2.
海面を切って進む船の甲板にはほんのり潮気を感じる風が吹きぬけ、身を任せてしまいたいぐらい爽快だった。
「何もフレイヤに来ることなかったのに。ベフェナ国はシルバームの隣でしょ」
「いいじゃないかたまには、僕は船を使わなくても、召喚鳥がいるからここまでひとっ飛びなんだからさ」
ニヤリとロインは勝気に笑った。
「それって密入国じゃない」
「失礼だな、僕だってちゃんと港の国境ゲートで旅券見せてるもん」
偉そうに言われても、それ当たり前だから、と心の中でルピナはツッコんだ。
「それなら私にだって乗せてくれれば、わざわざ船賃払うことないじゃない」
「人気がないところまで行くのにまた時間が掛かるでしょ、それにルピナお得意の波乗りも見たかったし」
手すりに寄り掛かって無邪気に笑うロインに、ルピナは「そうよね」と勝ち目のない笑みを返した。
「それより、旅の許可がよく下りたね、お父上に止められなかったの?」
まだ十三歳という若さは、好奇心の塊だ。
「止められたわよ、でも将来のためだからって強引に許してもらったの。それに私、一級剣士の称号取ったから、約束通り父様は仕方なく折れたのよ」
肩に掛けた鞘袋に納めた長剣を小さく揺らした。
「ルピナが羨ましいよ、心の広いお父上がいて」
「ベフェナ王は厳格なことで有名よね、なのにこんな所まで一人で来て、ベフェナ王が知ったらさぞお怒りになるんじゃないの」
「大丈夫だよ、父上は召喚獣を呼び出す僕に怒るだけだから、最近そういう時ぐらいしか、顔合わせないし」
悄然するロインは船のそばで泳ぐ魚のジャンプに、声を上げておもしろがった。
どう声を掛けて良いか分からなかったルピナは一緒になってはしゃぐことも忘れていた。
「ごめんルピナ、君の気を悪くさせるつもりはなかったんだ、ただ父上は動物嫌いで、いつかは分からせてやるんだって思ってるんだ、ルピナがそんな顔しないでよ」
逆に慰められたような気がしてルピナはロインの背中を思いっきり叩いた。
「もう、子供のくせに大人びてる奴、可愛くないわよ」
「痛いよぉ、さすが剣士だね」
背中を撫でながらロインは八重歯を見せて笑った。
「それより、本当にいいの? いくらシルバームの為とはいえ、他国の王族が内乱に加担すれば、僕たちの罪だけじゃなくて、国際問題になる」
ロインの髪が大きく舞う。日差しの眩しさもあり、両者の双眸は自然と細くなる。
「シルバームは新王が行った軍拡のせいで民の貧困層が増えたのよ。市民連合軍が旗を上げるのは当然よ! そんな状態を何年も続けられたら、周りだって黙ってられないわ! それにシルバームの王族分家が協力を承諾したなら、問題にはならないはずでしょ」
ガシッと手摺を掴んで、「ね!」とロインに詰め寄ると、「う、うん」とルピナの勢いに押されてロインは頷いた。
春から初夏に移り変わる季節風は湿り気が増して暖かくなるのが特徴だ。
気流が動きやすくなるので、遥か上空で吹く風音がここまで聞こえてくる。
出港からしばらくして甲高い汽笛が三回響いた後、アナウンスが流れた。
「ただいまからスカイ・フィッシュのエントリーを行います、参加希望の方は二階受付ロビーまでお越しください、締め切りは今から三十分後です、時間厳守ですので申し遅れた方の途中参加は認められません」
「だってさ」
手すりから身を乗り出したロインが楽しそうにルピナを促した。
「じゃあ、行ってくるね! 預けるわね」
ルピナは肩から鞘袋を下し、ロインの体に押し付けるように渡した。
「はいよ、いってらっしゃい、中央ゲットしろよ」
「運がよければね」
ウインクを返したルピナは船内へ戻った。




