3.
田畑を眺めながら畦道を進み、小高い丘の上に故人が眠る墓石が配列していた。
漆黒の墓標が昼間の日差しを反射させていた。
墓石には故人の名前と年が刻まれていた。ヴレイは一つ一つに目を配って母親の名前を探した。
「ヴレイ、こっちだ」
見付けるより先に、レイラが目的の場所に案内してくれた。親切に越したことはない。
丘に吹き抜ける風がなんだか湿っぽい。
丈の短い草花をゆっくり揺らす。西の空が曇り始めていた、夕方には雨が降るかもしれない。
案内された墓石には、確かに母親の名前が刻まれていた。
墓石に手を添えて、グッと瞼を閉じた。
母親がここに眠っている実感がないせいか、目頭が熱くなることはなかった。
「お袋は――、レイラはあの晩のこと覚えているか?」
「もう九年前か、私はあの時十九で、下っ端の自警団員だった。何が起きたのか分からなかった、狼狽えている内に、魔獣が村を襲ってきた。私たちは常備されていた武器で対抗したと思う」
瞼を閉じていたヴレイは眉根を寄せて、俯いていた顔を上げた。
丘の下には褐色の煉瓦屋根が狭苦しくない程度に建ち並んでいた。
「ていうことは何か(・)起きてから、魔獣が村を襲ったってことか?」
「そうだな、最初は火事なのかとも思ったが、なんせ九年前だからなぁ、記憶はあやふやだ。今更それがどうした」
腕を組むレイラは「ん?」と首を傾げてきた。
「何か」起きるとするならと、ある事が脳裏を過ぎった。ヴレイは掌の傷を恐る恐る見つめた。
乱流? ――まさか、な。
村の皆はレイラ同様、過去に囚われず前を向いて生きている。今更、掘り返す必要なんてないのかもしれない。胸の奥がざわざわして落ち着かない、開けてはいけない箱を開けるような、否な気分だ。
「そうだけど、でも気になるんだ、火と人里を避ける魔獣がどうして村を襲ったのか」
辺り一帯の墓石が九年前の晩に命を落とした人たちの墓なのかと思うと、やるせなさが拳の中でぐらぐら奮える。
「レイラ嬢の記憶が正しければ、村の中で何かが起こったから、魔獣が村に流れ込んだと考えるのが自然だろうな」
眼下を眺望していたガディルが真摯に口を挟んだ。まさか真剣に話しを聞いていたとは思ってもいなかったので、ヴレイは「あ、ああ、そうだろうな」としゃっきとしない声で返した。
その後も、ガディルは何気なく、知識の引き出しを開けてみたといった感じで続けた。
「集団で行動する魔獣は縄張りを荒らされると、相手が何だろうと容赦なく攻撃する。突然、人里を狩場にすることはない、だとするなら、縄張りが荒らされたと勘違いしたのかもしれない」
「真夜中だったぞ、誰も村から外に出る人間なんていないし、地元の人間なら魔獣の縄張りを荒らさないのは常識だ」
訝しげにレイラが切り返した。
「一つの可能性の問題です」
ガディルの言うことは最もだし、レイラも間違ったことは言っていない。
「魔獣は自警団が退治したのか?」
なんだか取り調べみたいな状況になってしまったが仕方ない。
「そう、だろうな。うる覚えだが、デカい何かが魔獣と暴れてたように見えたが、なんせ誰もがパニック状態だったからなぁ、私も含めて」
不甲斐なさそうにレイラは視線を落とした。
しまったとヴレイは下唇を噛んだ。
「ごめん、嫌な記憶、思い出させて」
「いや、もう平気だ。リウドも何か色々調べていたが、あいつは何も話してくれない」
話に夢中でリウドの存在を忘れていた。
「そういやぁ、リウドって学者なのか、学会に行ってるとか?」
「あいつは考古学者だからな。歴史書や古文書ばっかり読んでるよ、今回だって、海に沈んでる遺跡についてだったかな? 祭司業より学者業を優先する奴だ」
レイラは怜悧な眉を吊り上げて、フンと年甲斐もなく唇を尖らせた。
可愛らしいので心中を察してやりたいとこだが、そこは本人に直談判してくれ。
「そうだ、リウドの家に行ってもいいか、調べたいことがある」
「リウドは宿に住んでる。宿主夫妻と爺さんと一緒に。今日中に帰る必要がなければ、宿泊していくといい。奥さんの手料理、已みつきになるぐらい旨いから」
自慢げに腰に手を当てるレイラは、ビックリするぐらい自然にウインクした。
「はーい! 私、泊まりたーい!」
背後からルピナが甲高い声を響かせて、ヴレイの耳を一時的に使用不能にさせた。




