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WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
第七話~懐かしさの面影~
31/61

4.

 倒れたヴレイを医務室まで運び込んだシリウスとザイドは、交互に見舞いに訪れた。

 命に別状はなく、半日も寝ていれば目を覚ますだろうと診断された。

 コンコンとドアがノックされて、「はい」とシリウスは返事をした。

「どうだ、様子は。起きそうか?」

 病室に入りながらザイドが訊ねてきた。

「いえ、まだ。三十分前も同じこと訊きに来ましたよ。私が看てますから、ヴレイが目覚めたらお伝えしますよ」

 ザイドの心配性ぶりに、シリウスもさすがに呆れ眼を隠せなかった。

「あ――ああ、そんなこと分かってる。何回見舞いに来てもいいだろ、俺の勝手だ」

 ベッドで小さく寝息を立てて眠っているヴレイを、見下ろすザイドの眉間には軽く皺が寄っていた。まるで危篤の恋人でも見舞っているかのような様だ。

「何故そこまで心配されるんです、さっきの話の内容からして、ヴレイとはお知り合いだそうですけど。それにあの様子からしてヴレイの記憶は一部、欠落しているようです」

 話して良いか分からなかったが、私見的な推測なので、いいだろうと判断した。

「私が思うに、心的外傷を受けて、当時の記憶を失くしたんじゃないでしょうか」

 病室の窓から、曇りかけの日差しが入る。

 髪を結ったまま眠るのは苦痛だろうと思い、シリウスが解いたヴレイの黒髪は、女の髪に負けず劣らず艶めいていた。なんともまあ、と憮然に笑うしかない。

 意外と睫毛が長い。白い頬を縁取る黒髪に、十八にしては幼さ残る寝顔を眺めていると、男の見舞いに来ている現状を忘れそうになる。

「俺たちは同じ村に住んでた。俺には一人兄がいるが、ヴレイも兄弟同然だった。生意気だけど泣き虫で、俺の後をずっと追い駆けてた。可愛い俺の弟だった。でも俺はあの晩、運命っていう悪魔を見た」

 出だしは穏やかだったザイドの口調は、途中から心底重暗くなった。

 おそらくザイドの視界には、過去に起きた出来事が映っているのだろう。

「本当は再会なんてしたくなかった、しちゃいけなかった。だから俺はこいつを探さなかったし、再会しないように注意を払ってたはずなのに、二度も再会した」

 大の大人が今にも泣き出しそうな顔を見せた。

 シリウスは他人の事情に首はツッコむまいとしたが、やはり気になって訊ねた。

「二人の話の中に「アゲハ」と言葉が出てきましたが、匪賊集団の「アゲハ」ですか」

 丸椅子に腰かけていたシリウスは、スッとザイドに視線を上げた。

 口を滑らせた出来事でも思い出したかのように、ザイドは気まずそうに下唇を噛んだ。

「ああ、そうだ。数年だが「アゲハ」にいた。村を出た俺が先に入団した。一年後ぐらいに団長がこいつを連れてきた。ヴレイは、セイヴァに務めている親父さんに引き取られたって聞いてた、だからまた会えるなんて夢にも思ってなかった」

 窓際に回ったザイドは、遠い眼差しでヴレイを見下ろした。

「その時に、ヴレイが君のことを忘れていると、気付かなかったんですか?」

「気付かなかったも何も、一切口を開こうとしなかった。俺がしつこく付きまとって、半年ぐらいたって、やっと話すようになった。再会とか喜んでる場合じゃなかった。言っとくが、こいつは「アゲハ」で仕事(・・)はしてねーからな」

 ザイドの体の横に張り付いている拳に、グッと力が込められていた。

「君が「アゲハ」に所属していたからと、どうこう言うつもりはありません、ただ仕事で「アゲハ」を追ったことがあるんです。彼らが闇ルートで戦艦パーツを仕入れ、密輸しているという情報を掴んだので」

 逆光のザイドの反応を伺うため、チラッと一瞥した。

 かなり詳しい内容まで話したが、ザイドに話したところで障害が生まれるとは思わない。

 何故かザイドには国に仕えているという忠誠心が伺えない、寧ろ国に仕えることを、手段として使っているようにも見えた。そこがまた憎たらしく、食えない男だ。

「それで、あんたもルベンスの懐に潜入したのか? ヴレイとあんた、同じ組織の人間だろ。ただの直観だ。見知った者同士って感じじゃないが、事情は把握してるって感じだったからな、あんたら」

 腕を組んだザイドは、フンと鼻から息を吐き出した。つまらん正体を知った、といった感じの口調だった。どうでもいいように鼻で笑われた気がして、ちょっとムッとした。

「良い勘をお持ちですね。じゃあ今度は君の正体ですが、ロマノ国から派兵された理由は、シルバームと「アゲハ」のパイプ役となり、艦のパーツを仕入れるため。寧ろ、今でも「アゲハ」に所属しているんじゃないんですか?」

 ついムキになってしまった。

 病室内が静まり返った。細く開けた窓から、ふわりと生暖かい風が吹き込んだ。

 その時、ピクッとザイドの口元が緩むと、ちらっと白い歯が覗いた。

「ああ、そうだ。だがな、重要なのはそこじゃねえ、問題は「アゲハ」が何処からパーツを入手してるかってことだろ。「アゲハ」がパーツを売買するようになったのは、「アゲハ」にいたヴレイの元に、セイヴァ(・・・・)から迎えが来た以降だ。ってことは何処からだと思う?」

