2 対自核
「何てこった、ゾンビはともかく宇宙人まで実在してたなんて」
「ゾンビよりUMA扱いってのは納得いかないわね」
「宇宙人さんのほうが珍しいですよお」
「その目ってどうなってんの? 暗闇でも見えるの? 逆に昼間は眩しくて見えないとか?」
「それはあんたのほうでしょ。何でヴァンパイアが真っ昼間に出歩いてんの」
「コウモリさんに変身できるんですか?」
「変身はアンナだけだよ」
「狂犬病でもこじらせたわけ?」
「バカ言え、生まれつきだ!」
「それともムダ毛処理を怠りすぎたせいかしら」
「それで保健所に追われてたんですねー」
「犬じゃねえっつの! PMRCに因縁つけられてただけだ! 死人でもブッ殺すぞコラ!」
「またすぐ生き返るんじゃない?」
「んー、死んだことないんでわかんないですう。死なないのは吸血鬼さんでしょ?」
「そんなことないよ。すごーく丈夫で長生きするだけだよ」
「すごーく成長も遅いけどな」
「おっ、遅いだけだもん! これから成長するんだからねっ!」
「アタマが動物並みに遅れてるよりはマシね」
「んだとこのエイリアン! 平凡パンチを口に突っ込むぞ!」
「お前らいい加減にしろ!」
橋澤の一喝に、四人はしゅんとなって口を閉じた。
四人の怪物の姿が衆目に晒されて、三十分後の生徒指導室。
リア、アンナは普通の人間の姿に戻った。エレノアのロボットスーツは再び光とともに消え、眼鏡を掛けなおすと目の光も消えた。メラニーは首をあるべき位置に戻し、鞄から失くした指の予備を取り出した。
校庭で起きた騒ぎはロックバンドのステージ演出ということで一般生徒は納得した。何しろ強制退去に駆り出されたラグビー部員たちが口々に、そうに違いないと断言したからだ。あれは本物の怪物だと認めた神経の持ち主は一人もいなかった。
皮肉な事に、ラグビー部員の中で最も正気を保っていたのは、真っ先に血を吸われて気絶した男子だった。そのまま保健室に担ぎ込まれて目覚めるまで記憶がなかったのだ。アンナにぶん投げられた男子は、運よく木の上に引っかかって軽症で済んだ。精神的には他の部員にも増して重症だったが。
PMRCはといえば、完全に呆然自失で立つこともできない霧乃と、気絶したままの光は揃って保健室に担ぎ込まれた。漏らしたスカートを脱がされてようやく霧乃は自分の状態を理解したものの、その原因となった光景がフラッシュバックするや再び取り乱して保健室を飛び出し、その姿のまま全速力で校内を駆け抜けて図書室へ飛び込むと、聖書を引っつかんで個室である準備室へ立てこもった。篭城からようやく出てきたのは全校生徒が下校して校内に人気がなくなった後だった。
半狂乱で逃げ続けた久里子はなんと十キロも走ったところで力尽き、「ターミネーターが襲ってくるー!」とうわ言を喚きながら救急車に連れ込まれた。
かくして、気絶2名、精神錯乱2名、負傷者数名、逃走者多数を出したバンドのステージは、誰もその詳細をまともに記憶していないことも相まって、校内で伝説となった。
後でそれを知ったリアとアンナはちょっと悔しがった。こんなことなら、いっそ最初から変身して演奏していればビジュアル系として人気が出てたかもしれないのに、と。
ただしメンバーと目された四人の写真はすぐにネットにも出回ったものの、特撮コスプレと間違われ、その筋で局地的な話題となるに留まった。
こうして、不本意ながらコスプレバンドのメンバーと目されてしまったエレノアとメラニーは、オリジナルメンバーのリアとアンナと一緒に、事情聴取と事件隠蔽のために生徒指導室に連れて来られ、教師の橋澤に見下ろされていたのだった。常連のリアとアンナに加えて、また問題児が増えたという目付きで。
「先生はこの二人の、その、正体のこと、知ってらしたんですか」
エレノアがアンナ、リア、それに橋澤に、怪訝な目を巡らせながら訊いた。
「まあな。まさか同類が他に二人もいたとは知らなかったが」
「びっくりですう、わたしみたいな人が他にもいたなんて」
「人といえるかどうかは微妙だけどね」
「いつもはフツーに人だぜ、人間じゃないのは宇宙人のお前だけだろ」
「わたしから見ればあんた達みんな同じ穴のムジナよ。あら失礼、犬が一匹いたわね」
「てめーいい加減に・・・」
「あ、あのセンセ、そろそろいつものアレ、お願いします」
橋澤はふうと溜息をついた。「わかった。お前らももうその辺にしろ」
アンナとエレノアが睨み合いながら口を閉じると、橋澤はおもむろに目を閉じて集中するように背筋を伸ばすと、パチンと指を鳴らした。
瞬間、橋澤の足元を中心に五芒星の魔方陣が広がり、周囲の世界が“ドオーン”という効果音とともに白黒反転した。直径数メートルに広がった魔法陣の内部は、周囲から遮断されたように音が反響しなくなった。エレノアとメラニーは突然の異変にきょろきょろと辺りを見回した。
だが、二人とも橋澤を見たとたん驚愕した。再び開かれた橋澤の目は黄色く光り、猫のように縦に細長い瞳が鋭く覗いていたのだ。
「先生!?」
「わ、先生も人間じゃないんですか?」
エレノアとメラニーが橋澤の変貌に驚いて叫んだ。
「俺は何を隠そう、魔界の地上監視員なのだ。お前たち・・・人間たちが言うところの『悪魔』というやつだな。別に信じなくても構わんが」
「性格と目付きの悪さは悪魔並みだろ?」
茶化したアンナに、橋澤は無言で人差し指と小指を突き出した片手を向けると、ビシャーン!と指先から赤い電撃が放たれた。電撃が命中したアンナは、ひっくり返って椅子から転げ落ち、頭からブスブスと煙を上げて床に伸びた。
「信じますハイ」
メラニーは橋澤の指をまじまじと見ながら呟いた。
「出た、先生の必殺“サンダーフィンガー”。メロイック・サインってほんとに悪魔のサインだったんだよね。ディオ様がルーツって聞いてたけど違ったみたい」
リアが橋澤の技を解説した。この様子だとアンナが電撃を食らうのは日常茶飯事らしい。
「この部屋に結界を張った。どんなバカらしい話をしても外には聞こえないし、何も見えないからな。体罰をしてもだぞ」橋澤は床のアンナをジロリと睨んで言った。
「『結界では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない』ってわけね」エレノアもアンナの様子を伺った。。
まだ頭から煙を上げながら、アンナは机に起き上がって「へいへい」と手を振った。髪が一部焦げて逆立ち、LAヘアメタル風になっていた。
「あの技って、髪型が80年代になっちゃうんだよね」
「地味に嫌な技ね・・・」
リアとエレノアの呟きをよそに、橋澤は状況を説明し始めた。
「ブレットとパーカーのことは魔界の生者データベースで判っていた。曲がりなりにもこいつらは地上の住民だからな。人狼だろうが吸血鬼だろうがデータ登録されてない住民はいない、はずだった。最近まではな」
