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WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
第十一話~因果に刻まれた絆~
49/61

2.

  ガディルはただの剣術バカかと思いきや、意外と歴史に詳しく、「世界の空」について訊くと、目をキラキラさせて答えてくれた。つまり昔話が好きなんだぁ、と感心させられた。

「「世界の空」によって機械化した島が沈んでいる。覚醒されれば、機械文明が急激に促進される、か。浪漫好きにはたまらない話だな」

 ソファにふんぞり返るヴレイは呆れ笑いを作った後に、大欠伸をした。

 どうでもいいわけではないが、早起きだったせいか、ひたすら欠伸が出る。

「だろだろ! 伝説と思われていた話が、研究者によって調査されてるぐらいだから、しかも先陣を切ってロマノが調査している事実! ロマノの機械化と軍事化は、とんでもなくずば抜けてるからな」

 朝のコーヒーを啜るガディルはいささかオッサン臭く、喉を鳴らした。

 ちょっと興奮しすぎだぞ、と忠告したくなるぐらいだ。

「なるほど。じゃあやっぱりロインがロマノ国へ行ったのも、「世界の空」と関係してそうだな」

 ザイドがロインに協力した対価として、ロマノに力を貸せと、持ち掛けたわけか。

 シルバームの出来事から、ロインとザイドの関係性までガディルには話していた。

 ガディル王子の人柄を信じてみたが、もしジールと同じ類だったら、人を見る目がなかったのだ。

「ロイン王子が『妖源力』者だという話は聞いたことがある。数回しか会ったことないが、賢そうな感じだったな。そんな子が、ロマノ王と結託して「世界の空」の復活を目論むとか、俄かに信じがたいけどなぁ」

 コーヒーをテーブルに置いて、腕を組んだガディルはうんうん唸った。

「でも、筋は通ってる。やっぱりロマノに向かうのは必須だな」

 ヴレイが話をまとめ、改めて目的地が定まったところで、居間のドアが開いた。

「おはよー、ってあんたたち、もう起きてたの? もしかして、ここで徹夜? ていうかなんであんたたちが朝から密談?」

 眠気が一気に吹き飛んだとでも言いたげだ。

「何一人で騒いでんだよ、賑やかい奴だな、徹夜とかしてないから」

 入って来るなり、珍しいものでも見たかのようなルピナの驚きぶりに、逆に失礼さも感じられた。元はと言えば、半分はルピナが珍景の原因を作ったようなものだ。

「そうだ、ルピナ」とガディルが改まって立ち上がった。

「俺、一緒に行けられるのは、ここまでになった。ここから先はヴレイが護衛してくれる」

「ガディルはロマノに行かないってこと?」

 不安そうなルピナはワンピースの裾をひらりと揺らしながら、歩み寄ってきた。

 白いレース柄のワンピースは、陽射しを浴びると中が透けてしまうんじゃないかと、ヴレイは冷や冷やしながら流し見た。

「ああ、国で急ぎの用事があると、使者が伝令を持ってきた。だから、俺は一足先に帰らせてもらうぜ」

 ゆったりルピナの前に歩み寄ったガディルは、ぽんとルピナの頭に手を乗せた。

 ただそれだけの行動が、見てはいけないような気がして、ヴレイはなんとなく視線をずらした。

 頭では分かっているつもりでも、やるせなさが、服に水滴が沁みるようにじんわり広がる。

「そうなの、分かったわ。気を付けて帰ってね」

「勿論。村の自警団が街まで送ってくれる、お前こそ無理するなよ」

 二人の声が斜め後ろから、肩にぶるかってくる。

「なんか急に優しくなったみたいで、気味が悪いんですけどぉ」

「そんなことねーよ」とガディルは愛おしげに笑っていた。

 二人の会話を聞いているだけで、耳の中かがむず痒くなる。

あーもう! 意識しすぎだ! と頭を掻きむしりたいぐらいだ。

「で、ヴレイ、君たちは直ぐにでも出発したいんじゃないのか? 既にロインとシリウスが、ロマノに到着しているかもしれないんだろ」

「えっ、ああ、そうだな。でも、その前に、まだ爺さんに訊きたいことがある」

 気を取り直してソファーから立ち上がり、居間と繋がっている奥の部屋への入口をノックした。

「爺さん、いるんだろ? ザイドと他のことで訊きたいことがある。ドア、開けてもいいか?」

「――ああ、開けろ」

 相変わらずの横柄さだ、声だけ聞くと、枯れ木の爺さんだとは想像がつかない。

 キィとなるドアをゆっくり引いた。

「何を訊きたい」

「どうして俺はあの晩、乱流を起こしたんだ。乱流を起こす理由なんてなかったはずだ」

「おそらく初めての乱流だったんだな。お前は母親の『妖源力』を引いたんだ。母親はお前の異常な『妖源力』に気付いていた」

 だからディウアースを作った、俺の力は無駄じゃないことを証明してくれた。でも、ノアを守ることも、仲間を守ることもできなかった。

「乱流の原因は分からん、で、ザイドの何を訊きたい」

「どうしてザイドは『妖源力』を封印しなくちゃいけなかったんだ」

 ああ、それか、というように、爺さんは軽く鼻から息を吐いて、揺りかご椅子から体を起こした。そのまま立ち上がり、部屋を出ようとしたので、手を貸そうとしたが、払い除けられた。

