三書目『疑問だらけの僕にとどめの一撃を放つ医者』
病院は静かに、静寂を保っていた。いや、病院なのだから当たり前といえば当たり前なのだろう。
けれども、そういう静けさではなかった。
もし、人が生死をさ迷っている状態で二時間も病院に居るのなら、身内の人間がいてもおかしくはないだろうか。
病院内の人間が居ないのは、30分前のこと。
「それじゃあ、直ぐに手術の準備を行います。お兄さん、お嬢さんのことをよろしくお願いします」。
お兄さん。その言葉に疑問を覚えた。僕がこの少女を自転車で、あの急な下り坂で、しっかりと轢いた。
誰が呼んだかもしらない救急車に連れられて、僕は和白梅月総合職病院に連れてこられた。
梅月病院。ここらでは一番大きな総合病院だ。
僕も一度、骨折したときにここへお世話になった。
さて、それよりもどうしたものか。
僕は加害者なのに、被害者の少女を看取っているなんて。
そんな事を思っていると、病院の廊下から走ってくる音が聞こえてきた。
「申し訳ございませんお待たせいたしました!手術室へ運ばせてもらいます」
テレビなどでよく見る、カートみたいなのもをナース二人が出してきて少女を仰向けに乗せる。
そこで僕は思った。なぜ、緊急手術室ではないのか。
救急車で運んだときに、そのまま手術室へ行くのが当たり前じゃないのか。
それが、当たり前というのも僕の勘違いなのかも知れない。マスメディアによる偏った噂ということも無くは無い筈なのだから。
だから、僕が手術室の目の前に立ったときは、その疑問でいっぱいだった。
そして、そんな僕に僕は疑問を覚えた。
なぜ、人を一人殺しかけているのに、そんなどうでもいいことばかり考えているのだろうか。
心のそこで大丈夫なはずだと思っているわけでもないし、かといって罪悪感が無いというのはありえない。
全く、僕はなんてお気楽なのだろうか。
しかし、一番自分でもわかるのは、現実から逃避していることだ。
だから、少女が手術室へ入ったときに簡単に安心したし、ナースから説明を受けたときに話を聞いていないのだから。
そんな、馬鹿げたことを頭のなかで思い浮かべ、時間を過ごした。既に9時も超え10時30分。
そうだ、入学式だった。
大切なことを思い出した。リアクションが薄いのはこんな状況だからである。
そして、時計の短針が二歩進んだ頃に手術室の扉は開いた。
出てきたのは、女性の医者だった。手袋をはずし、無表情で僕にこういい放ったのだ。
「失敗です」
僕の人生という名の時計にヒビが入った瞬間だった。