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愚かな子

 あぁ、何とも愚かな子だ。


 ユト・アルザイダーは自分の腕にまるですがり付くかの様に引っ付いているアカリを見て目を細めた。


 こんな、ついさっき森のなかで会ったばかりの得体の知れない者の言葉を簡単に信じ、流されるままに力を使ってしまうなど、愚かとしか言いようがない。


「アカリ、君の同行者の人達にはボクが最初に話をしよう。君は浄化で疲れただろうから暫く休んでいるといい」


「けど……」


「大丈夫だよ。ボクに任せておいて」


「うん、分かった」


 にっこりと。"彼女達"から胡散臭いと言われた笑顔を浮かべれば、アカリは簡単に頷く。


 何てちょろい。


 あぁ、けれど確かに、"彼女達"はこの子に対して"こういう扱い方"は出来ないのだろう。だからここまで手を焼いている。

 まぁ、それでも"彼女達"に言わせればこんな存在別に居ても居なくても同じで、"依頼"が無ければ一番に切り捨てている類いの人間だ。

 別に自分達にとって土地の穢れも魔物も大した驚異にはならないのだから、浄化をやらない聖女など要らないと考えているのだろう。


「まぁ、それでも聖女が穢れを浄化してくれるならその方が楽だしね」


「え?」


「何でもないよ」


 さてさて、ボクを見た時の"彼女達"の反応が今から楽しみだ。


ーーー

「…………」


「…………」


「…………」


 たっぷり3分の沈黙の後、シルティーナは深く深く息を吐き出した。


「無事に戻って来て下さって良かったです、聖女様。浄化も出来た様で驚いています」


 出来るなら最初からやれよ、という副音がユトには聞こえた。たぶん、シルティーナの後ろに居るアルハルトとクロイツも同様だろう。


「その者は?」


 何であなたが此処に居る、とまたもや副音が聞こえた。

 笑顔が恐いとユトは顔に出さずに思った。


「どうも。ボクはユト・アルザイダー。少しお話し出来るかな?」


「……いいでしょう。テドラ様とフラクト様は聖女様についてあげて下さい」


「分かりました」


「当然だ」


「ティルは聖女様見ててくれ。何かあったら直ぐに知らせてくれな」


「分かりました」


 二人にエスコートされてアカリが馬車へと乗り込んだのを確認した途端、シルティーナとアルハルトがユトの両腕を掴んでその場から離れる。


「ちょっと、あんまり乱暴にしないでよ」


「そんな事言ってる場合じゃないでしょう」


「そうだぜユト。何でお前が此処に居る?」


「お知り合い、ですか……?」


「……ミリアーネ様、ユトは別に噛みついたりしないんでもう少し寄って貰っていいですか? 話しづらいです」


 シルティーナ達の居る所より10歩程離れた木の陰に隠れながら様子を伺うミリアーネは、シルティーナに言われて僅かに近付いたものの、その距離はやはり5歩程度の間があった。


「ユトは私達が所属しているギルド、"双翼の剣"のメンバーの一人です」


「ユト・アルザイダーだよ。よろしくね」


「あ、ミリアーネ・フルクトルです」


「ユト、お前マスターから緊急招集の手紙届いてないか? 何でまだこんな所に居る?」


「あぁ、届いてるよ。これでしょ?」


 そう言ってユトが取り出したのは白い封筒。


「届いてるなら早く帰ってあげろよな。お前らが好き勝手動き回ってるから、マスターが涙目になりながら駆けずり回ってるんだろうが」


「大丈夫だよ。ボクがこの国に居る事はマスターには連絡済だから。どうせ最後は皆この国に来るんでしょ? なら態々帰るのメンドイからクーちゃん達の方を手伝うって事で話しは纏まってたんだけど、まさかシルティ嬢達の方に先に会うとは思わなかった。森の中で聖女様見つけた時はどうしたもんかと思ったよ」


「あぁ、そうだったな。聖女様を上手くのせてくれた様で、助かったぜ」


「そうそう、その事だけど、あの子本当に大丈夫なの? ここまで簡単に信じられるとは思わなかったよ、ボク。まぁね、シルティ嬢と君が護衛の依頼を請けた時点で聖女様に対してどんな扱いをするかは分かりきってたけどさぁ、あそこまで思考回路がぶっ飛んでる子だとは思わなかった。凄いよ。聞いても無いのに自分は異世界から来たって事をペラペラと話し出してさ、仕舞いには"私はこんなに皆の為を思って頑張ってるのに"だってさ」


