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エンディング 音楽が終わったら

「昨日はスゴかったよなあ」

「お客さんも大ウケでしたぁ」

「すっごい大成功だったよね」

「まあ、演出はハデすぎたかもしれないけど」

「ていうか、世界が滅亡ギリギリだったんだけどね」

「わたしたちが救ったなんて、なんかもう信じられないですぅ」

「へへっ、ロックが地球を救うなんて、これが本当のライブ・エイドだな!」

「一般人には自慢できそうもないけどね」

 科楽部デビューライブ、そして宇宙神の歓待ライブから一夜明けた翌日、四人は部室でライブ成功の余韻に浸っていた。


 四人が最後の曲を終えて観客の拍手に応えていたとき、現れたときと同様、漆黒の男は誰も気付かないうちに姿を消していた。

 曲の感想を聞けなかったのが少し残念だったが、居座られても怖いし、とりあえず一般生徒にも受けたことで満足して、四人は楽器を片付けて引き上げた。

 久里子は甲冑姿のままとぼとぼと帰宅していったが、霧乃からの携帯コールに、一苦労して甲冑の下から携帯を取り出し、内容を聞いて急いで駆け出していった。やはり甲冑姿でのジョギングは身に堪えるらしく、途中で壁に手を着いてゼイゼイと息をついでいたが。

 半裸で目を覚ました光は携帯カメラを構えた女子生徒に追い回されたあげく、どうにか更衣室(男子用)に辿り着き、体育ジャージに着替えると、廊下の陰から人目のない隙を見計らいながら、逃げるように帰宅した。

 翌朝には早くも、光が主人公の十九ページもある同人漫画が、女子の間で回覧されていた。巫女服姿の光が護法童子や触手にあんな事やこんな事をされている内容だった。

 甲石高校上空を中心とした未曾有の怪現象については、ロックバンドとオカルトマニアのイベントの、3D映像ということで片付けられた。橋澤は各方面への弁明と謝罪に奔走し、ネットに出回った護法童子や触手の映像は“神特撮”として一部マニアの注目を浴びた。あまりの衝撃映像に、バンドの演奏についてのコメントはほとんど目立たなかった。

 出回った映像には漆黒の男はどこにも映っていなかった。

 そしてバンドの四人はといえば、事態が大事にならずに胸を撫で下ろしたのはエレノア一人で、リア、アンナ、メラニーはバンドの注目度が低いことにかなり不服だった。翌日の登校時には何人かから演奏を褒められたものの、二言目には特撮映像のことばかり興奮気味に訊かれるのだった。

 あげくに、女子の人気はあらかた光の巫女服姿に奪われていた。もっとも四人のほうも、件の同人漫画を食い入るように見ていたが。

 こうして科楽部の初ライブは主役が注目を浴びることなく幕を閉じ、四人の正体のカムフラージュとしては大成功を収めたのだった。


「まあ、たった四曲だし、路上ゲリラライブとしちゃ、まあまあだろ」

「しかもマイクは借り物」

「わたしは、ちゃんと演奏できたし、お客さんにも喜んでもらえて、よかったですぅ」

「ええ、超特大のお客にね」

 まあいいや、いきなり人気が爆発することはなかったけど、学校は爆発しなかったし、神様には気に入られたし、そのおかげで地球を救ったんだ――。そう思えば、ワールドワイドな成功だよね。

「うん、大成功だったね」

「おーし、この調子でレパートリー増やして、次はフルレンスのホール公演だ!」

「“ホール”って体育館よね?」

「今度こそ普通のライブしたいですう」

「ええ、特撮もオカルトも怪獣もなしでね」

「またナイさんが聴きに来たりして」

「オイよせ、不吉なこと言うな、もう宇宙スケールの来客はゴメンだぞ」

「空飛ぶ大仏さんも嫌ですぅ」

「そうね、風紀委員の妨害も防がないと」

「あいつらをボディ・スナッチャーと取り替えて飼い馴らすとかできないのか?」

「検疫指定植物で持ち込み禁止だからダメよ」

「技術的にはできるんだね・・・」

「まあ、白菊のやつも今度ばかりは思い知ったんじゃねえか? むやみと人にイチャモンつけるとどうなるかさ」

「結局は自分にはね返ることになるんですよねえ」

「自分のやらかした始末もできないのに禁止運動なんてするなってことよね、まったく」

 護法童子が破壊した学校の備品は、結局生徒会予算から引かれることになったのだが、その元凶であるPMRCは生徒会体面の維持、想定を超える事態の発生、それと精神錯乱を盾に、事件の責任を否定してのけたのだった。もっとも精神錯乱については、当日の三人を見た全員が納得したが。

