3.
正面がガラス張りのコックピットは、三段構えのブリッジが備わっていた。やはりデザインもインジョリック風だ。オペレーターたちも機敏に作業している光景に、おおーと意外にもヴレイは感心した。
ゆっくり眺めている場合ではない。すでに戦艦は首都の上空を飛行していた。
「ノイゼストの民間人の避難は八割以上完了しています」
「執政官、前方から連合軍の飛獣部隊と思われる軍勢が迫っています。迎撃の照準内に入っています」
ヴレイはブリッジの外から眺めていた。ルベンスはブリッジを背に我が物顔で仁王立ちしている。席を用意しておくと言っておきながら、結局、デスクに就かせる気はさらさらないといった感じだ。
ま、ヴレイも端から期待していたわけではないが。
「ジルニクスの軍人よ。レポートを提出するには丁度良い立ち見席だろ」
「はい、とんでもなく良い席です。気遣い有り難うございます、執政官」
心の中ではチッと舌打ちをしながら、ヴレイは嫌味たっぷりに笑みを作った。
ゴツッと肩を突かれたので振り向くと、腕を組んだザイドが立っていた。
「バカだな、どうせ策なんて、なかったんだろ」
クククッと見下すような笑い方をされて、ヴレイは「なんだと」と睨み返した。
なんだか、こんなやり取りが懐かしくて、ザイドを睨んだ後に、ニヤけそうになった。
「俺に策がある。まぁ、戦艦に乗り込めただけでも褒めてやるよ、まぁ、見てなって」
飄々としているザイドはヴレイの背後から出て、ルベンスの背後へと歩み寄った。
ルベンスの傍に就いていた護衛官が、鋭く警戒した。
そんじゃあ、俺も行きますか、とヴレイも一歩を踏み出した。
「引っ込んでいたいのは山々だだけど、正しい戦艦の扱い方を知らないらしいから、注意してやろうと思って」
大した策もなかったが、何もやらずしてザイドに格好付けさせるのは癪だった。
このバカ! とでも言いたそうな顔でザイドが振り返った。
「なんだ軍人。大人しく見ていられないのか、それとも首輪と綱が必要だったか」
完全に人を見下すルベンスの口調に、ヴレイの眉端でピキッと何かが切れた音がした。
ここはキレずに落ち着け、と言い聞かせた。
「デスクを見たいだけだ」
ブリッジに侵入し、オペレーターの首根っこを掴んでデスクから無理矢理退かした。
代わりにヴレイが腰を下ろし、「えーっと」と呟きながら手探りでキーボーを叩いた。
「お前、何を!」
「グローリアス生まれの戦艦に興味があったのでぇー」ジロリ!
怒鳴ってきたオペレーターに、ヴレイは視線だけで「黙ってろ」と威圧した。
「まずは艦内システムの状況把握っと。――は? まさか、――これで空に飛ばすなんて、この船は未完成だぞ!」
ここでざわめきが起きてもいいはずが、誰もが口を閉ざしていた。知っていて黙っている状況は明白だ。見回していると、苦渋を堪えきれなかった一人がやっと口を開いた。
「まだすべてのダグシステムが構築されていないんです」
近くにいたオペレーターが脂汗を浮かべながら答えてくれた。
「そうだろうな、ダグのバックアップが働いているものの、飛行システムと、中途半端に砲撃システムが組まれてるだけで、防御は何もない。グローリアス大陸だからって、落とされないとでも思ってんのか? まったくイライラさせられる」
最後の一言は小声で呟いた。
「だからなんだ、今は必要ない! これより連合軍を討伐する、迎撃準備開始。合図と共に攻撃を開始せよ」
「執政官、傭兵部隊に後退を命じないのですか、迎撃に巻き込まれる可能性が……」
オペレーターがお怒り覚悟で、意見してみたような緊張ぶりだった。
「構わん。逆に傭兵部隊が後退すれば、連合軍が異変に察知する。このまま攻撃しろ!」
ルベンスの口調が徐々に苛立ちを帯びてきた。
誰もこれ以上反論できる者がいないと思われた時、「執政官」とザイドが凛と声を発した。
「報告が遅くなりましたが、連合軍にはロイン王子が参戦してます」
「ベフェナの王子が、それがどうした。反乱軍に交じってケガをされたとしても、私の責任ではない」
