ジルド・バルラトナの決断
「お前達は知っていたのか?」
野営地の一角。自分と共にマンリーニャまで来ていたバルラトナ公爵家の私兵隊の者に問いかけたジルドの声音には覇気がなかった。
「えぇ、まぁ」
次期当主の何とも言えない姿に困惑気味に肯定すれば、重い溜め息が返ってくる。
「父上は、何時から彼等と……?」
「10年程前からだそうです」
そう言葉を発したのは連れて来た私兵隊の隊長を務める男だ。
「10年前……ルラン王国から第二王子と貴族の令嬢と子息が他国間交流で来た年だな」
「あ、それです。その彼等が実は"双翼の剣"のメンバーだったそうです」
「は? あんな子供がか? いや、待て。その前に王子と貴族の子供だぞ?」
「第二王子以外は身分を偽っていたそうです。それと、無国籍ギルドである"双翼の剣"にはメンバー同士の子供も所属している様で、ギルドに入るのに年齢制限がかけられていないそうです」
「成る程な……って、第二王子が本当にギルドメンバーなのか?」
「はい、本当だそうです。まぁ、その辺の事情は俺達にも分かりませんので何とも。しかし、"双翼の剣"との繋がりが出来たのが10年前というのは確かですよ」
「では、その後からシルが度々ルラン王国へ赴いていたのも……」
「"双翼の剣"との交流を深める為、でしょうね」
「お前達はいつから知っていた?」
「8年前、ハイン様とファミラス様が入国の際に訪ねて来られた時に」
「知らされていなかったのは俺とテドラだけか……」
「使用人達も知らなかったかと。彼等は他の貴族や王家と繋がりのある者も居ますし、ルラン王国が宣戦布告してから直ぐに使用人全員に暇が出されています。知らされていたのは俺達と代々バルラトナ公爵家に仕えている"ハインヒルド家"の者だけでしょうね」
「ハインヒルド家……ユージンも知っていたのか?」
"ハインヒルド家"は代々バルラトナ公爵家に仕えている家柄である。
現当主のガルドの執事はハインヒルド家当主が務めており、その妻はメイド長を長男のユージンは元々シルティーナの従者だったが、彼女が追放された後にジルドの従者となった。
"ハインヒルド家"の者に知らされているという事は当然ユージンにも知らされているという事であるのだが、そのユージンは自分には何も言ってきていない。
自身の従者にすら隠し事をされていたのかと、唖然と呟いたジルドに男は否定を示した。
「ユージン様は知らされていなかったかと。俺達もあなた様とテドラ様、ユージン様には言わぬ様にと口止めされておりましたので」
「何故……」
「だって、あなた方はシルティーナ様を裏切ったではないですか」
「っ、」
さも当然の様に言われたその一言にジルドの呼吸は一瞬止まった。
「"先見の魔女"様が言っておりました。ジルド様とテドラ様、それとユージン様は将来シルティーナ様を裏切ると。だから双翼の剣と交流がある事は黙っていた方がいい、と。今思えばそれは2年前の事を指していたのでしょう。そして、あなた方は本当にシルティーナ様を裏切った」
それまで柔らかく紡がれていた男の声音が一気に温度を下げ、ヒヤリと空気を凍らせる。
「あいつは、何なんだ、一体……何故お前達も協力する? これは、国家反逆罪だぞ?」
「国家など……俺達が仕えているのは"バルラトナ公爵家"ですよ。その当主が裏切るというのなら王家でも何でも裏切ります」
「何故そこまで……」
「俺達はガルド様とシルティーナ様に恩があります。俺達全員の一生を懸けても返しきれない恩が」
「恩?」
「俺達は全員、ガルド様とシルティーナ様に拾われたんですよ」
「拾われた?」
「古参の者達はガルド様に。俺やまだ若い奴等はシルティーナ様に。その理由や身の上は様々ですが、"命を拾って貰った"んです。そもそも、歴代のバルラトナ公爵家の私兵隊も同様にその代の当主に"拾われた"者達から成り立ってます。"そういう者達"の方が信が置けるんでしょうね」
「そんな話、聞いたこともない……」
「でしょうね。シルティーナ様もガルド様から教えて貰った訳ではなく、自分から思い立っての行動だったそうなので。だから、本来ならシルティーナ様に拾われた者達は"シルティーナ様の"私兵隊なんですよ。けど、2年前の追放の前にシルティーナ様が俺達に"バルラトナ公爵家の"私兵隊となるように命を出したから、俺達は今、バルラトナ公爵家の私兵隊として動いているんです」
だからこそ、国家などどうでもいい。
自分達の主が無事であればそれだけでいいのだと、男はそう言って笑った。
「ご決断を、ジルド様。俺達はあなた様の選択次第ではその場に応じた行動をしてもいいと、ガルド様及びシルティーナ様からの許可を頂いているのです」
「……」
「どうか、ご英断を」
それは言外にこう言っていた。
"国を裏切るか、ここで死ぬか"
「…………父上とシルに従おう」
この時になって漸く、ジルドは理解した。
この国は決して敵に回してはならない者達を敵にしたのだと。
「良いご決断かと」
笑った男の雰囲気は、自分達を許すつもりはないと言った先程の男のモノとよく似ていた。




