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WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
第八話~新王に残された選択~
34/61

3.

 正面がガラス張りのコックピットは、三段構えのブリッジが備わっていた。やはりデザインもインジョリック風だ。オペレーターたちも機敏に作業している光景に、おおーと意外にもヴレイは感心した。

 ゆっくり眺めている場合ではない。すでに戦艦は首都の上空を飛行していた。

「ノイゼストの民間人の避難は八割以上完了しています」

「執政官、前方から連合軍の飛獣部隊と思われる軍勢が迫っています。迎撃の照準内に入っています」

 ヴレイはブリッジの外から眺めていた。ルベンスはブリッジを背に我が物顔で仁王立ちしている。席を用意しておくと言っておきながら、結局、デスクに就かせる気はさらさらないといった感じだ。

ま、ヴレイも端から期待していたわけではないが。

「ジルニクスの軍人よ。レポートを提出するには丁度良い立ち見席だろ」

「はい、とんでもなく良い席です。気遣い有り難うございます、執政官」

 心の中ではチッと舌打ちをしながら、ヴレイは嫌味たっぷりに笑みを作った。

 ゴツッと肩を突かれたので振り向くと、腕を組んだザイドが立っていた。

「バカだな、どうせ策なんて、なかったんだろ」

 クククッと見下すような笑い方をされて、ヴレイは「なんだと」と睨み返した。

 なんだか、こんなやり取りが懐かしくて、ザイドを睨んだ後に、ニヤけそうになった。

「俺に策がある。まぁ、戦艦に乗り込めただけでも褒めてやるよ、まぁ、見てなって」

 飄々としているザイドはヴレイの背後から出て、ルベンスの背後へと歩み寄った。

 ルベンスの傍に就いていた護衛官が、鋭く警戒した。

 そんじゃあ、俺も行きますか、とヴレイも一歩を踏み出した。

「引っ込んでいたいのは山々だだけど、正しい戦艦の扱い方を知らないらしいから、注意してやろうと思って」

 大した策もなかったが、何もやらずしてザイドに格好付けさせるのは癪だった。

 このバカ! とでも言いたそうな顔でザイドが振り返った。

「なんだ軍人。大人しく見ていられないのか、それとも首輪と綱が必要だったか」

 完全に人を見下すルベンスの口調に、ヴレイの眉端でピキッと何かが切れた音がした。

 ここはキレずに落ち着け、と言い聞かせた。

「デスクを見たいだけだ」

 ブリッジに侵入し、オペレーターの首根っこを掴んでデスクから無理矢理退かした。

代わりにヴレイが腰を下ろし、「えーっと」と呟きながら手探りでキーボーを叩いた。

「お前、何を!」

「グローリアス生まれの戦艦に興味があったのでぇー」ジロリ!

 怒鳴ってきたオペレーターに、ヴレイは視線だけで「黙ってろ」と威圧した。

「まずは艦内システムの状況把握っと。――は? まさか、――これで空に飛ばすなんて、この船は未完成だぞ!」

 ここでざわめきが起きてもいいはずが、誰もが口を閉ざしていた。知っていて黙っている状況は明白だ。見回していると、苦渋を堪えきれなかった一人がやっと口を開いた。

「まだすべてのダグシステムが構築されていないんです」

 近くにいたオペレーターが脂汗を浮かべながら答えてくれた。

「そうだろうな、ダグのバックアップが働いているものの、飛行システムと、中途半端に砲撃システムが組まれてるだけで、防御は何もない。グローリアス大陸だからって、落とされないとでも思ってんのか? まったくイライラさせられる」

 最後の一言は小声で呟いた。

「だからなんだ、今は必要ない! これより連合軍を討伐する、迎撃準備開始。合図と共に攻撃を開始せよ」

「執政官、傭兵部隊に後退を命じないのですか、迎撃に巻き込まれる可能性が……」

 オペレーターがお怒り覚悟で、意見してみたような緊張ぶりだった。

「構わん。逆に傭兵部隊が後退すれば、連合軍が異変に察知する。このまま攻撃しろ!」

 ルベンスの口調が徐々に苛立ちを帯びてきた。

 誰もこれ以上反論できる者がいないと思われた時、「執政官」とザイドが凛と声を発した。

「報告が遅くなりましたが、連合軍にはロイン王子が参戦してます」

「ベフェナの王子が、それがどうした。反乱軍に交じってケガをされたとしても、私の責任ではない」

 ちなみにフレイヤの王女もいるんだけど、とヴレイは出掛った言葉を仕方なく噛み止めた。

「はいよ、席返す」とヴレイは持ち主に席を明け渡した。

「ですが彼には召喚能力があり、連合軍に飛獣部隊を与えたのはロイン王子です。「宝珠」を持ってます、だからあれだけの軍勢を作れたのです。つまり「世界の空」のために、ロマノ王が必要としている人材です」

