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WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
第九話~王女様の憂鬱~
39/61

3.

 針の山をまるで横に伸ばしたような城の正面広場は、気が遠くなるほど広かった。

 やっとの思いで、見張り台の付いた多角形の城郭まで辿り着いた。大手の楼門で出迎えてくれたのは純白の靄をかぶったような長身の女性と何人かの従者だった。

「ルービィ!」

 久しぶりの再会なのだろう、ルピナは声を上げてその女性に飛びついた。

「お帰りなさいませ、ルピナ王女」

「帰ってきたわけじゃないわよ。ヴレイ、紹介するわ、侍女兼護衛官のルービィよ」

「初めまして、ルピナ王女の侍女兼専属護衛を任されています、ルービィと申します、以後お見知りおきを。ではさっそく王宮へご案内いたします」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 ルービィに先導されたヴレイは城壁の先にある、宮殿という聖域へ足を踏み入れた。

「ルピナ殿下が無事にお戻りになられて、嬉しゅうございます」

「さっきも言ったけど帰ってきたわけじゃないのよ。急に呼び出しがあっただけよ」

 ルピナが口を尖らせて言い返すと、ルービィは朗らかに笑んでいた。

 シリウスと同じぐらい長身のルービィは波打つ柔らかな金の髪を腰まで落とし、横髪を後頭部でまとめている。金の髪を包むように被せられた半透明のベールで、白く霞んで見える。鉱物のような玉葉色の瞳が彼女の神秘さを引き立たせていた。

「世界大戦終結後、どの国も生きるために必死になっていたグローリアス大陸復興時代の真っ只中に、フレイヤは建国されました。大戦前から哲学や医学、文学に精通し今では大陸中から優れた留学生や研究者が集まる、学問の都と謳われるようになりました」

「へぇ」とヴレイはきょろきょろしながら相槌を打った。

 立体アーチ型の高い天井は装飾的で輝かしかった。

 石を組み合わせて紋様が描かれ、大理石の床は磨き上げられいる。細かな細工が施された光沢ある木製の窓枠が並び、その大窓から西日がいっぱいに差し込んでいた。

 そんな回廊にただ圧倒されるヴレイは言葉を失くしたまま歩いていた。

 赤レンガと白い石を馬蹄形に組み合わせたアーチが、合わせ鏡に映し出されたように広々と続いていた。

アーチ空間を抜けると、金の装飾品が目に沁みるような広間に出た。圧倒されるような、白亜石の柱が続いていた。堅物のシルバーム城とはひどく対照的だ。

くらくらすような空間でルピナは育ったのかと思うと、急に遠い存在に思えてきた。

 回廊の角を曲がって少し行くと、くど過ぎる彫刻と塗装の施された、背の高い扉の前にたどり着いた。そしてルービィがその扉を大きく開けた。

 夕焼け射し込む謁見室の玉座から立ち上がった人物は、一瞬驚いた顔をしていた。

「おお、やっと来たか、連絡を聞いて待っていたぞ!」

 陽気で気さくな感じがルピナと似た雰囲気を漂わせていた。

 白髪交じりの漆黒の髪が首筋でゆるやかに束ねられ、凛と太い眉毛の下には穏やかな茶色い瞳が深い窪みに納まっていた。警戒しているわけではなさそうだが、大観したようなフレイヤ王の眼差しに黙って見据えられると、ヴレイの背中はピシリと伸びた。

 再会の抱擁が終えると、フレイヤ王はヴレイに表を向けた。

 ハッと姿勢を正したヴレイはその場に跪いて、頭を垂れた。

「君がセイヴァの軍人だね。ここまで娘を届けてくれて感謝する。立ちなさい」

 言われて、立ち合がる。

「私はフレイヤ国王、ジラだ。うちのじゃじゃ馬娘を護衛するのは、さぞ疲れただろう」

「そりゃあもう、疲れまくりました」と言いたかったが、国王の言った冗談を笑い飛ばしたルピナを見て、ピクリと片眉を吊り上げたヴレイは仕方なく言葉を飲み込んだ。

「とんでも御座いません。大変たくましい姫君でした」

 内心、『姫君』と口にしたくもなかったが、それ以外に言葉が思いつかなかった。

「それはそうか、おもしろいな君は。まだ、名を聞いていなかったな」

 ジラ王が手を差し出してきたので、拒否するわけにもいかず、汗を握っていた手を開いた。

「申し遅れました、ヴレイ・リルディクスです」

 挨拶をしながら握手を交わした。すると、後方で扉が開く音がしてヴレイとルピナは同時に振り向いた。

「到着したって聞いてな、待ってたぞルピナ」

「まさか、ガディル! どうしてここに」

 謁見室に入ってきた青年を見て、ルピナは見るからに動揺していた。

 栗色の髪が首筋で結われ、見たところ軍服を纏った青年は、当然のことながらヴレイより長身だった。体躯も大柄で、素手で巻き割りをしてしまいそうなほどに、いい体をしていた。

 ちょっと無精髭が目立ったが、不潔な印象はなく、野性的なニオイがした。

 ずかずかと歩いてきたガディルは、跪いて挨拶すると、ルピナの手の甲にキスを落とした。その時、ヴレイの目尻でピキッと音がした。

「どういうこと、私を呼びつけておいて。どうしてガディルがいるのよ」

「ガディル王子はお前の身を案じて、ゼノレフ国から足を運ばれたんだ。感謝の気持ちを示すのが道理だろ。シルバームの内乱に加担するとは、国際問題に発展したら、前はどう責任を取るつもりだ」

