3.
「それでは質疑応答に移ります。質問のある方は挙手をお願います」
「はい!」
半円を描いた傍聴席の隅で、素早く手を挙げた者がいた。
大した大物でもない奴のコネを使った特別参加席なので、仕方のない。
だから声に出して自己アピールをする。地元研究員の参加者の多い学会で、中に入っていくための必須条件だと、リウドは自負していた。
「それでは、そちらの紺の背広の方」
予定通り一発で指名されたリウドは、凛とした態度で席から立ち上がった。
声を発する前に、ンンンッと喉の調子を整える。
「質問ですが、「世界の空」を海底からの引き揚げに成功したとして、「世界の空」の活用法をもう一度、詳しく知りたいのですが。ロマノ王」
と発言すると同時に、リウドは二階傍聴席の一点に向かって鋭い視線を浴びせた。
「政府管轄下の研究者たちの説明では、今一つ理解に苦しいので、何しろ、抽象的な表現が多く、「世界の空」は世界を結ぶ希望などと言われても、もっと具体的な言葉を聞きたいのですが。そこら辺、言及してもらっても宜しいですか」
要は、ロマノの機械技術を飛躍させたいんだろ、で、その先はどうするつもりだ。
少々乱暴な物言いになってしまったが、今仕方ない。まぁ、これぐらい可愛いものだ。
フンとリウドはあらから様に鼻で笑った。
「え、えーっと、では王立研究者側の代表者の方に、応答をお願いします」
指名された者がスッと席から立ち上がった。二階席から、ロマノ王の視線がその研究者に厳しく向いている。
濃い茶色の背広を羽織っているロマノ王は一見すると、どこかの起業家に見えるが、胸に光る豪奢な国章がその者の正体を明かしている。どんだけ宝石くっ付いてんだよ、と嫌でも僻み視線を送ってしまう。
「あなたのご質問にお答えします。抽象的な説明が多いというご指摘ですが、抽象的になってしまったのは、具体的な使用目的は国の極秘裏でありまして、ご察し頂ければと思っていた次第です」
「では、一般の研究者には学会でも公にはできないと、いうことですね。つまりそれは、一般研究者を冒涜すると分かっての発表ですか」
リウドは間髪入れずに言い返す。すると、外野席がざわざわとさざ波を立て始めた。
「な、何を君は言っている、冒とくなどしてはいない。国の極秘裏で――」
「ロマノ国の機械技術を進歩させた後、世界をどうしたいおつもりですか? 目的はインジョリックだと思いますが、力づくで屈服させようなんて、短絡的だと思いませんか?」
誰もが心の中で思っている事実を公言しただけだろ、僕だけが思っているかのようにお前らは振舞りやがって。白々しい奴らだ、卑怯者が。
愚痴が止まらないリウドはついに、爪先でトントン床を叩き始めた。貧乏揺すりでどうにか苛立ちを抑え込む。
ご立派な国章くっ付けてるくせに、せこいんだよオッサン。国章に向かって嫌味をぶつけるなんて、我ながら器がちいせえなぁとリウドは自分に呆れた。
ざわついていた外野の視線が、次第にリウドの横柄な態度を注目していると、察しが付いた。
まあ、無理もない。学会の参加者のほとんどはロマノ在住者なのだから。
「君の立派な推論を有り難う。力づくなんて御大層な計画なんてありはしないよ。下準備は必要だがね、それは「世界の空」も同様だ。ロマノは今こそ一枚岩になって、強大な敵と対等になるべく成長するべきだ。のんびり足踏みをしている暇はない」
話している途中でロマノ王は席を立ち、観客の注目を一身に浴びた。
それなら、ますます情報の開示が必要なんじゃないんですかねぇ。なんだかもう、呆れてくる。世界はお前の暇をつぶすためにあるんじゃねえ! 声にできないのが残念だ。
観客と化した研究者たちは、一時は動揺していたものの、ロマノ王の演説が終わると、わぁと拍手喝采で会場を沸かせた。
「どうだね、これで君の質問の答えにはなっただろうか」
自信ありげにロマノ王はリウドを見下してきた。見えない爪先で、リウドの頭を踏みつけているに違いない。
「はい、充分です、有り難うございます。あ、シルバームは残念でしたね。あなたが差し向けた使者に、それこそ極秘裏に部品を集めさせ、戦艦を作らせていたのに」
「な、なんだ、突然。質問が終わったなら、着席しなさい」
