第6話 求人票と後悔
俺はワイマール商会の待合室で待たされている。待合室にはパイプ椅子が数脚あり、俺は静かに座って面接の順番を待っていた。
しばらくすると待合室に冴えなさそうな禿げた中年のおっさんが入ってきた。
「ユウさん。部屋まで案内しますので私についてきてください」
おっさんは俺を見るなり、面接の部屋までついてくるように言ってきた。俺は面接をする部屋に行く為におっさんのあとをついていく。緊張してきた。面接だ。
「落ち着け俺!!」
まだ、面接の部屋までの途中であったが俺の心臓は早鐘のようにドクドクと脈をうっている。そんなことを俺が自らにカツを入れているとアイリが辛辣な言葉をかけてくる。
「ぬしよ。独り言はやめるのじゃ。他のモノにはアホに見えるぞ?ああ、すまぬ。忘れておった。ぬしは葉っぱ一枚の格好で就職できると思っておる真性の愚かモノであったな!」
アイリの奴め。言いたい放題いいやがってと俺が腹が立ってアイリに文句を言ってやろうとすると。
「では,ユウさん。こちらから入ってください。ご友人の方はここでお待ちください」
俺を見たおっさんが口元に笑みをつくりながらそう言う。
「…緊張してきた。ひとまず、扉をノックだ。失礼します!」
俺が部屋に入ると明るい木目調の部屋にシックな家具が並んでいた。そして、高級そうな椅子に重役そうな厳つい顔のおっさんたちが集団で腕を組んで踏ん反り返っていた。
「そこの席に座ってください」
重役そうなおっさんの1人が高級そうな椅子を指差して俺に着席を促す。
「よろしくお願いいたします!」
緊張で顔が強ばりながらも俺は挨拶をして椅子に座る。
「さて、早速で悪いですが質問させて頂きますね。なぜ?わが商会に応募されたのでしょうか?」
「…楽そうだからかな?」
俺は面接では嘘はついてはいけないと考えている。だから、本音を言うのだ。俺は面接官からくる質問を次々と返事をしていった。
返事をするたびに徐々に面接官の顔が苦虫を噛み潰したようになっていくのは気のせいだろうか。
そんなこんなで面接は無事に終了した。面接が終了してすぐに公共職業安定所に連絡が入ったようだ。公共職業安定所から俺はワイマール商会に不採用という通知を受け取った。
「なんで、俺が不採用なんだ?」
あり得ないだろ。俺みたいな優秀な男が落ちるなんてあの商会はどうかしている。
「ドア越しで聞いておったがあの質疑応答はなかろう。とくに志望理由じゃな」
「なにがいけなかったんだ?」
「普通は、あの商会を選んだ理由が楽だからとは言わないじゃろ?」
「嘘を言うのが一番悪いんだろ?」
「ものには限度がありんす。…ぬしはあれを本音で語っておったのか…」
アイリは俺の言葉を聞いて唖然とした表情をした。
「本音に決まっているだろ!」
「…ぬしにはつける薬すらないかもしれぬ」
俺の返事を聞いたアイリは額をおさえてなにかを諦めた様な目で俺を見てきた。
「俺が少し会話に間を開けたのが悪かったに違いない。もしくはあのおやじらの目が腐ってないんだろう。次を受けよう。次だ!」
「わっちが思うにそれだけの理由ではないと思いんすが…」
ワイマール商会を不採用になったことを早く忘れる為に俺は元気よく2社目に挑んだ。
2社目
「君が我がクランに応募した理由はなんだい?」
前の会社と同じ様な質問を俺は受ける。前回はここで間を開けたから落ちたに違いない。
「金が欲しいからだ!」
俺は間を空けないで、正直に本音を面接官に向かって言った。
なんだこの面接官?ぷるぷる震えてるぞ。ニコニコしてる顔に青筋が見えるけど気のせいだろうか?
