国の現状
「まったく、なんだったの?」
パタパタと服についた埃を払いながら呟いたシルティーナの言葉に周りに倒れている男達が答える事はない。
「行きますよ、テドラ様。少々目立ち過ぎました。早めに買い出しを終わらせて戻りましょう」
「はい」
集まった野次馬を掻き分けて歩き出したシルティーナ達に一人の男が並んだ。
「あら、お帰りなさいアル。会えたの?」
「おう。ちゃんと会えたぜ」
シルティーナ達に並んだ男、アルハルトが頷いて返せばシルティーナも笑顔を浮かべた。
「そう。それは良かった。それで? あの人達は誰?」
「ファーラの取り零しだ。もう片付いた」
「ならいいわ」
「それよかシルティ、ファーラが面白いモンくれたぜ」
そう言ってアルハルトがシルティーナに差し出したのは一枚の紙だ。
「何?」
「ファーラ達、特務遊撃隊の奴等も含めた全ての騎士団に下された新しい王命だ」
「成る程。とうとう王様達も動き出したって訳ね」
「あぁ。まぁ、予想通りの動きだったけどな。早めに人里を避けて行動出来る様にしといて正解だったな」
「そうね。此処で会ったのが特務遊撃隊だったのも助かったわ」
「あの、一体何の話をされているのですか?」
二人で話を進めて行くシルティーナとアルハルトにテドラが訊ねる。
「うん? あー、そうだな、」
「国王様が全騎士団に王命を出されたのですよ。私達を見つけ次第直ぐに王都へと連れ帰る様に、と」
「私達?」
「聖女様と共に浄化の旅に出ている我々の、特に私とアルの事ですよ」
言葉を濁したアルハルトとは違い、迷うことなくテドラへ先程アルハルトから受け取った紙を渡したシルティーナ。
そんな彼女にアルハルトが驚きで目を瞬かせた。
「おい、シルティいいのか?」
「ええ、もういいのよ」
「そうか」
特に詳しく聞くこともせず、シルティーナの言葉に頷いたアルハルトがテドラから紙を回収する。
「聖女様や王子様には言うなよ。面倒くせぇ事になっから」
「あ、はい。……あの、王都へ戻らないのですか?」
「何で戻る必要がある?」
「え? だって、王命が……」
「俺達はこの国の人間じゃないからこの国の王様の命令に従う義務はねぇよ」
「そもそもこれは騎士団の人達への王命であって私達に直接王都へ戻れと命が来ている訳じゃないので、私達が"そういう王命が下っている"と知ったところで別に行動に移す必要はないですよ」
「……」
「シルティ知ってるか? そう言うの"屁理屈"って言うんだぜ」
「あら。それでも間違ってはいないでしょう?」
「まぁな。そもそも戻ったところで言われる事なんざ分かりきってるしな」
「え?」
「そうよね」
「あの、国王様が何故我々を王都に戻したがっているのか理由が分かるのですか?」
「そりゃあ分かるさ。この国の置かれている状況を正しく知ってんなら誰でも簡単に分かっちまう」
「この国の置かれている状況?」
「おいシルティ話しちまっていいのか? こいつ、喋らないか?」
「そうね、喋ってしまう可能性もあるわね。まぁもし喋ってしまったなら、彼には選択の余地すら無くなってしまうだけよ」
ニッコリと満面の笑みで言うシルティーナにテドラが思わず顔を引きつらせていれば、彼女の言葉に頷いたアルハルトが早速とばかりに話し出した。
「今、この国は隣国のルラン王国から戦を仕掛けられてる最中なんだよ」
「……え?」
「魔物により国政が滞り、国民達の不信は募り、主要な軍事力を欠いている今のこの国は、兼ねてからこの国が欲しくて欲しくて堪らなかったルラン王国にとっては正に狙い時だ」
「……戦? そんな、だって、そんな報せは……」
呆然とテドラが呟く。
「王政府はルラン王国との戦の事を民達に口外しない事に決めたそうなので、知らなくて当然ですよ」
「は? 口外しないって、何故……」
「魔物に穢れ、国政の滞り、募る王族への不信と不満。そんな中で他国からの侵略となればいよいよ国民達も黙ってはいないでしょう。それら全てに対応する力などこの国には既にありません。故に国王様は、『民達に余計な不安を抱かせない為に』と言う大義名分を掲げて民達に戦の事を伝えない様にしたのですよ」
「それでは民達が危険に晒されるではないですか!?」
「そんな事どうでもいいのさ、この国の王族は。ただ自分達が無事であるならいいと考えてるんだろうよ」
「そんな……」
「だから私達を即刻呼び戻したいんですよ。そして自分の護衛に当てたいのでしょう」
「けれど、ルラン王国は小国です。いくらこの国の現状が悲惨であろうと、きちんと戦略を練って対処出来れば……」
「無理ですよ」
テドラの言葉をシルティーナは切り捨てる。
そんな彼女にテドラが不機嫌そうに問いかけた。
「何故ですか? ルラン王国の軍事力はそこまで無かった筈。この国最強の部隊である特務遊撃隊が前線に立って戦えば、勝ち目は十分にあるのではないですか?」
「特務遊撃隊は出陣しません」
「え?」
「彼等は隊長か副隊長の……つまりはファミラス・カランザートかハイン・ミルベリアの命令しか聞かないと予てより言っていましたからね。その二人を欠いた今、彼等は他の誰の命令にも従いません。彼等は今回の戦には出陣しません」
「そ、それでもまだ、兵力では負けていないでしょう!? 相手は海から攻めてくる。ならば初めから陸上で軍を展開出来る此方の方が有利です!」
「ルラン王国は、傭兵ギルド"双翼の剣"のメンバーの約半数を自軍の戦力として雇っています」
「……え?」
「双翼の剣にとって例え戦場が海だろうが、陸だろうが、空だろうが、大した問題ではありません」
「双翼の剣が……じゃあ、あなた方は初めから分かっていたのですか? この旅が始まる前から、この国がルラン王国に狙われている事を……」
「ええ。そうですよ」
シルティーナのその答えにテドラが彼女へと掴みかかる。
「分かっていて何故黙っていたのです!? 早めに分かっていれば打つ手など幾らでもあったのにっ!!」
「何故言わなければいけないのですか?」
「なっ!?」
胸ぐらを掴まれて尚、平然と返したシルティーナがテドラの手を払いのける。
「私達はギルドです。依頼の成功率と、依頼人からの信頼がモノを言う世界で生きているのですよ。それなのに簡単に依頼内容を漏らす訳がないじゃないですか。そもそも、そうしないといけない理由がないです」
「……」
「私達は今、この国で聖女の護衛の任に就いていますが、言ってしまえばそれだけです。自分達が今居る国で他のギルドメンバーが違う依頼を遂行していようと私達には関係ありません。私達は私達の依頼をこなすだけなのですから」
「そんな……じゃあどうしたら……」
途方に暮れた様にうなだれるテドラにアルハルトが肩を竦めた。
「何だ次男坊、お前まだ分からないのか?」
「え?」
「ちょっと、アル」
「んだよいいじゃねぇか。どうせ選ばせるんだろ? ならそれが多少早くなろうが問題ないだろ」
「そうだけど……私さっき格好良く『その時に選ばないといけない』とか言ったばっかりなのに……」
「はは!! 残念だったなシルティ」
「まったく……」
「さて次男坊、選択の時だぜ」
そう言ってアルハルトが笑った。




