母さん!」

「ステラ!!」



 母親のそばに駆け寄るステラ。ビンとガルもそれに続きます。

 それを余裕そうな笑みを浮かべながら魔女は眺めていました。

 手を出すまでもない。最後の慈悲を与えてやろうと。



「う……うう……」

「お母さん……」



 彼女の瞳が見開かれます。

 同じ色をしたその瞳に雫をためながらステラは見つめます。

 


「ス、ステラ……私のかわいい……ステラ」

「お母さん……ごめんなさい……私……私……」



 そんな彼女に対してそっと手に頬をあてます。

 優しそうなまなざしで見つめながら。



「いいのよ…………あなたに教えるわけにはいかなったけれど……こうなることが予想できなかった私たちが悪いの……」

「お、お母さん!?」

「どこか、期待してしまっていたのかもね……あの魔女の言葉通り……あなたが私を助けてきてくれるその日を……。今ならまだ間に合うわ。

神殿を出た先に高い丘があるから、そこから逃げなさい。魔女の狙いは青い星だから、あなたたちは逃げられるでしょう」



 彼女のまなざしはステラだけではなく、ビンとガルにも向けられます。



「ありがとう。ステラをここまで連れてきてくれて。もう私に力はありません。あなた達だけなら逃げられますが私が一緒ならそうはいかないでしょう。

魔女が油断している隙に早く……」

「誰が油断しているって?」



 気が付けば、すぐそばに魔女が迫っていました。

 咄嗟に、ビンが間に入り、星の剣を構えます。



「ふん!人間の小童の分際で私の邪魔をするのかい?だが残念ながらそれもかなわないだろうね」

「なんだって!?」



 ビンが声を上げますが、その言葉の意味はすぐ分かりました。

 星の剣がもつ金色の刃に少しずつひびが入っていきます。

 ピシリ、ピシリと音を立てて、金色のつぶをこぼしながら。

 


 やがて、刃が地に落ちて完全に砕け散りました。



「ふん!今日は星守の一族の力が衰える日だって乗り移っていた時にわかっていたのさ!復活したばかりで私の力はまだ完全じゃないからねえ。もうこれでお前たちは何もできまい!」




 同時にガルの背中に生えていた翼も、もうありません。

 魔女が高笑いをしました。それは勝利の宣言に他なりませんでした。

 ガルは威嚇を止めませんでしたが。

 

 ふとビンは剣の柄を持ったまま、ステラのそばに歩み寄りました。

 彼女は母親のそばで未だに泣きじゃくっています。


 彼はそっとステラの体を抱きしめました。



「ビン……?」

「ごめんねステラ」



 何故か、ビンはステラに謝りました。

 なぜ謝るのでしょう。彼をここまで危険な目に合わせて。そして彼の故郷が今に滅ぼされそうで。

 

 何よりもう自分が彼にしてあげることは何もないと言うのに。



「な、なんで謝るの……?悪いのは」

「悪いのはあの魔女だよ。あるいはあの魔女をここまで追い詰めた存在……かな。でも、謝るのはそれとは別の理由なんだ」



 そっとステラから離れるビン。

 それを泣きながらも不思議そうな表情でステラは見つめています。



「何をごちゃごちゃと言っている?まずお前から……」

「させるか!」



 杖を振りかざした魔女にガルが体当たりをします。

 まともにうけてしまった彼女は壁まで叩きつけられました。



「年を取ると、若者に入りたくなるのはわかるが、それを我慢するのが大人ってもんだぜ」

「この……犬風情がぁぁぁ!!」



 魔女は赤い光をなんどもガルめがけて撃ちますが、それらをすべてガルは避けていました。

 親友の覚悟を決める時間を稼ぐために。



「あの雷の星にいたとき、ステラは僕に隠していてごめんなさいって言ったよね。でも、僕もステラに隠していたことがあったんだ……」

「ビン……」



 ずっと大事そうに、どんな時も外さなかった彼のフードとコート。それをゆっくりと外しました。

 その瞬間、温度を感じさせなかった周囲に冷気が立ち込めます。


 魔女の力によるものかと思いましたが、どうやら目の前の彼からその力は放たれているようです。



「僕は……”人”じゃないんだ……・」

「え……」



 その言葉に驚きは隠せませんでしたが、いくつか思い当るところがありました。

 


