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3 明日なき戦い

 メンバーと部活動が一度に決まって有頂天になり、バンド活動を具体的にどうするか考えていなかったことにリアが気付いたのは翌日になってからだった。メラニーとエレノアに楽器が弾けるかどころか、音楽の好みすら訊くのを忘れてたのだ。

 それでもみんなで集まれば何とかなるだろうと、リアは意気揚々と放課後に部室へ向かっていた。

 そう部室! 今のわたし達には大手を振って使える部室があるんだ!

 旧科学部の部室、今日からは新生『科楽部』の部室となる、校舎一階の端の部屋へと、リアは足取り軽く駆けて行った。浮かれて瞬間移動スピードを使わないように注意するのが一苦労だった。ひょっとして、今のわたし、文字通り地に足が着いていないんじゃないか。

 気を取り直して窓に映る自分の姿をチェックしてみたが、目も赤くなってないし、牙も伸びてないし、足も宙に浮かんではいなかった。よかった。普段から吸血鬼の姿に変身してたらごまかしきれなくなる。あれはあくまでステージメイクなんだから。

 あくまじゃなくてヴァンパイアだし。

 自分で自分の駄ジャレに身悶えしてから、よし、と努めて平静を取り繕い、再びリアは歩き出した。それでも顔がほころんでいるのは隠しきれていなかったかもしれない。何しろ今日はバンドの本格スタート第一日目なのだ。

『輝く新しい日~』

 歌いながらリアはやがて校舎の端に着いた。しゅたっ、とリアは部室の前に颯爽と着地し、誇らしげに部室の表札を見上げた。

 旧『科学部』の表札の真ん中に一文字だけ手書きの紙を接ぎ当てて『科楽部』になっていた。

 リアは何ともいえない脱力感を覚えながら、部室のドアを開けた。

「あ、来たわね」そこにはエレノアがいた。

「こんにちは、エリさん」

 エレノアは荷物を運んでいたところだった。リアは部室の中を見渡した。顕微鏡か何かの機械、動物の小型檻や水槽、パソコンのモニターなどがあちこちに並んでいる。いくつかはどう見ても、値段的にもデザイン的にも、学校の備品とは思えなかった。

「部室の改装ですか?」

 エレノアは持っていた荷物を部屋の隅に下ろしてふうと息をついた。「ここがバンドの部室にもなってしまったわけだしね。勝手にいじられる前に片付けておこうと思って。ノイズに弱い機械とか騒音が嫌いな生命体・・・動物もいるから」

「手伝うよ、今じゃわたしの部室でもあるしねっ」

「そうね。じゃ真ん中の辺りを空けてくれる? 機械とかには触らないで。はずみで誤動作とかされたら困るし」

 誤動作が起きたらどうなるかは昨日よーく分かったからね、とリアは苦笑いしながら部屋の中央の机を動かしだした。

「これ全部エリさんの? 昨日のキラキラで運んできたの?」

「転送よ。元からあったのもあるけど、わたし一人になってからは好きに使ってたから」

「ここに昨日のあのロボットとか作業車とか置いてあるんだ?」リアはキョロキョロと部室を見回した。

「あれは、その、地下室よ。他の・・・地球人に見られたらマズい物はみんな地下にしまってある。言っとくけど他の生徒には内緒よ。入口は準備室にあるけど、あんた達は入らないで。というか、準備室にも入っちゃダメ。昨日みたいに勝手に電源とかも使わないでよ。いいわね」

「あ、うん、分かった」

 けっこうキビしそうな感じだけど、まあいきなりビームが暴発したりするよりはマシか、とリアは思った。電源コードから変な電波が伝わっていきなり宇宙に転送されたりしたらどうしよう。

「使っていい電源とかはわたしが用意するから。あんた達が昨日使ってた楽器とかはどうしたの?」

「あー、昨日指導室に呼び出されたときに持っていってそのまま。先に部室の様子を見ておこうと思って」

「でも昨日勝手に入ってたじゃない。ていうか鍵は掛けておいたはずなのに、どうやって開けたのよ。まさか霧に変身して忍び込んだんじゃないでしょうね」

「そんな能力ないよ。・・・超速で鍵を職員室から借りた」

「次元拘束ロックにでも換えておいたほうがいいかしらね」エレノアの口調が刺々しくなった。

「ゴメンなさい! もう鍵盗んだりしないから。わたしももう部員だしね」

「勝手に装置いじったら冷凍睡眠の刑よ」さらに迫力を増した表情でエレノアが宣告した。

「ハイッ! いじりません!」リアはシャキッと気を付けの姿勢で宣言した。きっとその冷凍睡眠装置とか、他のいろんなお仕置きマシンもまちがいなくここの地下に実在するんだ。

「いいわ。それじゃ楽器とかはその辺りに置いておいて」

「はい、持ってきますっ」

「手伝いが要るかしら。あんたじゃ何往復もかかりそうだし」

「え、転送してくれるの?」

「普通に手で運ぶのよ」

「あはは、やっぱし」

 そう言っているところへ、部室の扉がガラガラッと勢いよく開いた。

「おいーっす! ここがオレらの部室かっ!」

 満面の笑顔のアンナが入り口に立っていた。

「よおリア、楽器とかは全部持ってきたぜ!」

 見るとアンナは本当に機材一式を持ってきていた。右手にギターケース、左手にアンプとケーブル束、そして背中にドラムセットを背負っていた。

「まずは部室のセッティングをしねえとな! さっそく機材を、あ、あれ」

 入り口を通ろうとしたアンナは背中のドラムセットが引っかかって立ち往生した。仕方なく身体の向きを横にして入りなおそうとすると、今度はアンプが引っかかった。

「わ、ありがとアンナ」リアは急いでアンナの手からギターケースを受け取りに走っていった。

「いっぺんに全部持ってきたの」

「おう、お前のちっちゃい手じゃ手間かかりそうだしな」

「ちっちゃい言わないでよっ!」リアは受け取ったギターケースとアンプを振り上げて抗議した。アンナはようやく入り口を通り抜け、部室の床にドラムセットを下ろした。

「おっす、エリ」

「こんにちは。大した腕力ね」

「へへん、軽いもんさ。元からゲリラライブ用に持ち運びにしてあったしな」

「ちょっと待ってもらえるかしら。実験動物を準備室へ避難させるから。騒音で悪影響を与えたくないの」

「騒音言うなよ。任せとけ、オレも運んでやる」

「結構よ。猛獣に怯えたら困るわ」

「へーき平気。何だ、そんなにスゲーの飼ってんの?」

「アンナ、そっちの意味じゃないよ、きっと・・・」

「じゃ、そっちの水槽だけ準備室の前まで頼もうかしら。食べないでね」

「食うかよ!」

 毒づきながらもアンナはひょいひょいと水槽を運び始め、エレノアはその間に小さめの動物の檻を準備室の中へ運んで行った。リアはとりあえずアンナの持ってきた機材を適当に配置してから、目に付く物を片付けだしたとき、部室の入り口から声がした。

「こんにちはですうー」

 メラニーがやって来た。バッグを肩から下げ、笑顔で手をぱたぱたと振って部室内の三人に挨拶した。

「メルちゃん、こんにちはっ」

「あ、お片づけですか? 手伝いますう」

「ん、もうすぐ終わるから。入って入って」

「ごめんなさい、わたしあんまり力仕事とかできなくて。腰が抜けちゃいますんで。文字通り」

「大丈夫、そういうのはこの怪力の動物に任せればいいから」エレノアが声をかけてきた。

「人を家畜みたいに言うな。でもまあ、仕事のほうはその通りだな。あまり無理すんなよ、特に一般人が見てるときは」

「じゃあ、“粉骨砕身”っていうふうにがんばります。どのくらいバラバラになればいいんですか?」

「うん、文字通りの意味じゃないからね? 実行しないでね?」

「そうなんですか? じゃ、お掃除しますう」

 メラニーは部屋の隅のロッカーに向かって行った。リアはほかに内装をどうしようかと考え、部室入り口の急ごしらえな表札の事を思い出した。

「エリさん、あの表札はちょっとあんまりだよ。あれじゃいかにも適当そうな部だよ」

「実際その通りでしょ。部員も名前も橋澤先生が適当に決めたんだから」

「せめて表札ぐらいちゃんと付けようよぉ。わたし書く! 紙とペン貸して」

「おお、じゃズバーンとカッコいいやつな! バンドロゴ風にメタリックなの」

「わたしは、カワいいのがいいですう」

「おっし、カッコカワいいのねっ!」リアはマジックを構えて腕まくりした。

「・・・ちゃんと読めるやつにしときなさいよ」

 そうしてリアはマジックをキュッキュと走らせ、他の三人は部室の改装を続けること数分後。

「できたー!」

 リアの声に皆が出来栄えを見に来た。『科楽部』の文字は全体が妙な角度に傾き、直線がむりやり2方向にまとめられ、端がところどころスパイクのように伸びて尖っていた。文字の全体はカラフルな3重の縁取りに彩られ、とどめにその周辺は電撃のような模様でさらにカラフルに埋め尽くされていた。

「これぞ、カッコカワいい新ロゴ! えっへん!」

「あー・・・何というかその・・・サイケデリックだな」

「LSD使用疑惑が掛からないかしらね」

「なんか賑やかですねえ。字がどこにあるか分からないくらい」

「いっ、今の表札よりずっといいじゃん! 付けてくる!」

 リアは有無を言わさず新ロゴ表札をひっつかむと、ぱたたた、と入口へ飛び出していった。

「・・・まあ、そのうち部の名前もまともなのに変えて申請し直さなきゃと思ってたし」

「今は『(仮)』ってとこだな」

「わかりやすい名前がいいと思いますう」

 すると、リアがしょんぼりして戻ってきた。

「ゴメン、手伝って。届かない」


 とりあえず表札はエレノアが後でパソコンで作っておくから、あまり目立ちすぎるのは部の結成目的にも反するし、と三人から説得されて、リアは泣く泣く自作の表札をボツにすることに同意した。仕方ない、ロゴは部の名前がもっとカッコよくなってから考えよう。バンドにアイデアの却下は付き物だし。

 と、そこでリアははたと思い出した。

「そーだ! バンドの名前はどうすんの?」

「うおっと! そうだ、まずはそっからだよな! やっぱメタルっぽいの!」

「ちょっと、まだバンドの方向性も決めてないじゃない」

「ていうか、わたし楽器もわかんないですう」

「あー、エリさんはキーボードって言ってたから、メルちゃんはベースをお願い。そんで、わたしギターで、アンナがドラムね。いい?」

「あ、はーい。でも、わたし楽器持ってませんよお」

「わたしだって持ってないわよ。ピアノ弾いてたのだってアメリカにいたときだし」

「楽器はリアんちにあるだろ?」

「うん、たぶん。うち中古楽器屋で、そこのも古いのをもらったんだ」

 リアは部室中央にまとめて置かれた機材を指差した。前日のゲリラライブで使われていたギターケース、ドラムセット、アンプだった。

 と、リアの表情がぴくりと強張った。

「わたしのギター・・・ストラップ、代わりの貰えるかな・・・」

 ストラップを破壊した犯人のエレノアも気まずい顔になった。

「悪かったわよ。そんなに嫌味っぽく何度も言わないで。代わりなら用意するから」

「うん・・・前の、気に入ってたの・・・サイズぴったりで・・・同じの、手に入るかな・・・」

「分かったから。ちょっと貸して」

 リアは切なげにエレノアを見てから、ケースを取りに行き、ギターを取り出すと、焦げて切れたストラップを外し、ペットの葬式さながらの表情でエレノアに渡した。

 ストラップを受け取ったエレノアは「ちょっと待っててよ」と言うと、準備室へ入っていった。それから1分ほどの間、準備室のほうから妙な機械音がピコピコと聞こえたかと思うと、次いで甲高い音がピッチを上げて響き、準備室のドアの隙間から光が漏れ出た。一同は不安な表情で準備室のドアを見ていた。

