前途多難
シルティーナはただ、目の前で右往左往する彼等にどうしたものかと息をついた。
「まさか、野宿の仕方も知らずに旅のメンバーに名乗りを上げているなんて……」
最早"呆れ"の一言に尽きる。2年前の自分もここまで酷くは無かったと、これから先の事を思ってシルティーナは軽い目眩に襲われた。
浄化の旅に赴く者達の出立は、そのメンバーからは考えられない程に地味で、人目を忍ぶものであった。それもその筈。旅のメンバーの3人(クロイツも入れれば4人)がリディーラン王国に籍を持たない者であり、更にその内の一人に関して言えばかつて自分達が国外追放した者なのだ。流石にこの面子を大々的にパレード紛いの事をして見送る恥知らずな事は出来なかったのだ。
シルティーナから言わせれば、そこで恥を気にするのならば、何故自分を呼び戻したのかと問いたい所である。かつて自分達が追放した者を頼り、国の行く末の重要な部分を任せるなど、恥どころの騒ぎではなかろうに。
まぁ、何にしてもまだ陽も登りきらない早朝に王族と僅かな貴族、騎士達に見送られて出立したシルティーナ達は一先ず一番近い穢れた土地である"ルフハナ村"へ向かう事にしたのだった。
移動手段として与えられた馬車にはアカリとテドラ、フラクトの3人が乗り、アルハルトが御者席に居る。シルティーナは黒馬に姿を変えたクロイツに跨がり、アルハルトの愛馬である栗毛の"カレン"にはミリアーネが乗っていた。
ルフハナ村は大陸の南に位置し、通常王都から馬車で5日の距離にある。途中にある村で馬の交換を行い、馬車の旅に慣れていないアカリに合わせながらの旅になるだろうが、それでも1週間で行ける場所である。
この時、シルティーナは旅慣れしていないのはアカリ一人だと思っていた。それが大きな間違いだと思い知らされたのは王都を経って直ぐの事だった。
「…………あなた方は何処へ向かわれる気ですか?」
王都を囲む外壁から外へと繋がる4つの門。その内の1つ、南側に面した"南門"から出た一行だったが、約3名がそこから東へと進路をとったのを目にしたシルティーナはその3名を素早く馬車へ押し込んで進路修正した。
「あり得ない……自国の地図も頭に入ってないの……?」
地理の把握は基本中の基本である。思わず頭を抱えたシルティーナにクロイツが労う様に嘶いた。
これから始まったシルティーナの苦労。
やれ、馬車が揺れてお尻が痛い。やれ、お腹が空いた何か食べていいか。やれ、果実酒が飲みたい何故無いのか。やれ、自分も馬車ではなく馬に直接乗りたい。やれ、目的地には何時着くのか。やれ、今日の宿は何処でとるのか。やれ、もう少し上等な馬車は無かったのか…………etc.
