De-Intellectualization (知性化解体) シリーズ
Project 世○遺産
それは静かに始まっていた。
ある遺跡を水没から守るための移設。人々に知られたのは、それが最初だった。
霧のロンドンと言われることもある。それは実際には産業革命において、石炭を燃やした煤煙だった。
皇立科学協会は、その時代において、未来の危うさを既に危惧していた。未開の地はなくなり、地球上のどこにおいても煤煙で曇ると考えていた。そうなった時、人類は生き残れるのか。
二回の大戦を経て、より多くの燃料を消費する社会になった。その社会の危うさはもはや明らかであった。繁栄を極めている大国の生活レベルを、地球上のどこにおいても達成し、また維持できるのか。その結論を得るのには、何の計算も必要はなかった。明らかに不可能である。
皇立科学協会と大国は、UNを通し、プロジェクトを実行に移した。そしてある遺産を水没から守るという名目のもと、その移設がなされた。
それ以降、誰にも悟られることなく、地球の保護を行なう必要があった。そのためには「守るべきものである」と認識されるとともに、「認定されることを喜ぶ」ように状況を設定する必要があった。
その工作は順調に行なわれた。次から次へと、遺産への登録に手が挙がった。
ある日、ある人が地球儀を前にして気付いた。あまりに数も範囲も多すぎる。もはや、資源の採掘にすら影響を与えかねない。
その日から50年後、人類は廃虚となったビルディングで焚き火をして暮していた。木を燃やし、本を燃やし、暖を取っていた。もはや抗生物質すら持っていない。廃虚となったビルディングもやはり遺産と認定されていた。だが、もはやそれを知る人間はいなかった。
皇立科学協会のプロジェクトは完了した。人類の知と技術の放棄という形をとって。それはプロジェクトの完全な形での完了であった。