 彼女の話の中では、まるで自分が悲劇のヒロインか何かの様に語られる。

 突然知らない世界に来てしまった可哀想な自分。

 地位のあるお嬢様に苛められてそれでも健気に頑張って最後には見事お嬢様の悪事を暴く自分。

 いきなり国を救う聖女様にされ、それでも自分を助けてくれた人達の為に傷付きながらも立ち向かい続ける自分。

 かつてその悪事を暴いたお嬢様とその仲間達に虐げられ、命の危険に脅かされながらも皆の為に頑張る自分。


「のにのにのに、ってさ。そればっかりだった。"自分はこんなに頑張ってるのに"、"やりたくてやってる訳じゃないのに"、"元々この世界の人間じゃないのに"、"闘う力なんて持ってないのに"、"浄化なんてやった事無いのに"、"ただの無力な女なのに"…………シルティ嬢よく耐えてたね。ボクならあんな存在が目の前ウロウロしてたら即、ご退場願ってたよ。いくら2年前から"計画"の準備が整えられてたからって、あんな存在に自分が一度()()()()()()()()()()()()()()なんて耐えられない」


 その顔に確かな嫌悪を露にしてユトは言った。


「ふふ。ユトはまだまだ修行が足りないのよ。私はもう2年前からずっと、聖女様を前にしたら話の通じない、自分達とは全く別の思考を持つ人外生物と意志疎通をしないといけないって位の感覚で臨んでるわ」


「あぁ、その位の感覚じゃないとダメなのか」


「けど、今回は本当に助かったわ。何せ、私やアルはもう、彼女との意志疎通を早々に諦めてしまったから、新しい"担当"が必要だったのよ。彼女あなたになついてるし、あなたが居ればちゃんと浄化もやってくれるみたいだしね」


「本当、ちょっと優しい言葉をかけてあげればイチコロだったよ。ちょろ過ぎるよ。てか、そもそもシルティ嬢達はもう少し上手く彼女を扱おうとしても良かったんじゃないかな?」


「別に、聖女様なんて私達には居ても居なくても変わらないじゃない。穢れた土地が使い物になるまでに時間を有するか否かってだけの存在のご機嫌取りなんてやってられないわ」


「言うと思ったよ、まったく」


 通常、魔物により穢れた土地は植物が育つ土地に戻るまでに数十年の時を有する。

 しかし、それは"世間一般"の常識であり、それから少し外れている"双翼の剣(彼ら)"には当てはまらない。


 "国一つ落としてしまえる程の力を持ったギルド"。真しやかにそう世界中で噂される"双翼の剣"ではあるが、その実、ギルドメンバーは百にも満たない小数ギルドである。

 けれど、それでも世界中で噂される"国一つ落とす"事は本当にやろうと思えば出来てしまうのだ。

 つまりは少数精鋭ギルド。個々の実力が一騎当千以上なのである。

 そして、そんな彼らだこらこそ出来る"穢れた土地"に対する対抗策がある。


「魔物を一掃して、光属性の結界で囲んでちょっとずつ穢れを弱めていけば数年で使える土地に戻るんだから、別に態々あんな無能な聖女様を引っ張り出して来なくてもよかったのよね」


「けどそんなのボク等以外は知らないし、そもそも魔物を倒すのも殆どの人が出来ないし、穢れた土地に張る結界だって相当高い魔力が必要になるんだから、あの方法は本当に"双翼の剣(ボク等)だから"出来る事だよ。それに、ここは一応まだ"国"だからね。元々その穢れた土地に住んで居た人達の生活とかをどうするのかっていう問題も出てくる訳だ。ボク達としても、そんなとこに人員を割くくらいなら、無能であろうが何だろうが聖女様にとっとと浄化してもらった方が有りがたいでしょ」


「分かってるわよ。だから聖女様の護衛の依頼を引き受けたんじゃない」


「まぁ、どうやら聖女様は"ボクの為"なら浄化の力を使えるみたいだから、彼女の手綱はボクが握るよ」


「ならマスターには私から連絡しとくわ。それとミリアーネ様、私達とユトが知り合いだと言うことは他言無用でお願いします」


「ぁ、はい。けど、あの、私に教えちゃってよかったんですか?」


「あの場で私達とユトだけが連れ立って居なくなれば私達との関係を怪しまれる可能性もありますからね。あなたが一緒に来ればその可能性も減りますので。まぁ、そもそも怪しむ可能性自体が極端に低い、頭の可哀想な方達なんですがね」


 にっこりと、笑って毒を吐いたシルティーナにミリアーネがひきつった笑みを返した。


 そんな二人を見ながら、ユトは再び、心の底からアカリの愚かさを憐れんだ。


 2年前から……否、それより前。彼女がこの世界に来る前からずっと、アカリの周りは沢山の巧妙な"嘘"により成り立っていたのだ。


 彼女はそれに気付かない。疑う事すらしない。


「あぁ、何とも愚かな子だ」


 そう呟いたユトの顔は、酷く楽しげなモノだった。

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