 ザイドは日差しを背に、挑戦的に笑んだ。

 さっさと気づけよと言わんばかりの嫌味を含んだ口調に、シリウスはまたしても苛っと眉間に皺を刻んだ。

「まさか――、でも何故です。根拠は」

「ま、俺の勘だけどな、何の証拠もないが。こいつの前では言えねえって事だ。俺はロマノと「アゲハ」のパイプ役でしかない」

 憮然と口端を上げたザイドは懐かしげにヴレイを見下ろしていた。二人の過去を探る気はないが、彼らに関われば面倒な事態に巻き込まれると、警告音が脳裏に響く。

 すでに自分が所属している組織の頭が関わっているかもしれないのだから、半分は巻き込まれているのと同じだ。

 やれやれ、首をツッコむほど余裕があるわけでもないんだけど。

「君は何故、ロマノに加担しているんですか。ロマノ王に忠誠心を払っている、フリをしているように見受けられるのは、私の思い違いですか?」

「じゃああんたはどうしてセイヴァに所属してる? って訊かれてるのと同じなんだけど、まぁ、親切に答えてやるとするなら、俺の「願い」のため」

 願い? と鸚鵡返しをしそうになった時、ハッとザイドが窓枠から腰を浮かせた。

「ヴレイ! お、おい、ヴレイ?」とザイドがベッドに駆け寄った。

 名前に反応するように、ピクピク瞼が動いてから、ヴレイは目を覚ました。

 布団の下から出した手でヴレイは目を擦った。袖の下から、金のブレスレットが覗いた。

『妖源力』者としての証がブレスレットだ。ヴレイの証は、シリウスが身に付けている通常ブレスレットと形は異なる。

 通常は三連または四連リングだが、それ以外の形は通常能力ではない証、つまり、能力に『異』ありという証拠だ。

 だからセイヴァ本部で乗っている機体は、ヴレイしか乗れない、のか。

「グーすか寝やがって、今は俺のこと分かるだろうな?」

 ドスッとザイドは遠慮なくベッドの端に腰掛けた。

 眩しそうに目を細めるヴレイはチラッとザイドに視線を向けた。

「ああ、分かる。俺は、確か、倒れた?」

「倒れたお前を担いで、医務室に運んだんだぜ。感謝しろよ」

 ザイドの口調が打って変わって軽やかだ。

 人が変わってないか? と思わせるぐらい、ヴレイの前では弟を溺愛する兄だ。統括長室に連れて来た時は、赤の他人を装っていたくせに。

「ありがとう。悪かったな、俺、ザイドとリウドと暮らしてた記憶、無くし――」

「あれか、まぁ気にすんな、そういうことは無理に思い出さないほうがいい」

 苦笑いを隠した笑みを作るザイドは、目に掛かっていたヴレイの前髪を、さらっと指でどかした。ガラス細工にでも触れるかのようなザイドの仕草に、危うささえ感じた。

 ヴレイと再会したことで、嬉しい反面、精神的に参っているのでないか、考え過ぎならいいが。

「村は、ヴァジティス村は今、どうなってる?」

「ちゃんと復興してるぜ、リウドも村にいて、祭司やってる。つっても大学で考古学教授しながらだから、街と村を行ったり来たりらしいがな」

「そうか、今度寄ってみる」

 ヴレイの笑みに、ザイドは複雑そうに笑んで「ああ」とだけ返事をした。

「んじゃ、俺は仕事に戻るぜ。ヴレイ、何かあったら直ぐに呼べ」

「なんだよ親切ぶって、気持ち悪いなぁ」

「いいから、言うこと聞け! クソガキ!」

 最後は乱暴に吐き付けて、ザイドは病室からさっさと出ていった。

 あっ気にとられたヴレイは「何なんだよ」と漏らすしかなさそうだった。

「シリウス。ロインとルピナに、戦艦に乗り込めたと伝えてほしい、お前たちは無暗に前線に出るなって、伝えてくれるか」

 こっちはこっちで、出会ったばかりの赤の他人の心配か、とシリウスはもう眉を撫で下ろして、「はい」と素直に返した。

「ですが、直接会うのは難しいでしょう。新王側が厳重に連合軍を見張っていますし、それは向こうも同じです。ですから『妖源力』を使います」

「シリウスも持ってたのか!」

 余程意外だったのか、ヴレイは上半身を軽く起こした。

「君とは使い方は違いますが」

 袖をめくり、四連リングのブレスレットに覆われた手首を、胸の中心にくっ付ける。

 意識をブレスレットが触れている部分に集中させる。

 すると細かな粒子のようなものが湧き出て、風に乗って病室の隅に溜まると、馬に似た動物を形作った。

「行け!」と一声掛けると、馬は鱗粉を漂わせながら、壁を突き抜けて建物の外へと駆けていった。

「あれが伝言してくれます。攻撃力は低いですが、私では行けない場所を探らせたり、あるいは盗聴、透視ができます。ですが姿を消すほうに、労力を使いますので、使用時間は短いです」

「すげぇー。だから諜報員なのか」

 上半身を起こしたままのヴレイは、目をぱちくり瞬きさせていた。

「生まれ持った特性のようなものですよ。でも私は君の破壊力の方が珍種だと思いますけどね」

「いや、俺の能力なんて、いいもんじゃない」とヴレイは酷く苦笑いして、ドサッとベッドに体を預けた。

 どこか悄然とするヴレイの横顔を見て、ふとザイドの『願い』を思い出した。

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