 やがてエレノアが準備室から出てきた。手には新品のストラップを持っていた。

 駆け寄ったリアがストラップを手にし、たちまち表情を輝かせた。

「すごーい! 新品同様だよ! どうやったの?」

「複製して修復したのよ。転送技術の応用ね。分かりやすく言うと、古いのをコピーしたの」

「やったー! ありがとう、エリさん!」

「ハエ人間の頭とか混ざってないだろな」アンナが冷やかした。

「わたしの転送機はあんな旧式のじゃないわ。たとえ一緒に入ってもちゃんとハエ人間はハエ人間のまま出てくるわよ」

「いや、元に戻してやれよ」

 そんなやり取りをよそに、リアはさっそく新品のストラップをギターに取り付けていた。

「コピーって、他のものもできるんですか?」

「ええ、一度データを取っておけば。でもあまり複雑な物は無理よ、機械とか。せいぜい部品までね」

「え、じゃあオレのドラムもできるか?」

 エレノアはちらりとドラムセットを見て答えた。「そうね、あの程度なら」

「おお、やった! オレよく破っちまうんで、修理がラクになるな」

「気合入れて叩いてるんですねえ」

「ハハ、自慢じゃないが、今まで壊したドラムの数はキース・ムーンも凌ぐという」

「それほんとに自慢じゃないから。ただのバカ力だから」

「あの、そういえば、ここって大きい音出して大丈夫なんですか? 普通の壁でしょ?」

「大丈夫、実験用に改装してあるわ。爆発や放射能にも耐性仕様よ」

「さっすが」

 そうしているうちに、リアはストラップの取り付けが済み、さっそく具合を試しにギターを抱えてストラップを肩に回した。

 ぶらーん。

 ギターはリアの膝のあたりまでぶら下がった。長さ調整の穴は最大まで短くしてあるのに、それでもリアの手がギターに届かないのは明らかだった。

「あらいけない、サイズが大人用だったかしら」

「エリさあ~~ん・・・」

 いろんな意味で傷ついたリアは涙目になった。部活開始から一時間もたたない間の喜怒哀楽の乱高下を、他の三人は苦笑しながら保護者の目で生暖かく見守った。


 ストラップは結局エレノアが再コピーして調整し直し、リアが掛けて具合を確認した。そしてそのままギターの腕をお披露目することとなり、それならとアンナもドラムで参加することにした。

 かくして部室での初演奏が始まった。

「まずは一曲! イエーイ!」

 リアが元気よくギターのリフを弾き始め、アンナが合わせてドラムを叩いた。リアがメインヴォーカルを歌い、コーラスでアンナが力強い声を合わせた。

 テンポは速すぎず遅すぎず、楽器の調子見にはちょうど良かった。歌も二人で元気よく声を合わせるのが楽しい快活なハード・ロック。メラニーはわくわくしながら笑顔で手足をリズムに合わせていた。エレノアは座ってじっとしたまま聴いていたが、時折小さく指や爪先を曲に合わせて動かした。

「ありがとー! カーペンターズじゃないほうの『トップ・オブ・ザ・ワールド』でしたー!」

 曲を終えたリアが右手を挙げて呼びかけた。アンナがおまけにドラムを数回鳴らし、締めにシンバルをパーンと叩いた。メラニーはぱちぱちと拍手し、エレノアは「まあまあね」とでも言いたげに頷いた。

「すごいですうー! 上手ー!」

「えへへ、ありがとっ」

「ちゃんと演奏はできるみたいね」

「恐れ入ったか、へっへん」アンナがエレノアに得意満面で自慢した。

「ほかにもいっぱい弾けるんですか?」

「あ、うん、いっぱいじゃないかもしれないけど」

 そう言うとリアはギターを構えなおし、『レイラ』のリフを弾いた。

「あ、知ってます、これ」

「ギタリストはみんなやりたがるのよね」

「リアはなんたってヴァンパイアの超速があるもんな」

「何よそれ、ズル?」

「ズルじゃないもんっ! ちょっと超速になって、ゆっくり正確に弾けるようにしてるだけだよ、ときどき」

「これが本当のスローハンドね」

「その気になればインテリペリにだって負けないもんね!」

「本当に光速で弾けるんだぜ。誰も聞こえないけど」

 無駄スキルに照れて、リアはポリポリと頭を掻いた。

「速ければいいってもんでもないしね。それに速さならホールズワースのほうが上よ」

「あ、やっぱりそっち系なんだ」

「なんだかわからないけど、すごいですう」

 ひとしきり興奮していたメラニーが、急にしおらしい声になった。

「あのー・・・わたしなんかが、一緒に弾けるんでしょうか」

「あー、そういえばメルちゃんは経験ゼロだって言ってたっけ」

 昨日は勢いでメンバーにしちゃったけど、わたしもベースは教えられないし。

 まあ、何とかなるよね。ピストルズだって超初心者をメンバーに仕立て上げたんだし。

 リアがそう思っているうちに、アンナがフォローしてくれた。

「だいじょーぶだって! いきなりそんなにムズかしいのはやらないからさ!」

「うん、いっしょに練習しようね! それで一緒に歌おうよ!」

「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」

 メラニーはしゃんと背筋と伸ばし、両手を前に合わせてぺこりと頭を下げた。

「なあに、間違えたら笑ってゴマかせ! はっはっは」

 アンナがバンバンとメラニーの背中を叩いた。

「フォローになってないから、それ」エレノアが冷静にたしなめた。

 リアも横で苦笑していた。「ベースと一緒に教本も持ってくるね」

「はい、がんばります。手を大きいのに換えましょうか。指をもっと増やすとか」

「いやいやいや」三人が慌てて止めた。

「そうですか、それじゃ」

 メラニーはちょっと楽しそうに、持って来たバッグのジッパーを開けた。

 まさか手の換えパーツか、と一同が怪訝に見つめる中、メラニーが取り出したのはCDの束だった。

「こういうの歌えたらいいなって、好きな曲持ってきましたぁ」

 笑顔でメラニーが差し出したCDにリアとアンナが顔を近づけた。主に80年代から90年代のアルバムだった。ところどころ知らないアーティストも混ざっている。

「ホワイト・ゾンビはなさそうだな・・・」

「なんか今、バッグの中から手渡されたように見えたけど、気のせい?」エレノアはまだバッグを見ていた。

「・・・アメリカで博士が聴かせてくれてたんです。今でも家でときどき聴いてるんですよぉ」

 メラニーは笑顔を崩さずに続けた。

「笑ってゴマかす技は身に付いてるみたいだな・・・」言いながらアンナは、チラリとメラニーのバッグに目をやった。

 バッグのジッパーはひとりでに閉じていた。

「あ、これ昨日わたしたちがやった曲だね」

「おう、よーし、じゃまずはこの曲からいってみるか!」

「はいっ。あと、こっちのもすごく好きです」メラニーは別のアルバムの曲を指差した。

「んー・・・? 知らないバンドだな。ていうか、これバンドの名前?」

「わたしも聞いたことない。なんて意味?」リアも眉をひそめていた。

「わたしも知らないわ」エレノアも首を傾げた。

「意味はわかりませんけど、でも、すっごくいい曲なんですよお」

「分かった、明日ラジカセ持ってきて聴いてみようね」

 リアはメラニーのCDを机に置いた。

「エリは? やりたい曲ある?」

「そうね、自分で演奏するなんて考えてなかったけど・・・でもそこのCDの中にもわりと好きな曲があるから、とりあえずそこからかしらね」

「弾ける曲はどんなの?」

「普通にクラシックとかスタンダードとかの稽古しただけだから。それにもうしばらく弾いてないし、どのみち練習しないと」

「プログレとか言わないでくれよ。初心者もいることだし」

「そんな難しいのやるつもりないわ。一般受けを狙うならテクニックよりメロディの良さよ、ソロをひけらかすんじゃなくて」

「分かってんじゃん」リアが相槌を打った。なんとなくエレノアのイメージは、プログレの長い曲が好きで、あのライブアルバムのこのアドリブがどうとか熱く語りそうな気がしていたのだ。でなきゃ『海洋地形学』の完コピの特訓とか。ELPの再現とかいってギターもヴォーカルも出番なかったらどうしよう。

「わたしもムズかしいのとか、長いのとかは自信ないですう」メラニーもエレノアが難解な曲を持ち出さなくてホッとしたようだった。

「分かってる。でも、やるからには簡単なのだけじゃなくて、みんなに合わせて演奏できるようになってもらいますからね」

「はいっ、がんばりますっ」

「まあ、わたしも偉そうに言えるほどの腕じゃないけど。いざとなったら、リモート・オーバーライドがあるわ」

「何それ? 楽器の自動演奏? それこそズルじゃん。テープ演奏みたい」

「違うわ。操作するのは人のほうよ」

「え・・・まさか、光る目で操るとか?」

「バカ言わないで。わたしの目にそんな超能力はないわ。そうじゃなくて、楽器を弾くときの動きをプログラムしておいて、身体をその通り動かすの」

「どうやるんだ? あのロボを着せるのか?」

「いえ、ナノマシンを注入して、神経系に電気信号を」

「おっかねえ! 宇宙人の操り人形かよ! そのまま侵略兵士に改造されるんじゃねえのか」

「人間自動演奏ピアノだね」リアの脳裏に、エレノアがリモコンを操作して電波を飛ばし、頭にアンテナを付けたメラニーが『スリラー』のダンスをカクカクと踊らされているイメージが浮かんだ。

「わたしも、電波系みたいなのはちょっと・・・。それなら、ベーシストの人の腕とか脳とかを移植しましょうか」

「・・・分かった、まずは普通に練習して努力しましょう」

「がんばろうな。オレたちも一緒に練習するから。さもないと宇宙人に人体実験されるかもしれないし。悪魔に魂を売った奴はいたけど、宇宙人に身体を売るのはゴメンだぞ」

「先生が魂を買ってくれたりして」

「わたしも売ったら上手くなれるんですか? ていうか、わたしって、魂あるんですかね?」

「やめときなさい。これ以上キャラ設定を面倒にしないで。悪魔絡みのイメージは無しよ」

「悪魔の顧問に仕えてるのはホントだけど」アンナが苦笑した。

「あ、バンド名思いついた! サタンに仕える騎士団、ナイツ・イン・サタンズ・サービス!略してKISS!」

「却下。たぶんどっかのカバーバンドが既に使ってるわよ」

「じゃあ、アンチ・クライスト・デビルズ・チャイルド、略して」

「悪魔系もパクりも却下です」エレノアが断言した。

「でも妖怪の正体を隠すためにバンドするんですから、逆に妖怪系の名前のほうがいいかもしれませんねぇ」

「わたしは妖怪も悪魔も無関係よ。そこらの突然変異の変態と一緒にしないで」

「宇宙人だって立派な変態じゃねえか」

「宇宙にだってヴァンパイアいるじゃん、素っ裸で街中うろついたりしてさ」

「よい子はマネしちゃダメよ」エレノアはリアを横目で見ながら言い返した。

「リアがやったら保護されそうだな」

「ヒドいよぉ、もう」

 かくして部活の初日は迷走したまま過ぎていった。


 ベースギターとキーボードはリアの家の売れ残り品から何とか調達し、翌日リアがベースを、アンナがキーボードを担いで登校した。CDプレーヤーはエレノアが用意すると言ったので、とりあえず今日は持ってきた楽器のお披露目と、昨日メラニーが持ってきたおススメアルバムのチェックをすることにした。

