プロローグ
恋人達にケーキを投げつけたら、気分がスカッとするんじゃないかと思うほどに街の商店街はカップル達によって埋め尽くされている。
さすがに辺りにこれほどのカップルがイチャイチャとしていると俺のような独り身の気持ちを察してくださいバカップルどもめと叫びたい衝動にかられる。と言っても生憎と俺は人通りの多い商店街でそんなことを叫ぶような勇気を持ち合わせてはいない。
そんなカップルどもが楽しんでいるクリスマスも近いこの時期に俺は就職活動をしていた。
俺は実家でニート生活を7年もしていたが、つい先月に定年退職をした両親に働かない粗大ゴミをいつまでも抱えている余裕はうちにはないのよって言われて家からたたき出された。
その後、着の身着のままで家から追い出された俺は親戚に土下座をして仕事が決まるまではなんとか住まわせてもらえることになった。そんな状況なので死ぬ気で多くの就職試験を受けた。その数はなんと52社であったが内定は1つも取れなかった。
センスのある俺がどの会社にも必要とされないなんておかしい。次の会社こそは俺を必要としているはずだっとそんなくだらないことを考えながら、俺は面接会場に向かっていた。
商店街から高層ビルが立ち並ぶオフィス街に移り変わる交差点で、ふと前を見ると横断歩道をカップルがいちゃいちゃしながら渡っている。
「たけ君!クリスマスはどこに泊まる?」
金髪が軽く首元でウェーブしたのセミロングの髪型をした知能指数が低そうな女がアニメ声で背が高めのひょろいヤンキー風の男ににこやかに話しかけていた。
「そうだな。プールのあるホテルなんてどう?」
革ジャンにいかにも俺いけてるんじゃねって感じの若いヤンキー風な男がイヤらしい目で女性を見ながら、そう鼻息を荒くして答えている。
「それ、ラブホね」
このバカップルがそんな話は家でしなさい。こっちは就職活動で忙しいんだよっと俺はその会話を聞きながら心の中で叫ぶ。
「大好きだろ?プールのあるホテル。お、信号が変わるな。急いで渡ろうぜ!!」
信号が点滅しはじめてヤンキー男が焦ったのか横断歩道を渡っている俺の前を走っていく。
「待ってよ!たけ君〜〜〜」
おい、おい、危ないな。無理して横断しなくても良いのにと俺が内心で思いながら横断歩道を渡りきろうとしている時に金髪セミロングの女の鞄から財布が滑り落ちていくのが見えた。
なんの音だろうかと俺がなにかが落ちた音で後ろを振り返る。俺が歩いてきた道を見てみると先程までなかった可愛らしいアクセサリーがついた蛇革の長財布がそこにあった。
俺が視線を財布からカップルに移すと彼らは財布の存在に気がつかぬまま走っていく光景が見えた。あんなモノが落ちた大きな音が俺にも聞こえるほどだったのに彼らは横断歩道を慌てて走っていたからか気が付かなかったのか。
俺は面倒くさいと心のそこから思っていたがクレジットカードや運転免許などの大切なモノがたくさん入っている財布を落としたままにしておくのは可哀想だ。そう思って、落ちている財布を拾い上げる為に交差点にしゃがみこむ。
「おい、財布を落としたぞ」
そうバカップルらに伝えようと俺は大きな声を張り上げようとした。その瞬間に左側からブレーキ音、その音に慌てて反応して振り向く。
「……」
気が付くと俺は青空を眺めていた。なぜかまったく身体が動かない。俺に駆け寄る人や悲鳴を上げる人がいた。それになんだろうか、すごく眠たい。
さらにふと急に友達から自転車の補助輪のことを馬鹿にされてオヤジと一緒に自転車の特訓をした懐かしい記憶や俺が風邪を引いたために仕事を休んで看病してくれたおふくろとの思い出が呼び起こされた。
そして、次々と過去に起きた出来事がなぜかたくさん頭に浮かんでは消えていった。
ああ、オヤジやおふくろは元気だろうか…
今までたくさん迷惑をかけたから就職したら食事をごちそうして…
…………
・
・
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「男の子か!? よくやった!」
銀髪の彫りの深い優しそうな若い男が俺を上から覗き込んで微笑んでいる。
「あなたに似て凛々しいわ!」
クリーム色の髪を持つ可愛らしい女が俺を見て笑っている。誰だろう。この二人?
うん?この小さい手は…俺の手!?嘘だろ?俺は就職活動のために…
ああ、車に引かれて俺の人生は終わったのか。これが噂に聞いた転生だろうか。2度目の人生か。
思えば就活は大変だった。俺は就職するために一生懸命だった。でも、就職できずに死んでしまった。俺の前世の人生はなんだったんだろう。
思い返すと俺は大学の学費のためにアルバイトして必死に働いた。アルバイトに必死になりすぎて大学の単位を落として留年して、頑張って就職活動したが就活に失敗して、ニートになって死んだ。
本当に馬鹿みたいだ。
「うー、うーうううう〜〜〜!!(俺の次の人生は納得できるようなモノにしよう。俺は人生を楽しむんだ。!!)」
「あら?この子が可愛い声で私たちに反応しているわ」
…まだ、話せないのを忘れてた。こうして俺の第2の人生がはじまった。