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WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
第二話~悲しみの向こうに~
6/61

1.

『一年記念日おめでとう! ヴレイの十七歳誕生日はスピリッチャー隊のみんなも呼んでパーッとやろう、だって。ジールもついでに送迎会やってほしいって騒いでるし。後で、ちゃんと私たちのお祝いもするからね! じゃ、またあとで』

 携帯電話に届いていたノアからのメールを読んで、ヴレイはニヤつきそうになった頬を引き締めた。

ジルニクスの空は目も覚めるような透き通った快晴だった、ちなみにヴレイの心も快晴だったはずなのだが。休憩時間が終わりスピリッチャー隊長のイーグルが声を掛けてきた。

「さて、続き始めるぞ。さっさと、配線終わらせろよ」

 渋々携帯電話をデスクに置いて、ディウアースの胴体部分に開けられた穴に、体をねじ込んだ。

 再び、油臭い臭いが鼻につく。

 芸術的な配線コードを見ただけで、吐き気を起こしそうだ。

 慣れない手つきで配線コードを組み直していると、隣でそれを見ていたイーグルが手を伸ばしてきた。

「違う、これは二百五十八番に接続だって言ってるだろ、配線を間違うとどうなるか分るよな」

 指摘されて、「ああ」と素っ気ない返事をしたヴレイはイーグルの無駄のない鮮やかな手付きに見入った。

 配線の図面に、ヴレイは幾度となく頭を悩まされた。同じ工程を何度もやり直され、後半になると集中力が切れるので、苛立って作業が雑になっていた。

 イーグルは「ったく」と肩を落として手を止めた。

「先週と何も変わってないぞ、俺の教えた所はまだ簡単だぞ、それなのに」

「そうは言っても、俺にはどれも同じに見える。専門整備士がいるんだから、俺が覚えなくたって」

「もううんざりだ」と付け加えたかったが、生意気な生徒になるだけだ、と思い留まった。

それでなくても十分デキの悪い生徒だ。

「だから簡単な個所だけを教えてるんだろ! 自分が乗ってる機体の構造ぐらいは勉強しろ! 基礎電子工学からやり直せ」

 耳元でガンガン怒鳴られ、顔を引き攣らせたヴレイは両手を上げて、降参のポーズをした。

「一先ず外に出ろ」

 押されるように、ディウアースの内部から外に出された。

外に出ると、イーグルは持っていたタオルで額の汗をぬぐった。

 ディウアースの拘束用デッキに出ると、ドックの中だろうが空気がおいしく感じられた。

だが作業服に染み込んだ汗や機械油の異臭には、外界にさらされたことによって更に強く鼻についた。

 邪魔そうな前髪を梳き上げたイーグルは手摺に寄り掛かった。

「まあ、人には向き不向きがあるってことだな、それでもディウはお前の相棒なんだから、愛情ぐらいは持ってやれよ」

「別に機械が嫌いなわけじゃない、ただ、ごちゃごちゃしすぎてる」

 アハハっと甲高くイーグルに笑われたので、ツーンとヴレイは唇を尖らせてそっぽを向いた。

 群青色の瞳が印象的なイーグル・スカイは、ノアが入隊した半年後に入隊した青年だ。

「ところでさっき調整した箇所のデータ修正はちゃんとしとけよ」

 機械工学や電子工学を得意とするイーグルはスピリッチャー隊長業務をこなしながら、多忙な整備員に変わってヴレイの機械整備の教育係も担っていた。

 そのことにヴレイが快く思っていないことはイーグルも察知していた。

「ああ。その頭脳を俺にも分けてほしいぐらいだ」

 冗談を言いながらもヴレイの冷めた態度に、イーグルは負けじと煽ったりする。

「大半の戦闘を勘で切り抜けるお前には負けるさ。ところでノアと付き合ってるんだって、しかも、もう一年近くにもなるらしいじゃん」

「ど、どこでその事!」

「お前の身近な奴らから」

 長身なイーグルが上機嫌に見下してきた。

「絶対ジールだ、おしゃべりが」

 イーグルに隠していたわけではないが、言うタイミングもなかったし、プライベートを話すほどイーグルと親しいわけでもなかった。

 ノアとイーグルが顔見知りだという事実は一目で分ったが、あまりの親しさに腹が立ったこともあった。

 二人が元婚約者同士だったという噂が耳に飛び込んだ時は、ノアに真相を訊く勇気さえなかった。ノアと交際するようになった今でも噂の真相は訊けていない。

「これでもショックだったんだぞ、いつかは振り向いてくれるって思ってたし、悔しいがお前らを見てると憎めないんだよな、ノアが幸せならそれでもいいかなって」

 イーグルから予想にもつかない言葉が出てきて、何と返せばいいか言葉に詰まった。