「まだ爺扱いすんじゃないよ」

 充分ジジイだろ! 堅物な爺さんだな、そういうところも、ザイドとそっくりだ――ん?

「爺さん、もしかして、ザイドとリウドの血縁者か!」

「そうだが、今さらか。あいつらの曽祖父だ、ここの宿夫婦も儂の孫だ」

 庭で畑仕事をしている仲睦まじい夫婦の姿を、三人は同時に認めた。

「因果な生まれつきだ、お前たちは」

 ソファーに腰掛けた爺さんを見つめながら、ルピナとガディルが居場所を求めていた。

「お二人方も、こいつと一緒に聞いてやってくれないか、何をするにもおっかなびっくりでな、よくザイドの尻にしがみ付いていたんだわい」

 懐かしさに浸りまくる爺さんはカカカァと甲高い声で笑った。

「へぇー、そうなんだぁ」とルピナはおもしろい話聞いちゃった、みたいな感じで、ソファーの上にぽんと尻を弾ませるように置いた。ガディルもほくそ笑みながら、ゆさっと腰を下ろした。

ったく、「爺さん、そんな話はいいから」

ぺらぺらと余計な話をされても、覚えていないせいで強く否定できない。

「そうじゃな、ザイドには「那托(なたく)」という『妖源力』者の力が生まれ付き備わっている」

「ナタク? 誰だよそいつは」おまけに初めて聞く名前だ。

「千年以上昔、ここら一帯を支配していた部族の長だ。あることが切っ掛けで、子孫に自分の能力と魂を隔世させた。封印が解除されたと同時に、ザイドの人格を蝕み続けている」

「どいうことだよ! つまりザイドはどうなる」

 立ちっぱなしだったヴレイはソファーの背もたれをグッと握った。

「自我を失くすだろう。自我を失くし、「那托」に支配されたザイドはお前を殺すためだけに戦い続ける、だから儂がザイドの『妖源力』を封印したんじゃ」

「どうして「那托」が俺を狙ってるんだよ、俺恨まれてるわけ? 千年以上も昔の奴に」

「その通りだよ、冴えてるじゃないか」

 冗談で返したのに、爺さんも冗談のようにさらっと返した。

「といっても「那托」が恨んでいるのは、お前に力を隔世させた「羅刹(らせつ)」という『妖源力』者だ。乱流が起きるのは、隔世された力が強力過ぎて制御しきれないからだ」

「そのラセツって奴も、部族の長か?」

 こいつらのせいで、俺とザイドの人生が、めちゃくちゃにされかけたのかよ――。

 だが『羅刹の力』があるから、ディウアースに乗れる。寧ろ、人並みの『妖源力』しかなかったら、そもそもセイヴァにいなかったのだ。九年前の事件も起きていない。

「「那托」と敵対していた者だ。敵対はしていたが「世界の空」を共に封印した。推測だが、お前があの晩、乱流を起こしたのは「那托」の存在に影響されていたのかもしれん」

 ザイドとは初めから出会っちゃいけなかってことか、そんなことって――、ハハンとヴレイは鼻で笑った。

「へぇ、その二人が封印させたんだ、すげぇー」とガディルが唐突に感激した。

「どうしてガディルが「世界の空」を知ってんのよ」

「知ってておかしい、みたいな顔で見るなよ。俺にだって得意な分野ぐらいはあるさ、歴史浪漫モノとか好きなんだぜ!」

 聞いて驚け、とでも言いたげなガディルに、ルピナは「ハイハイ」と間髪入れずに、強烈に冷え切った返事をした。なんだかんだいって、やっぱりこの二人は仲が良いのである。

因果に巻き込まれなかった人生を歩んでいたら、一体、どんな人生を送っていたんだろうか。

ルピナとガディルにも出会っていなかったかもしれない。

「「世界の空」を一緒に封印しておいて、どうしてその二人は恨み合ったんだ、俺たちまで巻き込んで、いい迷惑だ」

 立っているのに飽きたヴレイは、ソファーの肘掛けに腰掛けた。

 生暖かい風が側面から、体を撫でるように吹き込んだ。

「詳しい経緯は文献にも伝書にもないが、「世界の空」絡みだろうな。二人は敵対していたとはいえ、お互いを簡単に裏切るような薄っぺらい関係ではないだろう。それが、未来の者に力を隔世させてまで、相手を恨む「何か」を考えると、「世界の空」しか考えられん」