「このままおとなしくなってくれればいいんですけど」

「そううまいこといくかな?」

「死ななきゃ治らないんじゃねえか」

 四人が口々にPMRCをこき下ろしていると、突然部室のドアがバーンと開かれた。ぎょっとして振り返ると、入口には仁王立ちの女子生徒がいた。

「宣戦布告よ、地獄の妖怪ども!」

 言うまでもなく霧乃だった。昨日の俄かエクソシストスタイルではなく、普通の制服姿だった。突き出した腕からびしっと指を向け、後ろに久里子と光を従えて。邪神騒動でボロボロになったことなど微塵も感じさせない、いつもの校内取り締まりの高圧的な態度だった。立ち直りが早いのか、ショックのあまり元に戻ったのか。

「まーた性懲りもなく」

「昨日の今日でもう因縁付けに来たわけ?」

「学習能力は動物以下ね」

「ヒドいことしたのはそっちのほうですよぉ」

 PMRC本人が現れたことで、今度は面と向かって文句を言い出した。

「お黙り! 怪物を追い返したからって図に乗るんじゃありません! とはいえ騒ぎを鎮めた働きは褒めてあげてもよろしくてよ」

 霧乃はふんぞり返って尊大に腕を組んだ。

「だからその騒ぎを起こしたのはお前らだろが」

「昨日はその怪物を崇拝してたくせに」

「無責任の極みね」

「支持率急降下ですう」

 ふんぞり返ったポーズのまま霧乃は血管をピクピクさせた。さすがに形勢不利と感じたのか、後ろから光がフォローを入れてきた。

「ど、どうもみなさん、昨日はお世話になりました」

「黒間くーん! いらっしゃーい! 入って入って」

「お茶入れます? お菓子食べます? それともわ・た・し?」

「早まるなメル。まあ座れ座れ、楽にして。ほら上着も脱いで脱いで」

「ちょうどマグワンプ産の媚薬・・・ミルクティーがあるのよ」

 光が前に出てきたとたん、科楽部の四人は入口に殺到し、部室内に連れ込もうと一斉に光のあちこちを掴んだ。

「ちょ、ちょっと、僕は別に・・・ってどこ触ってるんですか、もう!」

「ええい、近寄るんじゃありません、この変態妖怪ども!」

 光は四人の手を振りほどいて再び霧乃の後ろに下がり、霧乃はぶんぶんと両手を振り回して四人を下がらせた。

「ちぇー、仲直りにコスプレ撮影会してくれるとかじゃないんだ」

「どこからそんな発想が出てきますの。わたくしのバンドメンバーに穢れた手で触らないでくださる」

 霧乃の口から出た妙な単語に、科楽部の四人は怪訝な顔をした。

「は・・・? バンド・・・?」

 四人の表情に、霧乃は得意満面に胸を反らした。

「ぬふふふ、聞きたい? 聞きたいでしょう?」

「いや、別にいいわ」

 四人が一斉に背を向けて戻っていったので、霧乃は背後から叫んだ。

「待ちなさ――い! わたくしは、いえPMRCは、あなた達に対抗するバンド活動を始めますのよ!」

 唐突であまりに意外な宣言に、四人はぴたりと足を止めた。

「「えぇー!?」」「「なにぃー!?」」

「あなた達に洗脳されて堕落する生徒をこれ以上見過ごすわけにはいきませんわ。けれども今までのように問答無用で取り締まるだけでは却って反対勢力をのさばらせますし、強攻策をとっては危険が大きすぎます」

