表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WILD SKY~彼らを繋ぐ世界の空~  作者: 立花 佑
プロローグ~同じ空の下にいた~
1/61

プロローグ

 庭園の池に浮かぶ島で、楽師が雅楽を奏でる音色が聞こえてくる。

 青々とした芝生の上に、着物の裾を広げて腰を下ろした女性が、優雅に水面でも眺めているんだなと想像した。

 天然の岩壁を挟んだ反対側には高貴な庭園とは対照的に、荒磯を表した大きな池と、芝桜が花を咲かせているだけの殺風景な庭園が広がっていた。

 池の中州でヴレイは体術の構えを保っていた。

 ヴレイと向き合っている少年も、その時を待っていた。

 二人の手首に巻き付く金色のブレスレットが、鈍く陽を反射した。

 庭園に流れ込んだ通り風は池に静かな漣を立てる。一匹の鯉が飛び跳ねた瞬間、水を打ったような静けさは破かれた。

 ヴレイは地面を蹴って、相手の顔目掛けて拳を突き出した。

 瞬時に相手の拳が殴りかかってきたので、ヴレイも拳で弾き返した。

拳の打ち合いが続いた後、両者の脚がお互いの腹部を蹴り上げる。

相打ちかと思われたが、ヴレイの脚は相手の脇に捕らえられた。

だが相手の脚は、肩を直撃する前に、腕でガードした。

 激しい息づかいを繰り返したまま、しばらく睨み合いが続いた。

「いつまでやってる、そろそろ時間だ」

 長身の男が二人を乱暴に呼びつけてきた。

「続きは俺達が戻ってきてからだ。遅刻すると団長にどやされるからな」

「どやされるほどの仕事じゃないじゃん、どうせ俺達は留守番だろー」

 パッとヴレイの脚を離した少年は、口の中の血を唾と一緒に吐き出した。

 十歳のヴレイより三歳も年上となると、頭一個分の身長差は仕方ないのかもしれない。

唾を吐く姿でさえ、かっこよく真似できない、ギュッペェと変な音を立ててヴレイは唾を吐き出した。

「つまり、ザクロさんをお守りする大役は、自分達には楽勝すぎてやりたくないと、団長に伝えておくよ」

 ヴレイと少年は襟足を鷲掴まれ強引に引きずられた。あまりにも男の腕力が強かったので、どうにか抵抗しようと少年と一緒に、子犬のように騒いだ。

「いやぁ、それはないぜー、留守を任されるほど頼られてるってことだろ、やっぱり留守番って立派な仕事だぁ、なヴレイ」

 苦笑いの少年が男に向かって上目遣いした。

「そ、そうそう、立派な仕事だね、僕たちにしかできない仕事だからね、って強く掴まないでよぉ、痛いよ首っ、もっと手加減してー」

 あまりにも強く首根っこを掴むので、ヴレイは男の腹部を本気で殴るがビクともしなかった。

 見えない鎧を殴っているみたいで、殴る拳がジンジン痛くなった。

「お前らずいぶん態度がデカくなったなぁ」

「だろ、いつまでもガキじゃないんだぜ、時間通りに帰るからさ、なあヴレイ!」

「うん。絶対に遅れないからさ。次こそザイドに勝てそうだったのに!」

「お前のへなちょこパンチじゃあ俺に勝てるわけないよ」

「そんなことないよ次は絶対に勝てるよ。パンチのスピードにだって追いついてるもん」

 ヴレイとザイドは口ケンカしながら、男に問答無用で連れて行かれた。

 反対側の気品ある庭園に着いてから、「ほらよ」と犬を離されるが如く、自由の身になった。

 池と池を結ぶ橋の麓で、着物姿の女性がヴレイとザイドの姿を見つけるやいなや、花が咲いたような眩しい笑顔を見せて、小走りで駆け寄って来た。

「やっと来てくれたのね、待ちくたびれたわ」

「ザクロ様聞いてよ、今日も途中で止められて勝負がつかなかったんだぜ!」

 唇を尖らせたザイドはザクロの手を握って、滝壺が見えるいつもの浮島へ歩みを進めた。

「そうなんだよ、今日こそはと思ったのに!」

 ザイドと同じように唇をすぼませたヴレイも、ザクロの手を引いた。

 やることはいつもザイドと同じで、いつもザイドより一歩遅くなる。

「そうなの、でもあなた達はお友達同士なんだから、傷つけ合わないようにしなきゃ、いつも戦ってばかりじゃない」

「大丈夫だよ、こいつ結構丈夫だし、俺のパンチも避けれるようになったんだぜ、なヴレイ」

「当たり前だよ。いつか僕の拳でザイドに参ったって言わせてやるんだ!」

 すると何故か、やれやれと言った感じで肩を落としたザクロが、自分たちと同じ目線になるように膝を折った。

「確かにお互いに磨き合うのはいいことだけど、お友達を傷付けることは、決していいことではないのよ、かけがいのない大事な人なのよ、それを忘れないこと」

 お互い目を合わせて、なんとなく恥ずかしくなり、歯に噛んで笑った。

「「はい」」

 似たようなことを何度言われたのか分からないが、何度もザクロの言葉を胸に響かせては、絆の大切さを実感していた。


 時は流れ、ザイドとの決着がつかないまま三年が過ぎた頃、ヴレイの元に使者が現れた。

 黒背広の男達と、軍服に身を包んだ女は全てを見知ったような顔をしていた。

「ヴレイ! ここから出ていくって本当か? 団長はなんて」

「了解済みだ。ザイドも「アゲハ」から退団しろ、いつまでも匪賊やるつもりないだろ」

 頭一つ背の高いザイドは表情を曇らせた、ヴレイには渋る理由が分からなかった。

「今はまだ匪賊として仕事はしてないけど、いつかやらされるんだぞ。殺しや窃盗なんて、したくないだろ?」

「まあな」とザイドは頭を掻いた。

「いつか抜けるよ」とだけ答えると、縁側から外へと出ていった。

 ザイドの広い背中を見送ったヴレイは、それ以上の言葉を掛けなかった。

「じゃあな、またどこかで」

 届かないとは分かりつつ、ヴレイは親友にささやかな言葉を送った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