「聞き間違えたか? もう一度、君が我がクランを受けた理由を言ってくれないか?」
「金が欲しいからです」
それからすぐに面接官から退出するように促されて俺は公共職業安定所で結果を待つように言われた。
公共職業安定所についてしばらくすると不採用という通知が届いた。俺が落ちるなんて、なにかの間違いだ。俺はそう思って不採用通知の裏面を見たりしてどこかに採用と書いてないか確かめているとアイリが話しかけてきた。
「ぬしよ。なにを探してるんでありんすか?」
「どこかに採用って書いてないか調べてるんだよ。俺が不採用っておかしいだろ?ありえん。面接官の目が腐ってるに違いない」
「ぬしよ…」
俺はアイリがなにか言いかけたがそれを無視して3つ目の面接会場に向かうことにした。
3社目
「アカデメイア卒業ですか? うちはそんな高学歴な人が働くような場所ではありませんよ。他を探してください」
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不採用
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4社目
「君みたいな高学歴な人がうちにくるなんてあり得ない!ぜひ、もっと、良い仕事をしてくれ!」
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不採用
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5社目
「アカデメイア卒業?しかも、1年以上も家事手伝い? 他を探してください。働きそうにないし…」
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不採用
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「俺はなんでこんなに採用されないんだ? 楽で労働時間が短くて高給取りな仕事を希望しただけだぞ?」
「ぬしよ。そんな仕事があったら誰もがつきたいに決まっておろう。現実を見てくれんかの?」
可哀想な人を見る様な目でアイリが俺を見ているような気がする。やめて、そんな目でこっちを見ないでくれないか。俺はその視線から逃れたいために掲示板に貼ってある募集中の仕事を探す。
「お、アイリ、これはすごい金額だ。しかも、仕事時間が1日たったの5時間だ。これにしよう」
「ぬし…」
アイリが募集要項を見て呆れたと言わんばかりのため息をついたあと俺の方に顔を向けてきた。どうせ、アイリはまた俺に小言でも言いたいのだろう。
面倒だ。そう何度も同じことを聞きたくない。アイリからのありがたいお言葉をもらう前に早く求人票を持って受付に行くことにしよう。そう思って俺は求人票を持って駆け足で受付まで行く。
「受付のおばさん。ここの面接を受けたいから、連絡よろしく」
「本当にここでよろしいのですか?」
受付の係員の人に用紙を渡したら驚愕した後にこちらを凝視してきた。なにが可笑しかったんだろうか。
「いいよ。早くして」
「わかりました。では、連絡を入れてきますので少々、お待ちください」
求人票を持ってきたんだからいちいち確認しなくてもいいのにな。
「連絡が取れました。すぐにでも面接をしたいそうです。場所は7丁目のアリスの家に行ってください。これがその地図になりますのでどうぞお使いください。」
「ありがとう」
そう言って、俺は受付から地図を受け取る。変わった名前だな。俺は仕事の内容を確認しないで収入だけで決めたけど飲食店関係だろうか。
俺はそんなことを思いながらアリスの家まで歩いていった。店に着くと店長らしき人が奥の待合室に連れて行ってくれて椅子に座るように進めてくれた。
店長は口元にヒゲを生やした筋骨逞しい中年の男性だった。店長は俺が座るのを確認するとすぐに質問をしてきた。
「君はうちに募集したようだが、なぜ募集をしたのかな?」
「お金のためです。どうしても生活するには必要なのです」
「つまり、お金の為ならば多少はキツい仕事でも我慢が出来るということかな?」
葉っぱ一枚の生活から開放されるならばどんなにキツい仕事でもやり遂げれる自身があるぜ。
「はい、もちろんです」
「君は金の為にうちで働くと言っているけどどんなことに使う為に稼ぐんだい?」
「この格好を見てください。みすぼらしいと思いませんか?こんな格好からすぐにでも脱却できるように頑張っていきたいのです」
「なるほど、素敵な服が欲しいから働くと」
そりゃそうだろ。誰がこんな葉っぱ一枚で生活したいと思うんだ。俺が店長の話に頷くのを見て、店長は俺の腕を掴み触ってきた。
「ほどよい筋肉だ。触り心地がすばらしい。君のような人材を求めていた。よし、君は採用だ」
「え、あの…ありがとうございます」
俺のような人を求めていただと?そう言われると悪い気はしないな。しかし、さすがに男に二の腕を触られて喜べるほど俺は変態じゃない。
まぁ、今の俺は嬉しさのせいで顔がニヤけているけどね。だって、2度あった人生の中ではじめて仕事で採用されたからさ。本当に嬉しいんだよ。仕方ないよね。
「では、早速、仕事の説明をするからついてきて」
「はい」
俺は店長のあとについていった。するとそこには見たこともないような煌びやかな服と女性モノの下着達がところ狭しと床に散らかっていた。何なんだこの惨状は!?
「この衣装に着替えて」
「スカート!? これに今から着替えろって?」
店長から渡されたスカートを手に持ちながら、俺は段々とイヤな予感がしてきた。まじまじとスカートを見る俺の反応を見た店長の顔が徐々に険しいものになっていく。
「葉っぱパンツよりもいいだろ。奇麗だし。それにお金の為なら働くんだろ?」
「確かにそう言いましたが…」
だからといって、誰がスカートを履くかよ。俺は男だぞ。
「まぁ、いいわ。気を取り直して、先に仕事仲間を紹介しよう」
そう言って手を叩くと巨漢の男がこの衣装室に入ってきた。こ、こいつらすごい筋肉隆々な癖になぜか女性モノの服装を着ているぞ。
「エミリーです」
「カテジナよ」
気持ち悪い。ウインクをしてきたぞ。艶かしいポーズを二人とも取るなよ。
「つかぬ事をお聞きしますがここはなんの店ですか?」
「なにって、求人票に書いてあったとおりで、ここは素敵なゲイバーアリスの家だぞ?」
おい、ここはゲイバーかよ! やってられるか。俺は慌てて衣装部屋から飛び出すように駆けていった。
「君、どこに行くんだい!? まだ、仕事の説明が終わってない」
「そうよ。互いの身体を触り合って、いまから楽しみましょう? うふ」
「…俺にはそんな趣味はありません。仕事はやっぱり、他を探します!!」
そう言って俺はアリスの家から走って逃げ出す。
「ちょっと、待ってくれ! アリスの家には君のような人材が必要なんだ!」
「追いかけてくるなよ! 他を探せ。俺は別の仕事を探すんだ」
「そこをなんとか」
俺の就職活動は、はじまったばかりとはいえ、本当にまともな職につけるか不安になってきた。これからなんとかしてまともな職についてやる。
セントポーリアの街の中を俺はオカマバーの店長から逃げながら駆け抜けた。果たして俺はまともな職にありつけるのだろうか。