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WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
第八話~新王に残された選択~
36/61

5.

 ノイゼストに向かう汽車の中でヴレイは携帯端末から、セイヴァ本部へ報告書を送った。

 ソラからのメールが何通も送りつけられていた。

 どのメール内容も身を案じた内容で、時間を追うと共に、ソラの怒りが伝わってきてゾワッと寒気がした。

 ノイゼストは首都より低い建物がひしめき合っていた。ドーム型のプラットホームは規模も大きく、他線への乗り換えが充実しているようだった。

 駅は異常に混雑していた。というのも先ほどの連合軍討伐命令が出て、避難していた市民たちが一斉に戻ってくるところだった。路面電車ははち切れんばかりに定員オーバーで、幸いにも、コロッセオは駅から、歩いて行ける場所にあった。

 幅の広い石畳の大通りの先に、想像以上に巨大なコロッセオが佇んでいた。

 コロッセオの正面アーケード付近には、連合軍の兵士らしき人たちがアーケードの奥から出て来ていた。

ロインとルピナはまだ中だろうか、人の流れとは逆にヴレイは駆け込んだ。

 兵士たちを掻き分けて進んでいた時、「あ、そっか」と閃いた。

「すいません! ロインとルピナが何処にいるか知ってますか?」

 ここにいる兵士に訊ねればいいだけであった。

「ん? 何だお前は、見かけない顔だな。どこのどいつだ」

 一気に取り囲まれ、怪しい者を厳しく査定するような目付きで見下ろされた。

「え、あ、いや。二人の知り合いだ、会わせれば分かるよ。なあ、あの二人はどこにいる」

「会いたいというなら、俺たちが連れて行ってやる、従いてきな」

 ゴツい手で両腕を掴まれたヴレイは、大人しく連れられることにした。本気を出さなくとも、彼らぐらいの腕力なら容易に放り投げることもできたが、騒ぎを起こさない方が賢明だ。

 中に入ると意外と涼しいコロッセオの廊下を進むと、中庭に出た。

 花壇に囲まれた噴水が目に留まった後、見覚えのある金髪と、赤銅色の長い髪が視界に入った。

 ヴレイが声を掛ける前に、気付いた金髪の少女が振り向いた。

「やっと来たわね! あんたが来るまで待っててあげたのよ」

 胸の下で腕を組んだルピナがツンと唇を尖らせた。相変わらずの気の短さに、なんだか懐かしさを覚えた。

「ヴレイ、本当に戦艦を停めてくれるなんて、やっぱりすごいよ!」

「まぁ、そこだけは褒めてあげるわよ、ってどうして捕まってるの?」

 興奮冷めやらずといったロインはくりっとした瞳を輝かせ、ルピナが冷たく付け加えた。

「ほらね、だから知り合いだって言っただろ。離してくれ」

「そ、そのようだな。怪しい者かと思いまして、お二人のお知り合いなら。し、失礼を致しました」

 ヴレイを離した兵士たちは妙に丁寧な素振りで、ルピナとロインに会釈すると、腰を低くして立ち去って行った。

「いや、俺が戦艦を停めたんじゃないんだ、実はザイドが――」

 その先を言っていいのか迷った。ザイドがルベンスに言った「宝珠」や「世界の空」、ロマノ王がロインを必要としているとかを訊くべきかどうか。

「それが――」とまさに口を開いた時。

「ああ、ヴレイ、着いていたんですね」

 量ったように丁度いいタイミングでシリウスが現れた。

「無事で何よりです。君が来るだろうから待っていてほしいと、お二方に声を掛けておきました」

「そりゃどーも、助かったよ」

 皮肉交じりに笑みで返した。

「つい先ほどザイドから連絡が入りまして、ロマノに戻るそうです。それで、ロイン王子に折り入って頼みがあるそうで」

「あ、はい。なんでしょう」

 ピクッとロインは肩に力を入れて、聞き耳を立てた。

「私と共にロマノへ赴いてほしいそうです」

「どうして、何かわけでもあるのか」

 ヴレイは間髪入れずにシリウスに訊ねた。

 何故かシリウスは質問には答えず、視線をロインにのみ向けていた。

 おい、無視すんな! と蟀谷がイラっとした。

「分かりました。向かいましょう。ルピナ、ここまでありがとう。当主が即位した際は、また一緒にお祝いしに来よう」

 清々しく笑みを作るロインの瞳は、どこか潤んでいるように見えた。嬉し涙というより、決意した時の力みによる涙に見えた。

「そ、そうね。でもロイン、どうしてロマノへ……」

 不安を隠せないルピナは、訝しげにシリウスとロインを交互に見つめた。

「覚えてるか? 以前、俺が魔獣の大量召喚は体に負担が掛かるんじゃないかと訊いて、ロインは「問題は解決済み」と答えた。ロマノに行くことと、「何か」関係があるんじゃないか?」