「じゃ、エレノアさんとメルちゃんは魔界でも知らない人ってことなんですか?」
「そうだ。宇宙人のランバートは管轄外だから仕方ないとして、分からんのはアッシュのほうだ。死人なら死人リストのほうに載ってるはずなんだが」
橋澤は空中に炎を四角く浮かび上がらせ、その中に光る文字列がスクロールしていた。枠が燃えるスクリーンといった外見だった。これがどうやら、魔界データの死人リストらしい。
「ゾンビはあの世でもホームレス扱いかよ」
「ひどいですう。家はちゃんとありますよぉ。まだあの世にも行ってませんし」
メラニーは眉を寄せて抗議した。
橋澤は炎のスクリーンに白い紙の書類を映し出していた。リアたちも見覚えのある、甲石高校の入学届だった。
「確かに。アパートで一人暮らしだそうだな。アメリカから移住と同時に甲石高校に入学。生年月日はいちおう記入してあるが――」
炎のスクリーンにさっきの光る文字列のデータベースと、さらにほかのいろいろな書類が小さく何枚も映し出された。
「アメリカのほうにはお前が生まれた記録はないぞ。魔界のデータベースにもだ。それどころか、両親の記録も見つからん」
メラニーはうつむいた。
「死んだ日、というか、そんな身体になった日も魔界の記録にはない。つまりお前は、普通の死人でも普通のゾンビでもないわけだな」橋澤が怪訝な顔で言った。
「普通のゾンビもいるんですか・・・」エレノアがさりげなく追求した。
「とすると・・・はじめから死人だったのか? そうか、死体を合成して蘇生させた屍生人か? それで生年も死年もデータがないわけだ、メラニー・アッシュ」
「・・・はい。実はわたし、両親を知らなくて。マサチューセッツの、ウエスト博士という方にお世話になってました」
「ウエスト? あの死体を生き返らせる研究をしてたっていう奴か。なるほど、そいつがお前の生みの親で間違いなさそうだな」
「フランケンシュタインそのまんまね」
橋澤には思い当たる人物のようだった。エレノアは冷静に突っ込んでいたが、リアとアンナは話の内容のグロさについていけなかった。
「わたしにはとっても優しくしてくれたんですよ。こうして日本に留学までさせてくれましたし。ときどき体がとれちゃうんで、スペアも用意してくれるんです」
「さっき出した指のスペアって、てことは、やっぱり本物の・・・」
「そんなもんどっから・・・いや、やっぱいい、言うな」
「テキサスのソーヤーさんってお宅から買ってるそうです。なんでも家具を作るのに余ったパーツだそうで」
「どんな家具なんだよそりゃ・・・」
リアとアンナは(やっぱり訊くんじゃなかった)と嫌悪感に顔を歪ませていた。さしものエレノアもとりあえず話題を変えたくなった。
「それで日本に来たわけはどうして?」
「ウエスト博士の研究が近所の方々に知られて、家を追い出されてしまいまして。わたしは日本の学校に通わせてくれたんです。日本はゾンビに寛大らしいので、たとえバレてもアメリカみたいに焼き討ちにはされないだろうって」
「・・・まあ、お前らも知っての通り、日本は移民に寛大になったからな。元の国に居づらくなった連中には恰好の移住先ってわけだ」
「いやゾンビに寛大なんて聞いたことないけど」橋澤の解説にアンナが突っ込んだ。
「日本には可愛いゾンビが活躍するアニメやマンガがたくさんあるそうで、日本で可愛さを勉強してこいって。『もえ』っていうんですよね? ウエスト博士はいまショッピングモールでお仕事されてるんですけど、わたしのほかの蘇生者何人かで、みんなで日本の『めいどかふぇ』っていうのを開こうっていうんです」
「それは冥土カフェなんじゃないの・・・」
リアはショッピングモールをゾンビの集団が笑顔で闊歩する光景を思い浮かべた。
「それじゃ日本に来てそんなに経ってないんじゃない? その割には日本語上手だね。勉強したの?」
「いえ、日本の方の記憶を移植したんです。脳の一部をここに」 そう言うとメラニーは髪を一房たくし上げ、下の頭皮をめくり上げようと、
「見せなくていいから!」
その場の全員が慌てて止めた。メラニーはちょっと残念そうに髪を戻した。
「でも、メルちゃんってゾンビなんでしょ? 腐ったりしない?」
「別に変な匂いとかはしないけど」アンナがくんくんと鼻を寄せた。
「大丈夫ですよ。ウエスト博士の蘇生血清は細胞ごと生き返らせるって自慢してました。普通にご飯食べて栄養とれば生きてけます」
「脳ミソ食べるとかじゃなくてよかった」
「犬の鼻が何も匂わないんなら大丈夫でしょ」
「犬扱いはやめろってんだろ!」
エレノアの毒舌に反発するアンナをよそに、メラニーが身の上話を続けた。
「あ、でも、ときどきくっつけたとこが取れちゃうことがあるんで。さっきみたいに」
「あれすっごくびっくりしたよ」
「あの白菊がチビるぐらいだしな」
「ごめんなさいです。でもだいじょうぶ、すぐに元に戻りますから。たとえ外れても、自力で戻って来れますし」
「え・・・それって、その・・・別々に・・・?」
「はい。たとえばこう、手が外れても――」
「やらなくていいから!」
またもや全員が急いでメラニーのデモンストレーションを止めた。
橋澤が気を取り直して話をまとめた。
「とにかく、お前の事情はわかった。ゾンビだろうがまあ、こいつらみたいに騒ぎを起こさんよう、普通にさせるほかあるまい」
「もう騒ぎは起きましたけどね」エレノアが冷ややかに呟いた。
リアがぱしんと両手を叩いて弾かれたように言った。
「そーだっ! メルちゃんはわたし達のバンドメンバーだってみんな言ってるもん! ステージ演出の特撮だって言えば首とか取れてもゾンビだってバレないよ!」
すっかりうやむやになりかけていたが、メラニーのバンドメンバー勧誘は未だに続いていたのだった。今はその上に勧誘の合理的な口実までついてきた。
「んー、たしかにさっきはそれでごまかせたみたいですけどぉ。でもわたし、楽器とか全然経験なくて」
「だいじょーぶっ! ベースだったら弦4本しかないからギターより簡単だよたぶん!」
「あんたベースを何だと思ってんの! ビリー・シーンに土下座して謝んなさい」エレノアが思わずベーシストの地位を擁護した。
「まままま、さっきはオレたちの演奏を気に入ってくれたろ? お前もいっしょに歌って、ついでにちょっと弾けば楽しいだろ?」ここぞとばかりアンナも懐柔に参戦した。
「あ・・・わたしも・・・歌って、いいん・・・ですか?」
「もちろん! ベースだって、練習すればシド・ヴィシャスよりはうまくなれるよ、きっと」
「そんな基準で励ますんじゃありません」エレノアが再びベーシストを代弁した。
「あの、わたし・・・・・・アメリカで聴いてたのとか・・・やってみたいです」
落ちた――――!
