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第2話 アイリスの精霊

 俺は一心不乱にカール川に沿って駆ける。時折、後ろを振り向いて、警官が追いかけてこないかを確認してまた駆ける。そんな風に走っていたら、気がつくと俺はセントポーリアの街中に来ていた。


 全力で走ったからだろうか、体が疲れていて動きにくい。だいたい、なんで俺が走って逃げなくてはならないのだろうか。


 理不尽だろう。そう内心で思っていたら、形見の腕輪が急に震えだした。どういう理屈か俺にはわからないが形見の腕輪は震えたあとに淡い光を放ちはじめる。


「奇麗だ。地球にいた頃を思い出すな。まるで蛍の光のようだ」


 蛍の様に幻想的な緑色の小さな光が俺の周りに徐々に広がっていく。俺は広がっていく小さな光の織り成す幻想的な光景に魅入っていた。


 俺が淡い緑色の明かりに見とれていると突如として小さな女の子が光の中から出てきた。俺は息を飲んだ。そう、あらわれた女の子があまりにも神秘的で奇麗だったため、そうする以外の行動が俺の頭には浮かばなかったのだ。


 それくらいその女の子は奇麗だった。俺の2度あった人生の中で見た誰よりも。


 俺が可愛らしい女の子に目が奪われていると彼女がこちらを見てお辞儀をしてきた。お辞儀をする姿もなんて可愛らしいのだろうと思っていたら彼女は顔を赤くして俯いている。


「体調でもわるいのかい?」


 俺は俯いた彼女の体調を心配して、近づいていく。けっして、俺は美少女とお近づきになりたいという下心を丸出したタダの卑しい野郎ではない。そう心で言い訳をして、歩みを進めていく。すると急に足下に何かの引っかかりを感じた。


 俺は身体の体勢をどうにか保って転倒することは、なんとか防ぐことができたが、その原因を見て驚愕する。


 だって、そうだろう? こんな整備された街道に転倒を誘発するような障害物があるなんて誰も想像できない。ましてや、俺の足下に緑色の草が絡みついているこの現像をイメージできる人なんていないだろ。それもまだ草が成長しているからだろうか蠢いている。ある意味ホラーな光景だ。


「な、なんだ!?この俺の足に絡み付いている草は!」


「…いや、近寄らないで欲しいのじゃ」


「え、何だって?」


 俺は彼女が呟いた小さな声を聞き損ねたため、足下から少女に視線を移し、彼女に声をかける。きっと、彼女はこの蠢く草が怖いのだろう。俺の視界には恐怖で俯きながら身体を無意識に震わせている可憐な少女の姿が見える。


 俺は俯いている彼女が心配になり、草を無理矢理に引きちぎって、少女に近づこうとさらに歩を進める。すると…


「聞こえなかったのか?わっちに近よるでない!!…せめて、なにか服をきて欲しいのじゃ」


「すまん。俺が服を来ていないことを失念していた」


 俺は自らの急所を手で隠し、少女の方を見る。今も顔を真っ赤にして俺に話しかけている少女はどうやら、全裸の俺をできるだけ、見ない様に下を見ていたようだ。今の彼女は俺が秘部を隠したことで安堵したのだろうか。こちらをきちんと見ている。


「草でぬしの足を引っ掛けたことは謝るのじゃ。すまなかった」


「草は君が魔術で作り出したのかい!?」


 俺はそんな魔術を今まで聞いたことがない。魔法という現代からは考えられない万能な技術が失われて久しいこのアースで植物を成長させてコントロールするなど…


「さてと、本当は最初にぬしが服を着ていない理由を聞きたいのじゃが、現状を把握することを優先して自己紹介をさせてもらおうかのう」


「自己紹介?」


 この可愛らしい女の子は俺の話を一方的に無視して自己紹介をする気らしい。可愛いから許すとしよう。かわいいは正義だからな。仕方がない。


「うむ、さようじゃ。では、自己紹介じゃ。わっちはぬしがつけておる腕輪に宿っておるアイリスの精霊じゃ。皆はわっちのことをアイリと呼んでおった。ぬしもそう呼ぶが良かろう」


 そう言う彼女は上から目線の尊大な話し方であったが容姿が可憐だからか、俺には背伸びをしてあえてそのように振る舞っている微笑ましい少女にしか見えなかった。


「ははは、精霊のアイリちゃん。よろしく。君の家はどこだい?もうすぐ日も暮れるし、早く帰った方が良いよ?なんなら、お兄さんが家まで付き添ってあげる」


「ぬしはわっちの言葉を信じておらぬな?」


「…もちろん、信じているよ。腕輪に住んでいる精霊なんだよね?」


 なんて、可愛らしい言い訳なのだろう。そんなに家に帰るのがイヤなのだろうか。どうやったら、彼女が精霊に見えるのか。どんなに目を凝らして見ても俺には彼女が人間にしか見えない。


 いや、彼女の魅惑的な笑みを見ていると妖精と言われても納得してしまうかもしれないが…


「ぬしよ。そんなにわっちの言葉が信じれんのならば、腕輪を外してみなんせ」


 腕輪を外すと何がわかるのだろうか。俺は何も考えずに言われるままに腕輪を外した。すると目の前から突如としてアイリが消失した。そう表現をするのが相応しいくらいに彼女が急にいなくなったのだ。


「き、消えた!? 嘘だろ??」


 俺はどこにも見当たらないアイリを探すために辺りを入念に調べていく。しかし、どこにも彼女は見当たらない。


「腕輪をもう一度、つけるともしかしたら…」


 俺はなぜかかつてない程の焦燥感に襲われた。もしかしたら、俺はすでに彼女に魅入られたのかもしれない。あの自らを精霊と自称していた少女にまた会いたくて仕方がなかったのだから。


