1.
天井がドームになった格技場は、端から端まで声が届かないほどに広かった。体術を修練するための空間なので、色褪せた木製板が張られているだけの空間だ。
足を踏み入れると、軋み音が響いた。
窓から射し込む陽光が、古風な格技場内を鮮明に映し出した。
「では先輩方、御手合わせ願います」
ヴレイは部屋の中央に立って、丁寧にお辞儀をした。
「おっしゃ、じゃあ俺から相手してやるよ、一発目から班長相手は酷だろうからさ」
各艦隊には戦闘員といわれるスピリッチャー隊員が所属している。
非戦闘員か、スピリッチャー隊員か、体格を見れば一目瞭然だ。
「それはお気遣い感謝します、胸をお借りします」
足を擦るように、肩幅ぐらいに開き、拳を胸の前で構える。
浮かない顔をするジールは、対峙するヴレイと隊員の間に立ち、スッと腕を上げた。
「ほどほどにな」と審判役に回ったジールは剣呑な目付きで、ヴレイを睨んだ。
「始めッ」
腕が振り下ろされると、「そんじゃあ」と床を最初に蹴ったのは隊員の方だった。
隊員は素早く間合いを詰めると、素早く右足を蹴り出した。
跳躍したヴレイは蹴り出された右足に飛び乗り、そのまま真上へ飛び上がって着地した。
ハッと振り向いた隊員は、何が起きたのか分からないような顔だ。
周りからは「手加減しすぎたのかぁ」と野次が飛んできた。
「ああ、そうだったみたいだ、じゃあ次は手―ェ抜かねえぜ!」
再び隊員はヴレイに向かって間合いを詰める。
拳が突き上げられてきたので、避けようと体を傾けた時、拳が引き下がり、代わりに脚が避けた体に向かって飛んできた。
拳を避ける予定だったので、脚にまで気を回していたかったヴレイだが、避けはせずにそのまま隊員の足を片手で掴んだ。
外野が騒然となった。
片足でバランスを保っている隊員も、「お、おい」としか言えずに、狼狽えていた。
相手の余裕のなさに、ニヤリと口元を緩ませたヴレイは両手に持ち替え、隊員の足を引っ張ると、遠心力を付けて外野へ投げ飛ばした。
わあっと巻き込まれた外野は、飛ばされてきた隊員に「大丈夫か」と、呆れ気味に心配していた。
「つうか、何なんだ、あのガキは」
「本当に新人かよ、あいつは」
飛ばされた隊員を起こしながら、外野は慄いていた。
「ハイハイ、ここまで、ヴレイ、行くぞ」
外野の前でパンパンと手を叩いたジールの後ろから、別の隊員が前に出てきた。
造形品のような筋肉を悠然と揺らし、大木のように仁王立ちした。
「ガキに負けっぱなしでいろと言うんですか、隊長。俺が相手をします」
「班長!」と呼ばれた隊員は手首を回しながら、ヴレイと対峙した。
ジールの許可が下りぬ間に、ヴレイと班長の間には火花が散っていた。
「おもしろいじゃん、若造が!」
班長は素早く間合いを詰めると、目にも止まらぬ速さで拳を繰り出してきた。
両腕でなんとか防御するだけのヴレイは、拳の動きまでは見切れなかった。思わぬ速さだったが、後ろへ飛び退くのも悔しい。
拳を受けるのを覚悟で、班長の顔面目掛け、拳を高速で突き出した。
案の定、ヴレイは頬に班長の拳を食らったが、班長も同じく頬に拳を受けた。
思いのほか、大した衝撃ではなかった。おそらく、高速に繰り出していた分、一発、一発の攻撃力は小さかったのだ。
だがヴレイが放った一発は、渾身の一発だ。
頬に打撃を食らった班長は軽く宙を舞い、野外を巻き込んで昏倒した。
外野は班長のやられ様に「ちょっと腕が立つからって、いい気になるな新人」や、「調子に乗るな、チビガキ!」など大人気もなく、年下に罵声を吐き始めた。
「お前らやめんか!」
ジールが慌てて止めに入るが、外野の興奮度は熱湯に入れた温度計のように上昇する。
「俺は新人じゃねぇ!」
外野の罵声に掻き消されまいと、ヴレイは歯をむき出しにして吠えた。
「十三の時からディウアースに乗ってる、セイヴァ一のストライカーだあ! 覚えとけぇぇ!」
格技場に割れんばかりのヴレイの怒号が響いた。
「結局、それが言いたかったのかよ」
ジールの独り言は誰も聞いていなかった。
「遊びはここまでだ! お前らは通常に戻れ、ほら、行くぞヴレイ」
ジールに腕を掴まれ、半分引きずられるようにヴレイは連れ出された。