リアとアンナは満面の笑みとともに、ガッシリとメラニーの両手を握った。
「もちろんだよ、メルちゃん!」
「よろしくな! メル!」
「え・・・えへへー、よろしくですう」
ゾンビの少女メラニーは、バンド活動という新しい高校生活に踏み出した。その屈託のない笑顔は、顔色の悪さと、首筋に僅かに見える継ぎ目を補って余りある、生気に満ちた明るい表情だった。その笑顔が首の上に乗っている限りは。
よもやのバンドメンバー獲得の茶番劇を見守っていた橋澤は、やれやれと複雑な表情を浮かべていた。類は友を呼ぶというやつか。そしてもう一人の“類”に呼びかけた。
「それで、お前はどうするんだ、ランバート」
「どうって? 何がです?」
唐突な話にエレノアは不意を突かれた。
「お前もあいつらのバンド仲間だと思われてるぞ、あの特撮ロボのせいで」
「それはまったく心外です。わたしはたまたま、一緒にいたところを、風紀委員に仲間とまちがわれただけで――」
「そしてたまたま一緒にロボに変身して、偶然に生徒数人を亡き者にしようとしたあげく、校庭をメチャメチャに破壊したと? 見ていた連中がそんな突拍子もない話をいきなり『はいそーですか』と信じるというのか?」
エレノアは冷静な表情を徐々に曇らせた。
「そんなこと言っても・・・実際無関係ですし。そもそもわたしはあのバンドを止めに来たんですから」
「でも同類ってことは事実だよね、エレノアさん」リアがつついてきた。
「わたしはあんたたちみたいな妖怪とは違うわよ。ただ地球人じゃないってだけ。特にそこの動物とは一緒にしないで欲しいわ」
「オレは地球侵略も人類虐殺もしてねえぞ」アンナが毒舌に反発して言い返した。
「わたしだってノミ取りもゴミ箱漁りもしないわ」エレノアも負けずにやり返した。
メラニーが不穏な空気に困惑して、話題を逸らした。
「あ、あのー、エレノアさんって、宇宙人さんなんですよね? どこからいらしたんですか?」
「アメリカのミッドウィッチっていう村よ。母さんは地球人。父さんが・・・異星人ね、あなた達が言うところの」
「もしかして、お母さんを眠らせてムリヤリ妊娠させちゃったとか?」
「そんで胸を喰い破って生まれてきたとか?」アンナがお返しとばかりにからかったが、もしかして本当だったらどうしようとふと思った。
「まさか。母さんは今も元気よ。元気どころか父さんとしょっちゅう宇宙を旅行して回ってるわ。私が生まれたのも普通に結婚したからよ。・・・宇宙法での結婚だけど」
「それから脱皮して今の身体になったんですか?」リアはまだ父親の姿が心配だった。
「変なイメージはやめて! 私の身体が違うのは目だけよ。ときどき感情的になったりするとああなるの。いつもは眼鏡で隠せるんだけど」
「倉内を消そうとしてたときは冷静そうだったけどな」
アンナの指摘にエレノアが睨み返した。眼鏡で隠されていても、光っている姿を思い出させる眼光だった。
橋澤の炎のスクリーンに、女の顔と、その情報らしき文字列が現れた。
「母親は確かに地球人らしいな。魔界のデータベースにも学校の入学書類にもそう書いてある。ジェニー・ランバート、カリフォルニア出身」
燃えるスクリーンに今度は、甲石高校の入学届の書面が映し出された。
「だが父親の記載はウソか? スコット・ランバート、大使館職員」
「ウソじゃありません。勤め先を書かなかっただけです。名前も本名です」
橋澤は少し眉をひそめると、質問を続けた。「小学生のときに母親と一緒に日本へ移住。理由は?」
「目のことが知られて、さすがに父さんが異星人ってことまではバレなかったけど、変な牧師だの政府機関だのがうるさくなって。日本人は宗教で騒いだりしないからって来たんですけど、でも白菊さんみたいなのには閉口したわ。どこにでもいるのね、ああいう人は」
「オカルトマニアならこっちにもいるけど。もしかしてエレノアさんちってUFOスポットになってない?」
宇宙人の話となると、ヴァンパイアにとってもオカルトの世界だった。
「いまどきUFOなんて使わないわよ。父さんは軌道上から転送で来るわ」
「転送ってあの、『ミスター・スコット、転送!』キラキラーン! みたいな?」
「・・・まあそうね。さっき手違いでロボットスーツが出たのも、転送の誤作動よ」
「あのスマホがスイッチ? ロボットを宇宙から転送したの? すごいね」
「いえ、部室からよ」
リアとアンナが揃ってずっこけた。
「部室って科学部? あんなもの隠してたんだ?」
「学校に殺人兵器置いとくんじゃねえよ!」
「それでみなさんのこと追い払ってたんですねえ」
リア、アンナ、メラニーが口々にロボットへの恐怖をまくし立てた。
「他の部員にはバレなかったのかよ」アンナは橋澤のほうをチラリと見た。
「部員はランバート一人だけだな。他の部員は皆早々に退部してる」橋澤が学校のデータをスクリーンで検索しながら答えた。
「まさか、人体実験して逃げられた? ハエと一緒に転送しちゃったとか」
「バカ言わないで。わたしの研究について来れなかっただけよ。ちょっと宇宙テクノロジーも使ったけど。一人のほうが自由にできていいわ」
「じゃ一人で部室を占領してこっそり変な発明してたのかよ。さっきのウエスト博士とかいう奴といい勝負じゃねえか」
