2.
昨晩のルピナの話からして、ロインがザイドと出会って、何かしらの方法で召喚能力を上げたに違いなかった。召喚能力を上げる手助けをする代償として、ロマノ国へ行った。
だが、何をしにロマノ国へ行ったのか。
ザイドはルベンスに、「ロマノ王がロインを必要な人材」と言った。
「それと何が関係してるんだ」
デッキで海風を受けながら、ヴレイは独り言を呟いた。
どこまでも続く碧空は清々しかった。ジルニクスの空もこれほど青かっただろうかと、ぼんやり仰いだ。手摺に上半身を折るように、体重を掛けていると。
「おわっ!」と強く背中を押されて、グッと手摺が鳩尾にめり込んだ。
「ヴッ――、少しは手加減しろよ、お前は!」
圧迫された腹を撫でながらヴレイは、背後から飛び込んできたルピナを横目で睨んだ。
「ご、ごめんって、ちょっと力が入り過ぎたみたい」
ニヒヒッとルピナは苦笑いで誤魔化そうとしていた。まぁ、いつもと変わりなく無邪気だったので、良しとした。
雲一つない空から燦々と日差しが降り注ぎ、二人の影をくっきりとデッキに縫い付けていた。ルピナの黄金色の髪がガラス繊維のように透けて見えて、一瞬目を奪われた。
「もうすぐフレイヤよ」
呟いた声色に、どことなく昨晩の言い合いを思い出した。
昨晩の話をぶり返したら、またケンカになりそうだったので、何も訊かなかった。
「港から都城までは近いのか?」
「そうね、汽車で二時間ってところかな」
水平線上に陸地が見えてきた。まだぼんやりとしか見えないが、赤土煉瓦の街並みが薄っすら浮かび上がった。
インジョリックを発って、初めて降り立った国がフレイヤだった。直通だったので、当たり前なのだが。故郷に帰ってきたようで懐かしさを覚えた。そういえば、ヴァジティス村もフレイヤ国内にあるじゃないか、と思い出した。
そうだ、ジャムナス支部はフレイヤ国内にあるセイヴァの支部で、あの晩村を脱出して、気付いた時には支部の病室だった。目を覚ました病室で初めて会った人が、ソラだった。
目覚めた日から、ソラはヴレイの保護者代わりみたいな存在になった。
そう思うと、とんでもない保護者不幸者だな、と苦笑いが浮かんだ。
ボーオと低い汽笛音でヴレイは我に返った。
船は貿易船が何十隻と停泊する港に入港した。
「うわっ」と思わず声にしたのは、荷物の積み下ろしで港があまりにも大賑わいだったからだ。
船から降りると、ルピナが先導して駅まで歩いて行った。
赤レンガの街の中に建つ駅も、もちろん赤レンガ造りだった。内装はノイゼストの駅とほぼ変わりない。二人は首都ジェムナス行の、黒塗りの汽車に乗り込んだ。
乗り込んですぐに発車したので、滑り込みだったらしい。
車内は意外と満員で、四人掛けの席にかろうじて二人分空いていた。
「ここ、いいですか」と先客に了解を得てから、ヴレイとルピナは向かい合って座った。
二時間近く、この状態かと思うとゾッとした。
だが汽車の規則正しい揺れに身を任せていると、あっという間に睡魔に襲わた。
「ヴレイ、もう直ぐ着くわよ」
とルピナに起こされた時には、先客は既にいなかった。
「ふあー、よく寝た。もうジェムナスか、早かったな」
「当たり前でしょ。あんた、ずっと寝てたんだから、しかも口開けてた」
口元を手の甲で擦った。ルピナはずっと起きていたんだろうか。
昨晩、ルピナが去った後、なかなか寝付けなかった。寝不足が祟ったのだろう。口を開けっ広げていたぐらい、許せ。
汽車がホームに滑り込んで、客の下車が始まると、二人も流れに乗って汽車を下りた。
プラットホームからそのまま室内型の市場に入った。
「あ! このブレスレット、かわいい! あ! このネックレスも!」
市場に入るなり、ルピナは黄色い声ではしゃぎ出した。次々と露店を物色し、まったく先を進もうとしなかった。
「おい、ルピナ。道草食ってないで行くぞ。後からゆっくり見に来ればいいだろ」
「後っていつよ」とブレスレットを試しながら、じろりと睨まれた。
「だからロマノに行く、時だろ――」
この話はタブーだったと気付いた時には遅かった。
一気に機嫌を損ねたルピナはブレスレットを店に返して、黙って先に進んだ。




