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WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
第十二話~世界の空が明日を迎える日~
55/61

2.

 一階まで下りたルピナは、倍増した人の多さに一瞬目眩がした。

 縦横無尽に行き来する人込みの中を進むと、開けた空間に出て、ぱぁと視界が明るくなった。

 空港化した渓谷を下から見上げる格好となり、うわぁと迫ってくるような感覚に襲われた。

 そのまま真っ直ぐ広場を歩くと、見覚えのある人影を見つけた。

 だが、見知らぬ黒毛の人物にルピナは目を細めた。

 ロインとシリウスと、誰かしら?

「ロイン久しぶりね、シリウスも。ヴレイから話は聞いてるわ、ありがとう向かいに来てくれて、それと――」

 ルピナは二人の少し後方で、腕を組んでいる人物を凝視した。

「ああ、彼がザイド、ロマノ兵でシルバームの元傭兵部隊の総括長だよ、ちょっと初対面の人には不愛想だけど、悪い人じゃないよ」

 後半はロインの声が小さくなった。

 だんまりのザイドをチラ見したルピナは、ロインとシリウスの間を割って、ザイドの正面まで歩み寄った。

「ん?」とザイドが視線を上げたと同時に、パチーンと甲高い音を響かせた。

 少しだけ手がじわんと痺れたが、苛立ちは納まらなかった。

素直に頬を引っ叩かれたザイドは、横目でルピナを見下ろした。

「あなたのせいで、ロインをシルバームの内戦に巻き込んだのよ。あなたがロインを唆すようなことを言ったからよ。もちろん、止めなかった私にも落ち度はあるわ」

 ヴレイもザイドがロインに力を貸したとは、一言も口にしなかった。

 口にはしなかったが、ヴレイと行動を共にし色々話を聞いて、導き出した先にいた人物。決定的だったのは、今さっきロインが言った、「悪い人じゃないよ」だった。

 前から知り合いでなければ、そんな言葉は出ないはずだ。ロインは人を見る、だから根っからの悪人ではないとしても、ザイドはロインを利用したのだ。

「ロインには選択肢があったし、こっちも強制じゃない。決めたのは本人だ」

 ザイドが正面に向き直った。ヴレイと同じ紫紺色の瞳だった。

「そうだよ、ザイドのせいじゃない、僕が決めたことだ」後ろからロインが叫んだ。

「だとしてもあなたは、シルバームの件で手を貸す代わりに、ロマノに協力しろと持ちかけたんでしょ? だからロインは大量召喚ができた」

「でもルピナ、それは僕の意思だ」

 ルピナはさらに一歩、背伸びをしてザイドに歩み寄り、斜め下から耳元に囁いた。

「あなたがどうしてロマノに協力しているのかも、想像はつくわ。だからヴレイを傷つけるようなことはしないで、絶対に」

 そこまで言ってから、ルピナは一歩下がった。

「私もロインに従いていくわ、それが叶わないなら、フレイヤ王にロマノの企み「世界の空」のことを話すわよ。企みを知った国際評議会はロマノをどうするかしらね?」

 不敵に口元だけ笑みを作ったルピナは、何を考えているのか全く読めないザイドを睨み付けた。

「分かった、従いてくればいいさ。まさかこんなかわいー姫さんに脅されるなんて。際どいところに目ーつけやがって、あいつ」

 ズボンのポケットに手を突っ込んだザイドは長身を翻して、歩き始めた。

 ロインとシリウスも、じゃあ行くかと視線で合図する。

 二人がルピナの横を通り過ぎる。

「ルピナ?」とロインが振り向いて、立ち止まった。

 ザイドの後姿はなんだか孤高で、本人の意志を無視して人を寄せ付けない感じがした。

 いや、本人も気付いているのかもしれない。触れ合いたいのに、触れ合えない孤独を。

「あいつ、わざと私に打たれたわ」

「え、そうなの?」

 打った瞬間に感じた、ザイドの孤独さと覚悟が余計にルピナを苛立たせた。

 あんたの覚悟のせいで、ヴレイはもがいているのに、それなのにどうしてそんなに飄々としていられるのか。きっと、それが覚悟なんだと、思い知らされて、無力な自分にまた悔しくなった。

「あいつぐらいの動体視力なら、私が頬を打つ瞬間に避ける余裕はあったはずよ」

 上空には鳥かと見まがうぐらいの飛行船が飛び交っていた。

 ヴレイもどれかの船に乗っているんだろうかと、ルピナの拳に力が入った。

 少し歩くと、また別の空港が現れた。

 塔型の空港ではなく、平面的な空港で、停まっている飛行船も小型だった。

「さて、ここからはロマノ王族所有の空港だ。これからロマノ王と海上要塞へ向かう」

 振り返ったザイドのコートが横風に靡いた。鉄面皮のような堂々としすぎた態度に、さらにルピナは苛立って、二、三歩間合いを詰めた。

「始めからロインを連れていく気だったのね、ロインを危険な目に遭わせたら、あんたを一生許さないわよ」

 剣の柄をギュッと握って、ザイドに釘を刺す。

「ルピナ、ごめん、僕のせいで、ルピナにまで心配かけて、こんなに心配させるつもりなかったんだ。そこは僕も未熟だと思ってる――」

「いいの、ロインは黙ってて」今は黙っていてほしい、苛立っている理由はロインの為ではないと、ルピナは自覚していた。苛立つ理由はたぶん、嫉妬だから、ロインに謝られると悪い気がした。

 ヴレイと離れてしまったのは、目の前にいる男のせいだと、幼稚すぎる八つ当たりだった。

 遠い目でルピナを見下ろすザイドは何の返事もせずに、再び歩き始めた。

 やるせない悔しさがルピナの中で消化できずに、やむなく柄から手を離した。

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