 頭ごなしに叱りつけられたルピナは、しゅんと小さくなった。

「まあまあ、ジラ王。ルピナには私からよく言って聞かせます。ああ、自己紹介が遅れました。私はゼノレフ国のガディル・ヴィ・ゼノレフ、お見知りおきを」

 握手を求められ、ガディルの迫力に圧されながら手を差し出した。グッと握られ、思わず引っ込めそうになった。

 お調子者っぽい喋り方に、少し苛っとした。

「俺は護衛機関セイヴァ所属、本部第一艦隊隊員、今はジェムナス支部に派遣されている、ヴレイ・リルディクスだ」

 嫌でもガディルを見上げる格好となり、自分から手を離した。

「ああ、シルバームからルピナを連れて来てくれた方か。ルピナ王女を守っていただき、有り難うございました。これからは私が彼女を守りますので、ご心配なく」

 さらに苛っとした。へいへい、そうですか、王子様。

 肩を掴まれたルピナはサッと身を翻して、ガディルから離れた。

「ちょっとガディル、私は帰ってきたわけじゃないのよ、まだ行かなきゃいけないところがあるの! 長居している場合じゃないのよ」

「許可しないぞ、ルピナ」

 渋くて太い声が謁見室に響き渡った。

「シルバームの件もある、今後、許可のない国外外出は禁ずる。反省するんだな」

「お父様!」と愕然と口を開けたルピナの顔面から、血の気が引いた。

「現にシルバームは危機から脱したのよ、ただ無計画で参加したんじゃない。連合軍と私たちはちゃんと合意の上で手を組んだの。お父様に許可を求めなかったのは悪いと思ってる、けれど、どうしてもロマノ国に行かなくちゃいけないの」

「お前は、世界を見聞したいから、お前の剣の腕を見込んで遠征の許可を出した。それが他国の内乱に加わるだと。軽率だと思わなかったのか」

 ジラ王の言い分は尤もである。ここはヴレイも口出しはできない。

「とにかく、しばらく頭を冷やすんだな。ヴレイ君、時間の許す限り、ゆっくりしていくといい。君の働きは、支部にも報告しておくよ、心から感謝する」

「任務を果たしただけです」

 打って変わって気さくにヴレイの肩を掴んだジラ王は、先に謁見室を出て行った。

 ジラ王を見送ってから、沈黙するルピナに視線を移す。ガディルにはなんとなく視線を向けるのが気まずかった。

「とりあえず、俺たちも行こうぜ。そうだルピナ、久びりにやらないか。ルピナがいないと腕が鈍りそうなんだ」

 気を遣って明るく振舞う感じのガディルは剣の柄を握って、「なあ」とルピナを誘う。

「暫く、一人にさせて」

「そうか、分かったよ。それじゃあ仕方ないな、俺は部屋にいるからいつでも声掛けてくれよ。ではな軍人さん」

 飄々と手を振ったガディルは、隅で控えていたルービィにも手を振って出て行った。

 陽気な王子だ、と肩を張っていたヴレイはふと力を抜いた。

 ルピナが歩き出すまで待っていようと思ったが、一人にしてほしいと言っていたので、やはりここは立ち去るべきだろうと思った。

「じゃあルピナ、俺も行くよ。これで別れだな」

 頬を掻いたヴレイは小さく咳払いしてから、手を出した。握手の誘いだ。

 視線を手に向けたルピナはふわっと顔を上げた。目が合っている時間が、妙に長く感じられた。お互い何かを言いたくて、でも言い出せない、そんなもどかしい時間が流れた。

「直ぐに出発するの?」

「直ぐにってわけじゃないけど、城下もぶらぶらしてみたいし、支部にも寄らなきゃいけないしな」

 何よりヴァジティス村にも行きたいし。にしてもルピナは握手をする気はないようで、仕方なく手を引っ込めた。

「ロマノに行くの?」

「あ、ああ、たぶんな」

「じゃあ、私も連れて行って!」

 せがむようにルピナは首を伸ばしてきた。

ルピナの顔が大接近して、ヴレイは思わず後退りした。

しかも、言ってることが、さっきとは真逆だ。気分でものを言うのも体外にしろ!

「無理だって、お前、国外外出禁止くらっただろ。俺を誘拐犯にする気か!」

 王女を誘拐したとなったら、確実に死刑確定だ。そこまで命は掛けられない。

「誘拐してよ! ヴレイと一緒なら私――」

 ハッと、口を滑らせた自分に気付いたような顔をしたルピナは、唇を噛んでそっぽを向いた。

「とにかくここから連れ出して! ロマノに行きたいの!」

「ロインが心配なのは分かるけど、それに、俺は俺で他にも行く所がある。だからルピナと一緒には行けない」

 言い返さなくなったルピナは涙袋を赤くして、何か言いたそうに唇をもごもご動かしていた。

 そんな顔、しないでほしい。ヴレイの胸の中で蠢く熱を持った靄が全身を支配する。早くここから立ち去らないと、その靄が胸の奥から溢れ出て、制御できなくなりそうだ。

「じゃあな、元気でな。また寄るからさ、縁があればロマノで会うさ、きっと」

 ぽんと軽くルピナの肩を叩いて、ヴレイは踵を返して扉へと歩いた。

「ちょっと、ヴレイ!」

 ルピナの呼びかけに、振り向きはしなかった。本当に誘拐を実行しない自信がないとは言えなかったからだ。

 重たい扉を力強く押して、ヴレイは謁見室から出て行った。

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