3.
ノア・シェルトリーに出逢ったのは、入隊して二年が経った頃だった。
日々の喧騒にかまけ、一度決意した仇に対する怒りも風化し始めていた。そんな自分に情けなさも感じながら、復讐心にかまう余裕もない日常にヴレイは苛立ちすら感じていた。
輸送船から降りると、湿った海風が第一艦隊の甲板に強く吹き抜けていた。
甲板を踏みしめた彼らの面前に、長身の女性がヒールの音を響かせて歩んできた。
「スピリッチャーの納期が遅れたせいで、君の迎えもずれ込んでしまって悪かったね」
「いいえ、お出向かいに感謝します、スカイ副長官」
「早速、皆に紹介しよう、彼女が」
腰まで落ちる赤銅の髪が激しくなびいた。腰に手を当てて昂然たる姿で女は続きを言った。
「昨日から第一艦隊作戦部に所属しました。第二等少佐。ノア・シェルトリーです。現在二十三歳、皆さんよろしくお願いします」
威勢のよい自己紹介に頼もしさを感じたのか、皆は快く握手を交わした。
横に倣えでヴレイもノアと握手をした。
適度な筋肉がついたそのしなやかな体躯を、男性少佐と同じ型ではあるが、色は女性用の深紅色の制服を身につけている。左肩の徽章から伸びる革紐は左胸の金ボタンに繋がっている。
艶のある黒革スカートに映える白くて長い脚に、隊員達は瞬きもせず見入っていた。
「では作戦部員の紹介をしよう、後から艦長と補佐官にも会わせる」
スカイ副指令は同行させた隊員の紹介をすると、最後にヴレイに視線を向けた。
「彼はスピリッチャー部隊のディウアースパイロットだ。作戦部と最も縁の深い部署だ、特にシェルトリー君はディウアースを見るのも初めてだ。軽く自己紹介を」
続きを促されたヴレイは下唇を少し噛んで、恐々とその女を見上げた。
「ヴレイ・リルディクスです。ディウアースのパイロットです」
ヒールの高さを考慮しても、ノアの方が頭一つ分は有に高い。
見下してくる眼光には乙女らしさのかけらも感じられなかった。寧ろ、攻撃的で初っ端から険悪なムードだ。睨まれる理由がわからなくて、ヴレイは早々に目を逸らした。
「へぇ、貴方が司令長官の息子さんね、この世界じゃあ有名人」
悪気があって言ったわけではないようだが、気分を害したヴレイは否応なく不愛想に対応した。
「そうですか、でも、俺には関係ありません。どうも、よろしく」