1.
時代と共に変化を重ね、時代の流れの中で生きる。
機械文明が発展し、科学技術を極めた大陸インジョリックサークには二つの大陸が存在する。その一つ、東側のリンボーン大陸の最北端に位置するジルニクス国。
何も変わってないなぁ、とヴレイは車の窓から外を眺めた。
故郷だと思ったことは一度もない、脳裏に焼き付けたくなるような、良い思い出もなかった。
高層ビル群が街の中心部に密集し、幾本もの都心環状線によって繋がれている。
首都近郊の住居区は高層建築が周流で、やや勾配のある市街地を巡回している路面電車は日常生活には必需機関だ。
首都圏に張り巡らされた大陸の大動脈は首都に集まり、大陸最大規模を誇る商業地帯を支え、世界各国から人が集まる首都ピポロードルを、今日まで栄えさせている。
栄華を誇ってはいるが、相変わらず、ゴミゴミとした狭苦しい街並みだ。
街のいたる所には、冬季の間にだけ花を咲かせる樹木が植えられていた。賑わいを増してきた蕾はどれも薄紅色に膨らみ、微かに甘い香りを放っていた。
「三年ぶりぐらいかしら、久しぶり、ヴレイ。私のこと覚えてる?」
「――ソラ、さん。すいません」
ソラの横顔を一瞥した。赤い口紅がよく映える白い頬は相変わらずだ。
久しぶりに見る軍服は仰々しいものがあった。
「アゲハ」のアジトからここまで、ソラは一言も発しなかったので、機嫌を損ねているのかと思っていた。
「どうして謝るのよ。声も三年前より低くなってる、背も高くなったし」
ソラの声色は不機嫌とは真逆の、上機嫌だった。今にも鼻歌でも歌いだしそうなぐらいに。
「だって、勝手に、家でしたから」
プフっと漫画みたいにソラは小さく吹き出した。
「まぁ、心配はしたけど、当時十歳の少年が、もう十三歳か。とりあえず、おかえり」
快く迎えられて、寧ろ心苦しくなった。
「あ、そうそう、到着までに、これに目を通しておいてね」
渡されたのは手の平サイズのダグノートとイヤホンだった。
ヴレイは耳にイヤホンをつけて、電源のスイッチを入れた。モニター越しに映し出された文字を見て、クッと眉根に力を入れた。
「セイヴァってジルニクスの防衛機関、どうして」
ソラの横顔を視界の隅で窺ったが、ソラは黙って運転を続けたままだった。
数分間の映像を見終わり、胸の奥から息を押し出したヴレイは首筋を掻いた。
「どうして、そんな映像を見せたのか。着けば分かることなんだけど――」
細く開いた窓から十一月の風が冷たく入り込んでくる。
「本来なら訓練校を経て入隊試験を受けるの、でもあなたは総司令長官直属の命令でセイヴァに入隊することが、正式に受理されたのよ」
今更、何なんだよと、吐き出したい想いを、ダグノートを掴む手に込める。
「三年も放っておいたのに、どうして今更って気持ちは、分からないでもないわ」
何気ない励ましだとしても、人の気持ちなんて、実際分からないじゃないかと、ヴレイは心の中でツッコんだ。ソラがへそ曲がりなガキに気を遣ってくれているのかと思うと、もうちょっと大人にならなくちゃとも思った。
「ヴレイ、ちゃんとお父さんと話すのよ、じゃないと気持ちも考えも、なかったことになる。そんなの悲しすぎるでしょ。おかえり、ヴレイ」
心のツッコみを聞かれたのかと思って、ちょっとビックリした。
「うん、分かってる。――た、ただいま」
横目でチラッとソラを見ると、フフンと満足そうに笑っていた。
生き物みたいに成長したビル郡の街を走り抜け、車は次第に都心から離れて行った。
セイヴァへと続く高速道路は真っ直ぐ伸びていた。