2.
三日後、ロインは五百体近い数の魔獣を召喚し、連合軍を飛獣部隊へと変えた。
コロッセオには連合兵と魔獣が入り乱れ、かなり密集した状態になった。
ロインの命令によって魔獣は人を攻撃せず、寧ろ従順だが、人の方が臆病になっている。
将校に囲まれているロインにルピナは「ねえ、ちょっと」と声を掛けて、引っ張り出した。
「結局、ヴレイは来なかったわね」
「そうだね。でもきっと、何か策があるんだよ」
巨大な嘴がロインの頬を摩ると、その巨大な鳥は姿勢を低くした。ロインはよしよしと撫でると、慣れた感じで鳥の肩辺りに跨った。
「あいつ、本当に私たちの味方なの? 上手く利用されただけなんじゃないの?」
ヴレイの実態が見えなくて、苛立ちを積もらせるルピナは自分自身にも腹が立つ。
すると頭の上で、クスッと鼻で笑われた音がした。
「ルピナって、本当に分かりやすいね」
「ちょっ、どういう意味よ!」
ロインとはいえ、年下に鼻で笑われた羞恥は半端ではない。
「ヴレイは大丈夫だよ。それに利用したという点では、お互い様だよ。表立った協力じゃないけど、僕たちが有利になるように運んでくれてるよ」
言い返せないぐらいのロインの自信に、ルピナは頷くしかなかった。
ロインが手を伸ばし、鳥の背に登るのを手伝ってくれた。
将校が「攻め撃つぞぉ!」と雄叫びを上げると、コロッセオに集結していた連合兵たちも、空が割れんばかりの歓声を轟かせた。
ロインとルピナを乗せた鳥は立ち上がり、翼を広げて大きく羽ばたいた。
飛び上がる時はしがみ付いていなくては、振り落とされるかと思ったが、飛行が安定してしまえば、案外、姿勢を起こしても平気だ。ロインと将校たちを筆頭に、連合兵を乗せた魔獣が次々と飛び上がった。
晴天に恵まれ、昇りきった太陽の日差しで、景色が眩しかった。
街を眼下に見下ろせる高度になると、風が冷たく、少し寒さを感じた。
「ロイン、寒くない? 大丈夫?」
ルピナは自分の後ろで跨っているロインが心配になった。十三歳の男子にしては、華奢で体も兵士のように鍛えているわけではないので、つい心配性になる。
「大丈夫だよ。シルバーム城が見えて来たね、まだ小さいけど。さすがグローリアスで指折りの巨大城だね」
ロインが指を差した先には、小高い丘に広大な敷地面積を誇る、シルバーム城の一部が見えた。王軍施設も兼ね備えているので、もはや要塞だ。
「あんまり好きじゃないわ、ああいう、堅物そうな城」
魅力的な要素が何一つ感じられない。城には華やかさがあるべきよ!
「確かに、シルバーム城はルピナの好みじゃないよね」
背中の後ろでロインは紳士的に苦笑いを浮かべた。
「ついに戦艦が起動されるのよね、――ちょっと、ロイン見て! 新王軍の飛行部隊かしら、鳥の群れに見える影って、飛獣じゃない?」
戦艦よりも先に、黒い雲の塊みたいな群れが、飛獣に跨った新王軍だと認識した。
「新王軍の飛獣部隊だぁ! 全員、攻撃に備えろ!」
隣で飛行していた将校が、後方で飛行している連合兵たちに呼びかけた。
「ルピナ王女とロイン王子は、後方へ下がってください」
「いえ、僕たちも相手の出方が分かるまで、ギリギリまでここにいます」
「私がロインを守ります!」
ルピナはロインを横目で見ながら、視線で頷いた。
「護衛を就けました。それでも決して無理はなさらずに」
ヘルメットの陰になっている将校の双眸は、二人を案じて不安そうだが、険を含んで殺気立ってもいた。
「有り難うございます。それよりも、当主を守ってください。屋敷にいるように言ったのに、勝手に従いて来てしまわれて」
憮然に眉根を寄せるロインに、将校も参ったといった感じで軽く笑った。
朗らかに笑っていられるのもここまでか、新王の飛獣部隊は徐々に距離を詰めてきた。
部隊の後方に、中に浮かぶ鋼鉄の船を見つけて、連合兵たちは波紋のようにざわめき出した。
話を聞くのと、実際に目の当たりにするのとでは、これほどまでに雲泥の差があるものだろうか、とルピナは否な汗を掌に滲ませた。
上空の乾いた風にさらされたせいか、唇が乾燥していた。剣の柄に触れて、しっかり腰に差してあることを確認する。
「ルピナ、無理だけはしないで」
「大丈夫、私の剣術を披露してあげるわ!」
己を叱咤するように、ルピナは闘志を瞳に宿して、前方を睨み付けた。