「その辺のマッドサイエンティストと一緒にしないで。あのロボットスーツだって私の発明じゃないわ。宇宙の業者から作業用に買っただけよ」
「ビーム砲乱射装備ってどんな作業なんだよ」
「『惑星入植開拓および先住生物駆除用スーツ』よ。通称パワーローダー」
「侵略兵器じゃねえか!」
「それはともかくな」橋澤は校内の一角に大量破壊兵器が配備されていた事実をひとまず棚上げし、自分の職務内の問題に話題を移した。「部員が一人しかいないんでは、部室を使わすわけにはいかんぞ」
「今じゃわたしたちのほうが人数多いもんね、ふふん」リアが意味なく勝ち誇ってみせた。
「四人いれば部として存続は認められるんだが」
エレノアが橋澤の意図を察し、不服そうに抗議した。
「先生、なんだってわたしをあの三人と一緒にしたがるんです?」
「特殊な生徒どうし一緒になってれば俺も監督しやすいからな。一人づつバラバラに面倒を起こされるよりマシだ。それにお前ならあいつらがキレても止められそうだしな」
橋澤が親指で“あいつら”の三人を指し示すと、アンナが不満そうに言い返した。
「それはこっちのセリフだよ。実際止めたし」
さっきの騒ぎでアンナに飛び蹴りを食らったことを思い出し、エレノアはアンナを睨み返した。
メラニーは問題児扱いにもきょとんとしていた。「エレノアさんも、さっきのロボットとかビームとか、バンドの演出だって、思われてるみたいですねぇ」
そう言われるとエレノアはバツが悪そうに目を泳がせた。もう少しマシな言い訳はないかと考えあぐねていた。
「ねえねえ、この際だし、エレノアさんも一緒にバンドやらない? 部室も使えるしさ。『科学軽音楽部』とかで」
さっきはその場のはずみでエレノアを勧誘したリアが、今度は合理的な理由でバンド勧誘を再開した。ネーミングはまだ慌てていたが。
「いかにも合併しましたみたいな適当な名前はやめて。第一いっしょにやると決めたわけじゃ」
「エレノアさん、楽器とかは? ロック好き?」リアが構わず訊き続けた。
「だから勝手に決めないでよ。音楽は・・・嫌いじゃないけど、そんながさつな動物と一緒なんて願い下げよ」エレノアは嫌悪をこめてアンナに言い放った。
「オ、オレだって、こんな毒舌エイリアンとなんてゴメンだよ! いくらメンバーが足りないからって」アンナが慌てて言い返した。
「でも、部室使えるよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・入ッテクダサイオ願イシマス」
アンナはうつむいて、上目でエレノアを見ながらボソボソと言った。
「エレノアさんも、宇宙人だってバレないよ? ね?」
リアの提案に、エレノアはメリットとデメリットを秤にかけて考えた。バンドなんて考えたこともなかったけど、確かに宇宙テクノロジーのカムフラージュとしてはいいかもしれない。それに・・・
「わかったわ。ただし」
リアの顔がぱあっと明るくなった。「なになに?」
「低俗なアイドル・ポップは願い下げよ。ウケ狙いのチャート・ポップもダメ。だからといって誰も知らないマニアックすぎるのもパス。当然わたしの選曲もやってもらうけど、もちろんライブはみんなきちっと演奏ができてから。口パクなんてもってのほかよ」
エレノアは人差し指をリアに向けて、ひとつひとつ念を押すように宣言した。
「結構こだわってますねえ」
「あと、衣装やビデオも私に従うこと」
「ノリノリじゃねえか」
「うん、いいよいいよ」リアは宇宙人のビジュアルセンスに一抹の不安を覚えたが、メンバーと部室獲得のためには、脇へ置いておくことにした。「楽器はなんかできる?」
「ピアノが少しできるわ。ギターとかも練習すればできるかもしれない。それに、いざとなったら・・・いえ、何でもない」
「お、ちょうどキーボードが要るとこだったんだよな。歌は?」先程までの確執はどこへやら、アンナはバンドの進展に浮き足立っていた。
「もちろんやるわ。私の選曲のときは特にね」
「よっしゃ! だけどその、エレノアって名前はいまいちロックじゃねえな。なんかおカタい政治家夫人みたいで。よし、呼び名はエリにしよう!」
「ちょ、勝手に・・・」
「よろしく、エリさん!」
「よろしくおねがいします、エリさん」
「・・・・・・よろしく」
これ以上変な呼び名を付けられる前に、エレノアは妥協することにした。
何にしても、遠慮なく毒舌を吐ける相手がいるのはいい気分だった。
それに、宇宙人の光る眼を持って生まれてこのかた、初めて会った仲間ともいえる存在と一緒に高校生活を送るというのは、何とはなしに心強いものがあった。断じて同類とは思いたくなかったが。
「それで、あなた達二人のほうは? 何物なの」
エレノアは、今や同じ境遇で部活仲間となったリアとアンナに問いただした。
「あたし、リア・パーカー! ギターとヴォーカル!」
「オレはアンナ・ブレット! ドラムとヴォーカルだ!」
「いや、それは知ってるけど、そうじゃなくて、その」
「あー、うん、見たとおり、ヴァンパイア」
「オレも見たとおりの人狼だぜっ」
「・・・いや、見たとおりだからなおさら訳が分からないんだけど。何でヴァンパイアと人狼が真っ昼間から出歩いてんの。しかも仲良く連れ立って」
