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依頼受理

 魔物が現れた土地は穢れる。穢れは時が過ぎれば薄まるが、完全に無くなるまで数十年の時を有し、その間穢れた土地に生命は宿らない。魔物を倒す事は出来ても穢れを払う事は不可能なのだ。

 ただ唯一、異世界より来たりし癒しの魔法を使う事が出来る者だけがその穢れを払えるのだという。

古い文献の、僅か数行だけに書かれた嘘か本当かも分からないソレに頼るしか、もうこのリディーラン王国が助かる術は無いところまで来てしまっていた。


 幸いな事に今のリディーラン王国には2年前に異世界から来たアカリが居る。ただ、彼女一人を旅立たせれば穢れの浄化どころか魔物一匹にすら太刀打ち出来ない。

 共に行くと聞かなかった第一王子も、騎士見習いのバルラトナ公爵家の次男も彼女を守りながら魔物を相手にするには些か心許なかった。そこで白羽の矢が立てられたのがシルティーナだったのだ。


"穢れを浄化する旅に同行し、"聖女"であるアカリを守れ。"


 それがリディーラン国王からシルティーナが命じられた王命であった。


「そもそも、魔物から彼女を守る位ならば騎士団団長でも出来るでしょう。何故私が行かねばならぬのです?」


 魔物は確かに強い。けれど、決して人が太刀打ち出来ない強さではないのだ。それなのに何故自分にその役目が回ってきたのか、シルティーナは不思議でならなかった。


「騎士団団長の座は今は空席だ」


「……は?」


「前騎士団団長であったファミラス・カランザートが1年前に突然辞めて以降、後任が決まっておらぬのだ」


「1年前って……何故そんなにも……」


「…………のだ」


「はい?」


「国政が傾き、治安が乱れ、民達は混乱し、貴族達の多くが自分の領土から出てこなくなってしまいそれどころではなかったのだ。一応副団長を次の団長に命じたのだが、断りの返事だけを寄越して来て、それ以降そやつも消息不明なのだ」


「……」


 呆れて物が言えない、という事をシルティーナは今まさに体感していた。


 自分が居なくなって2年。この国は何も変わっていなかったのだ。だからこんな事になった。自分が2年前、何とか(たも)たせようとしていた全ては、自分が居なくなった後にそれを受け継ぐ者も居らずに徒労に終わった。

 その結果がこれだ。国は荒れ、民は嘆き、騎士は揺らぎ、治安は乱れ、貴族は籠り、魔物が現れ、穢れが生じた。


 リディーラン王国最強の座である騎士団団長の席は1年もの間空席であり、その次の強者である副団長すら居ない。残った実力者達は騎士団分隊長の座に居る者達だが、彼等だと魔物の相手には不安が残る。そこで声がかかったのが今や他国にまで名前が知れ渡ったシルティーナだったのだろう。


 だから言ったのに、と。シルティーナはここに来て初めて目の前の者達に同情した。


 けれど、同情したからと言ってこの件を受けるのかと言われればそれはまた別問題である。


 シルティーナが、もう何度目になるか分からない断りの言葉を口にしようとした時、常では考えられない程の勢いで謁見の間の扉が開かれた。


「どうも、お邪魔します」


 開かれた扉の先、ダルそうに欠伸を噛み殺した銀髪の男がそう一言告げて入って来る。


「な、何者だ!? 騎士達は何をしている!!」


「あー、怪しいモンじゃないですよ。ほらこれ。ギルマスからシルティ宛の手紙。早急に届ける様にって言われたから持って来たんですよ」


 ヒラヒラと手に持った封筒を振りながら言う男にシルティーナだけが呆れた様にため息をついた。


「アル、貴方どうやってここまで来たの?」


「どうって歩いてだが?」


「いや、そうじゃなくて……」


「あぁ、ここに来るまでにえらい絡んで来た奴等については全員倒したぞ」


「倒したって……」


「安心しろ。殺してはいない」


「ならいいけど」


「おい! ソイツは誰だ!?」


 シルティーナに"アル"と呼ばれた男を指してフラクト第一王子が叫ぶ。


「彼は、「おっと、名乗り遅れました。俺はシルティと同じギルドに所属してるアルハルト・ルーランス。彼女とはパーティーを組んでます」…………アル」


 シルティーナの言葉を遮り名乗ったアルハルトにシルティーナが低く彼の名を呼んだ。それに楽しそうに笑ったアルハルトはシルティーナに向かって手渡した封筒の中を確認するように示す。


「これは……」


 中に入っていた手紙を読んだシルティーナが僅かに目を見開き、驚きの表情でアルハルトを見た。


「そういう事だ」


「……了解。そういう事ね」


 頷き合い、何やら納得した二人に周囲は訝しげに首を傾げる。そんな周囲などお構いなしにシルティーナは再び王の前に膝を折った。


「"聖女"アカリの護衛の任、慎んでお請けいたしましょう」


 その言葉にザワリ、と最初とは違った意味を含んで空気が揺れる。


「急に心変わりでもしたのか?その手紙には何と書いてあったのだ?」


「ギルドに聖女の護衛をして欲しいという依頼が()()宛に入ったので請ける様にとのギルドマスターからの通達です。ギルドへの依頼となれば話は別です。依頼を私情で断る事はありませんので」