「その“強攻策”のせいで昨日は地球が滅亡しかけたんでしょ」

 エレノアの突っ込みを無視して霧乃は得意げに続けた。

「そこで、あなたたち歩く放送禁止の俗悪集団に代わって、わたくしが清く正しい娯楽を提供しますのよ! わたくしが大衆を正しい道へと導くのです!」

「ちょっと霧乃、別にあんただけが目立つわけじゃないでしょ」

 バックバンド扱いされた久里子が後ろから存在を主張した。

「分かってますわよ。とにかく、あなた達に毒された罪なき一般生徒に正気を取り戻し、わたくし達の支持者に変えてみせます」

 四人は口をあんぐり開けたまま呆れて物が言えなかった。それを怖れのあまり口が利けないと解釈したのか、霧乃は得意満面にますます胸を反らした。

「見ているがいいですわ、ほーっほっほっほっ」

 霧乃は高笑いしながら去っていった。

「一応言っとくけど、マジだかんね。今日付けで軽音部に編入したんだ」久里子は念のため付け加えると、後を追って行った。

「あの、それじゃ、お邪魔しました」光はぺこりとお辞儀して、ドアをきちんと閉め、二人を追いかけていった。

 四人はいまだ唖然としながら霧乃の高笑いが遠ざかっていくのを聞いていた。よほどバンド結成のアイデアが愉快なのか、それとも四人に聞かせたいだけなのか、廊下の端までの間じゅう「ほーっほっほっほっ」は続いていた。

「マジかよ」

「もうムチャクチャですう」

「あれでも支持率気にしてたのね・・・」

「だからっていきなり、わたしたちに対抗してバンドなんて」

「あ、でもそしたら、わたしたちの演奏を禁止はしなくなるかもですね」

「バカ、ステージとか機材とか、あいつらに取られるかもしんないぞ」

「バッティングしたら優先は向こうにされそうね」

「あ、でも黒間君のステージ衣装とか、見てみたいかも」

「ミニスカートなんか着せられたりして」

「いやいや、ピチピチのキャットスーツとか」

「いえいえ、レザーのボンデージとか」

 騒然となる部室に、またドアがガラリと開き、今度は橋澤が入ってきた。

「何かあったのか? そこで高笑いしてる白菊たちとすれ違ったんだがな」

「気にしないでください、先生。わたしたちも悪い夢だと思いたい」エレノアが幾分沈んだ声で答えた。

「まあいい、それより手紙が来てるぞ。あのナイさんからだ、多分」

 橋澤は手に持った封筒を見せた。このご時勢に手書き、それもご丁寧に封蝋に印章が押してある物々しい封書だった。どう見ても現代人が書いたものとは思えなかった。封筒の表にはいかめしい手書きの文字で『甲石高校 科楽部御中』と宛名が書いてあった。

 差出人の名前も住所も書かれてはいなかったが、心当たりは一人しかいなかった。

「切手も貼ってないよ? どうして届いたんですか、先生?」

「俺にも分からん。ちょっと席を外した隙に机に置いてあったのだ」

「センセの机もオレたちの部の名前も、どうして分かったんだろ?」

「やっぱりお見通しなんですかねぇ」

「先生もまだ読んでないんですよね? 封も開けてないし」

「ああ。下手に開けて呪いでも掛けられたらどうする」

「それでわたしたちに開けさせんの? ヒドい!」

「悪魔さんでも呪いってかかるんですか?」

「とりあえず、ウイルスとか毒物は入ってないみたい」エレノアの眼鏡に小さい文字列がスクロールしていた。中身を透視分析した結果だった。

「読まなきゃ読まないでまたヤバそうな気が」

「仕方ない。開けてみるしかないか・・・」

 恐る恐る封を開け、手紙を取り出してみると、見るからに古い茶色の紙(たぶん羊皮紙)に、インクと羽ペンで書かれたと思しき手書きの文字が並んでいた。遺跡から発掘された古文書といっても通りそうな古めかしい外見だった。いや、ことによると紙とインクは本当に数世紀前のものかもしれない。

 見ているだけで古代の呪いが伝わって来そうな手紙だった。

 しかし、書かれている文面は紛れもなく日本語、それもリアたちにも理解できる現代語だった。ところどころカタカナまで混じっている。

 ゴクリと覚悟を決めて、一同は読み始めた。



 拝啓 

 科楽部部員 リア・パーカー、アンナ・ブレット、メラニー・アッシュ、エレノア・ランバート ならびに顧問 橋澤清石


 昨日の楽奏は真に有意義であった。

 オグドル・シル神は大層喜悦に湧き、深淵に戻られた今も愉楽に悶えておられる。

 かような歓天喜地は時空の原初より久しく在りえざる御様子にて、フルート吹きを始めとする従者一同はもとより、居を異にする他の外なる神々までもが、汝らの楽奏に並々ならぬ関心を寄せておる。