「吸血鬼さんと狼男さんって、仲悪いんじゃないんですか? 銃撃ち合ったりして」
メラニーは対立種族が血で血を洗う抗争を繰り広げる図式をイメージしていた。
「そんなことないよ、仲悪いのは一部の人たちだけだよ。抗争の原因も元はといえばただの家長同士の痴話ゲンカだって。最近じゃ両家の間にハーフが生まれて仲直りしたっていうし」
「フリーセックスも行き着くところまで行ったもんだわ」エレノアが呆れて言った。
「いろいろ混血もあるみたいだよ。昔地主だったヴァンパイアが生き埋めに遭って、二百年経って最近目が覚めたら子孫が人狼になってたんだって」
「ヴァンパイアと人狼が女の取り合いしたっていう話もあるわね、『30デイズ・トワイライト』とか何とか」
「あんなのはホントにただの痴話ゲンカだって。昼メロのヴァンパイア版だろ、いっそのことタイトル『私を来世に連れてって』にしろっての」アンナが苦々しげに呟いた。ちなみにその話の結末では人狼のほうがフラれていた。
「狼男さんはヴァンパイアの天敵で、ドラキュラを倒したっていう話も聞きましたけど」
「あれはなんか変なモンスターハンターが一時的にパワーアップしただけだって。ドラキュラだってまだ生きててその辺うろついてるらしいよ」
「どのみちオレ達の世代じゃもう抗争なんて関係ねえよ。今じゃどこもかしこも白菊みたいな奴がうるさくて、いがみ合ってるどころじゃねえって」
「肩身が狭いのはお前達と同じ、お互い様ってわけだな」橋澤が教師らしく理解を示した。
いろいろあるのは人間同士も妖怪同士も同じことのようで、とりあえずヴァンパイアと人狼が『仁義なきアンダーワールドの戦い』をしているわけではないらしいことは分かった。エレノアは各種族についての聞き込みに切り替えた。
「それで、太陽が平気なのは?」
「究極生物は太陽も克服したんだよ、ふふん」リアは得意げに低い胸を張った。
「なに? ニンニクエキスでも注射してるの?」エレノアが皮肉っぽくまぜ返した。
「・・・ホントは、元から平気。ちょっと日射病になりやすいだけで。日焼けしても夜のうちに治っちゃうし」
「太陽に当たると灰になっちゃったりするんじゃないんですか?」
「あれは日焼けの脱皮だよ」
「・・・それじゃ、十字架とかニンニクとかも?」
「うん、ただの迷信」
今まで世に流布されていたヴァンパイアのイメージは何だったんだ、とエレノアは半ば呆れていた。
「オレだって満月で変身したりしないぜ。銀だって平気。ほら」
アンナが制服の胸元を下げて見せると、シルバーのペンダントが首から下がっていた。スタッド付きのドクロだった。
「そういえばさっきはケガがすぐに治ってたわね。それもヴァンパイアの特技?」
エレノアはさっき、レーザーの誤射で火傷をしたリアの脚が、目の前でたちまち治癒するのを思い出した。
「うん、痛いことは痛いけど」
「その元通り能力の副作用で成長が停止・・・」
「停止してないよっ! 普通より遅いだけだってば!」
「そのまま200歳の少女になったりしてな」アンナがニヤニヤしながらからかった。
「そんなわけないよ! ニューオーリンズで子供のときヴァンパイアにされた子がいて、しばらくは子供のままだったけど今はちゃんと大人になったんだから! 彼氏もいるんだよ、なんかクモっぽいらしいけど」
なんか話がおかしな方向になってきたのと、必死に反論するリアが気の毒になってきたのとで、これ以上ヴァンパイアの性徴、もとい成長に関しては追求するのをやめることにした。メラニーが別の質問をした。
「で、毎晩人を襲って血を吸ってるんですか」
「ううん、普通にご飯で生活できるよ。さっきはちょっとカッとなっちゃって」
リアはバツが悪そうに顔を赤らめた。赤毛と相まった顔はミニトマトを連想させた。
「じゃ、血を吸うのは何で?」
「ありゃ必殺技みたいなもんだよ。ケンカの相手は確実にKOされてのびちまうからな。オレも子供のときに時々」
「もっ、もうしてないからっ。今だって滅多に人襲ったりしないから!」リアがわたわたと弁明した。
「“滅多に”?・・・てことは?」
「・・・・・・正体がバレそうになったときとか」
リアは指をもじもじさせながら小声で答えた。
「むしろケンカで正体をバラしてるのはお前のほうだろ、ブレット。その度パーカーが隠蔽工作をしてるわけだな」橋澤が口を挟んだ。
「センセ余計なこと言わないでよもう、なんしろオレは変身しただけで相手が全力で逃げちまうもんだから、リアなら追いつけ・・・あ、いやその、だいじょぶ、見られた相手は全員きちっと気絶させてますんで、今んとこバレては・・・あ、いえ冗談っす冗談、もちろん人前で変身どころかケンカなんてとんでもないごめんなさいもうしません反省しますから電撃はやめて電撃はやめてくだ」
アンナは橋澤の目付きが徐々に非難の様相を増し、懲罰の指を向けているのに気づいて、しゃべりながら身体を落として机の陰に避難した。
アンナが目から上だけ机の上に出ているところで橋澤は指を上に逸らした。ホッとして油断したのも束の間、橋澤の指から今度は白い電撃がビシャーン!と上空に放たれたかと思うと、煙とともに巨大な金属のタライがアンナの頭上に出現した。
ガァーン!
