第1話 依頼と理不尽
口の中に鉄の味が広がる。俺は自らの鮮血に戸惑いながらも戦意を失わないために思考を停止させないようにひたすら考えを巡らす。
後悔という言葉では言いあらわすことができない空しい現実に憤りを感じながらも起き上がり周りを見渡す。
俺の視界には周りの仲間が既に全滅している光景が見える。
「残りはあなた一人です。さっさとその荷物を渡しなさい」
漆黒の髪をした緋色の瞳を持つ少女がこちらに歩み寄りながらも語りかけてくる。
可愛らしい笑顔だ。とてもここに散らかっている死体の山を作った人物とは思えない。
だが、現実は…
「これが最後になります。こちらにそれを渡しなさい」
勝手な事を言いやがって、何が最後通告だ。だが、これだけ人を簡単に殺す集団がこの荷物を渡したからといって俺を生かして返す訳が無いだろうな。口封じに殺されるのが関の山だ。こうなると俺が取るべき行動は一つしかない。
「欲しかったら、力ずくでこいや! おまえらのような人殺しの糞野郎どもに渡すもんなんてないわ!!」
俺はそう言うと魔術を発動させて自分の筋力を増強し、加速しながら跳躍。司令塔のように指示を下していた少女と間合いを一気に詰める。
俺は手刀を彼女の柔らかそうな首筋に叩き込もうとした。しかし、緋色の瞳を持つ少女がその手刀に対して掌底を打ち、俺の攻撃は簡単に防がれてしまった。
俺の体勢が崩れる。さらに追撃と言わんばかりに体勢が崩れた俺の懐に飛び込んだ少女が持っていた短剣を心臓めがけて振りかざす。
俺は短剣を避けようと体を逸らすが間に合わない。こ、こんな葉っぱ1枚の恰好で死ぬなんて…
俺は自らの恰好に悲嘆をしながら、死を覚悟した。
だが、その短剣がまさに振りおろされようとしていた瞬間に俺の腕輪が淡い光をまといはじめる。それを見た緋色の瞳を持つ少女が後ろに下がり間合いを取る。
光の中からアイリが徐々に実体化していく。現れたアイリは玲瓏とした声で厳粛に言う。
「人の道理から外れし者どもが、わっちが相手してしんぜよう!」
アイリがそう言うと大地が揺れる。周りにある木々が次々と傾き、大地が割れはじめる。
「精霊だと!?」
黒い衣服を着た集団が大地が揺れることよりも精霊が現れたことに動揺しているように見える。
「精霊がいたのか! おのれ!」
そう言いながら、黒い衣服を着た男達がこちらに向かって飛び掛かってくる。俺は奴らが振り回す剣を四苦八苦しながら避ける。そんな俺にアイリが話しかけてきた。
「ぬしよ。多勢に無勢じゃ。ここは逃げる方が得策でありんす!!」
確かに彼女の言う通りだ。俺は周りを見てどこかに逃走経路がないかを確認する。
「アイリ、こんなに囲まれてどうやって逃げれば良いんだよ!!」
俺はアイリの言う事が正論だとは思う。だが、この周りが囲まれている状況で逃げることができるわけがない。
「情け無い事をぬかすでない。ぬしよ。わっちにつかまるが良い。それ転移じゃ」
そういうと俺とアイリの姿が徐々に消えはじめる。相手から見るとそこから忽然と消えたように見えただろう。なるほど、姿を消す訳ね。
黒い衣服の男たちはそれでも辺りをキョロキョロと探し、走りまわる。俺は音を立てないように息を潜めて奴らを観察する。
「報告します。やつらはどこにもいません! 逃げられました! 我々は奴らを探しに向かった方がよろしいでしょうか?」
黒い衣服の男の代表だろう。彼がそう緋色の瞳を持つ少女に問いかける。
「そんなものは見ればわかります。魔方陣のない転移はそう遠くには行けないはずです。周りにいるモノたちを使って探させなさい」
イライラした雰囲気で彼女は黒い衣装の男たちに指示をするように言う。
「わかりました。我々もここら辺で探します。それと…」
黒い衣装の男がさらに報告をしようとする。
「もういい! うるさい。もう探すな! 私の前から消えろ」
緋色の瞳を持つ少女がそう指示を出す。すると黒い衣服の集団はその場で立ち止まったと思ったら突然と消える。
「精霊がいるとは予想外でした。しかし、例のモノは必ず手に入れます」
そう言って、緋色の瞳を持つ少女の周りに黒い光が現れて紫色に光る魔方陣の中に入っていく。彼女の姿が徐々に薄くなっていく。そして消える。
冒険者の死骸で埋め尽くされた広野には血のニオイが充満している。俺は重苦しい気分から解放されるためにアイリに話しかける。
「もういいか? 話しても?」
俺の緊張感のない声がアイリに問いかける。
「ぬしよ。緊迫感が相変わらずないやつじゃな? もちろん、良いと思うぞ」
俺はアイリが使用していた魔法の効果を消して、オレ達の姿が現れる。
「なんなんだよ。この仕事! まじで死ぬかと思ったぞ!? 街の教会に荷物を届けるんじゃなかったのかよ!?」
俺は虚偽の依頼内容に憤りを感じて激怒した。
「ぬしは愚かじゃな。街の教会に荷物をタダ届ける依頼にこんな10人以上も冒険者を雇うかや?」
アイリは呆れながら俺を見ている。
「そこに気がつくべきだったな。それにしても、この荷物の中身はなんだんだよ」
俺は顔を上げながら額に手を当ててそう嘆いた。お金が欲しくて金額が高い依頼を受けたのが過ちだった。
「…ぬしよ。わっちに問いてもわかりやせんよ? いっそのこと、中を覗いてみてはどうかや?」
俺の嘆きをアイリへの質問と捉えたのかアイリがそう言った。
「そうだな。見てみようかな。…いや、やめとこう、荷物の中身を見ない事も依頼内容に入っていたしな」
俺はため息をつきながら首を振って気分を落ち着ける。
「残念じゃ。わっちは中を知りたかったがの。それと、ぬしがそれを持っている限りな。アイツらはまた来ると思うが大丈夫かや? あちらさんの方がぬしより、明らかに強いでありんすよ?」
そう言って奴らが奪おうとした荷物を指差しながら俺に問いかけてくる。
「荷物はどっちにしろ俺が持ってるからな」
俺はアイリを見ながらそう言ってため息をまたついた。俺たちは依頼を達成するために教会を目指して歩き出す。空を見上げるとようやく暖かい太陽の光が俺たちを照らし出した。