 斯くの如きまでに神格に愉悦を与うるとは、一体如何なる新奇な演目なりやと。

 然るに、神々の命において、余は数多の世界より奏者を召還し、数多の奏演を外なる深淵へ捧ぐ儀式を執り行うものである。

 言うに及ばず、汝ら科楽部も改めて演目を供せよ。

 時は地球自転周期にして七回の後、開催地は地球発声語で惑星火星である。

 汝らの肉体活動ならびに移送を可能せしめる手段は追って提供する。その他奏演に要するものが有れば申し出るがよい。

 再び神々に昨日に劣らぬ愉悦をもたらすことを期待しておる。


 敬具

 ニャルラトテップ



 読みながら、理解の許容範囲を超えた単語が脳内にぐるぐると回り始めた。深淵。神々。数多の世界。召還。儀式。地球。火星。

 宇宙スケールのイベントの意趣は誰も把握できなかった。

「いったいどういうこと、これ」

「またわたしたちに演奏しろっていうみたいだけど」

「火星で?」

「宇宙の神々に?」

 リアたちは昨日の巨大触手が、家族やお友達を引き連れて、団体で押し寄せる光景を思い浮かべた。

「ムリムリムリムリ、ぜったい無理」

「今度こそ宇宙滅亡よ」

「しかし断れると思うか?」

「センセ、こういうときこそビシッと断ってよ! 顧問じゃん!」

「だいいち火星なんて行けるわけないですう」

「そーだよ、SFじゃあるまいし・・・」

 言いかけて一同ははたと思い至り、ゆっくりとエレノアのほうを向いた。

「・・・行くこと自体は可能よ。現地人もいるわ」

 現地人。つまり火星人。火星人とかエリさんの同類さんとか、ナイさんみたいに宇宙を旅行してる人がいるんだ。リアは映画で見た惑星の赤い地表に、タコみたいな生物とエレノアのように目を光らせた人々が闊歩する様子を思い浮かべた。

「で、でもぉ、またあのニョロニョロさんの前で演奏なんて」

「しかも今度は団体さん」

「ニョロニョロよりグロいかも」

「おまけに宇宙のあっちこっちから他の出演者も呼ばれるみたいなこと言ってるし」

 と、リアは自分の言葉にピタリと身体を硬直させた。

「え・・・これってつまり・・・フェスの出演依頼・・・?」

 リアの言葉に皆が目を見合わせた。

「フェス・・・?」

「わたしたちに、出演依頼・・・」

 アンナとメラニーは事の異様さよりも、その単語の魅力がジワジワと脳内に広がり始めた。

「ちょっと、何考えてんのあんた」

「宇宙中の妖怪だの怪獣だのが集まってくるんだぞ」

 エレノアと橋澤はやはり事態の異様さに萎縮したままだった。

「すごーい! デビューライブ一回でもう出演依頼が来た!」

 そしてリアは、あっという間に有頂天になった。

「やったよアンナ! フェスだよ! フェスでライブ!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるリアに両手を握られて、アンナも喜びが伝染してきた。