突如出現したタライは重力に従ってアンナの頭に命中した。
「今度は『ヘルズ・ベルズ』」
「文字通り“地獄の鐘”ってわけね」
タライが命中したアンナは「ぐおお」と頭を抑えた。命中後のタライはどこへともなく消失していた。
「あれすっごく効くんだよ。精神的に」
「さすが本物の悪魔、屈辱的な技ばっかりね」
リアとエレノアがアンナから身を遠ざけながら解説した。アンナはげんなりした顔で席に戻った。
「アンナさんとリアさんって、子供のときから一緒だったんですか?」メラニーが本題に戻った。
「うん、わたしもアンナも小学生のときからいっしょだよ。親同士も近所付き合いで」
「リアの家が中古レコード屋でさ、ウチの親がそこの常連」
「中古楽器も扱ってて、わたしたちの楽器はそこからもらったの。弾き方も最初は親から教えられたんだよ」
「要するに二人ともロックの趣味は親の教育ってわけね。どうりで選曲が古いと思ったわ」
エレノアはロックには詳しいと自分では思っていなかったが、それでも聴き覚えのある曲だとは何となく判った。つまり、昔からある有名な曲ということだ。
「古いとか言うなよ! 名曲は昔からあるんだから当然だろ!」
「そーだよ! せめてクラシックって言ってよ!」
「私が博士から聞かせてもらってた音楽も、ちょっと昔のでしたけど、素敵な曲いっぱいでしたよぉ」
三人からいっぺんに反論を受けて、エレノアもちょっとたじろいだ。
「わ、わかったわよ。私も古・・・昔のレコードにも好きなのあるから」
「ね、ね? そーでしょ? どんなの? エリさんの好きなのって」
「そっちの話は後で。今はあんた達の正体を聞いておきたいわ」
「そーですね。リアさんとアンナさんのご両親も、やっぱり?」
エレノアとメラニーが事情聴取を再開した。
「うん。ヴァンパイアと人狼。親同士も知ってる」
「俺の正体も明かしてあるぞ。事情を知らせておいたほうが何かと都合がいいからな。教師に同類がいると分かって向こうも大喜びだ。学校では何もないようにくれぐれもよろしくと言われている」
橋澤がまたジロリとアンナを睨みつけると、アンナは決まり悪そうに眼を逸らした。
「両親はドイツ出身だそうだ。アンナが生まれてから日本に来たそうだが」橋澤がブレット家の個人情報を公開した。
「じゃあんたはドイツ人・・・ていうか、ドイツ狼? その割には英語の曲ばっかり歌ってたけど。それも両親の教育?」
「おう。何しろドイツと人狼はメタルの本家だからな! アクセプトのギターなんかその名もウルフ・ホフマン」
「・・・もしかして、日本で狼の被り物してるバンドも、あんた達の身内?」
「あ、いや、あいつらはただの人間だよ、無関係。手足とかは変身してないだろ。だいいちバンド名からして”人間”って」
どうも人狼界の事情はややこしそうなので、メラニーは家庭内の事情に戻ることにした。
「お二人のご家族とも、やっぱり苦労して日本へ逃げてこられたんですか?」
メラニーの質問に、アンナは頭を掻きながら答えた。
「あー、いやー、ウチの親はそれほどでもなかったみたい。単に世界のフェス巡りで貧乏だったもんで、日本でフェスのついでにバイトして、そのまま居着いたんだって。ロックだろ」
「まさにローリング・ストーンを絵に描くとこうなるって人生ね」
「うちはイギリスが侵略を受けたからって移住したんだって。わたしが子供のとき」リアは自分の事情を話し出した。
「侵略? ノルマン人とか?」
「ううん、チャートがR&Bとオーディション番組に」
「・・・揃いも揃ってしょうもない移住事情ね」
エレノアはすっかり脱力した。
「それで『ロック・ライフだぜ!』ってウチの親と意気投合」
「そんな調子だからお互いの正体を知ったときも、大して気にしなかったらしいよ」
「家族で仲良しっていいですねえ」
傍目には過度にフリーダムな親でも、家族というものがいないメラニーには羨ましいらしかった。
「メルちゃんもエリさんも、きっと父さんたちに会ったら歓迎されるよ」
「・・・人種間闘争って何なのかしらね。ところで、あんた達に噛みつかれたり引っ掻かれたりした人間は同類になったりしないんでしょうね?」
さっきの小競り合いでリアに吸血された男子生徒から広がって、この学校が吸血鬼の巣窟になったりしないだろうか、とエレノアは心配になった。
「大丈夫だよ、ただ吸うだけで感染ったりしないから」
「オレだって引っ掻くだけで増えたりしないよ、ビョーキじゃあるまいし」
「変身するのは十分ビョーキっぽいけどね。親譲りで狂犬病じゃないってことは分かったわ。メルも大丈夫よね?」
急に矛先を向けられたメラニーはポカンとなった。
「わたしはそもそも人襲ったりなんかしませんし。たとえ噛み付いたりしても、わたしの身体は血清で生きてるんですから、感染ったりなんかしませんよ。病気なんかじゃありませんっ」
血色の悪い顔でメラニーは元気はつらつに答えた。エレノアはひとまず疑念が晴れると、アンナに尋ねた。
「ところで、あんたの必殺技は何? 獲物の踊り食い?」
「食いやしねえよ! ブッ飛ばすだけだ」
「あと、噛みつくとか、引っ掻くとか。耳や鼻も利くみたい」
「やっぱり犬じゃないの」
「黙れ!」
「変身は自分の意思でできるんですか?」
「おうよ、別に満月で変身するってわけじゃないぜ」
「むしろ自由に戻れることのほうが幸運じゃないかしら。キレる度に全身脱毛と蚤取りが必要じゃ大変でしょ」
「うっせ!」
「こんど狼さんになったとき、肉球ぷにぷにしていいですかぁ?」
「・・・・・・ダメ」
「あ、ちょっと考えた」
「ところで、先生のほうはいったい、その」
エレノアは橋澤のほうをちらりと見た。
「ああ、俺は別にこいつらの専属監督ってわけじゃないぞ。魔界では地上の人間すべての動向を監視しているのだ。人間以外の出生者もな」
橋澤はテスト範囲でも教えるような口調で世界の真相を説明した。
「俺の担当はこの学校と近隣の町内だ。騒ぎを起こして他の世界との抗争にならんように見張っている。特に若者は無軌道になりがちなんでな、たいていの学校は監視官がいるぞ」
「わ、なんか教師っぽい」
リアが茶化すと、橋澤にジロリと睨まれ、慌てて口をつぐんで小さくなった。