 毛皮のコートを外しても雪原で平気そうだったこと。

 自分の力をもってしても火山で辛そうにしていたこと。

 海という涼しい場所でもコートを着こんでいたこと。



 そして何より、人語を話す狼がそばにいたこと。

 ……あまりにも当たり前のようにいたので気にしていなかったのですが。



 彼は戸惑う彼女に微笑みました。




「今までの冒険は楽しかった。そしてステラは母親に会えたんだ。だから後悔なんてさせないよ」




 そしてステラに背を向け言いました。



「あいつは僕が倒す!」

「……!!」



 彼の強い言葉に、周囲の冷気にも関わらず彼女の心に温かさが広がるのを感じました。

 それと同時に彼に行かせたくないという思いも。

 ですが、自分は母親のそばを離れるわけにもいきません。

 何よりただの足手まといになるでしょう。


 もう信じて待つしかないのです。

 でも、それだったら。せめて全力で信じようと。

 そうステラは決意しました。



 彼女の元を離れると、彼は剣を握りしめて胸にかざし、願いました。

 母親と思っていたこの赤い星に。

 力を貸してくれと。



 そしてその思いを剣に込めた後。

 彼の握っていた剣は柄と同じように銀色の刃を宿していました。


 本来は金色の刃を持っていたはずの星の剣。


 それなのに。柄と持ち手の銀と合わせたようなその刃の色は。

 まるでもともと銀一色の剣であったかのように調和しました。



 そのまま彼は魔女に向かって走りはじめます。



「なっ!?」



 狼に気を取られていて、なおかつ、戦う力をもう持っていなかったと思った少年が向かってきたので魔女の表情に初めて動揺が見られました。

 しかし、咄嗟に魔術で炎を作りだし、ビンを襲わせます。


 彼はそれを剣で斬り払い、体に当てさせません。

 刃は溶けてしまいましたが、彼が振るうと再び元通りとなりました。



「馬鹿な……ただの人間にここまでの力が……いや、違う!」



 しばらく考えた要素を見せた後、魔女が叫びます。



「まさかお前は……雪童子ゆきわらしなのか!?」

「正確には半分だけね、半分は人間だよ!」



 そうです。純粋な雪童子ならば、炎に当たって途端に溶けてしまうはずです。しかし、火山のような熱い場所でも、今の魔女が生み出した炎でも効いている様子はあっても溶ける様子は見せません。

 その言葉にステラは彼が身にまとっていたコートを見ました。それは寒さを防ぐためではなく、自身の冷気を外に出さないためのものだったのです。


 

 そして、彼は魔女の元まで距離を詰め、剣を振り下ろします。

 魔女はそれを杖で受け止めましたが、走り寄ってきたガルに体当たりされ姿勢を崩してしまいます。


 隙を突きビンが剣を振り下ろしましたが。



「甘い!!」



 そういうと周囲に茨の樹をはやし二人を近づけなくさせました。さらにその枝がガルとビンを襲います。

 二人はそれぞれ剣と牙を持って抗います。



 何度も剣はおられ、それでもすぐさま刃を蘇らせました。



「なぜだ!」



 その様子を見て魔女が叫びます。全く納得が行かないというように。



「なぜ!人間の味方をする!星守の味方をする!わからないのか!人間は私たちのような異形の存在を絶対に認めない!やがて存在だけで憎むようになる!それに復讐を果たそうとすれば、そこにいる星守が我らを滅ぼしに来る!

それでもお前は人間や星守の味方をすると言うのか!」

「そうだね。僕も人間には色々やられたことがあるよ。そこにいるガルもね」



 彼は思い返します。小石を投げられたこと。村で危うく処刑されそうになったこと。そして居場所を求め、辛い旅をつづけたこと。

 人間に恨みを持つには十分な理由でしょう。



「だったら、私の味方となれ!今からでも、その忌々しい人間達を一緒に滅ぼそうじゃないか!」

「だけど!!」



 その言葉を打ち消すように叫びながら、茨がまるで誘惑に誘おうとしているのを断ち切っているかのように彼は言います。



「知っているんだ!僕の仲間やガルの仲間の中には人間にひどいことをした人たちもいた。ただ意地悪をするかのように、彼らを苦しめた人たちがいた。

だから、僕たちを恐れて滅ぼそうとする考えを持つ人だっている。だけど、いたんだ!こんな僕でも優しくしてくれた人が!ずっと一緒にいてくれた僕の友達が!」



 また彼は思い返します。石からかばってくれた少年の事。処刑される寸前、逃がしてくれた人たちの事。旅の途中、彼を助けてくれた旅人の事。

 人間を愛するのにもまた十分な理由でした。



「全てを憎んじゃいけないんだ!歩み寄ってくれる人が、優しくしてくれる人がいる限り!人間にだって、雪の一族だって、人魚だって、星守って呼ばれている人たちだって!優しい人だって残酷な人だっている!

だから滅ぼそうとなんかさせちゃいけない!」

「それがお前を……滅ぼすことがあってもか!」



 茨の攻撃はだんだんと弱くなっていきます。そっと彼はステラを見ました。

 彼女もまたビンをじっと見ています。

 もう泣いていませんでした。


 彼は再び魔女に向き直ります。



「その中に大切な人が居るなら……僕はそれでもいいよ。大切な人が護りたいって思うのなら、それは僕にとっても大切な物だから」



 その言葉を聞いた途端、ステラは自分の顔が急に熱くなっていくのを感じました。

 まるで彼が放っている冷気を打ち消す勢いです。

 彼の言った言葉……。それは、告白も同然の言葉でした。

  