腕輪をつけると先程のような幻想的な光景が見える。そして…


「…どうじゃ?ぬしはわっちが腕輪の精霊であると認めるか?」


「確かに人が急に消えたり、出てきたりをすることなんてできない。昔のように魔法が使える人がいるならば違うかもしれないけど。つまり、本当に精霊ということか」


「なにか、納得できぬと言う顔じゃな?ぬしよ。申してみよ」


「少しだけ腑に落ちないんだ。だって、アイリは腕輪の精霊なんだろ?人間の裸とかどうでもいいだろ。なにをさっきは恥ずかしがっていたんだ?」


「確かにわっちはアイリスの精霊じゃ。でも、わっちたち精霊は清い乙女と同じなのじゃ。男性の裸を見る機会などないのじゃ。だから、その、恥ずかしくてかなわん。これ以上のことは勘弁して欲しいのじゃ。もう、なにも言いたくないわ」


 アイリはそう言って可愛らしい顔を赤くしてまた俯く。俺はその姿を見て余りの可愛さに悶え苦しんだ。いや、勘弁してください。美少女にそんな表情や仕草をされると堪らない。こんな可愛い子にはついつい…


「乙女ね?もっと、奇麗で可愛い女性ならば乙女と言ってもよいだろうが…」


 そういって俺は、アイリを一目見て、鼻で笑ってやった。すると彼女は憤慨したのか鋭い視線でこちらを見てくる。


「ひどいのじゃ。わっちはそんな鼻で笑われる程に酷いのか?心外じゃ!」


「精霊だろ?何年いきているんだよ?それで、乙女だって?」


「イヤー、わっちは精霊じゃから、年齢なんて言う概念はないのじゃ!その言葉を聞きとうない」


 揶揄いすぎたか。最初の少し拗ねた可愛らしい顔から傷ついたような悲痛な表情になってしまった。しかも、アイリは本当に傷がついたのか大声で嘆いている。これはどう考えても俺が悪かったな。謝ろう。


「アイリ。すまない。言い過ぎたわ」


「ぬしよ。…わっちはな。傷ついたのじゃ。もう、ショックで立ち直れぬ」


 なぜか、アイリは、わざとらしく大げさにそう言う。その後に続けて…


「しかし、ぬしが二度とあのようなことを言わぬと誓うならば許してしんぜよう」


 そう言って、俺を見てニッコリと微笑む姿は余りにも愛らしくて、俺の心臓の鼓動が早くなったような気がした。落ち着け、俺。ひとまず、彼女に謝罪の言葉をかけることが先決だ。


 そう考えて、意識を切り替え、先程までの思いを隅に追いやり、謝罪の為に口を動かそうとした。すると…


「女性の悲鳴が聞こえます。念のため、こちらから調べてきます。え、全裸の男!? 貴様は本部が追っている婦女暴行未遂犯だな!?」


「警官!? ヤバい」

「なんじゃ? ぬしは追われておるのか!?」


 俺はどう見ても、あの警官からは美少女を襲う全裸の犯罪者にしか見えないよな。なんとか、ここから逃げ出さなければ俺の人生はここで詰むぞ。


「もう、安心してください。奇麗なお嬢さん。そこの性犯罪者はすぐに捕まえます」


 そう言って、警官が遠くの曲がり角の前から、かけてくるのが見える。すごい良い視力をしている警官だ。俺が全裸であることがあの距離からわかるのかよ。


「ほら、ぬしよ。あやつもわっちのことを奇麗なお嬢さんと言っておるぞ。ぬし様、どうじゃ?わっちは魅力的な女であろう。どうじゃ? 先程の言葉を訂正するならばいまじゃぞ?」


 そう言って、ニッコリと微笑む姿は愛らしく俺の頬は緩むが、警官が駆け寄る姿が視線に入って現実に引き戻される。俺は警官から逃げる為に走りだそうと足を前に出す。すると草が急に俺の足に絡み付いてきた。


「なにをしやがるんだ!?」


「いやじゃ、ぬし様がわっちのことを奇麗で最高に美しい女性だって言うまで放さぬ。あと世界で最も乙女という言葉が相応しいと言うことも忘れずに」


「さっき、俺が言った言葉を否定するだけでいいって言ってなかったか?アイリさん。お願いします。放してください」


「いやじゃ、今まで見た女性の中で一番素敵で美しく奇麗な女性なのに知性を兼ね備えた最高の乙女と言うまで放さぬ!」


「さっきより、条件が増えているよ!アイリは可愛いよ。だから放してくれ!!」


 アイリ、頼むから俺を足にからまっている草から開放してくれ。このままでは警官に捕まってブタ箱いきになってしまう。


「わっちは先程の言葉に本当に傷がついておる。そんなのでは足りんのじゃ」


「君は俺の今まで見た女性の中で一番に素敵な女性だよ!だから、放してくれ」


「ぬしがそこまで言うのならば仕方がない。放しやるのじゃ」


 俺の言葉を聞いたアイリはどこか満足そうに微笑んでいる。くそ、本当に素敵な女性だよ。余りにも良い性格すぎて何も言えないわ。


「もう、警察がかなり近くまできている!?ちくしょう!!」


 そうこうしている間に警官がどんどん俺に近付いてきていた。そんな警官を見て、俺は何も考えずに全力で走る。セントポーリアはまだ日が暮れたばかり、今日という一日はまだまだ長い。


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