せめてルピナの為にも答えてほしい。危険を承知で協力したルピナに対して、心配させない義務があるんじゃないのか? と訴えたかったが、ヴレイはグッと堪えた。

 我慢して待っていると、毅然とロインは視線を上げた。

「僕の選択は間違っていない、だから行ってくる」

「選択って何を、――っ、なんだよこんな時に」

 ポケットに突っ込んでいた携帯端末が振動した。ザイドとも連絡先を交換したので、まさかと思って操作すると。ザイドではなく、ジェムナス支部からのメールだった。

『ジェムナス支部王室護衛部隊から。ノイゼストにいるルピナ王女を至急、フレイヤ宮殿へお連れするように』と一瞬、目を疑うような内容が送られていた。

 今の今まで忘れていたが、ルピナはフレイヤ国の王族だった。だが、ルピナやロインのことまで報告書には書かなかった。

 しかもタイミングが良すぎる。ましてや、何故ルピナがノイゼストにいると把握しているのか、もっと言うと王室護衛部隊がいるなら、そっちでやれよとツッコみたい。

「どうかしましたか?」

「それが、ジェムナス支部からで、ルピナを急いでフレイヤ宮殿へ連れて来いって」

「ちょっと! 何よそれ! ジェムナス支部って私の国の護衛機関のよね? どうしてあんたが、どういうこと……?」

 言葉を止めたルピナはヴレイを三秒ほど見つめてから、ハッと気付いた顔をした。

「あんたまさか、護衛機関の人間だったの? 私のこと知らないフリして、ずっと見張ってたのね!」

 とんでもない誤解だ。

 今のルピナは、まさに崖に突き落とされようとしている姫のように、愕然とした目付きをしていた。

「違う! ルピナの事は知らなかった、シルバーム行の船でルピナに出会ったのは偶々だ。第一、俺がこっちに渡ってきたのは別に理由がある!」

 ルピナの失望感を目の当たりにして、咄嗟に要らぬ内容まで口から出た。シリウスにチラッと視線を向けると、呆れた様子で首を小さく横に振っていた。

「と、とにかく、お前のことは知らなかった、身分を隠してたのは悪かったけど、騙すつもりは毛頭ない。ルピナ、信じてくれ!」

 何故か必死に誤解を解こうとする自分がいた。

 あまりのヴレイの必死さに、ルピナは身を退いて眇めた。

「分かったから、怒鳴らないで」

 仕方なくといった感じで、納得してくれた。

「では、参りましょうか」とシリウスはロインを促すように、肩に軽く触れた。

「うん」と頷くだけのロインはチラッとだけ二人を見て、シリウスと歩いて行った。

 残されたヴレイとルピナは、静けさを取り戻していくコロッセオに佇んでいた。

「じゃあ俺たちも行くか」

 沈黙するルピナを見遣った。彼女は「うん」と一人ぼっちにされた子供みたいに、唇を尖らせていた。短気かと思えば、あどけない顔を見せるので厄介だ。

 いつの間にか陽はかなり西へ傾いていた。昼飯も取れず、慌ただしい一日だったとふと思い返した。腹の虫が、何か食べ物をくれと鳴く。

「とりあえず、フレイヤに向かいながら、何か食べるか。腹減ったぁ」

 腹が空き過ぎて、胃が気持ち悪くなってくる。

出口に向かって歩いていると、「ねぇ」と唐突に呼ばれた。

「なんだ」と歩きながら、チラッと斜め後ろを見た。

「あんたの言ったことが本当だとして、どうして私がノイゼストにいるって、支部は知っていたわけ? あんたが告げ口しなければ、支部は知らなかったはずでしょ」

 まだ少し疑っている様子で、険しい視線を向けてきた。そりゃそうだ。

「それは俺も気になっていたが、心当たりがある」

 ルピナの身分を知っていて、ジェムナス支部に連絡できる人物は一人しかいない。

「シリウス、かもしれない」

「シリウスって、どうして彼が。あの人はシルバームの新王軍の人でしょ?」

 まるで食って掛かってくる勢いだ。ここまで言ってしまったら、もう隠す必要はない。

「実は、ジェムナス支部の諜報員だ。今はシルバームの諜報員として潜入している。だからジェムナス支部にお前の事を連絡できたのはシリウスだ。俺も、シルバームに着いてから教えられた」

 コロッセオの外に出ると、湿った石畳の大通りに西日が反射していた。

「じゃあ二人とも、シルバーム行の船に乗っていたのは、本当に偶々だったのね。旅を許可されたのに、見張られているのかと思ったわ」

 ほおっとルピナは肩を撫で下ろした。

 やっと納得してくれたようで、ヴレイも肩を撫で下ろす。

「まぁ、どんな理由でシリウスが支部に連絡したのかは分からないけどな。見るに見かねたんじゃないか、お前のじゃじゃ馬っぷりに」

 思わずフフンと鼻から笑いが込み上がった。

「ちょっと! 何で笑ってるのよ! しかもバカにしてるでしょ!」

 ドスドスドとルピナがヴレイの肩を叩いてきた。意外と力強いので真面目に痛みを感じた。

「痛いって、やめろよ。バカにしてないって」

 王女のくせにお子様っぽく見えるぞ、とは口を避けても言えない。

こんなくだらないやり取りをしたのは久しぶりな気がした。ノアともよくくだらないじゃれ合いをしていたが、その時はヴレイがルピナのようにキャンキャン吠えていた気がする。

「悪かった、もう子ども扱いしないよ。気持ちはよく分かる」

 ぽんとルピナの頭に手を乗せて、わしわし撫でた。

「それが子ども扱いって言うんでしょ!」

 ヴレイの手を払い除けたルピナは緋色の鞘を腰に下げ、ブーツの踵を響かせながら、さっさと歩いて行った。ブツブツまだ何か文句を撒き散らしていた。

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