動き出す者達
「あのミリアーネとかいうエルフに全部話して良かったのか?」
アルハルトの問いにシルティーナが彼を見上げた。
「彼女が王や王子、聖女様に話す恐れがあると言いたいの?」
「あぁ」
「大丈夫よ。彼女、私達の話を他言しないと約束した時に右手を顔の横に挙げてたでしょう? あれ、エルフの誓いのポーズなんだって。何があろうが、交わした約束を違える事はないっていう、誓いの証。格好いいよね。私達とは大違い」
楽しそうに笑ったシルティーナにアルハルトとクロイツが肩を竦めて苦笑する。
彼等は今、王城から帰っている途中だ。あの後、何故かパーティー用のドレスを身に纏って現れたアカリの存在は綺麗に無視して、浄化の旅のメンバーの顔合わせは(シルティーナにより)強制終了となった。不満そうに何やら喚いていたアカリの存在など眼中に無いといった様なシルティーナはミリアーネを連れてその場を去り、アルハルトとクロイツもそれに続いた。
そしてミリアーネに話されたシルティーナの"全て"。それを聞いたミリアーネはシルティーナにその話を他言しないと誓ったのだ。
「あのエルフをやけに気に入ったようだな」
「ふふ。"ミリアーネ・フルクトル"という名に覚えは無い? アル?」
「"ミリアーネ・フルクトル"ねぇ……」
考え込むこと数秒。アルハルトはあぁ、と気の無い声を上げた。
「ギルドの依頼で見た名だな」
「そう。"捜し人"の依頼でね。リゾルダ島までが少し遠かったから流してたけど」
「という事は、あのエルフは誰かに捜されていると?」
「"誰か"と言うより、彼女の"家族"に捜されているのよ。自分達の群れの長が居なくなったから探して欲しいってね」
「シルティ、お前まさか……」
「彼女の魔力も魔法の才能も味方に付けておいて損は無いでしょ? それに、今回の依頼が終わった後に彼女を連れてリゾルダ島に居る群れの所まで帰らせたなら、"捜し人"の依頼も遂行した事になる。ギルドの依頼受理が事後承諾も可能で良かったわね。じゃないと誰かが一度帰らないといけなかったから」
彼女を"綺麗"だと思ったのは事実だ。そこに僅かな下心があったとしても、シルティーナの目から見てミリアーネはとても綺麗な存在だった。その容姿もだが、その心が綺麗だった。何度人間に騙され利用されようと、それでもまたこうして人間の為にその力を使おうとしている彼女の存在は、シルティーナからしてみればまるで奇跡の様な存在だったのだ。
けれど、それだけで自分の全てを話してしまえるほどシルティーナはもう、他人に対して無条件の信頼を寄せる事は出来なくなってしまったのだ。
「彼女には全て話す"価値"があった。それだけの事。信じている訳じゃないけど、少なくとも彼女が"依頼内容"である内は守り、共に在るわ」
それを"利用している"と言う人も居るだろう。けれど、今のシルティーナにとってはそれが自身が心を許した者以外に示せる最上級の敬意なのだ。
同じ"依頼"であったとしても、全て話す事などせず、気持ちを向ける事すらも無く、ただその内容に背かない様にするだけのモノもある中で、全てを話し、向けられた信頼を裏切らない様にと動くそれは、今のシルティーナを良く知る人間にしてみれば、ある種最も分かりやすい彼女からの信頼の証であった。
「そうだった、シルティ。今朝"アイツ"から手紙が来たぞ」
「そう。何だって?」
「全ては滞りなく順調に進んでるってよ。だから、こっちの事をなるべく早く済ませろと言ってきた。最長でも半年だそうだ」
「半年あれば事足りるわ。この国はそう広い訳じゃないし、魔物を倒して穢れを祓うだけの旅だもの。今の所魔物により穢れが生じたのは村2つと町が3つ。魔物は人が住んでいる所にしか現れないから、その5ヶ所を浄化すれば依頼は完了よ。まぁ、その間に他の所に被害が拡大しない様に何か対策を立てないといけないのだけれど」
「あぁ、それなら"アイツ"が手を打ってくれるみたいだぞ」
「何か対策があるの?」
「"先見の魔女"を寄越すそうだ。彼女なら、まぁ、何とかしてくれるだろ」
「彼女なら心配は不要ね。マスターは何て?」
「俺等に任せるとよ。まぁ、各国に散ってる奴等を集めるのに忙しくてこっちにまで手が回らないんだろ」
「皆自由人だからね」
「何はともあれ先に穢れを浄化しない事には話が先に進まないから、とっとと終わらせろとのお言葉だ」
「そうね。その為にも聖女様に頑張って貰わないと」
愚かで浅ましいこの国の人間達の一体どれ程が気付いているだろうか?
浄化の旅に赴く"聖女の護衛をする事"と、"この国を救う事"は決して=などでは無いということに。
ギルドの"依頼"には、それ相応の"報酬"というものがあり、シルティーナが国王に願ったのはあくまでも"シルティーナ個人が望んだ願い"で、シルティーナ達が請けた依頼の"内容"及び"報酬"が意図的に語られなかった事に。
一体どれ程の人間がその隠されている部分の重要性に気付けるだろうか?