 放課後、リアとアンナは持ってきた楽器を担いで部室に向かった。昨日はぐだぐだのまま終わっちゃったけど、今日こそはバンドの方向が決まるといいな。メルちゃんのCDにもいい曲あるかもしれないし、本人のリクエストだから1曲ぐらいは選ばないと、と考えたところでリアはふと思い当たった。

「そう言えばさ、メルちゃんのCDから演奏するとしたら、楽譜どうしよう? 知らないバンドだけど、ネットとかにあるかな?」

「あー、やっぱり楽譜いるよな。特にメルとエリは」

「わたしだって全然知らない曲の聞き取りだけじゃ自信ないよ。エリさんなら宇宙メカみたいなので何とかしてくれるかも」

「なんかあいつのメカはあまり使いたくないんだよな・・・」アンナは宇宙人の操り人形にされるイメージがどうにも頭から離れなかった。

 そうこうするうちに二人は部室の前に着いた。

「わ、表札が新しくなってる」

 見上げた表札には昨日のような接ぎ当てはなく、一枚の紙に『科楽部』の文字がきちんと並んでいた。冗談のかけらも混じっていなそうな明朝体のフォントで。

「よしっ、今日から本格スタートってことだねっ!」

 勇んでリアはガラガラと扉を開けた。

 部室にはエレノアとメラニーが先に来ていた。二人は部屋の端のほうで、CDラジカセを置いた机のそばに座っていた。

「あ、こんにちわー」

「こんにちは」

「今日もよろしくねっ! メルちゃんのベースとエリさんのキーボード持って来たよ」

「わーいっ、ありがとうございますー」

 メラニーはとてとてと歩み寄るとリアからベースギターのケースを受け取った。さっそく中を開けてベースを取り出すと、両手で持ってしげしげと眺めた。

「これがベースですかぁ、初めて見ます」

「お古だけど、ちゃんと音は出るはずだから。教本も持ってきたよ」

 リアは通学バッグから本を取り出した。

 エレノアもアンナが降ろしたキーボードを見にやって来た。大きさはコンパクトで、アンナほどの腕力がなくても持ち運びには苦労しなそうだった。

「これはけっこう・・・年季が入ってるわね」

「ゴメンね、中古のそのまた売れ残りなんで。でもエリさんなら自分で調整とかできるかと思って、いろいろ設定を変えられるのにしたんだよ」

 キーボードにはシーケンサーやサウンド調整のスイッチやボリュームが数多く並んでいた。前の持ち主が一度も触らなかったと思しきものもいくつかある。設定をメモリーカードに保存するためのスロットも付いていた。

「そうね、いろいろできそうだわ。ありがとう」

 エレノアは電源を繋いで、片手で試し弾きをした。UFOとの交信に使われたあの5音階だった。

「なに、いきなり宇宙船呼ぶの?」

「ただのサウンドチェックよ。本当に交信するならパラボラアンテナに繋がないと」

「いや、とりあえず地球人に聞かせるだけでいいからな?」

「言ってみただけよ」

 そう言うとエレノアは両手でおもむろに和音のメロディーを弾き始めた。ゆったりしたテンポの心地良い曲だった。一通りヴァースを終えると弾くのを止めた。メラニーが拍手した。

「わぁ、エリさんも上手ですねぇ」

「綺麗な曲。聴いたことないけど、クラシックなの?」

「ううん、母さんが教えてくれた曲。父さんとの思い出の曲なんだって」

「エリもけっこうやるじゃねえか」アンナも素直に感心した表情だった。

「それはどうも。と言いたいところだけど、ポップス、というかクラシックじゃないのはこれぐらいしか知らないわ。他の曲はこれから練習しないと」

「うん、わたしたちにも曲教えてね」

「わたしだけ全然弾けなくて、心配ですぅ」

「大丈夫、基本的な弾き方だけ本見て覚えて、あとは楽譜の通りに練習すればいいから。わたしもそうしてたし」

「はい、がんばります! 楽譜はどこですか?」

 リアの笑顔がぴたりと固まった。しまった、さっき楽譜をどうしようかと話してたんだった。

「えー、と・・・。わたし達が弾いてた曲のならあるんだけど・・・」

「えー、わたしの持ってきたのはダメなんですかぁ」メラニーが急激にしょんぼりした。

「待って、わたしに任せて」

 エレノアはそう言うとさっきのCDラジカセのほうへ歩いていった。

「メル、昨日言ってたのはこのCDだったかしら」エレノアはメラニーが持ってきたCDの束から1枚を取り上げて見せた。

「あ、はい、その5曲目ですぅ」

 エレノアはCDをラジカセにセットすると、近くの壁際の机に置いてあるパソコン画面を操作しはじめた。よく見るとラジカセからはパソコンにケーブルが繋がれている。パソコン画面のアプリケーションが起動して何か画面が動き出すと、CD再生のボタンを押した。

 ラジカセからドラムのリズムと、アコーディオンの演奏が流れ始めた。次いで英語のヴォーカルと、掛け合いのコーラスが歌い始めた。やがてコーラスはメインヴォーカルにユニゾンしてハーモニーとなった。

「ね、いい曲ですよね?」

「ああ、うん、初めて聴くけど、いい曲だね」

「コーラスのとことかすごく気持ちよくって」

「ああ、そうだな」アンナはドラムの音に合わせて指をトコトコと動かしていた。髪の跳ね上がりも合わせてぴくぴく動いているように見えた。

 エレノアのパソコン画面でも曲に合わせていくつかの光点がぴょこぴょこと飛び跳ねていた。光点の軌跡はゆっくりと横に動いて筋模様を形作っていた。

 やがて曲が終わると、エレノアはパソコンを操作した。画面の光点と軌跡が止まり、何か見たこともない文字のメッセージと、処理の進捗を示すメーターが現れた。

 メラニーはまだうっとりした表情だった。「寝るときとかに聴くと、すっごくいい感じなんですよぉ」

「うん、いい曲だね、やろうよ」リアも同意した。

「なんたってメルの第一リクエストだしな。アコーディオンは、あのキーボードで音出るかな」アンナも気に入った表情を浮かべていた。

 そこへプリントアウトの音がした。エレノアはプリンターから印刷された紙を数枚取ると三人のところへ戻ってきた。

 プリントアウトの紙には、五線譜と音符が並んだ楽譜が印刷されていた。リアが音符を頭の中で辿ると、たった今聞いた曲のメロディーラインに違いなかった。しかもヴォーカルとアコーディオンと、いくつかの楽器のパートに分かれている。

「これで楽譜は用意できるわ」

「すごーい! こんなのあったんだ!」

「便利なもんだな。宇宙製のアプリか?」アンナはさっき画面に出た妙な文字を見逃していなかった。

「ええ、音楽に詳しい種族がいるのよ」エレノアはあっさり認めた。

「地球の楽譜にも対応してるんだ?」

「ええ、地球でも音楽活動してるわ。コバイア人よ」

「・・・あー、あいつら本当に宇宙人だったのか。どうりで人間離れしたドラミングだと」

「すごいですう、ありがとございますう」

「これで練習バッチリだね!」リアとメラニーは楽譜が手に入ったことで、宇宙テクノロジーの導入も気にしていなかった。

「そうね、さて」エレノアはこの上ない得意顔で言った。「セットリストを決めようかしら?」


 とりあえずはメンバー四人が一曲づつメインを張ることに決まって、まずは四曲を練習することにした。

 リアとアンナは自分達のレパートリーの中から、エレノアとメラニーが演奏しやすそうなのを何曲か聞かせ、二人が気に入ったものからリアとアンナのヴォーカル担当曲を一つづつ選んだ。

 メラニーはもちろんあのアコーディオンの曲をやることにした。他の三人も曲を気に入ったし、ベースの音も多くなかったので弾きながらでもメラニーが歌えそうだと思ったのだ。

 始めのうちは音の出し方も分からないメラニーのベースだったが、ゆっくりと繰り返しているうちに指を正しく運べるようになり、やがて1小節、1リフ、1メロと続けられるようになった。ただし時々指がポロリと外れるので、フィンガーピッキングは早々に止めさせてピックを使わせるようにした。一旦正しく弾けるようになると文字通り体が覚えるようで、コーラスなどでベースから目を離しても指がひとりでに動くようにまでなった。勢い余って腕が外れてもひとりでに動いていたが。

「やりましたっ、全部できました! 一曲全部弾けましたー!」

「やったねメルちゃん! その調子だよ!」

「な、言ったとおりだろ、好きな曲やってりゃ腕は自然に身に付くってさ! ロック魂さえありゃ何とかなるもんさ!」

「魂売らなくて良かったですう」

「もうその話はやめなさいって。それと、腕は身に付けたままにしておいてよね」

 エレノアの選曲はプログレ人脈のバンドからだった。しかし曲はとても爽快でポップな一般受けするもので、テクニックを誇示するような場面は無かった。

 キーボードのパートがふんだんにある曲だったが、エレノアはヴォーカルを歌いながらもキーボードの演奏をこなしていた。しかもよく見ると楽譜にはほとんど目を向けず、目はキーボードにぴたりと据えられていた。

「始めて弾いた曲って言ってたわりに、エリさん上手いじゃん。まさかこの前言ってたナノマシン使ったの?」

「違うわ、指運ナビよ。どの鍵盤を弾くか表示してくれるのよ」

 見るとエレノアの眼鏡に光の点がいくつか浮かんでいた。それはエレノアの目から鍵盤に重なる位置に二列に表示されており、曲の進行につれてチカチカと位置を変えた。

「初心者用に鍵盤が光るあれのメガネバージョンか」

「歌詞のプロンプターにもなるわよ」

 エレノアが眼鏡のフレーム部分を触ると、今度は眼鏡に文字の列がスクロールしていった。

「そこまで宇宙テクノロジーを駆使していながら、意地でも自動演奏はしないってのも見上げた根性だな」

「当然よ。そんなのは口パクにも等しい行為だわ」

 四人全員がヴォーカルを担当、メインの他の三人もたいていの曲ではコーラスに入るとあって、ライブには一人づつにマイクが必要なことが判明した。科楽部結成以前は路上のゲリラライブ、結成後は部室での練習だけとあって、マイクはまだ一本も用意していなかったのだ。

「放送室から一本借りてきて、エリさんコピーしてもらえないかな?」

「無理よ。機械系は組成元素が複雑で。たとえ見た目だけそっくりに複製できても、どんな音が出るのかわかったもんじゃないわ。マイクスタンドぐらいなら何とかなるかもしれないけど」

「二人で一本のマイクで歌うのはどうですか? ビートルズみたい」

「リアもメルも右利きだしな。それにオレとエリは無理だろ」

「あたしんちにもいきなり四本いっぺんは無いなぁ」

「ここは正攻法でいきましょう。部活動申請で買うのよ。それまではとりあえず放送室とかから借りてやるしかないわ」

「どっちみちライブをやるなら先生にも言っとかないといけないしね」

「うっ、センセか・・・ここんとこ部室にも来ないから忘れてた」

 橋澤は部活動初日に部室を見に来たきり、四人がずっと部室内で練習に勤しむようになってからは様子見にも来なかった。とりあえず校内で正体が発覚しなければ監視としてはOKらしかった。さすがロックは悪魔の音楽だ。

「変なことして不正入手でもしたらそれこそまた体罰くらうわよ」

「声をクランベリーズみたいに変えられちゃったりしてね」

「うげげ、それはヤメて! そのアイデア、センセに言うなよ。ってエリ、メモすんな!」

 こうしてセットリストと機材の準備は整った。

 ついにバンドがデビューライブを行う時が来たのだ。


「ってまた校庭の隅っこかよ! メンバー募集のときと変わんねえじゃん!」

 翌日の放課後、科楽部の四人は閑古鳥の鳴く校庭の片隅に立っていた。アンナの言葉通り、数日前はリアとアンナの二人が路上パフォーマンスをしていた、校門そばの旧科学部、現科楽部部室の外だった。電源を部室の窓から取っているのも前と同じ。

