4.
五十機のスピリッチャーと特殊戦闘機ディウアースが晴れ渡った虚空へと飛び出した。
コックピットを囲む超強化防弾ガラスの向こうに、ノアは仲間たちの勇士を肉眼で確認した。
「敵の状況は」
「以前侵攻中です。敵スピリッチャーの数はおよそ五十。特にこれといった信号はありませんね、というか少ないですね」
うーんとクロムは腕を組んで小さく唸った。
空域図上に、スピリッチャーの飛行位置を示すラインが点滅した。すると、第二艦隊から発進されたスピリッチャーのラインが、山脈を回り込み始めた。
「第二艦から合図があるまで、我々はお見合いってことかぁ」
物足りなさそうに、シェンナは背もたれに体重をかけて、天井を呑気に仰いだ。
だが斜め前のデスクで、アモン艦長は太い眉根を密かに寄せた。
「残存部隊、上下に別れて距離を取り、機体を前後に重ならぬよう配列……」
訝しげなアモン艦長の独り言の最中に、オペレーターが割れんばかりの声で叫んだ。
「艦長ッ、敵スピリッチャーから撃墜弾が発射されました、実弾です!」
「衝撃波除去フィールドも作動させています」
一瞬、コックピット内は凍りついた。
「通常のレーダーでは無反応だ、スピリッチャーに緊急回避!」
突発的にデスクを叩いたアモン艦長が声を上げた。
「間に合いません!」
天空は爆炎に包まれ、一時コックピット内は騒然と静まった。
「スピリッチャーに直撃。被害多数!」
「急いで被害状況を確認しろ、動ける機体も即時離脱だ! 迂闊だった」
普段穏やかなアモン艦長からは想像もできないような、猛然と震えた声が低く。
コックピットの前方には爆炎が広がっていた。
「整備班はケージへ急げ! 救助船を向かわせろ」
「撃墜されたスピリッチャーを探せ、一機も見逃すな!」
クロムとシェンナの指示によって、オペレーターたちは嵐のように駆け回った。
「ディウはどうなってるの!」
言葉を失っていたノアは、ハッと我に返ってオペレーターに飛付いた。
「ディウアースも被弾してます、八十パーセントの乱流を測定しました」
全身から血の気が引くのが分かった。
ヴレイを助けたい、この命に代えてでも助けたい、なのに思考は空回りをして、判断を鈍らせた。
焦る気持ちが手足に伝わって、抑えられないほど震えた。
「ヴレイ――、このままじゃまずい、離脱命令を出して!」
「は、はい」とオペレーターは声を震わせていた。
「外部装甲盤が五十パーセント焼失、妖源動力エンジンが破損し、稼動レベルが危険域です。搭載飛行機の第一、第三エンジンが破損、飛行に影響が出ます」
オペレーターはモニターに表示されたデータを言い放つ。
「パイロットの頭部から出血しています、このまま乱流を続けさせては命に危険が!」
「なら鎮静プログラムを送って!」
焦燥が声に剣を含ませた。
「乱流に影響され自動防御が強力に展開されています、そのため鎮静剤の効果がありません」
「それどころか、妖源動力の稼働率が上昇しています」
非常にマズイ展開だ。
冷静さを取り戻せなくなっていたノアは、解決策を導き出せなくなっていた。
空域図に写っていた一つの機体のラインが、とんでもない速さで敵スピリッチャーに突っ込んだ。
「搭載飛行機の反応プログラムが書き換えられています!」
こんなの見たことがないといった感じで、オペレーター声は戦慄していた。
中央モニターには、相手がディウアースの動きに反応する前に、近接戦闘で仕留められている構図が、映し出されていた。
「ディウアースの反応速度まで書き換えよって」
アモン艦長の言葉に、ノアは一歩遅れてブリッジを見上げた。
微塵の動揺も感じさせないディウアースの戦闘力に、誰もが言葉を失う。
殺戮にも似た光景に戦慄する者さえいた。
あちらこちらで、爆発が起きては戦闘機が無残に廃棄物と化す。
「敵スピリッチャーの数が四十パーセント減少」
「メインダグの一部が破損しているため、ディウアースの稼動領域が限界にきています、このままでは連動している搭載機の出力も落ちてしまいます」
震える鼓動だけがノアを支配した。思考回路の歯車が空回りを起こしている。
その時、間髪入れずにアモン艦長が技術部のクロムに怒鳴った。
「搭載機に強制帰還コードを組み込んだデータを送信しろ」
「データを向こうで受信するには、自動防壁を解除しなくてはいけません、解除に少々時間が掛かります」
「なら急げ!」
「分かりました。では僕がコードを作ります、シェンナさんは防壁の解除をお願いします」
「了解! さっさと片付けちまうぜ!」
指の関節をバキバキ鳴らしたシェンナは物凄い速さでキーボードを打ちまくった。
『こちら第四ケージ! 人手が足りない、人員を要請する!』
声の背後から聞こえた雑音からして、ケージは戦場と化している。
「シェルトリー二佐、どうしますか」
呼ばれてやっとノアは「あっ」と我に返った。
「各部の手が空いている者はケージへ回って。アモン艦長! 私もケージに行ってきます!」
クルッとノアは踵を返した。
こんな時にぼーっとしてるなんて、それなら現場に行って、私ができることをすればいい。
「分かった、ケージの指揮を頼む」
「了解!」
髪を翻したノアはオペレーターブリッジから早足で飛び出した。