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全てを失った2年前

2年前、シルティーナには全てがあった。

時に厳しく時に優しく彼女に無償の愛をくれる両親。

幼い頃から共に育ち心の底から信頼できる従者。

家の後継ぎとして勉学に励む傍ら自分を可愛がってくれる尊敬できる兄。

騎士になりたいと剣の稽古に一生懸命な愛らしい笑顔で慕ってくれる弟。

共に学び笑い合える学年の垣根を超えた多くの友。

自分の相談を親身に聞いてくれ時には過ちを正してくれる頼りになる教師。

互いに支え合い共に国を担って行きたいと思える愛する婚約者。

次期国王の妃として自分に期待を寄せてくれる敬愛する国王夫妻。

貴族だからと疎遠せず声をかけてくれる守りたいと思える民達。

それら全てを守り、豊かにし、支え、支えられ、愛し、愛される未来。


全てが、あったのだ。

彼女が来るまでは…


"アカリ・フユハラ"と言う名の少女が異世界からやって来たのは、1年も終わりの雪が降り積もるある日の昼下がりだった。

慌ただしい足音を立てて騎士が学園へとやって来て、シルティーナと彼女の婚約者で第一王子のフラクト・リディーランに今すぐ登城するようにとの王命が伝えられた。


城に着いて通された謁見の間で、二人は困惑するしかなかった。

玉座に座った王とその右隣の正妃、二人の一歩後ろで控えているシルティーナの父であり宰相のバルラトナ公爵。その隣に佇んでいる騎士団団長。

謁見の間の左右の壁に沿うように並ぶ騎士達。

そこまでは良かった。

別に変わりない、二人も慣れ親しんだ"謁見の間"の雰囲気だった。

けれど一つだけ。何時もと違うモノがあった。

王と二人の間に所在なさげに佇む一人の少女。

それが"アカリ・フユハラ"だった。


突然王城の中庭に現れた彼女は異世界から来たと言った。

異世界からの訪問者はこの世界では数百年に一度ある事で、文献も多く残されている。

彼等はこの世界では既に失われた魔法である治癒魔法を使う事が出来、故に異世界からの訪問者を迎えた国はその人物を保護し、生活を保証する様に暗黙の了解として定められていた。

それはリディーラン王国も例外ではなく、王を後見人とした彼女はシルティーナ達が通う学園へと編入する事となったのだ。

二人が呼ばれたのは、この世界について何も知らない彼女に手を貸してやって欲しいという王の心遣いからだった。


そうして学園に通い出した彼女は、多くの男達を魅了していった。

何をどうしたのかなど分からない。

ただ事実として、学園の中でも人気の高い人達を中心に果てには先生までをも魅了した。

シルティーナが所属する生徒会の役員達、婚約者であるフラクトや兄であるジルド。弟のテドラに従者のユージンも彼女に魅了された人物だった。

彼女に魅了された彼等は彼女の願いは何でも叶えた。

競いあう様に贈り物をし、爵位を持たない彼女を夜会のパートナーとして連れていく事もあった。

授業になど参加せず、常に彼女の側に在った。

最初は嫌悪を顕にしていた女子生徒達もアカリの底抜けな明るさと飾らない可愛さに次第に懐柔されていった。

そうして半年もしない内にアカリは学園の人気者になったのだ。


しかし、そんな彼女がもたらしたのは決して良い事ばかりではない。

寧ろ悪い事の方が多かった。

けれども誰もそれには触れなかった。

見てみぬふりをした。

そしてその全ての尻拭いは生徒会で唯一仕事をしていたシルティーナが行っていた。

忙殺される程の量の書類を一人で終らせ、授業放棄した教師の代わりを見繕い、アカリの贈り物の為に減る一方の国税を財務大臣と話し合い何とかし、アカリの願いにより無計画に行われた貧困市民への炊き出し後に彼らに自らの力で生きて行ける様にと職を紹介し、爵位を持たない女の夜会の出席にいい顔をしなかった貴族達へ頭を下げて回り、自分と同じ様に婚約者がアカリばかりを気にかける様になってしまった令嬢達を茶会へ招待し新しい婚約者候補と出会わせ、そしてアカリ自身に余り目に余る行動をしないでくれる様に訴えた。


