ルラン王国軍制圧
それはシルティーナ達がマンリーニャに着く一日前に遡る。
「やっと外に陣形を組み始めましたわね。もうそろそろですわね」
そう呟きながら小さく辛うじて黒い点に見えるラカヤンの街を真っ直ぐに見据えたのは、亜麻色のウェーブのかかった髪を風に靡かせた“微笑みの銃姫”ことエレイン・ヒューナーその人である。
その二つ名の通り銃を使って戦う彼女の視力は並みのそれとは比べ物にならない程に良い。
普通の人にはただの黒い点に見えるラカヤンの街も彼女にははっきりと、まるで目の前で見ているかの様に見えるのだ。
だからこそ、そこからぞろぞろと出て来たルラン王国の防具を身に着けた兵士達が決められた陣形をとって行く様も良く見えていた。
それを確認したエレインが後ろを振り返りそこに待機しているギルドメンバーへと笑みを向けた。
「さあ皆様、お待ちかねのお仕事の時間ですわ。しっかりやって下さいましね」
エレインの言葉にしっかり頷いて返した面々が数人ごとに多方向へ散って行く。
「後はジン様の合図を待つだけですわね」
ニッコリと笑ったエレインのその表情はとても綺麗であり、だからこそ恐ろしかった。
マンリーニャの近くに野営地を構えている仲間の元へ一度寄り、不可視の結界を全員に張ってもらいそこを出発したのはエレインと二十人程のギルドメンバーであった。
ギルドマスターであるアイトとイルーサはそのまま止まり木の盾へと戻り他のメンバーと待機である。
ラカヤンに着いたエレイン達はこれからルラン王国の軍を制圧にかかるのである。
全てはもう直ぐ来るであろうジンからの合図を待つばかりであった。
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ーーー
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「なんと言った?」
低く、低く発せられた声にジンはしかし、先程と変わらぬ淡々とした声音で同じ言葉を口にした。
「我等、双翼の剣はこの国にある“マンリーニャ”という港町とその周辺の土地を頂きたい、と言ったのです」
変わらぬジンの要求に最初の一回はただ茫然としていた周囲が今度はザワリと揺れ、その困惑や驚きは波の様に広がって行った。
「何を馬鹿な事をっ!! やれる訳がないだろう!!」
怒りを隠そうともせずに怒鳴ったルラン王国の国王にジンはただ静かに言葉を返す。
「欲しいモノは何か、と聞いて来たのはそちらではないですか。だから私は言ったまで。そもそも双翼の剣の戦力を半数近く借りておいて報酬がギルドを代表して一つというだけで大分譲歩しているのです。それなのにその報酬を馬鹿な事と言われるとは……」
「貴様っ……!! 我等が何の為にこの国に攻め込んだか忘れたか!?」
「豊かな土地が欲しかったのでしょう? 他の国と繋がりの持てる寄港しやすい港と動植物の育ちやすい恵まれた土地と気候が」
「そうだ! それが分かっていながら、貴様はこの国の一番の港町であるマンリーニャが欲しいとぬかすのか!?」
「ええ、そうです。港ならこのラカヤンで事足りるでしょう。マンリーニャさえ大人しく渡して頂ければ我等は何もいたしません。どうですか? 悪い話ではないと思いますが?」
スッと細められた瞳に王の近くに居た兵士達が身構えた。
「……お前をマンリーニャの領主にすればよいのか?」
「いいえ。双翼の剣にマンリーニャを渡して欲しいのですよ」
「……そんな馬鹿な話を受け入れると思うのか?」
「受け入れて貰えないのなら、受け入れさせるだけです」
抜き放たれた剣に一気にその場の緊張が高まる。
統率された動きでジンを囲んだ兵士達。
「お前一人でこれだけの兵を相手にするのか!? それに、各部隊に散っているお前の仲間も無事では済まんぞ!! たった四、五人で一体何人を相手にするつもりだ!?」
勝ち誇った様に言った国王の言葉にジンが小さく笑う。
「何が可笑しい!?」
「いや、なに。お前があまりにも愚かしくてな」
「なっ!?」
「その“たった四、五人”を数個の部隊に入れるだけで“ギリギリ勝てるかもしれない戦”が“余力を残して余裕で勝った戦”になったのだと分かっていないようだな」
「っ!! それは……」
「それともう一つ、」
スッとジンが剣を空へ向かって振り上げる。
「俺達は一人一人が一騎当千以上の実力を持っている。つまり、俺もそうだと言う事だ」
振り下ろされた剣。
その動きに合わせる様に空から雷が落ちて来てジンを囲んでいた兵士達の一部に直撃する。
耳をつぐさむ轟音と強烈な光に白に染まる視界。
空は晴天であった筈。
突然自分達を襲った自然の脅威。
兵士達の統率は混乱と恐怖に瞬く間にその威力を失った。
「な、何を……」
「ただの魔法だ。だが、お前等では死ぬまで会得出来ない程のモノだがな」
