浄化開始
「あれが"ルフハナ村"ね」
山賊達が根城にしていた邸を出発して丸二日。
周りを森に囲まれた小さな窪地にその村はあった。
「おぉ、こっから見ても分かるくらいに空気が淀んでるな」
「村を中心にして、周りの森にも少しずつ穢れが進行しているみたいね。先ずは魔物を一掃しないとどれだけ土地を浄化しても意味無いわね」
「一掃つってもなぁ。どんだけ居るかも分かんねぇのにちまちま一匹ずつやってくのか? 面倒臭いな」
「それだと時間が掛かりすぎるから、私とクロで大部分を片付けるわ。アルは討ちもらしたのをやってくれれば大丈夫よ」
「あぁ、"あれ"やるのか? なら今晩の見張りは俺だな」
「"複合魔法"だから発動に時間がかかるのが欠点よね、あれ。悪いけど宜しくね」
「あ、あの、」
ルフハナ村を遠目に眺めつつ会話をしていたシルティーナとアルハルトにか細い声がかかる。
「……ミリアーネ様、ずっと思っていたのですが、それ逆に目立ってますよ」
「え!?」
振り向いた先、山賊達から頂いた盾の後ろに隠れながらやって来たミリアーネにシルティーナが言えば、余程動揺したのだろう、盾ごと大きくその体が揺れた。
「め、目立ちますか、これ?」
「えぇ。そりゃまぁ」
山賊達がどこで手に入れたかは定かではないが、それなりの大きさがあり、使いにくくない程度の装飾がされたその盾を、戦闘でもないのに持ち歩き、事ある毎にその後ろに隠れる人がどうして目立たないと言えるだろう。
「前みたいにフードで顔だけ隠してるのならまだ目立ちませんが、流石に盾があると……」
シルティーナの言葉を遮る形でゴドン、と鈍い音が響いた。
「せ、せっかくいい感じで身を隠せる物が見つかったと思ったのに……これで目立つなら、わた、私、どうしたら……」
盾を取り落としたミリアーネが、被っていたフードの裾を引っ張って更に目深に被り直しながら途方に暮れた声で言う。
「いや、普通に気配消しの魔法をかけてたら大抵の人には気付かれないですよ」
「気配消しの魔法……そ、それだけで本当に大丈夫ですか? いきなり知らない人から壷売り付けられたり、ハァハァ言ってる人から話しかけられたり、猫耳と尻尾をつけてくれとか言われたりしないですか!?」
「……」
それはそれは必死の形相で言われた。
「お前、変人と変態に縁があるんだな……」
「……兎に角、目立つのが嫌なら気配消しの魔法をかけてフードを被って後ろで大人しくしてて下さい。そうすれば安全ですから。いいですね?」
「は、はい」
「ところで、俺達に何か用があったんじゃないのか?」
アルハルトの言葉にミリアーネが忘れていたと言わんばかりに声をあげる。
「あ、あの、さっきお話しされていた"複合魔法"って何ですか?」
フードの下から覗く黄金色の瞳がこれまでに無い程に輝いていた。
流石は魔法に秀でた種族である。魔法の事については興味深そうに食い付いてくる。
「"複合魔法"と言うのは盟約を交わした使い魔とその主だけが使える互いの魔法を組み合わせて創る新しい魔法の事です。それぞれが持つ属性の魔法を足したり引いたり掛けたり割ったりして二人で発動する一つの魔法を造り上げるんですよ。それを私達、使い魔を持つ人間は"複合魔法"と呼びます」
「大抵の"複合魔法"が広範囲に影響を及ぼし、高い威力を誇る。まぁ、使い魔や主によって創られる"複合魔法"は違ってくるからその特性も一つとして同じものはないんだけどな」
「広範囲の影響に加えて高い威力……すごい」
「けれど代わりに膨大な量の魔力と集中力が要るのであまり好んでは使いませんし、敵味方が入り乱れる戦場何かでは不向きです」
「まぁ、必要となる魔力とかもそれぞれの実力によってピンキリあるんだけどな。膨大な魔力量と集中力が要るって事はそれだけ主と使い魔どちらともの実力が高いって事だ」