お前等はピクニックにでも来てるのか!?と怒鳴らなかっただけ偉いと思って欲しい。
全てをサクッと無視してシルティーナはただただ進み続けた。そんなシルティーナに更に追い打ちをかけたのが、日が傾き始め野宿の場所を確保した後からの出来事だった。
「私とハルで食料と水の調達と周辺の見回りをしてきます。皆さんは火をおこして休んでいて下さい」
「食料の調達って、食料はあるだろうが。何を言っている?」
「"何を言っている"は此方の台詞だな、王子様。用意された食料は乾物が多く有事の際に必要になってくる。食料が調達出来る所ではその場で調達して、そうやって日持ちする食料の減りを少なくするのが得策だろうが。まぁ、もしもの時に飢え死にしたいなら話は別だがな」
呆れを全面に出したアルハルトの言葉にフラクトの顔が怒りで赤くなる。
「アル、もう少し言葉を選ぼうとは思わないの? まったく。では、私達は行きますので、クロの側からは出来るだけ離れない様にお願いします」
人の姿をとったクロイツに目配せすれば無言で頷かれた。クロイツがシルティーナの使い魔である事は説明済だ。その件でアカリがどうたらこうたら言って来たが、さして重要な事でも無いので割愛する。
さて、火くらいは火属性の魔法で簡単におこせるし、焚き火の仕方など旅の知識としては初歩中の初歩だ。知らない訳がない。後は薪をきらさない様にすればいいだけだからと任せたシルティーナだったが、食料及び水の調達と見回りを終えて戻って来て、そして、目の前の光景にもう何だか呆れや怒りを通り越して笑えて来ても致し方ないと言えよう。
「……何を、やっているのですか、あなた方は?」
目の前で積み上げた小枝を前に右往左往するテドラにフラクト。その後ろ、馬車の陰から自身の持っている杖に魔法で灯りを灯してオドオドとそんな二人の様子を見ているミリアーネ。アカリに至っては馬車の中で寝息をたてていた。
「えっと、焚き火を……」
「焚き火を?」
「しようとして火をつけたが、」
「火がつかない、と」
「はい」
「……クロ。あなた、何で彼等に手を貸すくらいしなかったの?」
「我等が請け負ったのは"聖女の護衛"であろう? 無能な輩に懇切丁寧に焚き火の仕方から教えてやるのは依頼には含まれておらん」
「まぁそうだけど……けど、焚き火くらいは自分達で出来る様になって貰わないとこれから先が面倒よ」
戦闘でも野宿でも役立たずなら、本当に何故着いてきたのだと嘆くしかない。せめて野宿でくらいは足手まといにならない程に動いて貰う必要があるのだ。
「いいですか、これから焚き火の仕方を教えます。1度で覚えて下さいね」
一人呑気に寝ていたアカリも叩き起こしてシルティーナは溜め息混じりにそう言った。
「先ずは焚き火する場所を綺麗にします」
シルティーナの手の動きに合わせて風が吹き、一部の地面を綺麗にしていく。
「そこにかまどを掘って、」
大きな黒い犬に姿を代えたクロイツが綺麗になった地面を掘る。
「堀終わったら底に石を敷き詰めて枯葉を丸めた物を真ん中に置きます。そして、拾ってきた枝をその枯葉を中心に積んで行く。この時、着火点を作る必要があるので、1ヶ所開けておいてください。で、ある程度積み終わったら火を点けます」
シルティーナから目配せされたミリアーネが魔法で火をつけた。
「後は薪を切らさない様にすればいいだけです」
煌々と燃え始めた火にテドラとフラクトが感嘆の声を上げる。
「次からはあなた方の仕事です。しっかりやって下さいね」
獲ってきた鹿を捌き、手早く調理したものを並べながら言えば、アカリから不満の声が上がった。
「私今まで旅とかしたこと無いから、そういうのは皆さんにお任せしますよ。てかこれ、食べられるんですか? 私、お城から持ってきたの食べてもいい?」
「…………」
「…………」
「…………」
「アカリがそうしたいならそうするがいい。俺もそうしよう。食料の減りを少くしたいならお前等がそうやって粗野な物を食べれば済む話だ。俺やアカリがそれに付き合う必要などない」
「王子……」
唖然とアカリを見るシルティーナ達に対して、フラクトだけが彼女の意見に賛同し、テドラがそんな彼に頭を抱える。