 突然、ザイドの口から聞いたこともない単語が出てきた。

「ロ、ロマノ王が……。ザイド――貴様、知っていて黙っていたな、ベフェナの王子がいたことを。図ったなザイド!」

 冷静を装っていたルベンスがついに本性を現した。頭に血が上ったらしく、首や目尻に血管が浮いていた。

「いえ、忠告です。決起した国民を戦艦で撃ち落とすリーダーに、ロマノ王は友好関係を許すでしょうか、それに他国がああして介入してくるほど、シルバームは荒廃していると、思われても仕方ありませんよ」

 ザイドの最もな意見に、オペレーターたちも作業を止めて聞き入っていた。

 ルベンスがロインに手を出せない、とザイドが言った理由(わけ)はこれか、と納得できた。

「私に刃向かうつもりか! 私が新王なのだ! どうせもう、ロマノ王は私を対等に見ることはない! こうなったのも貴様らのせいだ! 命令を断れば、この場で全員射殺するっ」

 ルベンスが腰の銃を抜いたと同時に、護衛官とヴレイとザイドも銃を抜いた。

 一色触発の状態で、空気が止まったように感じられた。

何かに追い詰められたように血走る碧眼を、飛び出さんばかりに広げるルベンスは、額に脂汗を滲ませていた。

「傭兵部隊は仮にも私の部隊です。私の許可もなしに、捨て駒にする気はありません」

「ザイドぉ、何をほざく、ロマノ王直属の派遣兵の分際で、私に指図するな!」

 銃を構えるルベンスの手は震え、正気なのかも危うく感じられた。

「ルベンス執政官、銃を下ろしてください」

 毅然と命じたのは護衛官だった。

 護衛官が諌めた効果は大きかったようで、ルベンスは一瞬、腕の力を抜いた。その隙を見て、ヴレイは銃だけを弾き飛ばした。

 手から銃が弾き飛んだ光景に、あっ気に取られていたルベンスは力なく両手を下した。

「執政官、戦艦はどうしますか」

 ぽつりとオペレーターが訊ねると、「ドックへ戻せ」とルベンスは陰鬱に答えた。

「では傭兵部隊を撤収させます」

 銃を収めたザイドが踵を返すと、「ザイド」とルベンスが呼び止めた。

「戦艦の造船に協力しながらも、裏では私を脅し入れようとネタ集めでもしていたのか」

 噛みしめた歯の隙間から唸り声でも出しそうなルベンスの形相に、誰もが生唾を呑み込んだ。

「いえ、取り返しのつかない「事故」が起きないように防いだまでです」

 さらっと答えると、ザイドはヴレイと目を合わせることなく、横を通り過ぎていった。

 呼び止めようとしたが、急に知らない人に見えて、ヴレイはザイドの後姿を見送ることしかできなかった。

 ふと何の役にも立っていない事実に気付いたヴレイは、虚しさと共に置いていかれた。

 そんな時、「あの」とオペレーターから声を掛けられた。

 席をヴレイに横取りされてしまった、さっきの彼だ。

「自動攻撃装置も用意されていました、ですが万が一の場合を備えて、我々は解除手順の訓練も行っていました」

 ってことは、確信をもってヴレイは用無しだったと分かり、更に虚しくなった。

「ですが、貴方が最初に執政官を動揺させていなかったら、装置が使われていたでしょう」

 横取りされたのに、フォローをしてくれるとは、親切な奴め。

「いや、俺がいなくても、ザイドが艦を停めていた」

「そうだと思います、ですが、あなたのいう通り、外から攻撃されれば落ちるだけです。技術者として一番愚かな過ちをしていたことに気付きました。感謝します」

 感謝された。それこそ奇跡だと思った。それともただのゴマすりか。

 どちらにせよ、セイヴァにいて良かったと、久しぶりにそう思えた瞬間だった。

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