 枯れ木のような躰をソファーに埋めた爺さんの隣で、ガディルが「なるほどー」とわざとらしく手を叩いた。

「日頃から敵対していた奴らが、「世界の空」っていう大仕事を成し遂げたんだ。ちょっとやそっとで相手の全てを恨むには至らないだろ? ってことは、どちらかが相手を裏切ようとしたか、あるいは誤解が生じたのかもな」

「誤解ねぇ? となると、「那托」に恨まれている「羅刹」が裏切ろうとしたんじゃねーの? 「世界の空」を横取りしようとしたとか」

 視線を落とすヴレイは、親指をぐりぐり摘まんでいた。

 祖先のあれこれを解明するより、闇に蝕まれていくザイドの身が心配だった。

「だったらどうして、「羅刹」はヴレイに力を隔世させた?」

「どうしてって……、実は「羅刹」も「那托」を恨んでいたとか?」

 答えながら、どうしてガディルから教えられる立場に成り下がってんだ、とヴレイの片方の眉端がぴくりと微動した。

「だったらどうして、ヴレイはザイドと同じように魂までは喰われず、乱流だけで済んでると思う? お互いに恨んでいたなら、「羅刹」だって本気でくるはずだろ」

 いや、だからどうしてガディルに悟れるかのように、質問攻めになってんだよ。すでにお前は謎解き完了しちゃってるわけ?

「んなこと言われても――」言われっぱなしでは、癪に障る。

 ん――と唸るヴレイは手袋に覆われた、手を見つめた。

 ノアはよく、この手を見て「守る手」と言っていた。

 ディウアースもスピリッチャーと同じで、攻撃しても敵船を破壊しない。違う、そんなことはない、乱流を起こして、結局敵船を破壊してしまった。

「守る手」なんだとしたら、「守る力」なんだろうか。

「ノア――」と心の中で呟いて、拳をぎゅっと握った。

ノア、俺は君を守れなかった。本当は守りたかったんだ、『妖源力』で。

「乱流」を起こす時、いつも俺は必死だった。必死で自分を守ろうとしていた。

 生暖かい風が顔を撫でた。

「「羅刹」は「那托」に恨みがあって、俺に力を隔世させたんじゃない。自分に恨みを持った「那托」が後世に力を隔世させたと知って、()を(・)守る(・・)ため(・・)に力だけを飛ばした。――爺さん、ザイドのブレスレット見たことあるか?」

