1.
ロマノの首都イーバルの空港に初めて降り立ったルピナは、うわぁと思わず歓声を漏らした。
フレイヤのジェムナス空港も指折りに誇る規模だが、イーバルは桁違いだった。
一つの山がまるまる空港と化していた。山の内部がそいっくりそのまま刳り抜かれ、内壁には建物がビッシリ張り付いていた。
わんぐりした渓谷には、建造物が針山のように密集していた。その建造物群の中央には、一際巨大な建物が天を貫いていた。よくよく見ると、その建物から飛行船が吐き出されたり、吸収されたりしている。やたらに巨大な建物が主な飛行場になっているようだ。
大小さまざまな飛行船が渓谷の中で飛び交っていた。空中で交通事故が起きたら大惨事間違いなしだ。
「すごいな、ここの空港は」
ヴレイが向かいの席で窓の外を眺めながら、景色に釘付けになっていた。
意外とスッとした鼻筋なんだ、あ、睫毛長い、ていうかよく見るとキレイな横顔、などとルピナはぼんやり見惚れていた。
視線に気付かれて「ん、なに」とヴレイに不振がられた。
「な、なんでもない。こんな空港にシリウスたちが本当に迎えに来てるのかな? ていうか、どこに行けばいいのよ」
「降りたら、端末に連絡してみるよ」
「う、うん」とあからさまにぎこちない返事をしてしまった。
思えばシルベーム行の船で出会ってから、ヴレイのことが気になっていた。気になるから、苛ついていた。視界に入れば、ヴレイの視線が気になった。
意識している自分に苛ついて、わざとヴレイとケンカになるような科白を言ったりして、今までの出来事を思い返したルピナはフフッと軽く拭き出した。
「なんか笑ったか? ていうかさっきからどうした、何か変だぞお前」
「失礼ね、ちょっと思い出し笑い。ねえ、ヴレイ」
「だから、なんだよ」
ヴレイは「ん?」と軽く首を傾げて、真っ直ぐ見つめてくる。
本当はあの(・・)晩、何を話しているのか気になって、ヴレイとガディルの話を立ち聞きしていた。
ヴレイが支部に帰ると言ってくるだろうと、覚悟はしていた。予期していたからこそ、子供みたいに駄々をこねて、ヴレイを困らせてやりたかった。
案の定、ヴレイは困っていた。
「ごめん、ここまでありがとね」
「何だよ急に、そんなに素直に礼とか言われたら、辛気臭くなるだろ」
情けなく笑顔をほころばせたヴレイが、ルピナの胸の前で光を反射させる金の輪に、視線を落とした。
「なくすなよー、次会った時になくしてたら、弁償な」
「はぁ、自分で自分の物を弁償って、わけ分かんない」
怒っていたつもりが、文句をぶつけると目頭が熱くなって、泣き笑い状態になった。
次会った時、とか言っておいて、次があるのかもわからないくせに。
飛行船が指定されたドックに入るまで、ほとんどしゃべらずに二人で到着を待った。
他の乗客たちと一緒に飛行船を下りると、空港内は人でごった返していた。
先ずは地上への下り方を、とんでもなく大きな案内図で調べた。
「シリウスと連絡取れたぞ、一階の正面入り口で待ってるって。俺は、もう直ぐ出るフレイヤ行の飛行船に乗るよ、せっかくここまで来たのにな。気を付けろよ」
ヴレイが黒い手袋をはめた手を差し出して、握手を求めてきた。
「うん。そっちもね」とルピナはヴレイの手を取った。
ギュッと握り返してくれた嬉しさで、ルピナの鼓動は勝手に小躍りした。
どちらともなく手を離し、人が右往左往する中で、言葉無く向き合った。
「ほら、早くいきなさいよ、もう直ぐ船出るんでしょ」
「まあな、ルピナが先に行けよ、見えなくなるまで見送ってやるから」
シッシと虫を払うようにヴレイは掌を振った。払い方に苛つく。
「いいわよ! 見送らなくて、先に行って、ほらッ」
ヴレイの胸を叩くように思いっきり押した。
「ぐほッ!」と唇を尖らせて噴き出したヴレイは、咳き込みながら悶えた。通り過ぎる人々は何事だと、ご親切に視線を配ってくれた。
まさか、アレか? やっちゃった感じ?
「お、お前、アホが……ミゾオチ、だぞ……、ゲッホッ、ゲッホッ」
「ご、ごめん、ちょっと間違えた、エヘヘヘ、大丈夫?」
やっと呼吸を落ち着かせたヴレイはげんなりと青ざめていた。
「エヘじゃない、まったく、最後の最後まで、ほら! 行け!」
突然、両肩を掴まれて、くるっと反対を向けさせられた。ヴレイの両手がギュッと強く肩を握ってきた。熱い手にルピナは自分の手を重ねた。
一歩、ヴレイが近づいた。真後ろから、ほのかに体温を感じる。
「ヴレイ」
「ん?」
一緒にいた時間は決して長くはない、長くない時間の中で初めて、通じ合えたような気がした。じんわり目頭が熱くなる、振り向けばきっと零れてしまいそうだから、振り向かない。
「じゃあ、またね」
「おう、またな」
耳より少し上から降ってきた声と、ヴレイの体温を、記憶に焼き付ける。
手を離して、ルピナは一歩を踏み出した。あっという間に人込みに流される、地図で確認したとおりにルピナは地上を目指した。