ちなみにフレイヤの王女もいるんだけど、とヴレイは出掛った言葉を仕方なく噛み止めた。
「はいよ、席返す」とヴレイは持ち主に席を明け渡した。
「ですが彼には召喚能力があり、連合軍に飛獣部隊を与えたのはロイン王子です。「宝珠」を持ってます、だからあれだけの軍勢を作れたのです。つまり「世界の空」のために、ロマノ王が必要としている人材です」
突然、ザイドの口から聞いたこともない単語が出てきた。
「ロ、ロマノ王が……。ザイド――貴様、知っていて黙っていたな、ベフェナの王子がいたことを。図ったなザイド!」
冷静を装っていたルベンスがついに本性を現した。頭に血が上ったらしく、首や目尻に血管が浮いていた。
「いえ、忠告です。決起した国民を戦艦で撃ち落とすリーダーに、ロマノ王は友好関係を許すでしょうか、それに他国がああして介入してくるほど、シルバームは荒廃していると、思われても仕方ありませんよ」
ザイドの最もな意見に、オペレーターたちも作業を止めて聞き入っていた。
ルベンスがロインに手を出せない、とザイドが言った理由はこれか、と納得できた。
「私に刃向かうつもりか! 私が新王なのだ! どうせもう、ロマノ王は私を対等に見ることはない! こうなったのも貴様らのせいだ! 命令を断れば、この場で全員射殺するっ」
ルベンスが腰の銃を抜いたと同時に、護衛官とヴレイとザイドも銃を抜いた。
一色触発の状態で、空気が止まったように感じられた。
何かに追い詰められたように血走る碧眼を、飛び出さんばかりに広げるルベンスは、額に脂汗を滲ませていた。
「傭兵部隊は仮にも私の部隊です。私の許可もなしに、捨て駒にする気はありません」
「ザイドぉ、何をほざく、ロマノ王直属の派遣兵の分際で、私に指図するな!」
銃を構えるルベンスの手は震え、正気なのかも危うく感じられた。
「ルベンス執政官、銃を下ろしてください」
毅然と命じたのは護衛官だった。
護衛官が諌めた効果は大きかったようで、ルベンスは一瞬、腕の力を抜いた。その隙を見て、ヴレイは銃だけを弾き飛ばした。
手から銃が弾き飛んだ光景に、あっ気に取られていたルベンスは力なく両手を下した。
「執政官、戦艦はどうしますか」
ぽつりとオペレーターが訊ねると、「ドックへ戻せ」とルベンスは陰鬱に答えた。
「では傭兵部隊を撤収させます」
銃を収めたザイドが踵を返すと、「ザイド」とルベンスが呼び止めた。
「戦艦の造船に協力しながらも、裏では私を脅し入れようとネタ集めでもしていたのか」
噛みしめた歯の隙間から唸り声でも出しそうなルベンスの形相に、誰もが生唾を呑み込んだ。
「いえ、取り返しのつかない「事故」が起きないように防いだまでです」
さらっと答えると、ザイドはヴレイと目を合わせることなく、横を通り過ぎていった。
呼び止めようとしたが、急に知らない人に見えて、ヴレイはザイドの後姿を見送ることしかできなかった。
ふと何の役にも立っていない事実に気付いたヴレイは、虚しさと共に置いていかれた。
そんな時、「あの」とオペレーターから声を掛けられた。
席をヴレイに横取りされてしまった、さっきの彼だ。
「自動攻撃装置も用意されていました、ですが万が一の場合を備えて、我々は解除手順の訓練も行っていました」
ってことは、確信をもってヴレイは用無しだったと分かり、更に虚しくなった。
「ですが、貴方が最初に執政官を動揺させていなかったら、装置が使われていたでしょう」
横取りされたのに、フォローをしてくれるとは、親切な奴め。
「いや、俺がいなくても、ザイドが艦を停めていた」
「そうだと思います、ですが、あなたのいう通り、外から攻撃されれば落ちるだけです。技術者として一番愚かな過ちをしていたことに気付きました。感謝します」
感謝された。それこそ奇跡だと思った。それともただのゴマすりか。
どちらにせよ、セイヴァにいて良かったと、久しぶりにそう思えた瞬間だった。