 前のめりになって噛みつくように訊ねた。

「言わんでも想像つくじゃろ、自分の目で確かめろ、それぐらい」

 爺さんのいう通りだ。

「爺さん、色々教えてくれてありがとう。ザイドに会ってくる」

「会ってどうする、「那托」に支配されるのは時間の問題だぞ」

 ソファーの肘掛けから降りて、「うーん、まぁな」と爺さんを見下ろす。

「だとしても、方法を考える。そして今度こそ、ザイドに自分の人生を歩ませる。そのために、「羅刹」が俺に力を託した、俺は自分の力を信じるだけだ」

 ちょっとカッコイイこと言い過ぎたなと自覚して、なんだか恥ずかしくなった。

 ふと今まで出会ってきた人たちの顔が浮かんだ。

与えられた悲運な人生を否定しても、過去にあった出来事や出会いは否定したくない。

「会うなと言っても、無理じゃろうなぁ、「那托」と「羅刹」の力が引きあっている限り。因果の縁には逆らえんだろ。さっさと行け、世話の焼けるガキじゃ」

 爺さんはブツブツ文句を零したが、世話好きの本心を隠しているのが見え見えだったので、ヴレイは隠れて鼻で笑った。

 そうか、だから一度目は「アゲハ」で、二度目はシルバームで再会をしたのか。しかもシルバームでの再会が二度目だったなんて、気付かなかった。つうか忘れていた。

「さー、みんな、朝餉にしましょう、お庭で取れた野菜でサラダ作るわね、ほら、あなた早く」

と歌うように声を響かせた奥さんが、籠に野菜をたくさん盛って帰ってきた。

「わかってるよ、今持って行くから、急かさないでくれ」

 宿夫婦によって唐突に空気が入れ替えられ、慌ただしく朝食の準備に取り掛かった。

 惚気っぱなしの夫婦を見ながら、朝食を済ませ、片付けまで手伝ってから、宿を後にした。三人はレイラと待ち合わせるため、村の寺院にやって来た。

ご親切なことに、奥さんがお昼にと、朝焼いていたパンを持たせてくれた。最後の最後まで、愛に溢れたご夫婦だった。

「ここが村の寺院かぁ、あー、なんかここは覚えてんぞ、窓ふきサボってリウドにボコられた」

 懐かしさが一気に蘇る。

 鋭角の天井に、無邪気な子供の声が響いた。皆、背中に鞄を背負っているところを見ると、通学途中に立ち寄ったようだ。

「あれ? 知らない人たちだぁ」

「お兄さんたち誰? 旅行者? それともリウドに叱られに来たとか?」

「えー、うっそー、面白すぎー」

 子供たちは好き放題言いまくり、勝手に笑い始めた。

「いやいや、違うし」とヴレイが否定しているにもかかわらず、子供はまるで聞いていない。

「でも、リウド祭司、今はお留守なんだよー」

「あの鬼祭司がいなくて、せーせーしたよ、俺いつもボコられるし」

「それはあんたがイタズラするからでしょ! 鬼祭司がいないと、ちょっと寂しいよ」

「そうだよ、村まで静かになっちゃったみたいだもん」

 今度は男子、女子と別れて言い争いみたいになってきた。

「あなたたちは朝のお祈りかな?」

 まさかのルピナが膝に手を突いて、聖母のように子供たちに話しかけた。

「そうだよー」と全員が口を揃えて答えた。

 子供たちはさっさとお祈りをすると、嵐のように寺院から立ち去った。

 子供たちのパワーに当てられた三人は、数秒間、呆然と立ち尽くしていた。

「鬼祭司だって、鬼、鬼、連呼してたぞ」

ブフッと噴き出したのはガディルだった。

「ちょっと、そんな笑っちゃ失礼でしょ、鬼なんだから仕方ないのよ、きっと」

 なんだそのフォローのしかた、逆にお前が失礼発言だよ!

 とは思ったが、ルピナの発言が完全に間違っているわけでもないので、そこはツッコまなかった。

「鬼祭司か、あいつにピッタリなあだ名だ。窓ふきサボっただけで、とんでもねえ剣幕で怒られたっけ、ザイドと一緒に逃げ回ってたな」

「アッハハハ、そーだったなぁ、懐かしいなぁ。ヴレイ、記憶戻ったのか?」

 甲高い笑い声で寺院に入ってきたレイラが、ヒラッと手を振った。

 肩や胸、脛に防具を当てていたので、鍛えられた体格がさらにガッチリして見えた。

「ああ、少しずつ思い出せる部分が増えてきたよ。レイラ、ガディルの護衛頼むよ」

 ゴツッとレイラの肩防具を軽く叩いた。

「わざわざすまないな。自警団長まで、俺一人の護衛に駆り出させちまって」

 申し訳なさそうにガディルは苦笑いを向ける。

「とんでもない、ゼノレフの王子に何かあってはならない! お気になさるな」

 豪奢な黒髪を風に靡かせ、熱血的な笑みを作ったレイラに、ガディルは「お、おお」と勢いに圧されるばかりだった。

というか、長身な二人が揃うだけで、空気が熱せられ、迫力負けする。決してヴレイの身長が低いわけではないが、高いほうでもない。二人に比べたら、成長期のガキと見られても仕方ない。

「ヴレイ、また村に帰って来てくれ、皆も、私も待っているから」

 二度目の熱い抱擁に包まれ、ヴレイはルピナからの痛い視線を浴びながら、「あ、ああ、そうさせてもらうよ」とレイラの背中をぽんと軽く叩いた。

「この場を借りて悪いが、来年、リウドと結婚することになった」

 レイラははにかんだ笑みを見せながら告白した。

「おお! それは、おめでとう。幸せにな」

「言われなくてもなるさ、だからリウドとこの村で待ってるからな。ザイドを、頼むぞ」

 末尾の言葉をやや小さめに囁いたレイラは憮然と微笑んでいた。レイラが俺たち(・・・)の因果をどこまで知っているのかは分からないが、彼女の微笑が、何とも言えない切なさを滲ませていた。

「はい。絶対に、ザイドは俺が助ける」

 助ける方法なんて、これっぽっちも浮かばなかったが、そう答えることでヴレイは自らを叱咤していた。

 彼らが村から出て行った後、村は再びいつもの喧騒な賑やかさに戻った。そこまで彼らの存在感が強烈だったとも思えないが、不思議な現象だ。

「さてと、俺たちも行くか」

 鞄の紐を肩に掛けたヴレイは、クルッと振り返って、ルピナに「行こう」と視線を送った。

 一瞬、ぽかんと口を開けたルピナは恥ずかしそうに、唇を尖らせてから。

「うん」とはにかんだ笑みで頷いた。

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