2.
また随分歩くなと思った頃に、頑固な装飾が施された扉の前に案内された。来る途中に様々な扉を見たが、目の前の扉だけは明らかに核が違う。
「ルベンス執政官、傭兵総括長、参上致しました」
眼前の扉に唖然としている間に、ザイドは片方の扉を押した。先に部屋の中に入るように促され、部屋の中へ足を運んだ。
当然のように設計された吹き抜けの天井は鋭角に伸びている、一面ガラス張りの窓の向こうには、紺碧の空が広がっていた。
だだっ広い部屋の中央には、両腕では収まりきれない机が置かれていた。
弾力のありそうな革製の椅子には、偉そうに構えた男が腰をかけていた。
「まさか、護衛獣を倒した者が、こんな小僧だったとは」
鼻で笑ったルベンスはスッと椅子から立ち上がると、机の前に姿を現した。
悪かったなチビで、とヴレイは心底睨み付けた。
シリウスより長身だが、まだザイドの方が高い。三十後半だろう容姿は育ちの良さそうな顔立ちに、掘りの深いくぼみには、上っ面な紳士さを被せた碧眼がほくそ笑んでいた。
色素の薄い茶色い髪はオールバックで固められ、身を包む黒曜石のような軍服と、肩に掛けられた黒豹マントが良く似合っている。
「この者の身分証です」
ザイドは手に持っていたヴレイの身分証を渡す。さっき従者に渡したメモには、自分のことが書かれていたのかと納得した。
「私はシルバームの執政官ルベンスだ、君がヴレイか」
執政官を目の前にしてヴレイは悔しくも、萎縮した。それなりに威厳は備わっているようだ。
「護衛獣の弁償なんてしないからな、こっちは正当防衛だ」
クククッとルベンスは満足げに高笑いした。
「血の気が多いな。そんな心配は無用だ、謝罪金もすでにフレイヤへ払い済みだ。それより何故、護衛獣が民間船を警戒し、攻撃対象にしたのかが重要だ。私の憶測だが、護衛獣はお前の力に警戒したとしか思えん」
ルベンスの目尻が鋭くなった。
「はぁ、俺の? どんな根拠があって、そうなるんでしょうか」
苦笑いを滲ませたヴレイは、わざとらしく嫌味を含んだ口調で訊ねた。
「『妖源力』を持っている事実は明白だ。しかも護衛獣を倒すぐらいだ、並みの使い手ではないことぐらい判断つく。正当防衛だろうと、このまま野放しにもできない。まず、何故シルバームに来た」
尋問染みてきた。そりゃそうだ、不審者を雇うわけにはいかない。訊ねられながら身分証が返され、奪い取るようにヴレイは手を出した。
どう答えようか、唇を噛んだり舐めたりした。
ここはもう得意のヤケクソだ、ヴレイはパッとルベンスに視線を向けた。
「その前に、執政官ルベンス氏。数年前から軍拡に相当の税金を注ぎ込んでいるそうですね。その無理な政策が災いし、連合軍と衝突しているとか」
「そうだな。それが、私が質問した内容とどう関係している」
ルベンスの目尻がさらに鋭くなった。
「戦艦があるとも聞きました。造船するのが悪いとは言いません。なら戦艦パーツはどこから仕入れているんでしょうか。組み立てる技術はあっても、心臓部まで作る技術を導入するには、機械文明を三十年分は早送りしないと不可能ですよね? ロマノ国でさえ、やっと心臓部の開発を始めたばかりだというのに」
セイヴァを発つ前に少しでも勉強しておいてよかったと、我ながら誇らしくなった。
その時、鋭い視線を感じて、視線の先を確認するとザイドがいた。
「やけに詳しいな。で、お前がシルバームに来た理由と何の関係がある」
肝心なのはそこだ、さてどうしよう。ここはあえてバカ正直に答えれば、もしかして。
「俺はインジョリック某国の軍人だ。戦艦パーツが派手にグローリアスに渡っているという情報を入手し、シルバームに来た」