「もう言葉もいらぬ!消えろ!!」



 さきほどより大きな炎が彼を襲います。

 仮に人間だったとしてもその炎に飲み込まれてしまっては一瞬で灰となってしまうでしょう。

 しかし、炎がビンを飲み込む寸前、一陣の風が彼をさらいました。



「何!?」

「さっきから俺のことを忘れてもらっちゃあ困るなあ!」



 ふと気が付くと、銀色のオオカミが彼を背中に乗せています。そしてこちらに向かってこようとしました。

 それを茨の棘を再び出して妨げます。



「お前はどうなんだ!その少年の味方をしているものを味方にしていたらいつか人間はお前を裏切り、滅ぼされるぞ!」

「っへ!くだらねえ!お前は裏切られるから裏切るのか!?裏切られないから裏切らないのか!?」



 彼に向けて素早い魔法の玉が打ち出されますが、それはビンが剣で弾きます。

 いくら剣が折れようとも何度でも。



「俺は自分が信じるって決めたやつを信じるんだよ!そこに良いも悪いもねえ!こいつが信じるって決めたなら俺も信じるだけだ!ま、間違っていると思っているなら止めはするけどな!」



 矛盾したような軽い言葉……。ですが、そこには揺るぎようのない彼の信念の強さを秘めています。

 そして最後に攻撃を避けながら茨の樹を飛ぶように大ジャンプしました。



「くっ!だが魔法で撃ち落としてやる!」

「行けええええええ!!」



 ビンが氷の剣で魔女をしめすと、彼女の攻撃で弾かれ折れた氷の剣であって刃がいくつも動き出しました。

 あちらこちらにちりばめられた鋭く美しい結晶が魔女に向かっていきます。



「なっ!?」



 慌てて、氷の刃をはらうように魔法をはなちます。しかし、それはあまりに大きな隙でした。

 ふと見上げるともう少年はすぐそばまで迫っていました。



 そして、氷の剣によって放たれる一筋の剣の道。

 魔女を切り裂きました。



「う……うぐぐ……。ここまで……とは」



 そう言い放った後、魔女は倒れました。

 激しい音や光が入り乱れていたその場をしばらく静寂が支配します。

 しかし、ビンが狼の背中から崩れ落ちると慌ててステラが近寄りました。



「ビン!!」



 倒れてはいるものの、ビンの顔は大変なことを成し遂げた満足感で微笑んでいました。

 思わずステラは見惚れてしまいましたが、慌てて彼を抱き起します。

 とても疲れているのでしょう。けがは少しだけみたいですが。 

 ガルが静かにビンのそばまで寄りました。

 さきほどまで一緒に闘っていた相棒にまた笑いかけます。




「僕、頑張ったよね。ありがとう、ガル」

「ああ。お前の母ちゃんも誇りに思っているぞ」



 うなずきながら、彼はステラの後ろを見ました。

 彼女の母親が立っています。もう歩けるみたいです。

 そして優しいまなざしで自分の娘を見ていました。

 ステラはビンを優しくガルのそばまで移動させた後、彼女と向き合いました。



「ステラ……ごめんなさい。急に離れたりして」

「お母さん……」



 ステラが改めて自分の母親を見ます。

 数十年ぶりの、だけど忘れたことなんか一度もなかった大切な人を。

 そっと彼女は両手を広げます。愛する娘を受けいれるために。



「一緒に……帰りましょう」

「お母さん!!!!」



 ステラが胸元に飛び込みました。

 何度も何度も胸元に頭をこすりつけます。

 そんな彼女を優しく髪をとかすように撫でていました。

 そしてガルのそばで体を横にしているビンに向き直ります



「ありがとうございます。ビンさん。改めまして、私の名前はエストリア。星守として礼を言います」

「いいえ、お礼なんて別に……」



 自分がしたくやったことだから。そう言おうとしましたがどこか恥ずかしくて言えませんでした。

 もっと恥ずかしくなるようなことを戦いの中で言ったことは自覚がないようです。



「僕と、ガル、そしてステラがいなかったらできなかったことですから」

「えっ……でも剣は……」



 その時、そっと一度、母親から離れたステラは気づきました。もし、完全に星の剣が力を失っていたのならば柄も崩れ落ちていたはずです。

 もちろん刃がなかった時点で、その力の多くは失われていたのですが。

 


 それでも柄だけとなっても星の剣はビンに力を与えていたのです。

 そうでなければあれほど氷の刃を生み出し続けることはできなかったでしょう。



「ええ、あなたこそ。選ばれるべき存在でした。ただ、長老様や私は純粋な人間しか見ていなかったから見つけられなかっただけで」



 ステラがビンのことを人間だと思っていた理由の一つに星の剣が使えたと言うことがあったのです。本来それは、人間以外には使えず、十分な力を発揮することはできないのです。

 さらに純粋で優しくそして強い心を持った者にしか本当の強さは引き出せません。

 だから、長老たちもステラの母親を救うための人間は人が多い所でしか探していませんでした。まあビンは人から隠れるように住んでいたので見つけられなかったのかもしれないのですが。

 純粋な心と強い意志を持つものに力を与える星の剣。 

 まさにビンがその剣を持つのにふさわしい存在でした。



 その時、青い光、赤い光、黄色い光がその場からゆっくりと空に向かっていきます。

 


「な、なんだ!?」

「慌てないでください。封印が解けて、それぞれ大切な人が居る場所に戻るのです」



 そういえば、宝玉は元々大切な存在を犠牲にして作られたものと魔女が言っていました。

 封印を必要としなくなった今、その役目を終え、本来いるべき場所に変えるのでしょうか?