 ただし今日はメラニーとエレノアという新メンバーがいる。四人分の楽器とマイクもきちんと揃っている。何といっても、新曲と新バンドがある。

「文句を言うな。今日は俺の公認だぞ」

 そしてありがたくない事に、顧問の監視がいる。科楽部初の公式活動とあって、顧問に無許可で決行するわけにはいかず、橋澤がライブの間中見張っていることになっていた。

「うう、デビューはライブハウスとまでいかなくても、せめてステージのあるとこと思ってたのに・・・」アンナが歯ぎしりした。

「体育館の使用申請出したんじゃなかったの」エレノアがリアに聞いた。

「今日はステージの先約が入っててな。俳句研究部の」橋澤が答えた。

「オレたちは俳句会よりも格下なのかよ・・・」

「ぽっと出の新興サークルが贅沢を言うな。ここのほうが人集めにはいいだろう。いきなり室内ライブなんかやっても誰も来やせんぞ、ましてあんな騒ぎを起こした後じゃな」

 先日の“あんな騒ぎ”のことを思い出して四人はうなだれた。確かに橋澤の言う通りだった。さすが悪魔、容赦なく痛い事実を突きつけてくる。

「ま、まあまあ、たしかにここならみんなに聞いてもらえるよね! 曲もまだ多くないしさ、公開リハーサルだと思って!」

「うう、なんだか緊張してきましたぁ」メラニーが両手を胸の前で握りしめてプルプルと震えていた。

「だいじょぶ、メルちゃん、リハーサルだからリハーサル。いつもとおんなじようにやればいいんだよ」

「間違えたらどうしましょう」

「笑ってゴマかせ!」アンナが寛大にフォローした。

「どうせ誰も見てやしないわ」エレノアは冷たくフォローした。

「オイ、それより今日は手とか取れないようにしたんだろうな」アンナが小声で呼びかけた。

「ハイ、間接の接着を強めにしてきました」メラニーも小声で答えた。

「あれ、エリさん、眼鏡ナビは?」見るとエレノアは眼鏡を外していた。

「眼鏡でパフォーマンスは格好付かないからね。いつまでもあんな物に頼るつもりはないわ、素人じゃあるまいし。わたしの目のことなら気をつけるから」

「エリって、けっこう目立ちたがりなとこあるよな・・・」

「よーし、じゃあみんないい? 始めるよ!」

 リアは意気込んでマイクのスイッチを勢いよく入れた。辺りに凄まじいハウリングがキィーンと響き渡り、その場の全員が顔をしかめたが、負けじとリアは声を張り上げた。

「レディース・アンド・ジェントルメーン! わたしたち――」

 そこでリアが言葉を詰まらせた。しまった。バンド名決めるのを忘れてた。

 固まっているリアの後ろから、アンナがMCを継いだ。

「オレたちはS&Mだ! 聴いてくれ!」

 いきなりのアンナの宣言に、他の三人が「何それ」という目を向けた。

「ちょっと何なのよ、その名前は」

「『科学&音楽』だろ」

「もう。後でちゃんと決めるわよ」

 見渡すとはるか向こうに通行人がちらほらと見えるだけだった。そこまで声を届かせるかのように、アンナがドラムスティックを振り上げ、バンド紹介を続けた。

「まずは新メンバーの歌を聴いてくれ! 遊星からのターミネーターX、エリー・スターダスト!」

 いきなり無断で芸名を付けられたエレノアは面食らい、(あとで憶えてなさいよ)とアンナを睨みつけた。アンナが肩をすくめてスティックを構えると、エレノアはキーボードに向き直り、両手を構えて演奏の体勢をとった。

 キーボードのイントロが静かに流れ出した。厳かにリズムと主旋律が刻まれた後、ドラム、ギター、ベースが加わり、一気に曲はスケールを増した。エレノアは歌いだした。

 歌詞は辛い境遇の子に救いの手を差し伸べる内容だった。まさにわたし達の新スタートにピッタリの曲。エリさんもけっこうロマンチストなとこあるじゃない、とリアは思った。

 エレノアのメインヴォーカルに合わせ、リア、アンナ、メラニーがコーラスを歌った。

『泣かないで 僕がいる・・・』

 まるで歌詞に励まされているように、メラニーの演奏にも自身が表れてきて、元気よくコーラスを合わせていた。リアもそんなメラニーに負けず歌と演奏を楽しんでいた。アンナと二人でやってたときとは大違い。フルメンバーで揃って演奏するって、こんなにサウンドも気分もいいものなんだ。

 弾むようなポップソングを耳にして、遠巻きに歩いていた生徒が一人、また一人と足を止めた。こっちを見て好意的な感想を言い合っているらしい女子生徒の集団さえ現れた。すごい! 集客力も段違いだ!

 エレノアは最後のフレーズを歌い終えると、エンディングのリフをぴたりと決めた。見ていた生徒の何人かから控えめな拍手が上がった。

「ありがとう」エレノアは観客に向かって礼儀正しく挨拶した。

「ありがとー!」

「サンキュー!」

「ありがとございますー!」

 他の三人も腕を振り上げて叫んだ。一曲目から何人もの客に受けるなんて、予想以上の好反応だ。リアとアンナはバンドの人気に、メラニーは無事に演奏し終えたことに上機嫌で観客に手を振り続けた。

「ほら、浮かれてないで、次いくわよ」

 エレノアが急かすように諌めた。いつものように冷静な表情をしていたが、嬉しいのか照れているのか、明らかに紅潮して興奮を抑えている様子だった。もしかすると目が光らないようにこらえているのかもしれなかったが。

「よーし、続いて――」

「そこまでよ! 悪魔ども!」

 アンナが喜び勇んでマイクで呼びかけたそのとき、別の叫び声が乱入した。

「正義とPMRCの名において、立ち去りなさい!」

 風紀委員長にして(自称)PMRC会長、白菊霧乃の声だった。

「またお前らかよ! ライブの邪魔すんじゃ――」

 乱入に憤慨したアンナは声のしたほうを向いて、言葉が途切れた。他の三人も、近くに立っていた橋澤も、観客の生徒たちも顔を向け、そのままポカンと固まった。

 霧乃は校門の外に立っていた。いつもの登場時のように仁王立ちし、リアたちに向けてビシッと腕を突き出した体勢で。だが今日は制服を着ていなかった。その場の全員が呆気に取られたのは、突き出した腕に握られている十字架と、霧乃が身に付けている装備だった。

 霧乃が制服の代わりに着ているのは修道院のシスターのような紺色のローブだった。胸と背中に大きく金の刺繍で十字架が描かれているが、それ以外にもあちこちに護符らしきエンブレムが縫い付けられている。その他にもラテン語だかルーン文字だかの呪文が書かれたお札のようなものや、果ては“悪霊退散”“アブダカダブラ”“世界人類が幸福でありますように”などと書かれたフレーズの短冊が所狭しと並んでいた。

 右手に持った十字架の他にも、左手には聖書やコーラン、首には数珠やお守りや謎の魔除けの数々、腰のベルトにはパワーストーン、なぜかウサギの足やブードゥーの呪術人形らしきものまでが装備されていた。

 そして顔の両頬には十字架のペイント。頭の鉢巻きには“南無阿弥陀仏”と書かれ、火の点いたロウソクが2本挟んであった。

「今日こそこの学園から悪を追放いたします! この前のように無力と思ったら大間違いですわ! 見よ、古今東西の神聖なる退魔武器の数々を!」

「本当に片っ端からお守りを集めたらしいわね」エレノアが脱力し切った顔で言った。

「ワラ人形にドリームキャッチャーまであるぞ」アンナは視力を駆使して細部を観察していた。

「悪魔ども、地獄へ送り返してやりますわ! 正体は分かっていますのよ! 冒涜と堕落を撒き散らすのもこれまでです!」

 歩く霊感グッズの陳列棚のような霧乃が、あらん限りの度胸を振り絞って宣言した。

「どっちが冒涜だよ、まったく」

「悪魔でもありませんよう」

 メラニーは“本物”の橋澤をチラリと見た。霧乃の十字架やその他の魔除けグッズを恐れている様子はまったく無く、心底この状況に呆れている表情だった。

 そこへ、霧乃に続いてもう一つの人影が校門に姿を現した。中世の騎士が身に付けるような鉄製の甲冑を頭の先から手足まで着込んでいて、歩くたびにガシャンガシャンと音を立てた。

「今度はこっちも装備を用意してきたからね」

 見るからに丈夫で重そうな甲冑の、バイザーを下げたヘルメットからくぐもった声が聞こえた。風紀副委員長の倉内久里子(くりす)だった。

「久里子のコレクションから選りすぐりのオカルトグッズを取り揃えて来ましたわ! 畏れよ、悪魔!」霧乃が自信ありげに十字架その他を振り上げた。

「コレクション・・・?」

「倉内さんってオカルトマニアだったんですねえ」

「換えのパンツも用意してきたかよ?」

「お黙り! 正義の名において立ち去りなさい! さもなければわたくし達三人が相手です!」

 三人?

 そういえばいつも霧乃に付き従っているM奴隷、もとい風紀執行員の黒間光がいない。

 周囲の怪訝な視線に気付き、霧乃は背後を振り返った。

「光!」

 すると校門の陰、塀の向こうから弱々しい声がした。

「うぅ、僕も出なきゃダメですかぁ」

「怖れるんじゃありません、光! わたくし達には神と仏と、アラーとエホバとクリシュナとそれからええと、とにかく神聖なる者全ての加護がついているんですのよ!」

「怖いというかその・・・恥ずかしいんですよう」

「出てこないと神罰が下りますよ! 光!」

 霧乃のお仕置き発言に光がおずおずと姿を現した。周囲で見ていた生徒達は皆一様に目を丸くした。女子生徒の一部からは悲鳴が上がった。

 光が着ていたのは白い襦袢に袴、足袋の和装束だった。襦袢の袖は大きく広がって垂れ下がり、赤い帯の縁取りが付いている。袴は帯も含めて赤一色。手にした棒には、しめ縄につけるような折り目のついた紙が二本垂れ下がっている。

 いわゆる、巫女服だった。

 半ベソの光の表情に、女子生徒たちの黄色い悲鳴がさらに大きくなった。

「かわいー!」

「顔こっち向けてー!」

「写メ取らせてー!」

 女子の歓声を浴びて、光の半ベソがさらに紅潮した。

「ごらんなさい、光! か弱き乙女達がお前に味方していますよ!」

「ちがうと思います・・・ううう・・・」

 顔を紅潮させて浮き足立ったのはリアたち四人も同じだった。リアはギターをスタンドに掛けると、ばひゅん、と超速で光の至近距離に駆け寄った。と思ったら、アンナ、メラニー、そしてエレノアまでも同時に駆け寄っていた。