「気付いた時にはもう遅いのよ」
そう言って、シルティーナは楽しそうに笑った。
ーーーーー
ーーー
ー
同日の夕刻。ルラン王国王都の一画にある"双翼の剣"と書かれた看板が下がる建物の奥の一室に備え付けられた円卓に5人の男女が座っていた。
「それで? 貴女は何時こっちを経つのですか、先見の魔女?」
「その呼び名は恥ずかしいからやめてくれないかなぁ。うちにはちゃんと"クラリナ・ハミューリー"って名前があるんだからさ、せめて仲間内くらいは名前で呼んでって言ってるじゃん」
「名前より渾名の方が知られてるんだからしょうがないっスよ。クラリナさんを名前で呼んで直ぐに先見の魔女だって分かる人、殆ど居ないじゃないっスか」
「貴方も人の事は言えないでしょう、"レイン・ナナセイト"。貴方があの"神雷の槍使い"だなんて、名前のみで分かる人はそうそういません」
「それ、オレ等全員の事」
「そうですわねぇ。私達は皆さん本名より渾名の方が知られていますので、名前で人物を特定してもらえるのは至難の技かもしれませんわねぇ」
「あぁ、うちもシルティやアル君みたいに最初から名前を売り込んどくべきだったなぁ。"先見の魔女"とか、マジ厨二じゃん」
「ちゅう、に……? 相変わらず、時々訳の分からない言葉を使いますね、貴女は。それより、マスターと"彼"はまだなのですか?」
「マスター、来ない。ギルドの皆、集める。忙しいって」
「"彼"はもうすぐ来ると思いますわよ? シルティーナ様から返事があった事は伝えましたもの」
「あ、シルティからの返事来たんだ? 早かったねぇ。何て?」
「浄化の旅は半年もかからず終わるそうですわ。まぁ、それもクラリナ様のお働き具合によるそうですが、心配はしていないので頼んだ、との事です」
「うわぁ、プレッシャー。ま、シルティの為だ、頑張るさ。ついでに、うちが全部の"計画"を進めちゃってもいいんだけどね」
「それやるとシルさん怒るっスよ」
「けど元々シルティは今回の"計画"には関わらない予定だったじゃん。バカなリディーランの王様が無神経にもシルティの力を借りようなんてするから、シルティはもう二度と関わりたくもなかった国とまた関わる事になっちゃったんだよ。腹が立つ」
「それを是としたのはシルティ嬢です。リディーランの王から呼び出しがかかった時に断る事も出来たのに、態々向こうに出向いて目前で拒否してやると笑って行ってしまったのが運の尽きでしたね。これを好機と"彼"が"計画"の準備を開始してしまい、マスターが行動に移ってしまったのですから」
「まぁ、依頼を請けたって事はシルさんも"計画"に関わる事にしたって事っスよね? なら、俺等はシルさん達が上手く動ける様にきっちりサポートするっスよ!」
「それは頼もしいな、レイン。ならお前はクラリナのサポート役として共にリディーラン王国へと向かえ」
5人の会話に別の声が加わる。その声を聞いた瞬間に一斉に立ち上がった5人が右手を胸に宛て深く礼をした。
濃紺色の髪に同色の瞳を持ったその人物は一同を見渡した後、1つ頷き椅子に座った。
「全員揃っているな。遅くなって悪かった。楽にしていいぞ」
その言葉に再び全員が席につく。
「ジン様、俺がクラさんのサポートってマジっスか?」
「マジだ。アイトにも許可は貰っている」
「マスターに……なら、今回の私達の役回りはジン様がお決めになるのですわね?」
「その通りだ。"先見の魔女"、クラリナ・ハミューリー及び、"神雷の槍使い"、レイン・ナナセイトの2名はリディーラン王国に出向き魔物の被害拡大の阻止を」
「はいよ」
「了解っス!」
黒の長髪と黒の瞳を持つ少女と金の短髪に空色の瞳を持った青年が返事を返した。
「"知略の将"、カミーナ・ルーランス及び、"微笑みの銃姫"、エレイン・ヒューナーの2名は引き続き"計画"を執行する為の準備を。それに関わる者達の指揮はお前達に任せる」
「分かっ、た」
「お任せ下さいませ」
茶髪の猫っ毛と髪に隠れて殆ど見えない金の瞳をした青年が頷き、緩いウェーブのかかった亜麻色の髪に栗色の瞳を持った女性が微笑む。
「"双剣の死神"、イルーサ・スマーフはアイトを手伝え」
「分かりました」
錆色の髪と同色の瞳を持った眼鏡をかけた青年が恭しく礼をした。
「我等"双翼の剣"、」
「「「「「汝の為に剣を奮い、汝の為に身を捧げ、汝にのみ忠誠を誓う者。我等が主は唯一無二。我等の心の中に在り」」」」」
「行け」
短い号令に各人が一斉に動く。瞬く間に部屋の中には"ジン"と呼ばれた男一人が残された。
「さぁ、悔いて嘆いて滅ぶがいい。リディーラン王国よ」
名を"ジン・ルランバルド"と言う彼は、他でもない"ルラン王国"の第二王子である。
「"俺の"シルティーナを貶めた罰だと思えば軽いものだろう。一人残らず殺されるよりは、な……」
楽しそうに笑った彼も次の瞬間には姿を消していた。




