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特別な彼女

 こんなはずじゃなかった。


 そうだ。こんなはずではなかったのだ。


「……もぅ、いや」


 呟いて座り込む。


 陽が高い日中とはいえ、木々が生い茂る森の中は少し薄暗い。

 自分の体を抱き締める様にしてギュッと目を閉じた。


「可笑しいわよ! 私が"主人公"なのに、何であの女が威張ってるのよ!! そもそも誰よ"クロイツ"って? ゲームにはそんなキャラ居なかったじゃない。あの女も国外追放された後は出てこなかった筈なのに、何でまた登場してんのよっ!! アルハルトと一緒に来るのは"彼"の筈でしょ!! 何であの女が……っ!?」


 溜まった不満を吐き出している時だった。

 ガサリ、と揺れた近くの藪。

 固くなった体を無理矢理動かして藪の方を向くこと数秒。一際大きく揺れた藪の中から人が出てきた。


 焦げ茶色の髪と同色の瞳。肩より少し長めの髪を後ろでちょこんと結んだその人物は何と言うか、とても平凡な顔つきをしていた。

 旅人なのだろうか、動きやすそうな服に腰に提げられた短剣。肩から提げられているバッグは少し大きめだ。

 アカリと目があってキョトンと瞬いたその人はしかし、性別だけがはっきり分からなかった。


「あー、えっと? 君、こんな所で何してるの?」


 掛けられた声すらも高くもなく低くもないため、声での判別も出来ない。


「……」


「ボクは"ユト"。"ユト・アルザイダー"。君は?」


「……アカリ、です」


「綺麗な名前だね。アカリ、君は何故こんな所に居るの?」


「…………」


 答えないアカリに苦笑したユトがその隣へと腰かけた。


「君は、何処かから……何かから逃げて来たのかな?」


「っ!? な、何でそんな事……」


 図星を指され思わず声が上ずったアカリにユトが笑う。


「ボクはね、世界中を回ってるから沢山の"訳あり"な人達を見てきた。だから分かるよ。君も"訳あり"で、しかも"逃げた"んだって」


「……」


「まぁ、別にいいんじゃないかな」


「え?」


「逃げたい時は逃げてもいいのさ。やりたくない事や出来ない事は無理にやらなくていい。その代わり、やれる事を精一杯やればいいんだから」


「むりに、やらなくていい……」


「そ。他人の過度な期待なんて無視してしまえばいいのさ」


「……」


 パチパチと数回瞬いたアカリの目に涙が浮かんだ。


「ぇ、え!? どうしたの!? ボク、何か君を泣かせる様な事言ったかな!?」


「ちが、違うの……ただ、嬉しくて……」


 この旅に出てからアカリに向けられる周りの目は変わった。

 "聖女"に期待する国王や王子、国民達。自分の護衛で同行することになった者達はただの"アカリ"を守ってはくれない。

 やれるかやれないのかではない。やれ、と。

 今まで触れたことも無かった余りに残酷で冷酷で無慈悲な"世界"に混乱するアカリにそれでも、無理矢理にでもやれと言ってきた。

 無理だと言って逃げるのならば、そんな存在(聖女)は要らないから見捨てると言われた。

 誰も、誰一人として、アカリに逃げ道を用意してくれてはいなかった。


 だから嬉しかった。聖女ではない、アカリに向けられた優しい言葉が、ただただ嬉しかった。


「私は、」


 だから、ユトになら話そうと思えたのだ。


ーーー

「そっか。アカリが聖女様だったんだね」


 アカリの素性とこれまでの出来事を聞いたユトはただそう言って頷いた。


「私は、何か特別な力を持ってる訳じゃない……ただ、別の世界の人間ってだけで何でこんな危険な目に遭って、見ず知らずの人達の為に頑張らないといけないの?」


「……」


「確かに、この国の人達にはよくして貰ったけど、でも、だからって……」


「そうだね」


