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WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
第十二話~世界の空が明日を迎える日~
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7.

 スピリッチャーは召喚獣の空爆を試みるが、分厚い装甲にすべての攻撃が弾き飛ばされていた。召喚獣は苦しみもがくように頭を振り回し、長い尾を何度も海面に叩き付けていた。

雄叫びを上げながら、巨体は赤々と燃えながら膨張し続けていた。

 ディウアースのコックピットからザイドが見えた時、リウドの話を思い出した。

「那托」を弱らせろと言われても実際、どうすればいいか分からずにいた。

空爆指示が出た直後、ザイドが「世界の空」を呑み込み、召喚獣に取り込まれた。

 ヴレイはグリップを握りながら、途方に暮れそうだった。

 助けたいのに、「器用に、んなことできるかよ……」

『臨界に達したコアが急速に膨張、「世界の空」と召喚獣の融合で互いに拒絶反応を起こしています、全機帰還してください!』

 司令室のクロム一尉から逃げろの命令が出た。

「それじゃあロマノの要塞が危険だ! このまま退却できない!」

要塞にはロインがいるかもしれない、もしルピナがロインに従いてきていたら、と考えると冷や汗が出た。

ノア――、もう、あんな思いはしたくない。

『「世界の空」の質量が上昇している、このままではコアが崩壊するぞ、さっさと退却しろ!』

 抵抗すると、アモン艦長の怒鳴り声が返ってきた。

「俺を残して退却しろ! 要塞には俺の、友人がいる、だから戻れない! 召喚獣をどうにかする!」

 怒鳴り返したものの、解決策は見いだせずにいた。

焦りばかりが積もる。

 さすがにアモン艦長も言い返してこない。

『ヴレイ! 勝算はあるのか、俺だってノアの二の舞はごめんだ、だからお前を失うのもごめんだ! どうする気だ』

 入電してきたイーグルの怒鳴り声が耳にキンキン響いた。

「今考えてる、いいから、イーグルは皆を艦へ戻せ!」

 即、通信を遮断した。

『羅刹』ならどうするだろうか。

グリップを両手で掴むヴレイは祈るように強く眼を瞑った。

 悔しさで目頭の縁を覆っていた涙が、ヴレイの頬をつたって落ちる。

 目を開けて、ヴレイは自分の両手を見た。

 両手には傷痕がみみず腫れのように浮いていた。

 いつもは『妖源力』の流出を抑えるため、手袋で見えない傷痕だ。

「ザイドが俺を止めるために、刺した、傷――、乱流……」

呟いてからヴレイは手元のキーボードを引き出し、考えるより先にキーを叩いた。

以前、イーグルが話してくれた内容を覚えていて良かったと、心から感動した。

 ザイドが覚悟したなら、こっちも命を懸けて、覚悟に答えたい。

 一方で、ヴレイの作業は司令室でも確認されていた。


モニターを見つめるクロムが、声を震わせながらデータを読み上げた。

「ディウアースの運動機能が再設定されてます。これって、許容量のリミッターが外されました、『妖源力』の吸収速度が見たこともない数字に、出力上昇します!」

「つまり自ら乱流を起こして、ディウを『妖獣』化させちゃうつもりかぁ」

 相変わらず気だるそうなシェンナは頭を掻いた。

『こちらイーグル、ヴレイの奴が戻らない! 強制的に戻らせろ!』

「それができないんだなぁ、ディウアースのリミッターが外され、乱流率が上昇し続けてる」

『はぁ! あのバカ!』と舌打ちしたイーグルの声が一瞬入ったが、直ぐに遮られた。

『こちあらヴレイ、乱流はしてるが俺の意識に問題はない。ディウは形状を変化させてる、このまま獣化させて、搭載飛行機が飛んで行ける成層圏まで召喚獣を運ぶ』

 皆は一斉に言葉を失ったが。

「ヴレイ」とアモンは一喝するつもりで、声を張った。

「自分が今何をしているのか分かっているのか、『妖獣』化したディウアースに取り込まれれば、お前を救出する術はなくなるんだぞ」

『分かってる。でもこれしか方法がない、運が良ければ、ディウが助けてくれます』

 スピーカーを通して、さらにキーを叩く音がコックピットに響いた。

「搭載飛行機のリミッターも外されました。出力、限界まで上昇」

 階下のオペレーターが半信半疑に読み上げた。

 チッとアモンは小さく舌を鳴らした。

「ディウアースの形状は?」

「変化しています、ヴレイとディウアースの境が、曖昧になりつつあります。艦長、早く止めないと、本当に手遅れになります!」

 今にも泣きそうな顔でクロムがデスクから身を乗り出した。

「そうっスよ、これ以上はマズイッスよ! アモン艦長」

 何事にものらりくらりのシェンナが珍しく声を張った。

 若者の怒鳴り声はキンキン頭に響いてしんどいなと、アモンは眉間に深く皺を刻んだ。

「静かにしないか、あいつは覚悟を決めたんだ、黙って見届けてやれ。クロム、本部のラクルナ総司令に繋げ」

「あ、はい――、繋がりました」

『私だ、事態はおおむねこちらも把握している』

 ラクルナ総司令の低い声音がコックピットに響いた。

「そうですか、ならいいです。このまま繋いでおきますか?」

『いや、結構。任務遂行を願っている』

 通信は一方的に切れた。

「総司令、ご子息が危険な目に遭っているっていうのに、気にならないんでしょうか」