 光は天井を破りそれぞれの場所へ向かっていきました。



 しかし、その時です。

 轟音があたりに響き始めました。



「お、おい!?これって崩れているんじゃねえのか!?」

「い、いけません!この星そのものが魔女を封印するために作られた場所なのです!」

「つ、つまり!?」



 振動に耐えながら、ビンがエストリアに問いかけます。

 薄々答えはわかっていたのですが。



「もう役目を終えたこの星は崩れ落ちてしまいます。ここにいたら危険です!」

「そ、そんな!?」



 ステラはおろおろとしてしまいます。

 ビン上手く動けそうにありませんし、エストリアもまだ万全ではないようです。

 


「あーもう!!乗れ!全員俺の背中に!!っとビンは嬢ちゃんが支えてやってくれ!ちょっと冷たいかもしれんけどな」

「うん。ビン、大丈夫?」

「ありがとう。ステラ」



 そして、まずビンを抱えたステラ。そして母親が乗った後、すぐにガルは駆け出しました。

 


 部屋はどんどん崩れていきます。魔方陣も、魔女も飲み込もうとして。

 


 しかし、彼女に岩が落ちる寸前。


 その指先がほんのわずかに動きました。



________________________________________________________________________________________________________





 前にも似たようなことがあった気がするなあとガルは内心で思いながら、ひたすら神殿を駆け抜けます。

 今は右、次は左と即座に判断しなければなりません。

 途中岩が降ってきたり、大きな穴が空いていたりしましたが、その脚力で一瞬でとび越えました。

 



「今度は間違えちゃだめだよ。ガル」

「うるせい。病人は黙ってみてな!」



 この前よりさらに重いはずなのに、もう翼は背中に生えていないはずなのに。

 全く疲れも重さも感じないほど精神が高ぶっていました。



 そして、光が見え始めます。もう出口でした。



「よっしゃああ!!」



 大きく叫んで外に出ました。

 しかし、振動はまだ収まりません。

 やはり星そのものが壊れてきているのでしょう。まだ安心はできません。

 そして、その勢いのまま、ガルが目指すべき丘に向かって進もうとしたときです。




「ああっ!?」



 エストリアの悲痛な声がその場に響きます。

 三人にもその理由がすぐわかりました。

 彼らが目指すべき高い場所。その場所となる丘がすでに遠くで崩れ去っていたのです。

 今から向っても到底間に合わないでしょう。



「そんな!?ここまで来たのに……」



 ステラは悲しそうに言いました。

 せっかく母親に会えて。魔女も倒すことができて。

 そして……大好きになった人と一緒に外に出られると思ったのに。


 もうここでおしまいなのでしょうか。

 





「ステラ、悲しい顔をしないで」

「ビン……?」



 疲れきっているのにもかかわらず、ガルの背中から降りました。

 そして三人からそっと離れ、両手を地面につけます。



「お、おい、まさかビン!?」

「ごめんね。ガル。二人の事、任せてもいい?」



 二人が何を話しているのでしょうか。

 星はどんどん崩壊を続けています。もうここもいつ崩れるかわかりません。



「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ!まだ手段はあるだろ!そうだ!ステラの母ちゃん!ほかにも丘はあるんだろ!?

いや、丘じゃなくてもいい!高い所はあるんだろ!そこから行けば全員助かる!な!教えてくれ!俺はいくらでも動けるから!」

「え、えっと……」



 エストリアは言葉に詰まってしまいました。真実はあまりにも残酷だったのです。

 魔女を封印するために作られた星。それ故に外から侵入されることがないように封印をかけ、内からはそれほど出口を多く残すわけにはいかなかったのです。

 だから崖を一つだけつくり、その場所から逃げられるようにしました。

 しかし、思った以上に崩壊のスピードが速く、崖から崩れてしまうとは思わなかったのです。  


 さらに、星守の力が十分に働く時期ならば、高い場所でなくとも移動はできたのですが、魔女が言った通りちょうど今日は星守の力が一番衰えてしまう期間でした。



 ですから、他に高い場所はなく脱出するすべはないのです。

 ただ一つの方法を除いて。



「嘘だろ……もう成すすべがないってことかよ……」

「ガル……」

「お前は黙ってろ!病人なんだからよ!」



 ガルは叫びます。親友のこれからするであろうことがわかっているから。

 そしてそれをするということの意味もまたわかってしまっているから。

 絶対にそれだけはさせたくない。でも、彼は、どうしてもって言葉は絶対に聞いてくれない。



 近くの大地が崩壊を始めたのでしょう。轟音がどんどん響いていきます。

 



 言うな。言うな。言うな!!