強烈な光も轟音も物ともせず平然と立っているジンが次いで地面に剣を突き立てた。
「俺は魔法はそこまで得意ではないが、まぁ、そんな俺でもこのくらいは出来る」
そう言ったジンが更に深く剣を突き刺した瞬間、兵士達が立っている地面が動いた。
隆起し、陥没し、ひび割れ、次々と兵士達を襲って行く。
「半分くらいには減らせたか? さて、交渉しようではないか、国王様?」
「こう、しょう、だと……?」
「ああ。俺らが欲しいのはマンリーニャだけだ。それさえ貰えれば他の土地はお前等の好きにしろ。未だ逃げているリディーラン王国の国王もこちらで捕まえて引き渡してやる。その時は第一王子もつけてやる。その代わり、そこまでやり終わったら俺はルラン王国の王子を辞める」
「は?」
「そもそも、もう俺が王子である必要性はないのだ。何時までもお前等の言いなりになると思っていたか? 愚かな。お前達の弱みを握っているのはこちらであって、そもそも俺を王子にするという交換条件さえ無ければこちらにお前達に従わなければならない理由などない。お前らが取り入る価値のある者達なら別だが、俺が王子で居る必要が無くなった今、それすらも皆無だ」
「は、話しが違うではないか!!」
「あ?」
「我が国の王子にすればその事は口外しないとの契約であった筈!!」
「だからどこにも話してないだろう。だが、それも過去の話。俺は最早王子で居る必要が無くなった。ならばそんな契約は俺達にとって守る必要もないモノだ」
「反故にする気か!? 我が国を敵に回すと!?」
「お前達が俺達に戦を仕掛けて来るならそうなるだろうな。だが、よく考える事だ。果たしてその戦に勝ち目はあるか?」
「……」
悔しそうに押し黙る国王に薄く笑ったジンの背後に音もなく一人の男が立つ。
「ジン様、」
「ああ、終わったのか。早かったな」
その男から淡く光を発する数枚の紙を受け取ったジンがそれを無造作に投げた。
空中に散った幾何学模様の描かれた計六枚の紙が地面から僅かに浮いた位置で留まりその上にどこかの風景が映し出される。
『ジン様』
「エレインか。首尾は?」
映し出された風景を背に甘栗色の髪を持った女性が現れる。
『上々ですわ。ルラン王国の部隊は全て制圧完了いたしました』
「そうか。よくやった」
『当然ですわ。しかし、合図で雷が落とされるとは思いませんでしたわ。びっくり致しました』
「分かりやすかっただろう?」
『ええ、まぁ、確かに……』
『ジン様、雷よくない。馬、驚いて大変だった』
「カミーナか。それは悪かったな」
また別の紙には茶色の猫っ毛を持った男が写っていた。
「ま、待てっ!! い、いま、我が国の部隊を制圧と言ったか……!?」
『あら? ジン様はまだその方と戯れていらしたのですか?』
「ああ。中々に物分かりが悪くてな」
『私達には合図があったら即刻行動しろとおっしゃっていましたのに……』
『オレら頑張ったのに……』
「“作戦”に支障がなければ問題ない。それに、正しい力関係と今自分が置かれている立場を分からせてやる方が色々と手っ取り早いしな……さて国王様、話の続きだ」
「話?」
「さっきの交渉の事さ。とても喜ばしい事に、俺の仲間は優秀過ぎた様で、元々計算していた時間よりも短時間で任務を終わらせてくれものでな」
「任務?」
「ああ。“ルラン王国軍の制圧”と言う任務だよ」
そう言ったジンが再び視線を映し出されている風景達へ戻す。
『皆様拘束されて下さってますわ。安心して下さいな。一人も殺してはおりませんので』
『こっちも、死者、なし。』
二人のそんな言葉の後に風景が僅かに動き、次いで映し出されたのは拘束され一カ所に集めて座らされているルラン王国軍の姿であった。
「カミーナが第二遊撃部隊で、エレインが……」
『補給部隊ですわ』
「補給部隊の制圧風景だな。他の全部隊も同じような感じだ。こいつ等が制圧し終わる前にさっきの交渉の話を大人しく受け入れてくれていたらこんな脅し染みた手を使わなくても良かったんだが、まぁ、さっきも言ったように正しい力関係と自分が置かれている立場を理解してもらわないといけない様だったしな」
その顔にうっすらと笑みを浮かべたジンが国王に一歩近づけば、逆に国王は一歩下がる。
それを数度繰り返した時、とうとう足をもつれさせた国王が倒れ込みジンを見上げる形で奇妙な攻防は終わりを告げた。
「さて、国王様」
「……」
「そうだな、この場合、こう言うのが正しいのか?」
「え?」
「ルラン王国軍はここに残っている者達以外全て制圧を完了した。俺達の要求を大人しく飲めば危害は加えない。だが、もしも逆らうというのなら、兵士達と、そしてお前の命すらも保障はしない」
『さて、どうする?』と投げ掛けられた言葉に否と言う答えは存在していなかった。