そして時々王に進言したのだ。


"魔物が現れ始めている"と。

"彼女に対する警戒と注意を怠らない様に"と。

"彼女の我が儘とも言える言動がこれ以上酷くなると国が荒れる"と。


けれど進言は苦言とされ、アカリの存在を自国のみの益としたかった王はシルティーナの意見など破り捨てた。


学園では生徒会室に籠りっきりになってしまったシルティーナの代わりにアカリがそれまでの彼女の地位に座り、いつの間にかシルティーナの学園での居場所は無くなっていた。


それと同時に流れ始めた噂があった。

婚約者をとられたシルティーナがアカリに嫌がらせをしているという噂とシルティーナが不正に国税を使い込み贅沢三昧しているという噂。

どちらも事実無根であり、真実とは程遠いモノだったが、それを真正面から否定出切る者は居なかったのだ。

なんせ生徒会室に籠りっきりのシルティーナがそこで何をやっているのかなど、誰も知らなかったのだから。

そして、その噂に現実味を持たせる証拠が次々と上がって来たのだ。

無惨にも切り刻まれたアカリの持ち物たち。

シルティーナに水をかけられたとビショビショになって保健室に駆け込んだアカリ。

シルティーナに呼び出しを受けたと泣きながら自分を好いている男達に相談し、ぶたれたと頬を赤く染めて泣くアカリ。

国王主催のパーティーでシルティーナにドレスにワインをかけられたと落ち込むアカリ。

しまいにはシルティーナに階段から突き落とされたと言い出した。

国税の方に関しては財務大臣が固く口を閉ざしてくれていた。

この全てに置いて、シルティーナは自分は無実であると断言できた。

けれどその無実を証明する場も、本当にシルティーナがやったのかを追求する者もいなかったのである。


そうして迎えた運命の日。

終業式の最後の項目として壇上に上げさせられたシルティーナは、全校生徒が見ている前でフラクトから婚約破棄を言い渡され、ありもしない罪の糾弾を受けたのだ。


涙ながらにシルティーナにされた事を語るアカリと彼女を守る様に寄り添う男達。

国税の不正な使い込みについて身に覚えのない罪の責任を問うて来るのは国王である。宰相でシルティーナの父は娘を庇うでも無く事の成り行きをただ静かに傍観していた。

信じていた従者や愛していた兄や弟、婚約者にはもう自分達に関わるなと言われた。

友だと思っていた者達は罵詈雑言を並べ立てた。

身に覚えが無いと、自分は何もやっていないと訴えても誰も信じようとはしてくれなかった。

シルティーナを囲んでいるのはアカリに心酔している身分の高い者達ばかりで、他の生徒(特に未だシルティーナを信じ、尊敬している者達)が口出しする隙など与えられず、もしそんな隙があったとしても、自分より位の高い者達に物申しが出来る者など居なかった。

それぞれの心内はさて置き、事実上その場にシルティーナの味方は一人も居なかったのだ。


そうしてシルティーナは婚約破棄と同時にバルラトナ公爵家からの絶縁と国からの追放を言い渡された。

彼女が築いて来た全てが崩れ去り、彼女は全てを失ったのだ。

騎士達に連行される直前。男達の背に庇われながら、その口元に笑みを浮かべたアカリの姿をシルティーナは生涯忘れられそうにないと思った。

人間はあんなに醜く笑うことが出来るのだと知った瞬間だった。


それから"国外追放"と銘打って置きながら、国外まで連れて行って貰うことすらされず、身一つで放り出されたシルティーナは仕方なしに隣国を目指して歩き始めた。

しかし"隣国"と言っても大陸国家が主流のこの世界では船で海を渡らなければ他国には行けない。

王都は大陸の中央に位置し、港がある街に行くだけでも馬車で数日を要する程の距離を徒歩で行くなど無謀であった。

それでも馬車を借りるお金も、馬を買うお金も無いシルティーナは歩くしかなかったのだ。

そしてそんなシルティーナに更に追い討ちをかける様に、王から民にシルティーナが国外追放になったという報せが回り、隣国へ渡ろうとしているシルティーナに手を貸す事の一切を禁じたのである。

そして民達はそれに忠実に従った。

それまでシルティーナが出来うる限り手を差し伸べてきた民達は、けれど彼女の危機にはほんの少しの救いも与えなかったのである。


その時になってシルティーナは気が付いた。

国王は、自分を生かす気など無いのだと。

"国外追放"と言いながらも国内に捨て置き、自力で他国を目指せと。けれど他人からの施しは一切受けれない様にして、無謀とも言える道のりを行けと。つまりは、"国を裏切った者など、その全てから見捨てられ死ぬがいい"と。

それでも打ち首や投獄などにしなかったのは、そこに"誰か"の進言があったからか……


何にせよ、国王は自分の死を望んでいる。

自分がそこまで王に疎まれる様な事をした覚えは全く無かったが、未だ学生であった只の公爵令嬢が国税に関して手を出していた(悪い意味でと思われているが)事実は国の最高指揮官である国王にとって面白い事ではなかったのだろう。


それまで敬愛していた王に死を望まれながら、それでもシルティーナは泥水をすすり、雑草を食べ、固い土の上で夜を過ごし、靴底をすり減らし、何度も命の危機に瀕して、何度も倒れそうになりながら、歩き続けるしかなかったのだ。


こんな所で死ぬ訳にはいかなかったのだ。


そうして辿り着いた海の向こうの隣国で、シルティーナはギルドに入った。

剣を握り、魔法を身につけ、髪を切り、服装を変え、少しずつ力をつけていった。

そうして1年経った頃、シルティーナは他国にまでその名が知れ渡る程に強くなったのだ。

強く成るしかなかったのだ。


そんなシルティーナの元にリディーラン王国の使者が来たのがつい先日。彼女が国外追放を受けた僅か2年の(のち)の事だった。

誤字の指摘ありましたので手直ししました。

ご指摘ありがとうございます。

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