 ガルはひたすら心の中で叫びます。親友が発するであろう言葉を止めたいがために。

 ステラとエストリアはそれをじっと見守るだけでした。自分たちの無力さを呪いながら。


 そしてビンが言いました。



「ごめんね。ガル。お願い」

「っ……」



 もう言葉も出ません。確かにほかに方法はないのです。

 歯を食いしばり涙をこぼしながら、まるで頭だけ重くなってしまったかのようにゆっくりとうなずきました。

 次にステラに向き直ります。



「ステラ、楽しかったよ。お母さんに会えてよかったね」

「ビン……?」



 なぜそんな今から別れるようなことを言うのでしょう。

 もうみんな逃げられそうにないのに。

 絶体絶命の状態なのに。 

 なぜこの少年は笑っているのでしょう。

 



 なぜ……笑いながら泣いているのでしょう。




「ステラ、今までありがとう。さようなら」




 そして地面を両手につけながらそっと彼女に向きます。

 いつものように優しい表情……。ですが、断固たる覚悟を決めた表情でもありました。



「好きだよ」

「っ!!」



 その言葉に驚いて言葉も返せなかった時です。

 


 ビンが両手から力を込めると、彼女たちの足元が浮き上がります。

 


「なっ!?何!?」

「足元が!?」



 よく見ると床は氷でできています。こんな場所に冷気など発生するはずがありません。これもビンの力なのでしょうか?

 しかし、足場に乗っているのはステラとガルとエストリアだけです。

 ビンの姿を探していて何気なく下を見てみました。


 

 彼女を外に逃すための氷山をビンは作っていました。

 彼だけを置き去りにして。



「ビン!!ビィン!!!!」

「やめろぉぉ!嬢ちゃん!あいつの覚悟を無駄にするつもりかぁぁ!」



 ガルが彼女の服を噛みつき、今にも氷山から飛び降りようとするのを止めます。

 しかし、その悲痛な言葉はガル自身にも向けられたことなのでしょう。

 エストリアは何もすることができず、ただ自分の無力さをかみしめていました。



「あの技を使うには常に地面に手をついてなきゃいけねえ!そんで使った後は体力なんてほとんど残らねえんだ!自分のために何かする力なんてもう残らねえ!

だけど、あいつはああするしかなかったんだよ!!他にできることがあったならいくらでもやったんだよ!だから……だから」



 氷山はどんどん高く高く育っていきます。

 ビンは地面に目を向けたまま逸らそうとしません。


 もし今空を見てしまったら。

 もし今、彼女の姿を捕えてしまったら。


 ためらわない自信はありませんでした。



「乗れえええええええええええええええ!!」



 悲しみをこらえるかのようにガルが叫び、二人を背中に乗せました。

 そして振り返ることなく、その代りにビンに聞こえるように遠吠えを一回吠え、氷山から飛び去ります。


 泣いている娘の代わりにせめてものと償いとして。

 エストリアが彼らが元々いた青い星に向かって星の杖を振るいました。



 流れ星のように空を駆け抜けて脱出できたことがわかったビンは満足そうに微笑み。

 自分が作りだした氷山を眺めながら。その山とともに。

 次の瞬間、足元にできた亀裂に巻き込まれていきました。




__________________________________________________




 常に何かを溶かすほどの熱い場所では

 島以外では美しい海しかない場所では

 鳴りやむことのない雷達が住む場所では



 永遠の別れとなるかもしれなかった


 

 親友と、兄弟と、敬愛する王と。


 

 わずか十数年で再会できたことを祝っていました。

 


 その再会を夢見た人たちの思いをかなえてくれた少年のことをわかる人は。


 


 どれほどいたかはわかりませんが。



____________________________________________________




「ビン……ビン……」



 降り立ったのはステラが彼と初めて出会った雪山でした。

 その雪原でステラはただ泣きじゃくっています。

 ガルもエストリアもなんて声をかけていいかわかりません。

 ならばせめてものと彼女の母親は抱きしめました。



「ステラ……」  

「お母さん……お母さん……!!」



 あれだけ会いたいと思っていた母親との再会。

 うれしくてたまらないはずなのに。

 この気持ちに嘘はないはずなのに。

 どうしても失ったものの方が大きく思えてしまいます。



 彼女の母親も、そんな彼女の悲しみをただ受け止めていました。

 


 どれほどの時間がたったのでしょうか。そうっと彼女が離れていきます。



「ガルさん」

「ん?どうした?」



 ふと呼びかけられた声にガルが答えます。



「ビンはどうして自分が人じゃないことを隠していたの?」

「あー……まあもう言ってもいいか」



 まるで頭をかくかのように足で頬をこすります。

 


「あいつの母ちゃん……雪女なんだが。その辺の雪女よりすごい力の持ち主でな。本来雪女を恋をすると自分が出す熱で一瞬溶けちまうものなんだが。彼女は自分の力を最大限に使って、ビンを育てたんだ。

だけど、いずれ寿命は来る。そして死ぬ直前に、同じように死ぬ寸前だった俺を助けて代わりにビンを支えてやってくれって言ったんだ。もちろん俺は承知した」



 そのまま彼は語り続けます。昔の思い出に浸るように。



「あいつな、母親が亡くなった後、しばらく俺と一緒にいたんだが、そのうち人間と一緒に過ごしてたんだ。だけど、ある日、村の子供にいじめられたときに雪童子としてのちからを出しちまってな。