ふんと鼻で嘲笑したルベンスは大理石の机に寄り掛かった。
「別に密入しているわけではない、お前が情報をインジョリックへ流そうと勝手だ」
「おっしゃる通り、ならパーツの仕入れを邪魔すると言ったらどうします?」
勝気に口端を吊り上げてみせると、ルベンスは気に食わなそうに眉間に皺を寄せた。
「即刻、お前を投獄するだろうな。母国には事故死したと、私が一筆入れてやろう」
意外と大人気ないんだな、とルベンスの意外な一面を見たような気がした。
「お前、何言ってる、捕まりたいのか」
ザイドに肩をド突かれた。
「パーツの仕入れを邪魔されたくなければ、俺を傭兵として戦艦に乗せてください」
ヴレイの後ろでシリウスとザイドが、唖然としている顔が目に浮かんだ。
言った本人も、なかなか苦しい科白を吐いたもんだと、苦汁を噛み締めた。
「お前を戦艦に乗せて、どうする。まさか、艦内で大暴れでもするのか?」
ニッとヴレイは口元を緩ませるも、内心切り抜ける算段を必死に模索していた。
で、思考を巡らせなんとか答えを導き出した。
「まさか。そうではなくて、もし戦艦に欠陥があったらどうします。臨機応変に対応できるオペレーターはいますか? ノイゼストでは既に連合軍が結集している、二、三日中にはシルバーム城を目指す。艦で連合軍を討伐するには絶好の機会だが、初起動には細心の注意を払いたいはず」
クッとルベンスは吠えたいのを我慢するように、奥歯を噛み締めた。
「何故お前がそんなことを偉そうに言える! お前、インジョリック某国の軍人といったな。どこの国だ、出身国のジルニクスか?」
ヴレイがまだ手に持っていた身分証に指を差して訊いてきた。
ルベンスの苛立ちはピークに達したらしく、額に横皺を三重も刻んだ。
こうなると嘘も、はぐらかしも通用しないだろう。
「そうだ。ジルニクス国護衛機関だ。戦艦オペレーション訓練は受けている」
引き攣りそうな笑みは抑え込んで、ヴレイは堂々と胸を張った。いや、もはや胸を張るしかない。
「そのお前が、何故、私に加担するような真似をする」
くるっと背を向けたルベンスは、自分の椅子にドスッと腰を掛けた。
「勘違いしないでください。インジョリックから仕入れたパーツで作った戦艦がもし、堕ちたとなったら、インジョリック大陸のメンツにも拘わるからです。ましてや、欠陥がインジョリックにあったとか言われたくないので」
チッとルベンスは小さく舌打ちした。不思議と嫌味を感じない、スッキリとした舌打ちを見たのは初めてかもしれない。
「ザイド。今から言う内容を、王軍参謀にも伝えろ」
「はい」
ピシッとザイドは姿勢を正した。
「三日後、ノイゼストに結集する連合軍を討伐する。その際、戦艦を始動させ、ノイゼストを叩く」
「御意ッ」とザイドは二つ返事だった。
横でシリウスが「執政官」と口を開いた。
「連合軍はノイゼストのコロッセオに集結しています。近隣への被害を最小限に食い止めるなら、コロッセオに絞るべきかと。それと、向こうも飛獣でくるので、傭兵部隊を先に」
シリウスの的確な指摘に、「分かった」とルベンスは素直に頷いた。
「ザイドは当日、傭兵部隊リーダーに陸空からのノイゼスト占拠を目指すように指示し、市民はノイゼストから立ち退かせろ。指示後、お前は艦に来い」
「御意」二度目の返事だ。
「シリウスには飛獣を貸す、逐一、連合軍の動きを見張れ。他の諜報員にも同じ指示を出しておけ。で、ヴレイは」
けして好かれてはいないだろう、と思わせる視線がヴレイに向けられた。
「当日朝、ザイドと合流し、艦へ来い。お前用のオペレーター席を用意してやる」
バシッと手を机に突いて、立派なデスクを用意してやると言わんばかりに、勝気な笑みをこぼした。