「哀れな程に愚かしいな」
「クロ……」
「クロイツさん」
クツクツと喉の奥で笑ったクロイツがアカリの前に立った。
シルティーナとアカリが同時にその名を呼ぶが、その声音は一方は諌める様なモノに対して、一方は熱の籠った何かを期待している様なモノと全く違う。
「人間の小娘よ」
金の瞳にアカリを映し出したクロイツがその顔に獰猛な笑みを浮かべた。
「守られるだけの無力な小娘よ。我が主であるシルティの言うことが聞けぬのならば、我はこの先、シルティがいくら頼もうともお前のためになど動いてやらぬ」
「ぇ、」
クロイツの言葉に信じられないと目を見開くアカリと、疲れた様に額に手をやるシルティーナ。
「よいか、忘れるな。我等はシルティが今回の依頼を請けたからこそここに居る。お前のためなどでは微塵もないのだ。全てはシルティが望んだ事。故に我等も手を貸すが、お前がそれを軽んじ、シルティを困らせるのならば話は別だ。お前を守っているのは他でもないシルティだということを決して忘れるな」
「……な、んで…………?」
冷たく、突き放す色を称えたクロイツの瞳に映し出されたアカリの顔が歪む。辛うじて紡ぎだされた言葉は震えていた。
「なんで皆そんな女の味方をするのよ!? シルティーナがシルティーナがシルティーナがシルティーナがって、可笑しいじゃない!! 彼女は悪い事して国を追放されたのよ!? "悪役令嬢"なの!! "主人公"は私なのに、何で皆してソイツの味方をするのよ!? "ゲーム"じゃこんなの無かったのに!!」
「ア、アカリ? いったいどうしたんだ……?」
取り乱すアカリにフラクトとテドラとミリアーネが困惑気味に、それでも兎に角宥めようと近づく。
そんな彼等の後ろでシルティーナはアルハルトと目を合わせて頷いた。
「どうやらクラリナの情報は本当だった様だな。なら、"あの話"も本当か」
「まぁ、本当なんじゃない?取り合えず、クーちゃんに手紙出して、今後どう動いたらいいか聞こうか」
「そうだな」
"悪役令嬢"。
"主人公"。
"ゲーム"。
これらが意味する事が何なのかを、シルティーナ達はよく知っていた。だからこそ、アカリの今の発言が今後の彼女の運命を決めてしまったのだということもまた、理解出来た。
「口を噤むという事を少しは覚えるべきね、聖女様は」
口に出すべき事と、そうでない事がこの世には確かに存在していて。それをきちんと見分けられるかが、自身の望む結末へと辿り着けるかどうかに繋がって来るのだ。
「あいつがクラリナの言う通り、自分を"ゲームの主人公"だと思い込んで動いてるなら、そんな事は考え無いだろうよ。何せ此処は、聖女様にとっちゃ"乙女ゲームの世界"なんだからよ」
「そうね。……残念ながらこの世界の人間にとっては此処が"現実"なんだけど。彼女はそれすら気付かない。だから、自分で自分の首を絞めている事にすら気付いていないのよね」
"先見の魔女"は言った。
此処とは違う世界。此方の人間が"異世界"と呼ぶその世界には、この世界を舞台にした"ゲーム"なる物があるのだと。それは完全に"異世界"の者が想像で造った世界観であり、物語だが、それでも確かにこの世界と繋がる"何か"はあって、その"何か"がこの世界に現れた時、"ゲームのシナリオ"はこの世界の"現実"として動き出すのだと。そして、"冬原アカリ"と名乗った"何か"が異世界から来て、この世界の"シナリオ"は始まったのだ。
「さて、これからが忙しくなるわね」
何時までもこの世界が"乙女ゲームの世界"だと思っている愚かな聖女様は何時になったら気付くのだろう。自分が今生きているのは、紛れもない"現実"だということに。だからこそ決められた筋書き通りになどいくわけもないということに。
何より彼女は自分の手でその決められた筋書きを歪めたのだ。一番最初、彼女が自らを"冬原アカリ"と名乗ったその瞬間に全ては崩れ去ったのだ。
喚くのを止めて今度はまるで悲劇のヒロインの如く泣き出したアカリを慰めるフラクトとテドラ。そんな3人を一歩離れた物陰から除き見るミリアーネ。そんな彼等を一瞥してシルティーナは取り合えず、今後の旅を思ってため息を吐き出した。