「念のため言っておくが、教員免許は本物だぞ」
「他の世界って、天国とか地獄とかですか」
エレノアが世界の真相を神妙な面持ちで尋ねた。
「そんなところだ。他に仏教やイスラムや、冥府だのヴァルハラだのいろいろあってな」
「抗争って、まさかアルマゲドンとか・・・」
「いや、入居契約者の獲得合戦だ」
世界の真相にずっこけたエレノアが椅子に体を落とした。
「いきなり下世話になりましたね・・・」
「天界との勧誘競争だけでも苦労してるのに、魔界でもハデスだの閻魔だの統治者ごとに領地が分かれとってな。面倒でかなわん」
メラニーは素直に質問を続けていた。
「先生の上司はサタンさんなんですか?」
「代表取締はな。直属なのはルシファーだ」
「え、あの元大天使の? それってサタンのことじゃ?」
「いや、名前がルシファーってだけだ。魔界じゃ割とポピュラーな名前でな」
「確かに“ルシファーはただの名前”ってANGRAが歌ってたけどさ・・・」アンナが苦笑した。
リアは“ルシファー”と聞いて思い当たる人物のことを訊いてみた。
「じゃ、あのキリストの処刑見たり、ロシア革命起こしたり、ナチスの将軍になったりしたのも別の人?」
「ああ、それが俺の上司だ。元はベテラン工作員だったんだが、ロンドンで酔っ払って人間に自慢話をぶちまけたのが発覚してな。顧客管理部に左遷された」
「・・・ホントにその人のこと憐れみそうになってきた」
「ちなみに俺も本名は違うぞ。人間界で目立たん名前にしてあるがな」
「年齢は十万四十歳とか?」
「失礼な。普通に三十九歳だぞ」
エレノアは半ばもうどうでもいいといった表情になっていた。
「・・・えー、それで、人間を監視してるのは?」
「契約の獲得手段に協定違反がないかどうかだな。宗教テロとか魔女裁判なんかで敵陣営を攻撃したり、死人を予定以上に増やすのは不正行為だ。特に日本人は無宗教だから獲得の激戦区になっとるぞ」
「宗教界にも独禁法とかってあるんですね・・・」
「日本じゃ宗教絡みの戦争とか殺人はほとんどないから、そっちは楽だったんだがな。近頃はお前らみたいな妖怪が急に増えて、殺人沙汰が起こらんか見張るのが一苦労だ」
橋澤がリアとアンナをジロリと見た。二人は気まずそうに肩をすくめた。
「それに加えて、今度は管轄外の宇宙人やゾンビまで現れるとはな。監視の適用範囲を広げんといかん。追加要員も申請して見張りを強化せんと」
「待ってください、わたしたちは何も、騒ぎなんて起こしたいわけじゃ」
「そうですよお、ただ学校に通いたいだけですう」
エレノアとメラニーが締め付けの強化に意義を唱えた。
「ランバートはさっき倉内を文字通り消そうとし、あげく校庭をメチャメチャにしたな? アッシュのほうも日常的に手足や首が外れてるようだし」
言われて二人はしゅんとなった。
「あ、あれは、その・・・目撃されたうえにスーツが暴走して・・・そもそも、問題を起こしたのはそっちの二人と風紀委員のほうで、わたしは巻き添えになっただけなんです。スーツを暴走させたのも倉内さんのほうですし」
「言い訳するな。そのあとの殺人未遂と破壊行為はお前だろうが。教師としても監視員としても許すわけにはいかんぞ」
エレノアはますます神妙な面持ちになった。「申し訳ありません。もうあんな騒ぎは起こしませんから。どうか四六時中監視をつけるようなことは勘弁して下さい」
「わ、わたしも、もっと丈夫にくっつけときますから、見張られてるなんて嫌ですう」
「そーだよセンセ、そんな2112年みたいな生活はヤだよ」アンナもこれには反発した。
「まあまあ、これからはもう何かあっても演出の特撮ってことで、今日みたいな騒ぎにはなりませんから。少なくとも目撃者を消したりは。ね?」
リアはちらりとエレノアを見た。
「もちろんです」エレノアはきっぱりと断言した。
「先生が部活の顧問やってくれれば、わたしたちも問題起こしませんし。ね? 先生、お願いします」
「う、センセが顧問か・・・」 不満を漏らしたアンナをリアはペチとはたいた。目にも留まらぬヴァンパイアの超速だった。
「そ、そーだ顧問! センセ以外には頼めません! お願いします」
はたかれた腕をさすりながら冷や汗を流し、アンナは急いで表情を取り繕った。
「・・・いいだろう。どのみち普通の教師に努めさせるわけにはいかん。活動は全部俺に報告するんだぞ。俺が許可した内容以外は禁止だ。それなら、監視は今まで通りでいい」
リアは顧問が付いたことでぱあっと笑顔になり、他の三人は締め付けがきつくならないことにほっと胸を撫で下ろした。
「よろしくお願いします、先生!『科学音楽部』!」
「だから適当な名前をつけないでよ」
「軽音部はもうあるしな。部の名前はそうだな、縮めて『科楽部』とでもしておけ」
「もっと適当な名前になった!?」エレノアは愕然として顎を落とした。
メラニーが不思議そうな顔をした。
「え、軽音部ってあったんですか? リアさんたち入らなかったんですか?」
「入ったよ。でも・・・」
「先輩達をケンカでブッ飛ばして、クビになった」
リアとアンナが気まずそうに説明した。
「“ブッ飛ばした”というのは文字通り部員十二人を投げ飛ばしてな。あげく備品のギターとマイクスタンドでぶん殴って壊したのだ」
橋澤が横から詳細を説明した。
「よくその時にバレなかったものね・・・」エレノアが溜息をついた。
「バレたとも。だがこいつらが正体を現した瞬間、俺が結界を張って事なきを得た。この二人はただの暴力女子だと思われてる」
「事なきを得たんですかそれは?」
「それでセンセとオレたちは正体を明かしたんだ。そのときからセンセには目を付けられちゃってて」
「で、そのまま軽音部は出禁になったと。ケンカの原因は何?」
「あいつら楽器の手入れとかをみんな新入生にやらせてんだぜ! 運動部かっつーの」
「それに選曲も全部先輩が決めたのしかやらせないんだよ! ヒドくない?」
「なんかプロデューサーの言いなりなアイドルグループみたいですう」
メラニーはクビに同情したようだった。いっぽうエレノアは被害者の方に同情した。
「まあ、何にせよ、あんた達を入れたのが運の尽きね。壊れた楽器が気の毒だわ」
