4.
真夏はまだ遠くとも、昼間の強い日差しは燦々と街に降り注いでいた。
赤レンガが敷き詰められた通りは、路面電車が往来し、さらに鉄馬車が走れるほど広かった。活動的な印象を受ける城下町だ。
そんな城下町から電車を乗り継ぎ、湾沿いを走り出してすぐにジェムナス支部が遠くに見えた。ここからが長いんだよなぁ、とジールに連れて来られたのを思い出した。
程なくして支部に到着し、ヴレイは真っ直ぐ事務所に向かった。
事務所からジールを呼び出した方が早い、なぜなら、支部の構造をまったく覚えていなかったからだ。安易に踏み込めば迷子になる。
「よお! ヴレイ!」とものの一分ほどで、相変わらずな爛漫さでジールは手を振ってやって来た。
「久しぶり、元気そうだな、ヴレイがフレイヤに戻って聞いて待ってたぞー」
ヴレイの肩を掴んだジールは、容赦なく頭を撫でてきた。
「やめろって」とジールを払い除けて、とりあえず近くのラウンジに移動した。
「シルバームに首突っ込んだらしいな、ったくよぉ、後で恨まれるような事態にはなるなよ」
「はいはい、肝に銘じておきます」
コーヒーを啜りながら、結局、ジールには敵わないなとしみじみ身に沁みた。
「でもまさか、フレイヤ王女が内戦状態のシルバームにいるなんてよ、連れ帰ったんだろ、どんな子だった? 美人か? 羨ましいぜオイッ」
ジールの中で勝手に妄想が膨らんでいるらしく、幸せな奴だと、羨ましくも思った。
「ああ、カワイイよ、ちょーカワイイ」
わざと無感情の口調で答えてやってが、ジールはすっかり妄想王女の虜になっていた。
「あ、そうだ、ガディル王子って知ってるか? 今、城に来てるんだけどさ、どんな奴?」
「ん?」とニヤニヤ顔を収めたジールは確かー、と顎を長い指で支えた。
「ゼノレフ国の第二王子だろ。隣の大国だな。大層な剣の腕の持ち主らしいぞ、腕の立つルピナ王女も勝ったことないとか」
「へぇー」あのルピナが、とうっかり口を滑らしそうになった。仮にも王女を呼び捨てで言えば、またジールが騒ぎ出すに違いない。
「第一王子が王位を継承し、去年、戴冠式を挙げた。ルピナ王女の幼馴染で、婚約者候補って言う噂さもあるぜ」
「こ、婚約者っ」ヴレイは思わず声が裏返りそうになった。
「将来はフレイヤの国王、もしくは宰相閣下に就くかもしれねえな。俺的にはルピナ王女が女王陛下の座に即位されてもいいと思うけど、女王ってなんか強そうじゃね?」
「強そうって、そういう問題じゃないだろ。あいつが国王とか」ありえないだろ!
「あいつ?」
「あー、いや、別に、その何でもない」
聞き慣れない言葉に圧せられ、つい口が滑ってしまった。
「にしても、王族が一人で国を出るってのはありえない事態らしいぞ、ましてや姫が。詳しい経緯は知らねえが、相当な覚悟があったはずだ。ガディル王子も心配して駆けつけて来たんだろ」
ふとガディルの顔が浮かんで、苛っとした。今頃、二人でいるんだろうかと、要らぬ妄想が膨らむ。だからってどうする、無理やり連れ帰って悪かったとでも謝罪するのか、いやいやとヴレイは首を横に振って、気を取り直す。
「俺、まだこれから行きたい所があるから、そろそろ行くよ」
「ああ、がんばれよ。あ、そうだ忘れるところだった。インジョリックとグローリアスの境界海域に要塞らしき軍用施設が浮かんでいるのを発見した。本部でも調査しているらしいけどさ、とりあえずまだ様子見だが、海上要塞の所有者がどうもロマノ国らしい」
「ロマノか、だとしたら、あまりよろしくないかもな、シルバームにいた時もいい噂は聞かなかったし。どうして大陸間で面倒になるような状況を作るんだロマノは」
残りのコーヒーを飲み干した。
「そりゃあ、機械化大国はインジョリックを敵視してるからだろ? そんで本部の第一艦隊と第二艦隊が遠征するらしいぜ、ここに来る」
ニヤッと歯を見せたジールはテーブルに指を突き立てた。
確かに。グローリアス内偵の趣旨は、まさにジールの科白そのものだ。ていうか、インジョリックに対抗意識を燃やすな! 敵作る前に、国内に意識向けろよ。などと胸の奥でブツブツ文句を散らすが、余計に不満が溜まっただけだった。
「フレイヤに来るのか? 本国の護衛任務はいいのかよ、何も大陸渡ってこなくても」
大陸を渡るほどの一大事なのか、もしかして呼び戻されるのかと、ヴレイは嫌でも焦りを感じた。まだ九年前の事件を何も掴んでいない。
「フレイヤに来るかは分からん、もしかしたら海上要塞に向かうのかも。戦艦ならここにもあるのにな。有事の際は、お前も呼び戻されるかもな」
よぎった予感を言われて、ますますヴレイは焦りを覚えた。
「じゃあ俺行くよ」
急ぎぎみでヴレイは椅子から立ち上がった。
「おう、気を付けろよ。ルピナ王女様によろしくな」
にこにこ頬を緩ますジールに、ヴレイは眉根を寄せた。
「いや、もう会わないと思うけど」
「何言ってんだよ、お前が無理やり連れ帰ったんだろ、さぞや、お前に恨みを持ってんじゃねえの?」
「はぁ、俺の意志で連れ帰ったんじゃない、そっちからの命令だろ」
ジールの意味不明な発言に、つい怒鳴り口調で返した。変な言い草はやめてほしい。
「どっちにしろ、今の王女様の気持ちを分かってやれるのは、お前しかいないんだぞ」
挑発的なニヤニヤ顔に一発食らわせたい気分だ。
「そ、それがなんだよ、あいつを城から掻っ攫えとでも言いたいのかよ」
「それはお好きに。ただ、ガディル王子を真っ先にライバル視していた誰かさんなら、やってのけるかもなぁ」
「俺を犯罪者にするな! ったく」
テーブルを乱暴に揺らして、ヴレイはラウンジから出て行った。