「うお、こ、これは反則だろ、反則じゃねえか」

「でもやっぱり、カワいい、カワいすぎるよぅ」

「これが『もえ』なんですかっ、『もえ』なんですねっ?」

「ちょっとそのままで冷凍保存させてもらえないかしら」

 四人ともが一様に興奮を隠さず光の目前で押し合いへし合いしていた。四人の血走った目に、先日一瞬だけ見た魔物の姿が光の脳裏にフラッシュバックした。

「ひいっ、こ、来ないでくださいっ!」

 咄嗟に光は目をつむって、お払い棒を顔の前に振り上げた。とその時、お払い棒の軌跡から突風が巻き起こり、四人は数メートル背後にすっ飛んで背中から転がった。

「な・・・なに? 今のは?」エレノアが頭を振りながら身体を起こした。四人とも何が起きたのか分からなかった。

「ほほほほ、恐れ入った? 光はこう見えて神社の息子なのよ。霊力は本物ですのよ」

「だからって、何でこんな格好なんですかぁ・・・」妖怪四人を一撃で吹き飛ばしても、光は涙目でぶるぶる震えていた。

「健全なる神の使者に相応しい出で立ちでしょう。純潔の象徴として悪の侵略からの盾となるのよ!」

「盾なんですか、うぅ・・・」

 一方、霊力に吹き飛ばされた四人のほうも、起き上がりながらまだ光を凝視していた。

「盾むしろOK! オレの情欲の炎を受け止めろ!」

「本当に純潔かどうか確かめないといけないですねっ!」

「わたしが調べる! 味見させて! 肩出して! はだけさせてこんなふうに」

「いえ、むしろ純潔を失ったときの能力を調べる必要があるわね!」

 再び懲りずに近寄ろうとした四人に、光は「ひいっ」と縮こまってお払い棒をかざした。四人はビクッと歩みを止めた。

「エリさん、目、目」

「おっと」

 興奮状態のエレノアは文字通り目を爛々と光らせていた。エレノアは外していた眼鏡をポケットから取り出して掛けた。

「近寄るんじゃありません、変態ども! うちの光の純潔を汚すなどと、未成年にあるまじき行為は許しません! 光、『信仰の守護者』よ!」

「は、はい」

 光は小さくなってぶるぶる震えたまま二歩進み出た。非常に保護欲をそそる光景だったが、四人はぐっと堪えて展開を見守った。

 光の横に甲冑姿の久里子がガシャンガシャンと進み出て、四人を見据えたまま立ち止まった。光は久里子のほうを向いてお払い棒を構え、厳かに儀式の経を唱えだした。

「丑寅の門開きて 古の書に伝えて謂う

 我日辰陰陽を見る者 万象の力よ我が両手と変れ」

 よく見ると光は巫女服の袖にカンペを仕込んでいた。チラチラと視線をカンペに走らせながらも、努めて威厳ありげな声で経を唱え続けた。

「聖霊の使者よ来たれ、カラス!」

 そう言い終えた瞬間、仁王立ちしていた久里子の身体がビクンと震え、天から一条の光が落ち、久里子を直撃した。一瞬久里子の甲冑がぱっと光の粒を放ったかと思うと、光は消え、空も久里子も普通の見た目に戻った。周囲の見物人からどよめきが上がった。

 久里子が歩み出た。バンドの四人も、PMRCの二人も見守る中、無言で久里子は一歩一歩進み、四人との距離の中間まで来たところで止まった。四人は固唾を飲んで見守り続けた。

 久里子がヘルメットのバイザーを上げた。その表情は自信と、使命感に満ちている。四人は威圧に押されて一歩下がった。

「悪魔ども覚悟なさい! 降霊術で退魔師のエキスパートを召還しましたわ! 1973年、ワシントンで悪魔パズズを祓った伝説のエクソシスト、カラス神父よ!」

 久里子は表情のみならず、威厳すら漂わせ、まさしく別人が憑依したという風格だった。

「マ、マジで・・・?」

「悪魔はダメでもオカルトはOKなんだね・・・」

「キリスト教の神父が巫女の儀式で降霊ってどうなのよ」

「巫女じゃないんですけど・・・」

 各陣営の驚愕と突っ込みをよそに、久里子は両手を広げて上体を反らす姿勢をとった。四人は身構え、次の行動を警戒した。

 久里子は大きく息を吸い込み、

 歌いだした。

「へ・・・?」

 久里子の歌声はプロ級のソプラノのオペラ歌手だった。というより並の歌手が束になっても敵わないような、圧倒的な声量と技量だった。曲はクラシックのオペラで、完璧な発音の歌詞はスペイン語のようだった。

「あ、この歌知ってる」

「“カルメン”だったかしら」

 一同が呆気にとられて見守る中、久里子の絶唱はさらに続き、身振りが加わり始めた。外国語の発音も淀みなく、もちろん音程も一つとして外すことなく、その場を聾して圧倒的なオペラの独唱は続いた。

「ちょ、ちょっと光、何なのよこれは」

「あ、あの・・・すいません、別のカラスさんを呼んじゃったみたいで」

 ロックしか聴いたことのないリアにも聞き覚えのある名前だった。なるほど、憑依された久里子が放っていた威厳は、大スターのオーラだったんだ。

 一方、予想外の事態に取り乱した霧乃は、光の襟首を締め上げていた。

「何とかしなさいこのバカ!」

「ひ、一仕事終わったら、帰ると思います、たぶん」

 哀れな光は首をぶんぶんと振られながらしどろもどろに答えていた。

 久里子の独唱はクライマックスを迎え、ソプラノの絶唱が長々と響き渡った。校舎全体の窓ガラスを揺るがすほどの高音だった。

 そして歌がピタッと止んだ。

 一瞬の後、バンドの四人も、周囲の見物人も一人残らず、大喝采と拍手を送った。

 久里子に憑依したオペラ歌手は、聴衆からの喝采に優雅に手を振って応えた。その場の人間全ての注目を集めることに慣れたスターの貫禄だった。と、久里子の身体がぱっと輝き、次いで輝きは一条の光となって天に昇っていった。喝采の中をステージから去るスターの退場のタイミングだった。

 歌手の霊が去ったあとに立ち尽くしていた久里子は、ぐらりと後ろによろめいた。

「倉内さん! 大丈夫で、うわっ、とっと」

 倒れこんだ久里子を支えようと光が駆け寄ったが、久里子と甲冑の重さを支えきれず、二人して後ろ向きにガシャンと倒れてしまった。久里子は青い顔をしてゼイゼイと喘いでいた。急に肺を酷使したため酸欠になっていたのだ。

 倒れた光に今度はバンドの四人が駆け寄った。

「大丈夫か黒間! 倉内に襲われてないか!」

「精密検査が必要ね! さあ早く服を脱いで!」

「ええい、離れなさい! 変態ども!」

 しかし四人が近寄るよりも早く霧乃が間に割って入り、十字架をぶんぶんと振り回して接近を阻止した。光はなんとか久里子の下から這い出した。支えを失った久里子はゴンと頭を地面にぶつけたが、誰も気づかった者はいなかった。

「光、もっと使えるのを出しなさい! ヘルシング教授とか!」

「無理ですよ、倉内さんもこんなですし」

 久里子は地面にバンザイの姿勢でのびていた。

「へへんだ、風紀委員会敗れたり! ロックの力を思い知ったか!」

「何もしてませんでしたけどぉ」

「と、とにかく、これに懲りてオレたちの邪魔をすんなよ!」

「それから黒間君は証人として預かっておくわね」

 四人はそれぞれ勝手に勝ち誇った。

「ぐぬぬぬ、図に乗って! 安心するのはまだ早いわ! わたくしたちの作戦はこれだけではなくてよ! 光!『審判の天使』よ!」

「あ、は、はい、えっと・・・」

 光は袖の中をごそごそと探り、やがて片手に一枚の折りたたんだ紙を出した。光はそれを広げて地面に置いた。紙には漢字の難しそうな経文と、大仏だかダルマのようなぽっちゃりした体格の像の絵が描かれていた。

 光はふたたびお払い棒を構え、左右にぱたぱたと振りながら経を唱えた。

「荒ぶる闇の蠢き 果て無き夜の導き いま式を打つ

 彼の魁岸は星の陰に巡り この開成も月の影を照らす」

 今度のカンペは地面に広げた紙の端に鉛筆で書き足してあった。

「天の龍よ来たれ、護法童子!」

 光は最後の掛け声とともにお払い棒をパッと天に振り上げた。するといきなり雷がピシャーン!と落ち、地面の紙を直撃した。至近距離での文字通りの青天の霹靂に、当の術式者の光も、側にいた霧乃もバンドの四人もひっくり返って尻餅をついた。

 雷が直撃した紙は地面の焦げ跡の周囲に破片をいくつか残して消失していた。だがその焦げ跡から立ち上る煙と、落雷で舞い上がった砂埃が上空で集まり、渦巻いていた。

「今度は何だよいったい」

「召還魔法みたいですう」

「ほーほほ、今度こそ覚悟なさい痴れ者ども! 魔物退治の精霊の力、とくと思い知るがいいわ!」尻餅のままの姿勢で、霧乃は精一杯威厳を込めた声で宣言した。

「さあ、現れなさい、合法同人!」

「護法童子です、委員長」

 光の訂正をよそに、渦巻く煙が薄れ始め、中から異様な像が現れた。一同は目を瞠った。

 現れた童子は先ほどの紙に描かれていた像が立体化したものだった。ただし大きさは優に3メートルはある。全身が彫像のように銀色に輝き、地面から浮かんでいた。

 童子の背中からは四本の触手がくねくねと曲がって伸び、両腕にも鞭のように曲がりくねった触手を握っていた。計六本の触手がうねうねと蠢いて身体の周りに展開していた。手と足には怪物の顔じみた棘だらけの装具をはめている。精霊とはいえ、間違っても神棚には飾っておきたくない凶悪なデザインだった。顔は子供の笑顔なだけに余計に怖かった。

「ひええ、何なのコレ」リアは現れた童子のサイズと異様さに怯えた。

 しかし肝を潰しているのは霧乃も同じだった。そして当の召還者である光がいちばん仰天している。

「わわ、ま、ま、まさか」

「ちょっと光、また失敗したんですの」

「い、いえ、召還には成功したんですが、その・・・本当はこのくらいの大きさのはずで」

 光は両手で30センチくらいの大きさを示した。

「どう見たってあれは手のひらサイズじゃないでしょう!」

「どうも1/3スケールと、3倍スケールを間違えちゃったみたいで」

「スパイナル・タップのセットかよ!」アンナが思わず突っ込んだ。

「ああもう! まあいいわ、大きい分だけハデにやっておしまいなさい!」

 霧乃の宣告とともに、童子がさらに1メートルほど上昇した。一同が怯えて見上げる中で、童子の身体の中心線、頭から股までにピシリと光の筋が走った。そして童子の身体が中心線から左右に分かれ、40センチほどの黒い隙間を開けた。

 じゃきん。

 童子の中心に空いた隙間から、無数の剣が飛び出した。隙間に沿ってぐるりと放射状に並んだ剣は、1本が1メートル近くもある。

 そして剣の列がゆっくりと回転を始めた。やがて回転は速度を増し、剣の一本づつが見えないほどになった。童子の身体の中心に、巨大な回転刃が出現した。

 武器を出現させた童子は、獲物を見回すように旋回を始めた。

「わわ」童子の前方にいたバンドの四人は、立ち上がって数歩後ろに下がり、攻撃を待ち構えた。

 霧乃は得意満面で四人を指差し、高らかに命じた。

「受けてみなさい、正義の刃! さあ護法、清めなさい、その穢れたる野望!」

 童子がぐるりと霧乃に向き直った。

「え・・・?」

 それまで浮いてホバリングしていた童子が、やおら霧乃目掛けて突進した。

「ひいっ!?」

 霧乃は間一髪で地面に突っ伏して、頭上を通過する回転刃を避けた。はずみで取り落とした十字架が、真っ二つにスッパリと切断されて地面に転がっていた。霧乃のローブの背中も切られ、縫い付けていた『金枝玉葉』のキャッチフレーズが分断されて『金玉』になっていた。

