1.
路面電車を降りたルピナは、右肩に掛けていた革バッグを左肩に掛け直した。
「よいしょっ」とバッグを上下させると、鞘袋に包まれた中身がカチャッと音を鳴らした。
湾になった交易港では、何十隻と停泊している船から荷物の積み下ろしが行われ、大変な賑わい様だった。
人込みで進行方向を失いかけそうになりながら、ルピナは「ごめんね、通して!」と謝りながら進んだ。
「あ、ちょっとごめんなさい、場所を教えてほしんだけど」
山のような体躯をした巨漢の男に、ルピナは「ねえ、ねえ」と顔を覗き込むように訊ねた。
「連絡船が停泊している区画って、どの辺りにあるのかしら」
「ああ?」と下から訊ねられた男は、ルピナを訝しげに見下した。
「あっちだ、まだもう少し先だぞ」
「分かったわ。ありがとう! にしても賑わってるのね、いつもこんな感じなの?」
ちょっと訊ね方が横柄だったかしら? とルピナは訊いてから男の顔色を伺った。
「まぁな、いつもこんな感じだが、ベフェナ国からの香辛料が人気なのはいいが、重いったらありゃしない」
文句は言いつつも、男は満更でもなく充実感溢れた笑顔だった。
「へぇそうなんだ。ありがとね! おじさん!」
手を振って、軽快に目的の船を目指した。
船長達のこだわりを感じさせる様々な形状の漁船が、何十隻と停泊していた。大型の乗り場には連絡船と貨物船がそれぞれに帆を畳んで休んでいた。
シルバーム国行の連絡船に目を光らせていると、行先が書かれた立て看板を見つけた。その時、看板の隣で立っていた少年を見つけて、ルピナは目を凝らした。
赤茶色の髪を首筋で結った長い髪、ルピナよりやや身長は低めで、新緑色の瞳が印象的だったので、直ぐ正体は分かった。
「ロイン!」とルピナは声を飛ばして、一目散に駆け出した時だった。
ドスッと強い衝撃に押されてルピナは踏ん張りきれず、尻もちを覚悟した。その瞬間、ふわっと誰かの腕の中に飛び込んでいた。
「すいません、大丈夫ですか」
謝ってきた声は十代後半ぐらいの青年の声だった。体当たりしてきたこの男、いや飛び出したのは自分だが、ルピナはやや険を含んだ視線で見上げた。
男を見上げた先には、おそらく落とし損ねたのか、端末らしき物を片手でキャッチしていた。
漆黒の髪は後頭部で結われ、さらっと風に揺れた。紫紺色の瞳は珍しい、『妖源力』を持つ者に多いと聞く。華奢なわりに筋力はかなり鍛えられている、抱えられている彼の腕の感触が物語っていた。
「いいの、ごめんなさい」とルピナはあっさり謝罪して、自分から体を起こした。
視線も合わせずに立ち去るのも失礼かと思ったが、「じゃあ」とルピナはその場から足早に立ち去った。
ロインの元に駆け寄り、「大丈夫だった?」と訊かれて、「大丈夫、大丈夫!」と慌てて笑顔を作った。
これしきの災難で動揺している自分に、ルピナは苛立ちを追い払う。
「さ、乗船しよ、もう直ぐ出航でしょ! この船の形、「スカイ・フィッシュ」用だよね」
ルピナは先導して船に乗り込んだ。後ろから「そうそう」とロインが笑いながら相槌を打った。
ロインの肩にちょこんと載っていた小鳥が、チチチッと鳴いた。
小鳥が似合う容姿というのも、また珍しいなとルピナはフフンと鼻で笑った。
他の客船とは明らかに設計の異なった船の姿に、初めて観る客なら唖然とするだろう。
船底は波の抵抗を考えて緩やかな曲線を帯びてはいるが、甲板の型がおかしい。
船尾が横に広がり、船橋にはデッキのようなものが設置されている。まさにデッキが観客席だ。
転覆しないのが不思議なぐらいだ。
ルピナとロインは出港まで甲板デッキのカフェで待つことにした。大海へと繋がる湾の水平線をどこまでも眺めながら、照り付ける太陽の下で目を細めた。