「"私達"?」


「はい。私とアルハルト・ルーランス宛の依頼です。故に、この男も浄化の旅に同行します」


「どうぞ宜しく」


「……分かった」


「では、」


 パチン、とシルティーナの指が鳴るのと同時にアルハルトが持って来た手紙は跡形もなく燃え尽きる。それを確認したシルティーナは立ち上がり、腰に提げていた剣を抜いた。


 途端に緊張が走ったその場を王が手で制して静めたのを見計らい、アルハルトも同様に剣を抜いた。


「"ギルドの依頼"として請けるからには私達が所属する傭兵ギルド、"双翼(そうよく)(つるぎ)"が支部を置く"ルラン王国"の様式で御前に誓わせて頂きます」


「同じく」


「許そう」


 王が許可すると同時に二人揃って剣を自身の足元へと突き立てた。


「「我等汝の命に従い、これより彼の者を守護する盾とならん。さすれば大義を果たした暁にこの(つるぎ)は至宝の輝きを得るであろう。我等この身が朽ちようと、この心を持ってして彼の者を守護する剣とならん。さすれば全てを果たしたその時にこの名は気高く語り継がれるであろう。我が名、我が剣、我が命。全てを()して守ると誓おう。この身は汝が為にあり」」


 言い終わると同時にシャキン、と高い金属音を鳴らして剣が鞘へと戻される。


「カッコいい……」


シン、と静まり返ったその中でポツリと溢されたアカリの言葉が響いた。


「凄い! カッコいいですお二人共!! 私感動しました!!」


 "二人"と言いながらもアカリの視線はアルハルト一人に向いている。そんな彼女の様子に肩を竦めて苦笑したシルティーナがアルハルトの隣から一歩離れれば、それを見計らったかの様にそれまでフラクトの隣にピッタリと寄り添っていたアカリが駆け寄って来てアルハルトの手をとった。


「宜しくお願いしますね、アルハルトさん!!」


「……」


「私本当は凄く不安だったんです。やっとこの世界に馴れたと思ったら"聖女"何て言われ始めて、浄化の旅に出てくれ何て言われて……」


 アルハルトの手を握ったまま声を震わせて俯いたアカリ。ポタリと床に落ちた雫に周囲が同調して哀れみの視線を送る。


「けど異世界人の私にとっても良くしてくれたこの国の人達を救う為だって、そう思って頑張ろうって……けど、やっぱり不安で……」


「……」


「でも!!」


 バッ!と顔を上げたアカリの瞳は涙で濡れていて、けれどその顔には笑顔が浮かんでいた。美少女の(今更ながらだが、アカリは絶世の美女である。)涙に濡れた気丈な笑顔の美しさに周囲から感嘆の息が漏れる。


「アルハルトさんが守ってくれるなら私何があろうと頑張れます!!」


「……」


 美しい笑顔で真っ正面からそんな事を言われた当のアルハルトはと言うと、


「……うん? あぁ、終わったか? えっと、悪いが途中から聞いてなかった。何だって?」


 この反応である。しかも欠伸付き。


「……え、あの、アルハルトさん?」


 流石のアカリもこの反応は予想外だったのか、呆気にとられた表情でアルハルトを見上げる。


「あーと、"聖女様"だったか?」


「アカリです。アカリ・フユハラ」


「まぁ何でもいいが、俺があんたを守るのはその依頼が俺とパーティーを組んでるシルティに来たからだ。シルティは"俺達宛の依頼"だと言っていたが、パーティーを組んでいる場合、片方に来た依頼は必然的に"パーティーの依頼"となるからな」


「…はぁ」


「つまり、シルティが居るから俺はあんたを守るって事だ。それを忘れるな」


「……ッ!!」


 バッ!とアカリがシルティーナを睨む。


「ギルドからの正式な依頼が無かったなら、俺はあんたを切り捨ててこんな国さっさと見捨てている。シルティの優しさに感謝することだな」


 そんなアカリの耳元でアルハルトは低く、僅かな殺気を込めて呟いた。途端に顔を青ざめさせたアカリは素早く身を翻しフラクトの元へと帰って行く。

そんなアカリには目もくれず、再び欠伸を噛み殺したアルハルトは呆れた様に自分を見ているシルティーナの前へと歩を進めた。


「やることはやったし、俺は宿に戻って寝る。何かあったら連絡寄越せ」


「分かった」


「お前の分の部屋もとっとくか?」


「多分大丈夫だと思うよ。一応終わったら一回寄るね」


「分かった。"青の寝台"って言う宿屋だ。場所は分かるな?」


「大丈夫。また後で」


「あぁ」


 ポン、とシルティーナの頭を一撫でしてアルハルトは謁見の間を後にする。そんなアルハルトを見送ったシルティーナは国王へと向き直り姿勢を正した。


「さて、国王様。依頼を請けるにあたり私から一つお願いが御座います」


「何だ? 申してみよ」


「今回の依頼が無事に終了したその時をもって、その後一切私には関わらない様にお願い致します」


「…よかろう」


「ありがとうございます」


「出立は3日後だ。それまでに必要な物は揃えておくように。出立まではバルラトナ公爵家に置いて貰える様に頼んである。明日、共に旅に出る者達との顔合わせの時間を儲ける様に手配しておく。昼過ぎに先程の男と共に登城せよ」


「分かりました。では、本日はこれで失礼致します」


 深く一礼して踵を返したシルティーナをアカリだけが強い怒りの篭った瞳で見ていた。

誤字指摘ありましたので手直ししました。

これからも何か気付いた事がありましたらバンバンご意見下さい。

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