「ど、ど、どーなってるんですの、光!」

「真っ先に異教徒を狙ってるみたいです!」

 地面に伏せた霧乃の頭上を通り過ぎた童子は速度を緩めて空中に停止すると、後ろに向き直り、再び空中を滑空し始めた。

 霧乃の背中に燦然と輝く十字架めがけて。

「うっきゃあああああ――!」

 霧乃は弾かれたように跳び上がると力の限りに逃げだした。一瞬遅く、霧乃が伏せていた地面を童子の回転刃が抉り、きれいな溝ができた。

 地面を削って減速した童子は、逃げる霧乃目掛けて追撃を再開した。霧乃は迫り来る童子からひたすらまっすぐに逃げ続けた。

「うわ、バカ、こっち来んな!」

 霧乃が走る先にはバンドの四人がいた。霧乃の背後から童子が飛んでくるのを見た四人も一目散に逃げだした。

「ついて来ないでよ――!」

「元はといえばみんなあんた達のせいですのよ! 光――! 早く何とかしなさい――!」

「ええと、ええと、召還霊を止める方法は、あれでもない、これでもない・・・」

 光は校門の陰にいち早く避難し、巫女服の中から取り出した古文書や巻物を必死になってめくっていた。

「あんたその服脱ぎなさいよ!」

「そんなことできるわけないでしょバカー!」

「わわわ、追いつかれますうー!」

 霧乃は裾も袖もヒラヒラのローブを着ていながら、超人的なスピードで四人を追い抜いて走り続けた。結果として霧乃を先頭にバンドの四人も追われる形となり、視界に入った四人も標的として認識したのか、童子は散開した五人を狙ってあちこちを飛び回り始めた。

 逃げる五人は周囲の生徒の近くを走り抜け、童子が後を追って飛び、たちまち校庭中の生徒たちも四方八方に逃げ回る大混乱となった。校庭を縦横無尽に飛び回る童子は巻き添えで生け垣やベンチなどを切断していたものの、生徒の被害者は出ていなかった。魔物退治の精霊という触れ込みは本当らしい。

 この混乱に乗じてリアは瞬間移動を駆使して逃げ回っていたが、橋澤の姿を見つけると駆け寄りながら叫んだ。

「先生ー! 助けてー!」

「シッ、静かに、気配を消しているんだ」

 橋澤は微動だにせず、左手で何かの印を組んでいた。そういえば神の使いに真っ先に狙われそうな属性の人なのに、さっきから一人だけ追いかけられていなかったことにリアは気付いた。

「ずるいー! 何とかしてー! 死んだら上司の人に言いつけてやるんだからー!」

 そう喚くリアに気が付いたのか、それとも年長者を頼ってか、霧乃とバンドの他の三人も橋澤とリアのほうへ向かって走ってきた。そして当然の結果として、その後ろからは童子が飛んでやって来る。

「あっ来た来た来た来た来た来た来た来た」

 童子が飛んでくるのを遠方に見たリアは両足でジタバタと足踏みした。

 仕方ない。

 橋澤は右手で印を結ぶと、胸の前で素早く逆五芳星を切り、パチンと指を鳴らした。すると橋澤の目の前に直径3メートルほどの魔方陣が垂直に出現した。黒い円盤に文字と線が光っている魔方陣が、橋澤とリアの間に壁のように立っている。

「入れ」

 魔方陣の陰から橋澤の声がして、リアはプールの飛び込みよろしく両手から魔法陣の壁めがけて突入した。

 霧乃は前方に突如出現した空間の穴と、そこへリアがいち早く避難するのを見てとり、自分も逃げ込むべく足をさらに速めた。見た目は思いきり怪しいが、背後から迫りくる童子の刃に比べれば遥かにましだ。

 魔法陣まであと数メートルというとき、不意に身体が宙に浮いた。地面に落ちていた『家内安全』のお守りを踏んで足を滑らせたのだ。逃げ回っている間に霧乃自身が落としたものだった。

 ずっしゃ――――。

 霧乃は顔面から着地すると、そのままの姿勢で数メートルをスライディングで進み、魔法陣の直前で止まった。

 どだだだだ。

 後から走ってきたアンナ、エレノア、メラニーが霧乃を踏み付けて走り抜け、そのまま魔法陣に飛び込んだ。

 一瞬遅れて、三人を追って童子も魔法陣へ飛び込んだ。

 魔法陣に童子が入ったのを見た橋澤は手の印を解き、魔法陣は縮んで消失した。騒乱の原因である巨大童子が姿を消したことで、校庭には嘘のように静けさが戻った。

 あとには一人、潰れたカエルのような姿勢で、後頭部から背中に三人分の足跡が付いた霧乃がピクピクと痙攣しながら地面に倒れていた。

 橋澤は直ちに教師としてその場を収めにかかった。

「みんなー、もう大丈夫だ。ちょっとステージ装置が暴走したようだが、治まった。また何かあるといかんから、今のうちに帰宅するか、校舎内に戻るように。故障の原因は俺と風紀委員のほうで調べておく。それじゃ、速やかに退避だ」

「先生、白菊さんと倉内さんが気絶してます」

「変な格好で急に運動したせいだろう。下手に動かすといかん」

「先生、白菊さんが流血してます」

「興奮で血圧が上がったからだな。目が覚めたら保健室に行かせとく。いいな? よし、解散」


 魔法陣に飛び込んだリアが見たのは、白黒反転した結界内部の世界だった。校舎も校庭も同じ姿で存在するが、音もなく静まり返り、そよ風一つも無く、他の生徒が誰もいない。

 後ろを振り返ると、魔法陣の向こうに元の世界が見えていた。霧乃とアンナとエレノアとメラニーがこちらへ走って来るのが見えた。そしてその背後からは巨大な童子が迫り来る。リアは慌てて脇へ飛びのくと、すかさずアンナ、エレノア、メラニーが魔法陣から結界内になだれ込んできた。

「みんな後ろー!」

 リアの声に三人が一斉に振り返ると、童子の回転刃が眼前に迫っていた。三人はすんでのところで地面に跳んで転がり、童子は轟音とともに前方へ飛んで行った。

「今のうちに、早くここから出――」

 リアが言いかけた矢先、魔法陣と、元の世界の景色がみるみる小さくなっていき、点ほどの大きさになって消失した。跡には周囲と同じ白黒反転した世界の空間があるのみ。

「ひどいー! わたしたちも一緒に閉じ込めたー!」

 リアの脳裏に前に見た映画で、怪物に鏡の中へザブンと引きずり込まれ、そのまま入り口が消えて、向こうの世界に怪物と一緒に取り残されてジ・エンドという、悲惨なラストシーンが思い出された。

 地面から起き上がった三人も、魔法陣が消えた跡を呆然と見上げた。

「はわわ、入り口が消えちゃったですう」

「オレたちを見捨てる気かよチクショー!」

「畜生はあんたでしょ。早いとこケダモノの力でやっちゃいなさい」

「誰がケダモノだと・・・ん、何だここ?」

 アンナは周囲の白黒反転した世界をキョロキョロと見回した。童子のほうも空中にホバリングしたまま、突然の空間の変化に戸惑っているようだった。

「ここって、センセの結界か」

「わたしたちの他に誰もいませんねぇ」

「よっしゃ、そうと決まりゃ!」

 アンナは足を踏ん張り、両拳を握って「ふんっ!」と気合を込めると、全身に体毛が生え、筋肉が増量した獣人の姿に変身した。

「この電ノコヤロー! オレが相手だ――!」

 獣人アンナは大きく跳び上がると、童子めがけて飛びかかった。

 アンナに気付いた童子はぐるんと向き直り、その拍子に手から伸びる触手をフルスイングした。

 カキーン!

 触手は飛んで来たアンナをジャストミートし、正確に元来た方向へ打ち返した。

「ぶぎゅ」アンナはメラニーとエレノアの足元に墜落した。

「何をやってるのよもう」

「アンナ! だいじょうぶ?」リアが駆け寄ってきた。

「しっかりしてください」メラニーは獣人アンナの手を握って起こしながら、さりげなく肉球の感触を堪能した。

「こうなったらわたしが!」

 リアの両目が赤く染まった。超速で童子の背後へ移動すると、身体がふわーっと浮き上がり、童子の右肩に両手を掛けた。そして大きく口を開け、伸びた牙を童子の首筋に突き立てた。

 ガチン!

 童子の身体には文字通り歯が立たなかった。リアは童子に噛り付いた姿勢のまましばらく固まっていたが、ビュンと三人の元へ戻ってくると、涙目で口元を両手で押さえた。

「らめらぁ、カタひよぉ」

「お前はスピードは出ても攻撃力はないからな・・・」ようやく立ち直ったアンナが呟いた。

「エリさん、こないだの武器使えませんか? ドッカーンって」

「ここに呼べるかしら・・・?」

 エレノアはさっそくスマホを取り出して操作を始めた。するとエレノアの周囲に転送の光の筋が走り、ロボットスーツが形作られた。

「さすが宇宙技術、魔法結界も越えられるんだ!」リアが目を丸くした。

「エリさん、やっつけちゃってくださいっ」

「任せといて。光子フェイザー、起動」

 エレノアが装着したロボットが右手を構えると、腕が変形して中からアンテナ状の突起が現れた。こないだの騒動で校庭を切り裂いたあのレーザー兵器だ。エレノアの顔の前には透明スクリーンと、それに映る照準の模様が出現した。

「これが”災難”ってやつよ」

 レーザー兵器の先端でバチバチと光球が電撃を放ち、エネルギーチャージのピッチ音が徐々に高まり――急速に下がった。

 顔のスクリーンには空の箱のマークが点滅していた。宇宙共通の電池切れのマークだった。

「あら」

「『あら』じゃねえよ! どーなってんだ!」

「充電モジュールが不調みたい」

「なんでもうこんな時に!」アンナが獣耳の生えた頭を抱えた。

「あんたが蹴っ飛ばしたからよ」

「災難ですう」

「もう一回蹴っ飛ばしたら治るかな?」

「そこらの安物と一緒にしないで。自動修復で5分で治るわ」

 このロボ兵器の出現から不発までを律儀に見守っていた童子は、こっちの番とばかりに回転刃の唸りを上げ、四人のほうへ飛んできた。

「わわ、5分も待てないよぉ」

「光子キャノン!」

 エレノアの掛け声とともにロボの肩にジャキンと砲台が現れた。校庭に大穴を開けたあの武器だ。砲台は飛んでくる童子に狙いを向け、火の玉を発射した。

 ちゅいん。

 発射した火の玉は童子の回転刃に弾かれ、横のほうへ飛んでいった。

「うそお!?」

 そのまま向かってきた童子の刃に、アンナ、リア、メラニーは地面に横跳びし、エレノアは咄嗟にロボの左手を上げてガードした。ガキーン!と金属音が響き、ロボは仰向けに倒された。童子の刃を受けた左手は装甲が破れ、配線から火花が上がっていた。