それで村人があいつを捕えて、あやうくそのまま火あぶりになりそうだった。だけど、また別の子供があいつを助けたんだ。

どういう風の吹き回しか知らないけどな。それからビンは村を出て、俺の元へ来たんだ」

「そんなことが……」



 そういえば魔女と戦う時に言っていました。処刑されそうになったこと。そして助けられたことを



「俺も当時は、あいつの母ちゃんに救われてから、あいつに迷惑かけないようにと離れて暮らしていたんだが、やっぱりお互いはぐれ者らしく結局一緒に住むことになった。

まあ、色々危ない目もあったんだが、それでも最後、この地を見つけて、人を助けたり、星を眺めたりして色々しながら暮らしてたよ。もっとも自分の正体を知られることをひどく恐れるようになったけどな。たとえそれが人でなくても」

「私が……私が来ちゃったから……ビンの平和を壊しちゃったんだ……」



 再び、彼女の目に強い後悔の感情が芽生え始めたのを見て、ガルは言葉を付け足します。



「いんや、あいつは嬢ちゃんが来てくれてうれしかったと思うぜ」

「え?」

「あいつ、どこかさびしそうにしてたんだ。人を愛してはいても、人と一緒に過ごすことはできなかった。星守がなんだかわからねえけど、それでも人に近い存在であることは違いないんだろ。人を助けるぐらいなんだから」




 人を助けることはあっても人と一緒になることはできない。

 やはり自分のような存在がいてもどこかそこに強い孤独感を覚えていたのでしょう。

 ガルにはそれがやるせなかったのです。



 今、ガルはステラを何故ビンを任せられるほど信じられたかわかりました。

 


 本当の意味でビンにできた”人”としての友達だったからです。

 もっとも……友達という言葉で済ませるにはお互いの存在があまりにも大きくなりすぎましたが。



「返事をしてあげられなかった……。ビンが……私のことを好きだって言ってくれたのに……」

「いや、まああいつにはお嬢ちゃんの気持ちは届いていたと思うけどな」



 傍から見てみるとわかりやすいほど惹かれあっていた二人。

 見ていてとても微笑ましかったのです。

 こんな状況なのにもかかわらずどこか可笑しさがこみあげてくるほどには。

 気が付けば笑いながら泣いていました。

 ガルもステラもエストリアも。



「本当に……馬鹿みたいなやつだったな……たった一晩だけの冒険で。お嬢ちゃんにここまで惚れて。こんなことまでするなんてよ……」

「ええ、本当に……。私よりも……ステラを愛してくださったのですね……ちょっと妬けてしまいます」



 二人の言葉を聞いて、ステラの涙は枯れることを知りません。

 むしろ雪原のすべての雪を流してしまいそうになるほど雫がこぼれてしまいます。

 自分はこんなに泣き虫だったのでしょうか。

 彼に出会ってから泣き虫に変わってしまったのでしょうか。

 

 ほんの少し、悲しみに包まれていた心にそれを隠そうとするかのように彼に対して怒りをぶつけました。



「一方的に送るだけなんてずるいよ……馬鹿!馬鹿!!馬鹿!!」



 その悲痛で、少女が出すには少し大きな声は雪原に静かに響き渡りました。

















「そんなにバカバカ言われると傷つくよ。ステラ」



 返事のあるはずのない言葉。

 しかし、聞き逃すはずのない言葉でした。

 



 ステラは目を覆っていた涙を手で拭い、声のした方角を振り返ります。




 銀色の髪。この雪の中で恐ろしいほどの薄着。

 そして、自分が彼にあげた、星の剣の柄を手に持って。


 彼女が大好きだった微笑みを浮かべています。


 

 ガルもエストリアも驚きで言葉出ません。

 そんな中、ステラだけがまるで慎重に言葉が彼が消えてしまうかのように。

 ゆっくりと口を開きました。




「ビ……ビンなの?幽霊……じゃないの?」

「うん。多分足が生えているから幽霊じゃないよ……雪童子だけど」



 ふと自分は本当に幽霊じゃないのかなと。足を上げて確認しようと思ったビンですがその次の瞬間には金色の光が彼に襲い掛かりました。

 そのまま倒されて、胸元に顔を押し付けられます。



「ちょ、ちょっと!?ステラ!?僕、今コートないから触ったら冷たいよ!」

「知らない!そのぐらい痛いのなんて!冷たいのなんて!あなたを失ったと思ったときに比べたら全然痛くないわよ!」


 

 仕方なく、彼女を落ち着かせるために背中に手を回しポンポンと叩きます。

 それでもバカバカという言葉は止まりません。


 ゆっくりと姿勢を起こそうとすると。



「この野郎!」

「うわっ!!」



 再び彼は倒されました。



「なんで帰ってきやがった!帰って来れたんだ!もう駄目かとどうにもならねえと思ってたのによ!