「私とクロの"複合魔法"は発動するまでに半日は魔力を高めないといけません。下手をするとここら一帯を焦土にしかねないので魔力と魔法をコントロールする為の集中力も相当要ります」
「その代わりに使った後は魔力が殆ど空になるから暫くは満足に闘えない。だからたまに居る討ちもらしを片すのが俺の役目という訳だ」
「分かって頂けましたか?」
一つ頷いたミリアーネが後ろで火の番をしているクロイツを振り返った。
その視線の意味に気付いたシルティーナが笑みを浮かべる。
「ふふ。魔法を発動するのは明日です。その時にクロの本当の姿も見れますよ。楽しみにしててください」
「はい」
好奇心一杯の顔で頷いたミリアーネにシルティーナとアルハルトは顔を見合わせて苦笑を溢すのだった。
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ーーー
ー
次の日。まだ朝霧が晴れない明け方。
一行は昨日よりも近い距離でルフハナ村を見ていた。
「これが穢れた土地……」
「あれが魔物……」
村全体を覆う黒い靄は村の土から発生しており、村の中及びその周辺に生えている植物は全てが枯れている。
そして、そこを闊歩する異形のモノ。
黒い靄を纏い、1歩進む毎にその地を黒く穢れさせるモノ。
獣に非ず。人に非ず。この世にない形を持ち、この世にない声で鳴く。
正に異形。正に異常。正に異質。
それこそが、"魔物"と呼ばれるモノ達だった。
「あれと、闘うのか……?」
「あんなモノと……」
「さて、始めようか」
恐怖に顔を染めるアカリ達を他所に、シルティーナが常と変わらぬ声をあげる。
「おー。ティル、頼むな」
「お任せ下さい」
シルティーナの言葉を聞いたアルハルトがティルティンクルへ視線を投げれば、彼女は心得たとばかりに頷いて上空へ飛び立つ。
村の丁度真上に到達したティルティンクルが二度、手を打ち鳴らした。
小さい彼女の手から鳴る音はとても小さく、しかし不思議な事に地上に居るシルティーナ達にもしっかりと聞こえた。
鳴らされた手の音が止むその瞬間、ティルティンクルを中心に風が吹き始め、瞬く間にそれは地上に居るシルティーナ達をも巻き込んだ大きな風の塊へとなっていく。
パン!ともう一度鳴らされた手の音に風の塊が大きくなるのを止めてそのままその場に留まった。
「これは……」
ドーム型の風にルフハナ村とシルティーナ達がすっぽりと覆われている状態である。
「"風刃の牢"という風の魔法ですよ」
興味深そうにその風で出来た壁を見るミリアーネにシルティーナが説明する。
「風刃……」
「触らない方がいいぞ」
ソロリと伸ばされていたミリアーネの手がアルハルトの言葉に動きを止めて自身の胸元へと戻された。
「名前の通り、それは風の刃だ。触れたが最後。全てが木っ端微塵だ」
「魔物の殲滅が終わるまでは私達も魔物も誰一人としてここからは出れません。ルフハナ村に居る魔物を一匹残らず討つには遠くへ逃げられる訳にはいかないので」
「成る程……」
感心した様に頷き、再び興味深そうに"風刃の牢"を見るミリアーネ。
そんな彼女に苦笑を洩らし、シルティーナはクロイツへと向き直った。
「それじゃぁ始めようか」
「あぁ」
シルティーナの言葉に頷いたクロイツが一瞬にして暗い"闇"へと姿を変えた。
「ぇ、」
「な、え? なにが……」
その"闇"はどんどん広がり、"風刃の牢"が囲んでいる全ての範囲を覆い尽くす。
それは、暗く黒く深い"闇"。
魔物達が撒き散らしている黒い靄などとは比べ物にならない程の本当の"闇"であった。
穢れにより薄暗かった視界は、その"闇"によって完全に黒く塗りつぶされ、自分が今目を開けているのかすらも分からない程だ。
「数多の輝く命の前に、」
そんな"闇"の中、凛とした声が響いた。