引き攣り笑いの下に、動揺を隠すロマノ王の顔が、見事なまでに歪んでいく。
滑稽な姿は見ていて飽きない。もっと見せろと、言わんばかりにリウドは唇裂なまでに口角を上げて、さらに続ける。
「戦艦造の見返りに、シルバーム産の鉱物を対価で徴収してたんだろ。その鉱物であなたはインジョリックから大量に部品を密入していた! 他にも『妖源力』者を使った人体実験とか、武器開発とか! 色々隠してることあんだろ! ええッ!」
「君、会場から出て行きなさい、愚かにも程がある。警備兵!」
「もっと暴露してやろうか! ええーッ! インジョリックに勝とうだぁ、百年はえーよ! 「世界の空」を覚醒させることがどんなに危険か分かってんのか! あんだけ説明しただろーが! もう一度説明してやろうか、ドアホがあ!」
暴走が治まらないリウドは席から出て、通路に突っ立って二階席に指を差す。野次が飛んでこようが、リウドのロマノ王に対する無礼千万発言は止まらない。
「いや、危険なのは「世界の空」なんかじゃねえ! 私利私欲に使おうとしてる、汚ったねえクソ共の自己満だ!」
駆け付けた警備兵に囚われたリウドは「離せよ! 何もしてねーだろ!」と牙を向けて暴れまくった。
「覚醒した「世界の空」は、トリガーとなった召喚獣を吸収する! 完全に復活したら人の手には負えない代物になるかもしれねーんだ! あんたの思い通りに働くとは限らねーぞ、腐りきった脳ミソで考えやがれ!」
「バカか! 何やってんだよ、兄貴! こっちこい!」
警備兵の壁を無理矢理こじ開けて、目の前に飛び込んできたのは久しく見る弟だった。
「すいません、俺が何とかします」と言いながらザイドは警備兵を払いどかし、リウドは強引に会場の外へと連れ出された。
外に出されたと同時に、まるで投げられるように放られた。
「何考えてんだテメーは! んなことあいつに言っても聴きゃあしねーよ、俺の招待じゃなかったら、とっくに投獄されてるぞ」
偉そうに説教してくる弟にますます腹が立った。
「うっせえ! お前もお前だ、ロマノに力貸しやがって、召喚獣と一緒に「世界の空」に吸収されればいいや、とか思ってんだろ」
こいつの考えなんてお見通しだ、自己犠牲も良いところだ。
「仕方ねーだろ、どの道、俺には時間がねえ、なら「那托」に支配される前に、吸収されればいいだけの話だ、ヴレイがそれで助かれば、めでたしめでたし」
「アホがあああ!」
リウドの拳は真っ直ぐザイドの頬に直撃し、見事、尻餅を突かせた。
「イって、なんだよ! 別に俺がどうしようが、俺の勝手だろ! あんたが色々調べてくれてたのは知ってる、でも、もうこれしかねーんだよ」
肩を落としたザイドは力なく頭を下げた。
昔のようなザイドの威勢のなさに、もう一発殴り込みたくなった。
「世界の空」の件で何度か連絡を取り合ってはいたが、会ったのは一年ぶりぐらいだ。年と共に丸くなったとは思ったが、一年ぶりに見たザイドはまるで老衰を待つクソジジイのようだ。
それは言い過ぎかもしれないが。
「手は、ないことはないが、それには――」あいつ(・・・)が必要だ。
「そういえば、ヴレイに会ったぞ。俺は五年ぶりだったが、リウドは九年前のあの晩から会ってないだろ?」
「ヴレイに会ったのか!」
まさかの科白がザイドの口から出てきて、一瞬、耳を疑った。
「でもな、俺たちとあの村に住んでたことも忘れてたぜ。九年前、何が起きたのかも忘れてた。ロマノに来るらしいぜ」
「タイミング良すぎだろ、あいつ、セイヴァの軍人だったよな、まさか「世界の空」の件でか?」
「任務内容は詳しく知らんが」
「そんなことより、ヴレイの連絡先知ってるか? 知ってるなら教えろ!」
鞄の中に放り込んだはずの端末を全力で探すが、なかなか見つけられず、チッと舌打ちした。レイラから舌打ちはやめてと、言われていたのを思い出した。
「いいけど、なんか、さっきからリウド、目がこえーぞ。ていうか、荒れてんなぁ、鬼祭司」
ほいっと携帯端末を差し出してきたザイドに、キッとリウドは鋭い視線を飛ばした。
「誰のせいだと思ってる、誰の! そろそろ本気でキレるぞ、ドアホが!」
鞄の中で掴み取った端末を、ブンと勢いよく取り出した。
「もう、キレてますよね、兄貴」