「フェスか・・・やるか! フェスだ、ライブだ! ステージだ!」

「お客さんがどどーっと一杯」

「その“お客さん”は宇宙中の妖怪変化よ」

「えー、でも、エリさんみたいに人間みたいな宇宙人さんもいるんじゃないんですか」

「わたしは半分地球人だし。父さんも地球人のDNAから身体を造ったって」

「宇宙人ったっていろんなのがいるんだろう。それこそ星の数ほど」

「先生、上手いこと言いますね」

「おだてて懐柔しようたってダメだぞ」

「まあそう言わずにセンセ。何しろ相手は宇宙最強のプロモーターですよ」

「そしてスポンサーは神様」

「マイクとかも用意してくれるかもですう」

 この発想には、エレノアも橋澤もそのメリットを考えざるを得なかった。

「そうね・・・今度は自分達のマイクが持てるかも」エレノアは事態の恐ろしさと実益を秤にかけ始めた。

「“必要なものがあれば言え”と手紙には書いてあるな」橋澤は内心、主催者に断りの謝罪をしなくて済むことにホッとしていた。

「そーだよ、ギャラとしては悪くないよ! マーシャル・アンプなんかドカーンと壁みたいに並べたりして」

「宇宙にもマーシャルアンプってあるんですか?」

「ボリュームが十一まであったりしてな。そんでもってバスドラにバンドのロゴをバーンと!」

「落ち着いて。その前に、バンド名すらまだ決めてないじゃない」

「そういやそうだったね」

「“S&M”は?」アンナはまだ密かに自分の案に期待していた。

「そんな名前で出せるか」今度は顧問に正式に却下された。

「実態は“スターマン&モンスターズ”だけどね」エレノアが自嘲気味に呟いた。

 そのとき、リアの脳裏に天啓が閃いた。

「そーだ! 歌う怪人、ファントム! “ザ・ファントムズ”ってどう?」

 リアの案に一同が顔を見合わせた。

「なんで歌うお化けが“ファントム”なんですか?」

「オペラ座とかパラダイス劇場に出没したでしょ」

「堂々と『オレたち妖怪!』ってパフォーマンスできるわけか」

 その点はなかなかに魅力的だった。やがて、三人は各々に頷いた。

「・・・ま、“S&M”よりははるかにマシね」

「うん、いいんじゃね?」

「わたしもカッコいいと思いますう」

 皆の賛同を得たリアは、ぱあっと顔を輝かせた。

「うんっ、決まりだねっ! “ザ・ファントムズ”!」

「日本語だと“怨霊座”だな」

「先生よしてよ、せっかくいいとこできまってたのに」

 気を取り直してリアは、しゅたっと右手を伸ばし、スポーツのフォーメーションのように手を下向きに開いて低めに構えた。

「よーしっ、“ザ・ファントムズ”! フェスに向けて練習だよっ!」

 アンナがすかさず反応し、右手を伸ばしてリアの手に重ねた。

「よっしゃー! 新曲の特訓だ!」

 メラニーも合わせて右手を重ねた。

「がんばりますっ!」

 最後に残ったエレノアも、決意したように勢いよく手を重ねて言った。

「こうなったら、宇宙中に聴かせるわよ!」

 そしてまた手が重ねられた。

 床から手がぬっと伸びている。

「うおう」「ひいっ」「何なのよ!」「わぁー?」

 四人は一斉に飛び退き、床から生えている青白い腕を凝視した。

「“ファントムズ”っていうなら、あたしも仲間に入れてもらおうかと思って」

 少女の声が響いた。四人の誰とも違う、聞いたことのない声だった。愕然と一同が見守る中、床から腕に続いて全身がするすると上昇し、少女が現れた。

「始めまして。みなさん」

 少女は全身が半透明だった。驚愕に固まっている科楽部の四人と橋澤を見渡し、屈託のない笑顔を浮かべた。

「ずっとこの部屋の地下で静かに暮らしてたんですけど、みなさんがあんまり楽しそうなんで。出て来ちゃいました」

 少女の幽霊(ファントム)はふわりと宙を漂い、アンナの前に近づいた。

「えええエリさぁぁん、この部室、自爆霊憑きなんて聞いてないよぉ」

「わたしだって知らなかったわよ」

「ふえぇ、またお化けが増えましたぁ」

「妖怪はお前らだけじゃなかったってことか」

 幽霊に近寄られたアンナは、呆然と目の前に浮かぶ半透明の顔を見つめていた。

「あたしもけっこう、音楽好きだったもので。同じ妖怪同士、仲間に入れてくれませんか?」

「あ・・・は・・・は・・・あはは・・・」

 どう答えていいものか、アンナは引きつった笑いを浮かべ、ギクシャクと、挨拶するように片手を挙げた。

「そ・・・そうだな・・・妖怪で、ロック好きなら・・・オレたちの仲間・・・だな」

「ガバ・ガバ・ヘイ!」

 少女は応えて片手をハイタッチに突き出した。タッチはアンナの手のひらを通り抜けて反対側へ突き抜けた。

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