 涙目のクロムが不安そうに呟いた。

 クロムの科白を聞いて、フンと思わず鼻で笑った。

「分かりにくいようで、一番分かりやすい奴だ。だから回線を切ったんだ」

「へ?」とクロムは首を傾げるが、シェンナはフフーンとなんとなく察した様子だった。

 モニターでは既にディウアースが召喚獣を掴んで、徐々に高度を上げていた。

 人型だったディウアースの機体は三倍に巨大化し、まるで人工の筋肉が外側に張り付いたかのように、機体全体が筋張っていた。

「あんな重量を引っ張るなんて、どんだけの『妖源力』を放出し続けてるんだ、あいつ」

「それに成層圏に入ったら、搭載機のエンジンは停止してしまいます、落ちたらさすがのディウアースだって、無事じゃすまないですよ!」

「すべて、あいつだって分かってることだ」

 それ以上何も言えなくなったシェンナとクロムは、モニターに映された光景を黙って見守るしかなくなった。


 リウドは祭壇の前で目を瞑っていた。

 足元にはチョークで描いた、陣。

 露わにした上半身には、墨で模様が描かれている。九年間、考えつくして導き出した術の陣だ。

 レイラと爺さんが後方で見守っていた。

 二人の視線を背中で受けながら、リウドは深淵に潜るかのように大きく息を吸った。

 床に立っている感覚がなくなり、ゆっくりゆっくり水中を落ちる感覚に包まれた。

 辺りの光が消えたぐらいで、リウドは目を開けた。

 ヴレイの『妖源力』が極限に達したのを見計らって、潜ったので時間的にはピッタリなはずだ。

 大小さまざまな岩石がころがり、荒磯を表した大きな池が彫られ、芝桜が鮮やかに広がる。殺風景な庭園の中洲には、一人ザイドが佇んでいた。

薄く霧がかった庭園はひんやりしていた。冷たい空気はあきらかに本物だが、身体に受ける感覚すべてにまるで現実味がない。

 人の気配に気付いてはいるだろうが、ザイドは振り向かなかった。

「馬鹿か、半分も寿命を使う奴がどこにいる」

 鼻で笑ったザイドの肩が微かに揺れたのを見て、リウドはフンと鼻先で嘲笑した。

「こっちの勝手だ。寿命を半分使わねーと半身ができねーんだよ。有難く思え、僕の半身が『那托』の魂を異界へ連れていく」

 庭園の奥の方で紫紺色の光が帯び始めたのを見て、リウドは安堵にも似た溜息をついた。

「成功したようだな、次に目が覚めたら、懐かしい場所にいるだろうよ、よかったな」

「バカだぜ、あんた」

 消え入りそうな声で呟いたザイドは空を仰いだ。

「バジティスの爺さんにも感謝しろよな」

「どいつもこいつも、マジでアホだぜ」

 上を向き続けたまま、肩を揺らすザイドは派手に鼻をすすった。

 ザイドの後姿を眺めながら、再び視界は闇に支配された。


 大地の丸みが肉眼で捉えることができた。

 空の青みは既に上空にはなく、星々が光を放つ漆黒の闇が広がっていた。

 世界は想像以上に広大なんだなと思いながら、ヴレイはグリップを引いた。

 グリップに吸収された『妖源力』はダイレクトに、ディウアースの左腕の噴射砲に溜まる。溜まった『妖源力』が弾丸代わりとなる。

「さすが一体化してるだけあるなぁ」

ディウアースの手足が、そのまま自分の手足と同化したかのような、おかしな感覚だ。

思わず乾いた笑いが出た。

 ヴレイは召喚獣を手から離した。

 浮遊感に包まれ、ますますディウアースと溶け合うような気がした。

 少しずつ離れていく召喚獣に向かって、噴射砲を向けた。

「リウド、ザイドを頼むぞ」

 カチッとグリップのトリガーを引いた。

 視界いっぱいに光が支配した直後、推進力で機体は真っ逆さまに降下した。

膨張した召喚獣のコアが爆発して、さらに巨大な大爆発を生む。ヴレイは身を引き裂かれるような爆風に襲われた。


「シリウス、見て!」

 小型船内からルピナは上空を指差した。

 天空の雨雲が一瞬で吹き飛び、紺碧な空が顔を出した。

 晴れ間が射した直後、眩い光で視力を奪われた。

 するとルピナの膝を枕代わりにしていたロインが目を覚ました。

 顔色は悪くなかったので、とりあえず一安心だ。

「ルピナ、僕は、一体――、あの光は」

 呆然としていたロインが急に双眸を丸くして、窓に張り付いた。

「――あれは、ほらあれ、何か落ちてくる」

 ロインが指を差す方向に、ルピナとシリウスも目を凝らす。

「もしかして……」

 全身から血の気が引いたルピナは口を手で押さえた、同時に、ロインが窓に手を当てた。

「ロイン! その体で無茶です」

 シリウスが止める間もなく、船の外に現れた召喚獣は風の如く飛び去った。

 ぐったりしたロインは背もたれに崩れ落ちた。

「ロイン! ロイン! しっかりして!」

 咄嗟にルピナが抱き起した。

「どうか間に合って――」

 窓の外に視線を投げたロインは目頭を赤くさせていた。

「僕のせいで、たくさんの人を巻き込んでしまった。僕の命を代償にしても、返しきれないよ」

 ロインは一筋の涙を頬に流した。

 切ないぐらい澄んだ涙だった。

「バカね、そんなことないわよ」

 ルピナは号泣するロインを抱きしめた。

 ひとしきり泣き叫んだロインは再び深い眠りに落ちた。

 目が覚めるまで傍にいようと、愛おしさを込めて頭を撫でてやった。

 小型船は上空の光から遠ざかるように、ロマノを目指して飛行した。

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