3.
『司令長官より入電です。全機に繋ぎます』
クロムからの説明が入ると、ラルクナ・リルディクス総司令長官の音声がスピーカーから放たれた。
『侵攻中の艦隊は、アレクド国連軍の残存部隊と判明した』
抑揚がなく、心情を読み取らせない一方的な声色が、ディウアースのコックピットに響く。
『お能の仕事をしろ。全艦迎撃戦準備、シェルトリー二佐の作戦内容に問題はない、実行しろ』
唐突に入電は終わり、静けさが戻った。
モニターに映し出された空域図には、敵艦隊を示すラインが数をなして、本艦に近づいてくる様子を示していた。
ディウアースは一般的な魚型機体のスピリッチャーとは違う。人型に似せた作りをしているので、コックピットの高さからは、ドック内を遠くまで見渡せた。
人とよく似た背中には飛行を可能にする、後付け飛行機が搭載されている。
左腕の先は、筒状の噴射砲に化けていた。
『妖源力』を武器として生かせるよう改造されている。
『ヴレイ、アモンだ』
今度はアモン艦長が入電してきた。
『ディウアースの発進準備、イーグルからの指示を待て』
『了解しました』
『それとシェルトリー二佐の計画図です、送信したので、確認しておいてください』
丁寧口調のクロムが入ってきたと同時に、モニターに配置図が映し出された。
「内容、確認しました」
百八十度がガラス張りのコックピットは、けして窮屈ではなかった。なんせ足が伸ばせるからだ。しかも、肘掛けに操縦桿が突き刺さっているので、腕が疲れる心配もない。
眼下では整備班が慌ただしく走り回っていた。
数秒経ってから、『内容は確認した』とイーグルの音声が入った。
イーグルはそのまま言葉を続ける。
『本艦が第二艦からの合図を受け、反対から山脈の影を利用して駆逐艦隊の動きを封じる、挟み撃ちにして母艦のシステムを停止させる。ということですねアモン艦長』
『そうだ、人選と陣形はお前に任せる、直ちに発艦しろ』
アモン艦長の太い声がやや怒鳴り気味に指示を下した。
『了解』
一旦、通信が終わると、スピリッチャーとディウアースに再び入電された。
『戦略航路に従って、陽動作戦を開始する、全機、直ちに発進。ディウアースはスピリッチャーの発艦後に発進しろ、相手を刺激したくない』
「了解しました」
ドック内に整列していたスピリッチャーは、開いた射出口に向かって、順に吐き出された。
『スピリッチャー全機発艦しました。続いて、ディウアースの発進準備に入ります』
整備班のオペレーターが入電してきた。
「はい、お願いします」
返事をしながらヴレイは手袋を外した。
革に似た素材の手袋は皮膚にぴったり張り付いているので、とんでもなく外し難い。
両手の掌に刻まれた深い傷跡が、チラッと目に入った。
傷跡を視界から隠すように、操縦桿を握った。
手の傷を見るたびに、自分自身でも分からない、ドロドロした胸糞悪い悪寒が走る。
『ディウアース、防御フィールドを展開、妖源動力稼働率に問題なし、ダグシステムバックアップ問題ないし、搭載飛行機の最終安全装置、解除します』
テキパキとオペレーターが確認事項を読み上げる。
少し高鳴る鼓動を落ち着かせようと深呼吸した。
「了解、射出ルートを確認。ディウアース、発艦します」
ディウアースが直立していた場所から、そのまま真上へ急上昇した。
圧し付けられるような重力を一瞬だけ我慢すると、眼前の視界が紺青色の虚空に覆われた。
さらに濃い紺青色が遥か頭上に広がっていた、下方には波打つ雲の峰々と、雲間から地上がチラッと見えた。
途方に暮れたくなるほど広い空の下に、『彼ら』はきっといる。
仲間のスピリッチャーの元へ、ヴレイは操縦桿を倒した。