「ダメだわ、あの刃を止めないと」

「止めるったって、どうすれば」

「弱点を解析するから、レーザーが回復するまで時間を稼いで!」

 エレノアのスクリーンに童子のワイヤーフレームと、分析データらしい引き出し線の文字列がチカチカと瞬き始めた。

「わ、わかりました、リアさん、ごにょごにょ」

 メラニーはリアに何やら耳打ちし、リアは「うん」と頷いた。ホバリングして様子を伺っている童子に向かって、二人は立ち上がり、つかつかと数歩近寄った。

 二人のほうに視線を下ろした童子に、正面から対峙したリアとメラニーは、

「「あっ!」」

 同時に上空の一点を指差した。

 童子は指差された方角に身体を向けた。

 瞬間、二人はくるりと回れ右してダッシュ。

「逃げるんだよぉーっ!」

 リアとメラニーは一直線に走り続けた。ようやく一杯食わされたことに気付いた童子は腹を立てたような唸りを上げ、リアとメラニーを追いかけ始めた。

 このやり取りをアンナとエレノアはポカンと見守っていた。と、リアが超速でアンナの前に現れた。

「アンナ、全力でお願い」

 我に返ったアンナは「全力か、よーし」と、童子の飛んでいった後を追って走った。

「わわわ、あっち向いてホイ! ふえぇ、ダメですかぁ」

 一人童子に追いかけられていたメラニーだが、アンナが横から童子との間に立ちはだかった。

「やいこの野郎、よくも散々コケにしやがったな! 今度は全力出すぞ!」

 挑発して身構えるアンナに童子は標的を変え、威嚇するように見下ろす位置で止まった。メラニーはその隙に別方向へ逃げ出した。

 アンナは左右を見渡すと、童子に向かって指を1本立てた。

「ちょっと待ってろよ」

 言うなりアンナは、傍に生えている生け垣の陰に飛び込んだ。ガサゴソ身動きする音がしたかと思うと、着ていた制服のブラウスが生け垣の上にパサッと置かれた。次いで靴が両足分ごろんと転がり出、その上に今度は靴下がポイと脱ぎ捨てられた。それからまた生け垣の上にスカートがバサリと置かれ、次いでTシャツ、果てはブラジャー、パンティまでがポイポイと脱ぎ捨てられて重なった。

 アンナが服を脱いでいる間、童子は本当に待っていた。さすが正義の使者という触れ込みは伊達ではない。

 と、生け垣の陰から、アンナの叫び声が轟いた。

「ううおおおおおオオオオオ――――ッ!」

 叫びは途中から狼の吼え声となり、空に吼えるアンナの体が伸び上がって生け垣の上に姿を現した。背丈は2メートルを優に越え、一糸纏わぬ身体は全身くまなく青い体毛に覆われていた。体格は筋肉で大きく膨らみ、腕や足は今までの倍の太さになっていた。牙や爪も前の変身時より凶暴さを増している。手の指は短く丸くなり、狼の脚のつま先になっていた。

「あれがアンナの本気モードなんだよ」

「すごい、あれなら勝てるかもです」メラニーが童子から逃れて合流してきた。

「でも服がビリビリになっちゃうから、変身する前にぜんぶ脱がないといけないんだよね」

「難儀な妖怪ね」エレノアはスクリーンに映る童子の解析を続けていた。

 巨大狼に変身したアンナは生け垣を飛び越すと、童子の正面にドスンと着地した。再び対峙した童子は回転刃の唸りを上げると、アンナ目掛けて突進した。

 アンナは一声吼えると、鉤爪の伸びた両手を振り上げ、突進してきた童子をガシンと受け止めた。回転刃がアンナの正面に迫ったが、刃よりも長いアンナの腕のリーチが童子の体を押し留め、ジリジリと童子は押し返された。

「無駄無駄無駄ァ――ッ!」

 野太くなった声でアンナが叫んだ。デスメタルのヴォーカルをさらにレコードの回転数を遅くしたような声だった。

 一方、童子の身体を解析していたエレノアのスクリーンに、ひときわ目立つ表示が点滅した。

「あった! そいつの弱点は割れた胴体の真ん中、剣の回転を止めれば狙える!」

「アンナ、体の真ん中だって、見える?」

 童子と正面から組み合っているアンナは、回転する刃の向こう、童子の体の割れた中心を見据えていた。

「ああ、見えるぜ!」

 童子の割れた隙間、体の中心に野球ボールほどの脈打つ光球があり、周囲に経文のような梵字が帯となって流れながらまとわり付いていた。どこからどう見ても急所としか思えないパーツだった。今まで時間掛けてた解析は何だったんだ。

「止めるって、どうすればいいんですかぁ」

「そいつの剣の回転は普通のメカと変わらないわ。何かを絡ませてやれば引っ掛かって止まるはずよ」

「引っ掛けるって、酸素ボンベとか?」

「そんな物ないわ。ちょっと待って・・・あれだわ。リア、メル、いい?」

 周囲をスキャンし、校舎のワイヤーフレームを映していたスクリーンにエレノアは何かを見つけると、リアとメラニーを呼び寄せた。

 アンナは童子との押し比べを続けていたが、この体勢では埒が明かないことに気付いた。カッコ良く敵と組み合ったものの、その後どうするのか考えていなかったのだ。

 アンナは脚を屈め、片脚を引いて踏ん張り、一気にぐいと押し戻した。童子が空中でよろめいた隙に、アンナは両手を童子から離し、回転刃の正面から横に跳び、童子の左半身下方に移動した。

「食らえっ、俗悪パンチ!」

 アンナは右手の指を丸め、脚力の勢いもつけてアッパーカットを繰り出した。パンチは童子の左頬に命中し、拳がめり込んだ童子の顔が衝撃に歪んだ。

 パンチを食らった童子は空中をふらふらとよろめいて体勢を崩した。と、そこへボールがひゅーんと飛んできて、童子の頭にポコンと当たった。

「やっほー、こっちですよー! やーい、ばーかばーか!」

 メラニーが両手にソフトボールを持って、わかりやすく童子を挑発していた。体育倉庫の前でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、「えいっ」とさらにソフトボールを童子に投げつけた。

 体育倉庫はさっきのエレノアの流れ弾で入り口のドアが吹き飛び、中からリアがソフトボール数個と、その他の挑発グッズを運び出していた。リアは体育祭に使われたらしい、『貧弱!貧弱ゥ!』と書かれたプラカードを振っていた。

「そのボールはあなたの部品じゃありませんよーだ」

 またもやボールが童子にポコンと命中した。童子がメラニーに向き直ると、刃の回転音が「ギャアアアア」と最高潮に激しくなった。

「わ、来たっ」

 童子がメラニー目掛けて突進してきた。メラニーは横跳びで避けた――つもりだったが、童子は手から伸びる触手をニュルニュルとメラニーの左手に巻きつけてきた。

「ふええっ」

 さらにもう片方の触手がメラニーの右足に巻きついた。童子は手と足を捕らえたメラニーを空中に持ち上げると、左右に引っ張って身体を横に伸ばし、勝ち誇ったように刃の正面に構えた。

 捕らえて動きを封じた獲物に、童子は前進し、刃をメラニーの胴体にぐんぐんと近づけた。

「わああぁ――っ!」

「メルちゃ――ん!」

 ぶつん。

 メラニーの胴体が腰から分断された。

 引っ張られていたメラニーの上半身と下半身が、左右に飛んでいった。

 童子の刃が触れるよりも早く。

 切断の手応えがないことを不審に思う間もなく、童子はそのまま前進が止まらず、勢い余って体育倉庫の壁を破壊し、中へと突っ込んでいった。

「ふう、危ないとこでしたぁ」

 上半身だけのメラニーが額の冷や汗を拭った。体育倉庫から突き出した童子の触手にぶら下げられたまま、安堵の笑みを浮かべている。下半身のほうも別の触手に捕まったまま、ぶらぶらと揺れていた。

「メルちゃん! 大丈夫なの?」

「はーい、無事でーす。切られる前に自分で外しましたぁ」

「うげげ」アンナは分断されて元気に動くメラニーの身体に顔をしかめた。

 童子のほうは体育倉庫の中で唸りを上げて刃を動かし、奥の壁、天井、地面を切り裂いたが、残った壁と天井に身体がつかえて出られなくなっていた。天井はちょうど童子の頭が納まる高さにあり、刃は切り口から外に突き出したまま空回りしていた。別の箇所を切ろうにも、身体の向きを変えられない。童子は前進を阻む壁に八つ当たりするかのように、刃の回転音を狂ったように唸らせていた。

「今よ、リア! あいつの剣にワイヤーを掛けて!」

「分かった!」

 エレノアの合図に、リアは体育倉庫の中でもがく童子に向かい、足元に置いてあったワイヤーの束を持ち上げた。エレノアのスキャンが体育倉庫の中に見つけた、テニスやバレーボールのネットを張る太さ5ミリのワイヤーだった。

 童子の回転刃の前で、リアは超速に移行した。刃がゆっくりと回転の速度を落として、剣の一本一本が見えるようになり、やがてベルトコンベアほどの遅い動きになった。リアはワイヤーの端を結んで輪を作ると、剣の一本に引っ掛けて差し込み、次にワイヤーの束を持つと、童子の腕、足、触手、頭を支点にしてぐるぐると巻きつけ、剣の隙間にワイヤーを何箇所も差し込んだ。やがてワイヤーが尽きると、最後の端をまた輪にして剣に引っ掛けた。ゆっくりと回転する剣は間に差し込まれたワイヤーを引っ張っていき、首や腕との間の何本ものワイヤーがピンと直線になった。

 やがて剣の回転は完全に止まり、剣の列とともにワイヤーに絡まれた首や触手がガクンと揺れた。

「必殺! ワイヤード!」

 リアはビシッとポーズを決めた。

 超速モードでは誰にも見えていなかった。リアは赤面しながら通常速度に戻った。

 エレノア、アンナ、メラニーにとっては、リアが姿を消して一瞬のうちに童子を縛るワイヤーが出現し、剣の回転がガクンと止まったように見えた。突如縛られて剣を動かせなくなり、もがく童子の前に、ビシッとポーズを決めたリアが現れた。

「超必殺、ワイヤード!」

 せっかくなのでもういっぺん言ってみた。

 怒りにジタバタと暴れる童子は体育倉庫から突き出た触手を振り回し、掴んでいたメラニーの上半身と下半身がぶんぶんと揺れた。やがて触手がほどけ、メラニーは両半身ともに空中にポイと投げ出された。

「あ~~れ~~」

「メルちゃん!」

 メラニーの上半身は上方に放り出されてくるくると回りながら放物線を描いた。一方下半身のほうはすぐに地面に着地し、腰と両足だけの姿で立ち上がると、飛ばされた上半身を追ってとてとてと走り出した。

 ガシン!

「はいっ!」

 メラニーの上半身は両手を挙げたポーズでみごと下半身に着地した。

「おー」

 メラニーの華麗な合体にアンナとリアが拍手した。アンナの拍手は肉球のせいでボフボフと湿った音がした。

「アンナ、今よ! そいつを引っ張り出して!」

「よっしゃ!」

 エレノアの呼びかけでアンナは童子の背中の触手に掴みかかり、爪を立てて両腕で抱え込むと、足を踏ん張ってぐいと引っ張った。童子が暴れるのも構わず、さらに二度、三度と引っ張り出し、ついに童子の全身が体育倉庫の中から抜け出た。

「オラオラオラ――――ッ!」

 触手を掴んだアンナはそのまま童子をジャイアントスイングでぐるぐると振り回した。自らの巨体に掛かる遠心力に、童子はなす術もなく宙を切った。

「必殺、ラム・イット・ダウン!」

 アンナはスイングの軌道を傾けて一際高く童子の体を空中に振り上げると、力の限りに地面に向けて振り下ろした。

 バガーン!