さっさと話せ馬鹿野郎!!噛みつくぞ!」



 言葉の乱暴さとは別に満面の笑みでガルがとびかかっていました。その目にはまだ乾いていない涙を浮かべながら。

 流石に二人がかりでビンも起き上がることはできません。



 自分のしたことだから仕方ないか……と思いつつも彼は、落ち着くまで待ちながら、さきほどまでの光景を彼らに話すために思い返していました。



_________________________________________________________________________________________




 ふとビンが目覚めると不思議な場所にいました。

 周りは水でもなんでもないのに宙に浮いているのです。

 いや、そもそも今は自分は上を向いているのでしょうか?下を向いているのでしょうか? 

 それすらわかりません。



「目が覚めたようね」



 ふと顔を上げるとさっきの魔女がいました。

 構えようにももう自分は何もできそうにありません。

 なので、ダラーとなんとなくただ浮き続けることにしました。



「あ、魔女さん」

「少し前まで殺し合いに近いことをしていた相手にさんづけ?変わっているわね」



 そう言いながらも魔女の言葉は前よりだいぶ落ち着いていました。

 そしてビンは自分の記憶を思い返しています。

 自分は崖に巻き込まれたのでしょうか。だとするとここは……。



「死んだあとの世界なのかな?やっぱり変わっているね」

「はあ……もう私と戦おうともしないのね」



 呆れたような口調で彼を見ます。

 やはり邪気もそれほどみられません。



「うん。もう僕、あなたと戦うほどの力ないし。それに」

「それに?」



 折れてしまった剣の柄をなんとなくぼんやりと見て、大切な彼女のことを思い返しながら呟きます。



「僕、あなたの気持ちもわかるんだ。僕だって、ガルがそばにいてくれなかったり、ステラが来てくれなかったら。そして、優しい人たちに出会えなかったら。

僕もあなたみたいになっていたかもしれない。そう思う」

「……敵に同情するなんて、甘い考えね」

「甘くてもいいよ。辛いのより甘い物の方が好きだもの」



 頓珍漢な答えですが、わざとそう言っているのでしょう。

 魔女は彼が星の剣を誰よりも扱える選ばれた人間ということがなんとなくわかりました。最初は違うと思ったのですが。

 口ではうまく説明できないのでしたけどね。



「これから僕たちどこへ行くんだろうね」

「さあ。わからないわよ。”私”がどこへ行くかなんて」



 そういうと魔女は杖を振りかざし、ビンに魔法をかけました。

 しかし、嫌な感じはしません。むしろ暖かい何かに包まれているようでした。



「私はそれでも人間を恨み続けるわよ。星守の一族もね。だけど、そのどちらでもない私と同じようなあなたはどうしてもこのままにしていたくない。だから、早く行きなさい。あなたを待っている人の元へ」

「えっ!?魔女さん!?」



 初めて慌てるような素振りを見せました。

 彼女は思わずくすっと笑ってしまいます。

 ……笑ったのなんていつ以来でしょうか。

 自分になりえた彼。彼になりえた自分。はたして未来はどうなっていたのか。その答えを出せるであろう唯一の存在を助けたくなってしまったのです。




「もし、あなたが優しい存在を守りたいのなら。私のような存在を生み出したくないのなら、早く戻ることよ。大切な物を失った存在は簡単に崩れ落ちてしまうもの」

「で、でも……!?」

「会いたくないの?あの娘に?」

「……会いたいよ!すごく!」




 そして彼の姿が少しずつ消えていきます。



「私は本当は消えたかった。何も恨むこともなく、すぐに私の大切な物のそばへ行きたかった。だけど魔女は簡単には死ねない。だから他の人間に同じ思いを味あわせてやろうと思った。

だけど、やっぱり苦しいだけだったのよ。だから……これは私を消してくれたお礼よ」

「魔女さん!?」

「さあ行きなさい」




 そして、光に包まれたあと、彼は完全に消えてしまいました。

 いいえ、帰ったと言うほうが正しいでしょうか。

 ふうっとため息をつきます。




「もうすぐそばにいけるわ……あなた……かわいい私の坊や……」



 そっとつぶやき本当の意味で。

 彼女はこの不思議な空間の中を静かに消えていきました。



_____________________________________________________________ 




「魔女が……そう」



 ようやく落ち着いたステラとガル、そしてエストリアに戻ってこれた理由を話します。

 落ち着いたといってもステラは彼の背中にしがみついて離れようとしませんでしたが。



「うん。やっぱり彼女もそうだったんだ。僕と同じような。だけどちょっと不幸な目に合っちゃったから……」

「彼女が星を脅かすほどの存在だったのとはいえ、そんなことが……星守はあくまで星の命を守るだけの存在、その意味に無力さを感じます……」




 ビンの言葉にエストニアも悲しそうな声で同調します。

 ステラとしても母親を長い間、拘束していたとしてももう魔女を憎むことはできませんでした。



 誰も何も話しません。

 ただステラはもうどこにもいかないようにとただビンにしがみついていましたが。

 彼女が霜焼けにならないかなと彼は照れ隠しをするように考えていました。




「あ、そうだ!忘れてた!」

「えっ!?」



 突然声を出したビンに周りの三人は驚きます。

 ステラも思わずビンから離れました。

 何かまた大変なことが起こったのではないかと。



「ガル!今からでも間に合うかな!」

「えっ!?あっ!あれやるのか!?もうすぐ朝だぞ!」



 そう、毎年一日だけ、ビンが村の人たちにせめて楽しんでもらいたいとしていることがありました。

 今日はちょうどその日なのです。

 しかし、対岸に日は昇っていました。本来夜にしかできないことなのですが、もう構わないとビンは思いっきり左手を空にあげます。



「えい!!」



 彼が空に力を送った瞬間。

 