「そーだギター! あたしのギター! エリさんだって私のギター壊したじゃん!」
しまった、藪蛇だった。
「わ、悪かったわよ。壊したってストラップが切れただけじゃない」
「あれただのストラップじゃないんだから! オークションで買ったレアアイテムだよ! ピート・タウンゼンドが壊した665本目のギターの残骸なんだよ!」
「それ、絶対騙されてるから」
「うー・・・いいもん。今度はリッチーの狙うんだもん」リアは半ベソでうつむいた。
「よしなさいって。私が代わりを用意するから」
エレノアは小さい妹を慰める姉のようにリアをなだめた。
一通り正体を明かしあった様子を察して、橋澤が告げた。
「よし、お前らもお互いの事情は分かったろう。今日はこの辺にしておいて、さっそく科楽部の初活動といくか」
橋澤はパチンと指を鳴らすと、結界が解かれ、周囲の白黒反転した景色は通常の色彩に戻った。下校中の生徒達の話し声や、道路の車の音も元通り聞こえてきた。通常の世界の空気を吸った四人はほっと緊張を解いた。結界の中では何となく橋澤の魔力の支配下に閉じ込められているような気分がしていたのだ。
戻ったところでさっそくリアとメラニーが浮き足立ちはじめた。
「初活動! いよいよバンドスタートだね!」
「楽器の練習ですか? 楽しみですう」
「いや、お前らが壊した校庭の片付けだ」
四人はがっくりと肩を落とした。
「センセ、結界でパッと消したりできないんすか? 一般人には見えずに元通りみたいな」
「そんな都合のいい設定があるわけなかろう。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから」
「ですよねー」
かくして生徒がほぼ下校し終わった時間、辺りも薄暗くなった頃を見計らって、橋澤の監督の下、四人は科楽部としての初活動である校庭修繕に勤しんでいた。
「エリさん、こっちのもおねがいしますう」
「待って。・・・座標ロック、タグをセット」
「アンナ、そっち持ち上げて」
「よしきた。うおりゃ!」
エレノアは瓦礫や焦げた残骸にスマホをかざし、ゴミ捨て場に転送していた。アンナは引っくり返った車や壁などを、一瞬だけ獣人に変身して片付けていた。もちろん人目のないことを見回して確認しながら。リアとメラニーはグランド整備のレーキを手に、爆発の穴や焦げ跡を埋めて回っていた。
「よし、だいたいはこのくらいでいいだろう。後はグランドの穴埋めして終わりだ」
「はぁーい」
四人は一斉に返事した。
「あまりハメを外して能力を使うなよ」
そう言うと橋澤は職員室へ戻っていった。
「先生もけっこう適当ですねえ」
「まあ、そのぐらいの神経じゃなきゃ、この二人の監督は務まらないのかもね」
「待てコラ、今じゃお前らの監督もだぞ」
「えへへ、同類で部活仲間だねっ」
「わたし、みんなでいっしょに放課後に何かするのって初めてですう」
「メルにとっては初めての部活ってわけね」
「はーい。とっても楽しいですう」
「やってることは後始末だけどな。でもまあ、へへっ、なんだかバンドの下積みって気分がするな」
「ローディーってこんなふうなのかもね」
「さすがに道路工事まではしないでしょうけどね。あとはそこの穴だけね」
「よーし、オレのパワーで一気にやったるぜ!」
アンナは変身してレーキを構えるとジャンプし、一足飛びにクレーターの横に着地すると、猛然と土を穴に落とし始めた。
「わたしだって負けないもん!」
リアはそう言うなりクレーターの横に瞬間移動し、残像が見えるようなスピードで腕を動かして穴を埋めだした。
「わたしもがんばりますっ!」
メラニーもクレーターに走っていくと、踊るように跳ねまわりながら穴埋めを手伝いだした。楽しそうに首や腰もぐるぐる回転させながら。
「何をはしゃいでるんだか」
そう言いながらもエレノアの顔には笑みが広がっていた。
「どれ、わたしも」
エレノアがスマホを操作すると、転送の光とともに小型の機械が現れた。惑星地表探査機のような、低いボディに小さいが頑丈そうなタイヤが並んだ作業車だった。エレノアは颯爽と飛び乗ると、クレーター目掛けて走り出した。
「みんなどいてどいて! 地面を固めるわよ」
眼鏡の脇から光る目を覗かせながら、エレノアは楽しそうに呼びかけた。
「うお、宇宙兵器が来たぞ」
アンナは突進してきた作業車の頭上をジャンプで飛び越して避けた。
「やだ、こっち飛ばさないでよっ」
タイヤから飛んできた土はリアの残像を通り抜けていった。
「あはははー、反撃ですう」
メラニーはレーキをゴルフクラブのように構えると、上半身を腰ごとぐるんと360度回転し、地面の石をエレノアの作業車目掛けて打ち飛ばした。
光る目の軌跡を残しながらエレノアは作業車で走り回り、後を追って他の三人は石や土を掛け飛ばした。アンナは人狼の脚でトランポリンのように跳び回り、リアは瞬間移動でそこかしこに現れ、メラニーは縦横無尽に身体の関節をひねりながら。やがてクレーターが跡形もなくなっても、四人は超人的な追いかけっこを止めなかった。すっかり陽が落ちた夕闇の中、校庭に四人のはしゃぎ声が響き続けた。
その楽しそうに遊ぶ姿を目撃していた者がいた。
篭城からようやく出てきた、風紀委員長の白菊霧乃だった。
蒼白の顔に見開いた目には、闇の中に踊り狂う四人の怪物が映っていた。獣の身体、姿を消す吸血鬼、光る目の侵略者、死体を継ぎ合わせた人形。
空の夕焼けは、霧乃の目には地獄の業火さながらに見えた。
怪物に遭うまいと、誰もいなくなるのを見計らって来たのに、よりによってこんな光景にまたもや出くわすなんて。この学校はどうなってるの。わたくしの世界はどうなってしまったんですの。
平和な日常がぐらぐらと揺れ、同じくらい体もガタガタと震えながら、それでも霧乃は眼前の魔界から目を離せなかった。
目をつぶるのが怖い。
神よ、お助けください。あんな悪魔が存在するのなら、神だって存在するはずです。わたくしの世界を破滅から救ってください。わたくしが善なる下僕となって戦います。どんな事でもいたします。あの悪魔をこの世から追放するためなら。
たとえどんな犠牲を払おうとも。