「俺が、ノアの元婚約者だって聞いてイラついてたんだろ」

 図星を隠そうとして不自然にうつむく。

「十五年前、ドミロン国で起きた事故、話だけなら聞いてるだろ。ディウの第二世代になるはずだった妖源動力システムの爆発」

 ヴレイは頷いて返答した。

「新システム開発団にノアも同行していたんだ、父親と一緒にな。あいつの父親はセイヴァの戦闘機開発部に所属していた、ディウの開発にも携わったらしいぞ」

「そうだったのか、知らなかった」

 聞かされていない事実を、イーグルが知っていたのは正直辛かった。ヴレイが知らないノアを、イーグルは知っている。

だからといって、妬ましく思うのは幼稚すぎると、ヴレイは己に言い聞かせた。

「爆発の原因が乱流にあるらしいから、お前も気を付けろよ。まぁ、ディウにはリミッターがあるから、ある程度の乱流も制御してくれるが、『妖源力』を吸入しすぎて、自ら形体を変化させないとも限らない」

「そんなことが、ありえるのか」

 ゾクッと鳥肌が立って、恐々とディウアースを見上げた。

「お前なぁ、自分が乗ってる機体だぞ。リミッターは外したことあるか? 戦闘中とかじゃなくて、訓練でだ」

「あるけど、シュミレーションとかで、あ、でも誰かに教わったとかじゃないぜ、独学で」

 おいおいと言った感じで、イーグルは一抹の不安を抱えたような、呆れ眼を向けてきた。

「確かに乱流時にリミッターを外せば、ディウの『妖源力』を受け入れるキャパシティーは増すが、『妖源力』に耐えようと、機体を『()()()させる機能がある、だからパイロットにとっても、ディウにとっても、リミッター外しは諸刃の剣だ」

「そうか、分かった、気を付けるよ」

 助言はありがたいが、口調がキツかったので叱られているような気分になった。

「ったく、悠長だな。『妖獣』化したら、コックピットさらディウと同化しちまう可能性がある。そうなったら、お前を外に出せなくなる、肝に銘じておけ」

 キッと一瞥してきたイーグルは、パックされた飲み物をポンと投げ渡してくれた。

「ありがとう」

「話し逸れちまったが、えーっと、そうそう派遣先で原因不明の大爆発が起き、ノアの父親も含め多くの研究員が犠牲になった。だから正直あいつがセイヴァに入るとは思わなかった」

 手摺に背中を預け、グッと反り返り、ついでに伸びをした。

 拘束用デッキの眼下には、スピリッチャーの整備に精を出すクルー達が見えた。

「当時まだ下っ端の研究員だった俺の父親は、爆発事故の調査へ行った。生き残ったノアを保護していた施設にも行った、そこへはお前のお袋さんも派遣されたらしいぜ」

「お袋も爆発に巻き込まれたのか!」

 怒鳴るようにヴレイは訊いた。

「いや、お袋さんは爆発原因の調査で先に渡ってたんだ。ノアはセイヴァの医療施設に移されたが、精神的ショックで記憶が混濁してた。俺が親父の後に従いてセイヴァに通い出したのもその頃だ。ノアが人と話せるようになってから、リハビリも兼ねて、俺が話し相手になった。時は過ぎて、俺が成人した年、十九歳のあいつはドミロン大学の全寮制に入学が決まって、慌てて俺はノアに告った」

「そしたら!」

 ヴレイは生唾を飲み込んだ。

「見ての通りだ」

フンと、イーグルは自嘲するように鼻で笑った。

「それから四年後、女の尻を追ってここまで来たわけさ」

「そうだったのか」と力なく呟いたヴレイは、励ましていいのやら、安心していいのやらで言葉が続かなかった。

 ノアの勇ましい喋り方がイーグルと似ていたことに、その時初めて気が付いた。

「知りたかったんだろ、俺とノアの昔話。別に隠してたつもりじゃないんだぜ、でもお前とあいつがデキてるって聞いた時は大人げもなくムカついた。さてと」

 手摺から体を起こしたイーグルは「次だ、次!」と顎で指図した。

「顎でやんな、顎で! 本当に俺は、いいセンセーを持ったぜ。お前が隊長じゃなかったら、グーパンチだ」

 改めてこいつは気に食わんと、ドライバーを乱暴に掴み取った時、ドッグ内に警報が鳴り響いた。

『戦闘隊形の敵艦発見。戦闘員は至急、各持ち場に戻ってください。繰り返します――』

 階下では整備をあっという間に終わらせ、慌ただしく皆が走り回っていた。

「んじゃ、俺たちも撤収して、物騒な客人を迎えるか」

 手摺に掛けていた上着をバサッと掴み取ったイーグルの横で、手伝ってくれればいいのに、と思いながらヴレイは工具を、工具箱にせっせとしまっていた。

「せめてディウの整備が終わった後にしてほしかったよ」


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