 七色の光が漂い始めました。

 まるで朝の光をおさえるカーテンのようです。




「えっ!?星の光……?」

「違いますよ。ステラ。これはオーロラという物です」

「オーロラ……?」



 驚きながらもその美しさに簡単するステラとエストリア。

 太陽の日差しが強くなっていくにつれて薄れてしまっていますが。

 むしろ、その光と光が混ざり合った景色はとても幻想的でした。

 


 そのオーロラは彼女に力をくれました。とあるいい忘れた言葉を彼にはっきり告げるための。


 ゆっくりと彼に近づきます。



「うーん。ステラの用事が終わってから頑張って作ろうと思ってたけど何とか間に合ってよかったよ」

「いや、全然間に合ってないと思うぞ!村の人たちもう寝てるだろうし」

「ビン?」



 彼女の方を振り向いた彼に再び抱き着いて、そっと耳元でつぶやきました。



「大好き」

「……!?」



 そのままビンの顔が真っ赤になってしまい、そのまま仰向けに倒れてしまいました。

 ガルはもちろん大慌てです



「ちょ!?嬢ちゃん!こいつオーロラ出した後はふらふらになるんだからあんまり負担かけるようなこと言うなよ!」

「え、ええでも今しかいう機会ないと思って……あ、お、思い出したら私……うーん」

「おい!?嬢ちゃん!お前まで倒れることはないだろうが!これどうしたらいいんだよー!!」




 ガルが大慌てで彼の胸をバシバシ叩きます。ステラも真っ赤になって倒れていましたがどこか幸せそうな表情でした。

 エストリアは娘の幸せそうな姿。そして、その仲間たちの姿を見て、ただ笑っています。



 こんなに笑ったのはいつ以来だろうと。




 太陽の光が強いのにもかかわらずオーロラが見えると言う不思議な景色の中、狼の困ったような遠吠えだけが辺りに響き渡っていました。




______________________________________________________________________________________




 それから数日後……。



 青年は相変わらず、夜空を見ています。

 ただ、もうガウンもコートもつけていません。必要なくなったからです。

 彼女がそばにいてくれれば。


 いえ、別に不思議な力なくても彼女がそばにいてくれるだけで少年は満たされたのですけどね。




「ビン!また、あの星見てたの!?」

「おいおい!俺らよりもあの星の方が大切って言うのか!?」




 星を映したような金色の髪を乗せた狼が彼の元へ駆け寄ります。

 少年が見ていた星を同時に指差しながら。

 その赤い星はもうほとんど崩れていましたが、それでも輝きはほとんど失っていませんでした。

 やはり、少年は全てを知った後でもあの星が母親の生まれ変わりだと思えてならないのです。



「ふふふ……ごめん。数日前にあそこにいたなんて、とても信じられなくて」

「もう……」




 そんな彼の手を彼女はしっかりと握ります。冷たさなんて感じません。それ以上に暖かさがその手にはあるのですから。



「私はここにいるよ。それが答えでしょ」

「うん。そうだね」




 ステラはこの場所に残ることになりました。難しい話は分からないのですが、これは罰であり、そして褒美でもあるとのことです。

 エストリアとは一週間に一回会っています。もちろんビンとガルも一緒に。

 


 改めて彼らは星を背に向けました。

 



「さあ、今日はどこまで行きましょうか?」

「どこまでも行くよ。ステラと一緒ならね。もちろんガルとも」

「おまけみたいな言い方すんなよな。まあいいや。じゃあ行くぜ」




 そして彼らは雪原を駆け出しました。



 

 いろんな人がいろんな幸せをたった一晩で得られた奇跡のような一つの夜。

 忘れたくても忘れられるものではありません。



 それからも少年と少女と狼は世界や星々を旅していくのですがそれはまた別の物語です。




 星と語り、星で繋ぎ、星を送った少年の話は。


 これで終わりになります。 

以上、氷山、狼、星を題材にした童話でした。


……童話って言ったら童話なんです。


ファンタジー作家兼童話作家を名乗っているので試しにファンタジー童話を書いてみようと思ったらこんな膨張してしまいました。



……次からは長編になるか短編になるかはランダムということにさせていただきます。

決してひいきではありません。というよりところどころ荒い所がやはりありますし。


ちなみにタイトルは星語り 絆繋ぎ 思い送りという案も考えたのですがあくまで星の化身であるステラと、雪の化身である(作中では出てませんけど)ビンの話なのでこういうタイトルにさせていただきます。



まだまだ童話祭りは続きます……。うん……おそらく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