 吐き出した不満にユトが同意を示す。

 焦げ茶色の瞳が優しくアカリを見ていた。


「君は十分頑張ってるよ。アカリに特別な力がない訳じゃない。この世界においては君という存在が特別なんだ。だから皆君に期待してしまうんだよ、きっと」


「私の存在が特別?」


「そう。けれど、君の同行者の人達はそれが分からないんだ。だから君に酷いことを言える」


 ストン、とその言葉が胸に落ちてきた。


 そうか、私が悪い訳じゃない。私が間違っている訳じゃない。


「けど、そんな人達に君が役立たずだと思われたままなのは何か釈然としないね」


「そう、かな」


「そうだよ。君はとても素晴らしい力を持っている。それを君の同行者達にも理解して貰えればいいのに。そしたら、君がどれだけ素晴らしい存在か分かるのに」


「そんな、私は別に……」


 ユトが分かってくれれば、とは言葉にならなかった。

 出会ってまだ数十分。けれどアカリは、この世界の人の中で誰よりもユトに気を許していた。

 不思議な存在だ。気が付けば心の内に入って来ていて、欲しい言葉をくれる。


「そうだ! ボクとアカリでルフハナ村の浄化をしてしまおう。そしたら君を要らないって言った同行者の人達に一泡ふかせられる」


「私とユトで?」


「そう。ボクに浄化の力は無いけれど、魔法を使う事に関してはアカリより経験が豊富だ。だからきっと役にたてるよ」


「けど、私浄化なんて……」


「出来るさ。だってアカリは"特別"なんだから」


 にっこりと笑って言われると出来そうな気がしてくる。


「やって、みようかな」


「そうだよ! 失敗したっていい!! 兎に角二人でやってみよう!!」


 "二人で"という言葉がアカリは何より嬉しかった。

 ユトはアカリの為に、アカリの事を思って行動してくれるのだ。

 ユトが喜んでくれるのなら、自分はきっとなんだって出来るとアカリはそう思うのだった。


ーーー

 眩い光が辺りを包み、ルフハナ村を覆い尽くした。


 穢れた土地から上がっていた黒い靄を光が包み込み、白く輝く粒子となって空へ消える。


「キレイ……」


「そうだね」


 ルフハナ村の手前、ミリアーネにより張られた淡く輝く光の結界の前に立っているアカリとユトは笑って顔を見合わせた。


「アカリ様!!」


「ぁ、テドラ……」


「探しましたよ、アカリ様。これは、あなたが? 浄化出来たのですね!? ……その者は?」


 そんな二人の前に現れたのは息をきらしたテドラだ。

 沢山の光の粒子が空へと消えていっているルフハナ村を見て目を見開いた後、ユトを見て警戒を露にする。


「アカリの同行者の人かな? ボクはユト。ユト・アルザイダー。通りすがりの者だよ」


「……テドラ・バルラトナです。これをやったのは……」


「アカリだよ。ボクは手を貸しただけ。彼女は"特別"だからね」


「……取り合えず、シルティーナ様達の元へ戻りましょう。話しはそれからです」


「…………いやよ」


「アカリ様?」


 差し出されたテドラの手を振り払ったアカリがユトの腕に手を回した。


「どうしてあんな人達の所に戻らないといけないの!? 私、ユトと行くわ!! ユトと浄化の旅をする!」


「アカリ様!?」


「アカリ、それはちょっと……」


「どうして? ユトは旅人でしょう? なら、それなりに強い筈よね? ユトならきっと魔物にも負けないわ! ユトが魔物を倒して、私が浄化するのよ。ね? いい考えでしょ?」


「……アカリ、取り合えず一旦君の同行者達の元へ戻ろう。ボクも行くから」


「でもっ!!」


「大丈夫。ボクはアカリの側に居るよ」


「…………分かったわ」


 取り合えず頷いたアカリにテドラは胸を撫で下ろすのだった。

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