 轟音を上げて童子は地面に叩きつけられた。

 横向きにのびて弱々しく腕や触手を動かすのみとなった童子の正面に、ロボットスーツのエレノアが立ちはだかった。顔のスクリーンには『フル充電完了』のマークが点灯し、照準が表示されていた。照準の中央には、童子の体の割れ目から見える光球がぴたりと収まっていた。エレノアはロボの右手のレーザー砲を構えた。

「そいつから離れなさい、(ビッチ)!」

「誰がビッチだこの・・・お、おい待て」

 ロボのレーザー砲がまたバチバチと雷撃を放つのを見たアンナは、抱えていた触手を放してすたこら逃げだした。アンナが数メートルも離れないうちに、エレノアはレーザーを発射した。

 ばひゅん。

 レーザーはみごと童子の光球のど真ん中に命中した。

 童子が断末魔の咆哮を上げる中、光球はオレンジ色に輝き、次いで童子の全身も同じようにオレンジに光り、光の粒となって身体の輪郭が散っていった。次第に輝きが衰えていったと思うと、後には光球の残骸らしいガラス球が鈍く光って浮かび、それもやがてパッと燃え尽きるように消えた。童子の姿は消え、体を縛っていたワイヤーの束がぱさりと地面に崩れ落ちた。

「やった――!」

 リアとメラニーはバンザイをして飛び跳ね、アンナはガッツポーズを振り上げた。エレノアは無言でレーザー砲をガシンと掲げてポーズを決めた。

 ひとしきり勝利に沸いた後、エレノアはロボットスーツを解除し、ロボは転送の光に包まれて消えた。アンナは巨大狼の姿から、元の身長に縮んで人間の姿に戻った。

「ブチのめしてやったぜ!」

「すごいですう、アンナさん」

「わたしだって頑張ったもんっ」

「メルも囮を頑張ってくれたわね。さあ、早いとこ結界から出ましょう」

「その前に、アンナ、服、服」

「うおっと」

 素っ裸であることに気付いたアンナが、慌てて脱いだ服のほうへ走っていった。

「人並みに羞恥心はあるらしいわね」

「ここから出るのって、どうするんですかぁ」

「先生に連絡するわ」エレノアはスマホを取り出した。

「電波も届くんだね、やっぱり」リアは宇宙テクノロジーの威力に苦笑した。

「もしもし、先生? あのバケモノは退治しました。・・・はい、私たちは全員無事です。ここから帰りますので、出口を出してください。・・・はい、お願いします」

「何で先生の番号知ってんの」

「部長として当然のことよ」

「え、部長ってエリさんだったんですか?」

「当然でしょ。科学部の部長だったんだから」

「まあいいけど。それにしても、先生ってば、結局わたしたちに丸投げだよね」

「死ぬかと思ったですう」

「悪魔が妖怪と死人頼みってのもどうかと思うけどね。出口が出るわよ」

 空中に小さな魔法陣が現れ、3メートルほどの大きさに広がった。魔法陣の向こうには元の世界が眩しく広がっていた。

 三人はほっとした表情で、順番に魔法陣から歩み出て行った。

「おーい、待ってくれよーっ!」

 アンナが慌てて戻ってきた。急いで着た服があちこちはみ出し、羽織っただけのブラウスをはためかせながら、三人の後を追って魔法陣に飛び込んだ。

 魔法陣は収縮して消失し、白黒反転した世界には静寂が残った。


 魔法陣をくぐって戻ってきた世界は元通りの色彩をしていた。甲石高校の校庭に戻ってきた四人は周囲を見回した。結界内で粉々にされた体育倉庫も、こっちの世界では何事もなく建っていた。しかし童子が暴れ回った騒ぎで生徒たちは残らず逃げ去ってしまい、誰も校庭には残っていなかった。

「ご苦労」四人が振り返ると橋澤が立っていた。

「先生ヒドいよ! わたしたちを怪物と一緒に閉じ込めるんだもん!」

「そーだよまったく! オレたちが退治したから良かったものの」

「まあそう言うな。お前らなら身の危険は無いだろうと思ってな。実際その通りだったろうが。これが一般生徒の安全と事態の収集に最良の手だったんだぞ」橋澤はアンナの肩にポンと手を置いた。

「なんたるご都合主義」エレノアが呆れた。

「テレビで謝ってる議員さんみたいですう」メラニーさえも橋澤をジト目で睨んでいた。

「俺も管理職稼業が長いもんでな。喜べ、安全も隠蔽も大成功だ」

「またバンドの演出ってことにしたんですか? 今度のは風紀委員・・・黒間くんの術ですよ」

 あの童子をまたバンドのステージで出せと言われたらどうしよう、とリアは思った。

「そういや、PMRCの奴らは? またこの後片付けしろなんてヤだよ」アンナは童子があちこちを切り裂いた校庭を見回した。地面に伸びていた霧乃と久里子、塀の陰に隠れていた光の姿は無かった。

「まったくはた迷惑な連中だわ。わたしのデビューライブが台無しじゃない」

「わたしのデビューもですよう」

「チクショー、これじゃもう客も集まんねえなあ」

「しょうがあるまい。黒間があれほどの術を使えるとは俺も予想外だった」

「先生のデータってほんとに使えるんですか?」

「巫女服の威力かもしれないですねえ」メラニーは光の巫女服姿を思いだしてニヤけていた。他の三人も自然とほっこりした笑顔になり、怒りが治まってきた。癒し系愛玩キャラとしては、巫女服の威力はたしかに絶大だった。

「まあ喜べ、楽器は無事だ。今日のところは引き上げろ」橋澤の指差した先には、ライブを中断したまま置き去りにされていた四人の楽器と機材が揃っていた。

「よかった! 何ともなかったんだね」リアは楽器が無事なのを見てほっと息をついた。あまりの異常事態に、ギターが置き去りなのも忘れていたのだ。

「センセ、この次はPMRCの連中のほうを見張っててくださいよ。しょうがねえ、今日はこれで――」

「ちょおおぉっと待ちなさあああぁい!」

 不意に絶叫が響き渡った。一同は声のした方向を見た。

 霧乃が立ちはだかっていた。童子から命懸けで逃げ回り、地面に顔面スライディングしたあげくバンドの三人に踏み付けにされた霧乃は服も髪もボロボロの格好で、鼻には巨大な絆創膏を張っていた。

 霧乃の後方にはまだ鎧を着込んだまま青い顔で何とか立っている久里子と、巫女服のままオロオロしている光がいた。

「よくも、よくもよくも! わたくしをこんな目に! この屈辱、死をもって償わせてやりますわ!」

 性懲りもなく戻ってきたPMRCに、四人は一斉に溜息をついた。

「ゲー、また来やがった」

「騒ぎを起こしたのはそっちのほうじゃん」

「懲罰が必要なのはどっちかしらね」

「ケガしたのは自業自得ですよう」

「お黙りお黙りお黙り! これもみんなあんた達悪魔のせいですわ! 誰が何と言おうと、悪魔は地獄へ送り返します!」

 地獄の門番も入国拒否しそうな剣幕で、霧乃は八つ当たりの文句を並べ立てていた。後ろの風紀委員二人もついていけない様子だった。

「霧乃、あたし、保健室戻りたい」

「あ、あの護法童子を倒すなんて・・・帰りましょう、委員長」

「ええい、引き下がるんじゃありません! このまま逃げ帰るなど、神とPMRCに対する冒涜ですわ! 屈辱を晴らすのは勝利あるのみよ!」

 霧乃はキッと四人を見据えると、ローブの中から本を一冊取り出した。無地のカバーが掛けてあって表紙は見えない。霧乃は本を開いてページを繰ると、歯をむき出して笑みを浮かべた。

「霧乃、ま、まさかそれは」久里子は霧乃の取り出した本を見て顔色をさらに青くした。

「フフフフ、これは久里子のコレクションの中でもとびきり厳重に保管されていた魔術書よ。古代秘術『魂の救済者』を記した禁断の書よ。最大威力の殲滅魔法でもって、あの悪魔たちを亡き者にしてやりますわ、ぐふふふ」

「ヤバい、目がマジだぞ、あいつ」霧乃の笑いは、テクノ・ミュージックのビデオで、老人を集団リンチする子供たちが被っていたマスクの邪悪な笑顔を思い出させた。

 霧乃は凶悪な笑みを浮かべたまま、魔道書の呪文を詠唱し始めた。

「ほもる・あたなとす・ないうぇ・ずむくろす! いせきろろせと・くそねおぜべとおす・くその・ずうぇぜと・くいへと・けそす・いすげぼと! くらとぅ・べらた・にくとぅ! イア! オグドル・シル!」

 よく発音できるな、と周りの皆が思うくらいに支離滅裂な言葉だった。おまけに鼻の絆創膏のせいでさらに不気味な発声になっていた。しかし復讐に燃える霧乃の詠唱は機関銃のごとく滔々と響き渡り、一語もつっかえることなく唱え終わった。

 午後の晴れ渡った空が、にわかに薄暗くなった。どこからともなく雲が湧き出してきて集まり、霧乃の頭上を中心に巨大な渦を形作りはじめた。

「悪の力をもって正義を行います!」

 霧乃は両手を差し上げて高らかに宣言した。

「自分で悪とか言い出したよ、おい」

「もはや恥も外聞もないわね」

「見て、空が」

 リアの言葉に全員が空を見上げた。渦巻いた雲が広がり、中心にクレーターのような穴が開いた。中は闇だった。しかし完全な暗黒ではなく、大小の星が瞬いていた。

「宇宙・・・?」

 不吉な暗い青空の真ん中に、宇宙空間が口を開けた。

「今度は宇宙怪獣でも呼ぶつもりかよ!」

「エリさんのお友達?」

「冗談はよして」

「まさか、あのロボの軍団とかですかぁ」

 バンドの四人は口々に不安を呟きだした。

「聖なる山に身を置く魔人よ・・・」橋澤は謎の祈りを唱えていた。

「高天原におわします、ええと、天津神にかしこみ貸しコミ、あ痛、まちがえた」

 光はうろ覚えの祈りを必死に唱え、舌を噛んでいた。

「ちょっと霧乃、あんたいったい何やらかしたのよ」

「ほほほほ、大いなる救済者にひれ伏すがよいわ、無知蒙昧なる俗人ども」

 バンドの四人、PMRCの三人、それに教師一人は固唾を飲んで空の開いた宇宙空間の穴を見つめていた。これだけ超常現象が立て続けに起きた後では、もう何が起きてもおかしくない。

「汝が先ず跪くがよい、召還者。頭が高いぞ」

 不意に聞き慣れない声が響いた。落ち着き払った男の声だった。

 皆が橋澤を見た。

「俺じゃないぞ」だが橋澤も目をしばたたかせるばかりだった。

「我なり」

 今度は皆が声のしたほうを見た。そこには何の前触れもなく、全く気付かないうちに見知らぬ男がすぐ近くに立っていた。誰も近づく姿を見ても、足音を聞いてもいなかった。

 男の服装はキリスト教の神父のような、襟の高い黒のロングコートだった。だが皆が戦慄したのは、男の顔が服よりも黒い、漆黒の肌をしていたことだった。男の黒い肌の中で鋭く見通すような目は、闇の中で燃える炎のように光を放っているように見えた。さらに異様なことには、男の顔立ちは黒人のそれではなく、白人のような薄い唇をしていた。マイケル・ジャクソンの逆パターンだ。

「な、なにあんた、どっから来たの」男の一番近くにいた久里子が訊いた。

「余は外なる神々の先触れにして、意思の遂行を司る使者なり。汝らが召還せし龍神オグドル・シルの到来を告げんがため、かの地に混沌をもたらす者」

 やたらと大仰な口調で物々しい内容のわりに、男の話し声は無感情で冷静だった。態度で威圧することなく、それでいて男の声は聞く者全ての意識を捉えて離さない。霧乃にもちょっと見習ってほしかった。

「じゃ、白菊さんが召還したのって、この人じゃないの?」

「左様。余は外なる神々に付き従う僕、千の貌もて顕現せし這い寄る混沌なり。千の名で呼ばるる使者、地球人の口に能う名ではニャルラトテップ」

 その名に全員が凍りついた。聞き覚えのない全く異質な単語なのに、なにか知ってはならないことのような、底知れなく恐ろしい響きがしたのだ。

「見よ」

 ニャルラトテップと名乗った漆黒の男は空を指差した。

 空に口を開けた宇宙空間の中に、巨大な触手の束が蠢いた。


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