第3話 逃亡 ~新谷編~
「追いかけてこないな」
新谷は額の汗を拭いながら呟いた。
新谷は近くの駅まで走ってきていた。女の子と別れて10分はたったことであろう。桜木町というその駅は、帰宅ラッシュもあってとても混雑している。
「あいつ大丈夫なのか」
新谷はかなり後悔していた。女の子を置いてきてしまった自分が心底嫌になった。
でもそれと同時に新谷は女の子は大丈夫であるという根拠のない自信もあった。
別れ際の女の子の目を新谷は忘れない。あれはとても自信のある目だった。
新谷はこれからどうするべきか迷った。女の子はどこにいるか分からない。
またさっきの場所に戻る?
いやいやそういうわけにもいかない。
またさっきに状態に逆戻りしたら元も子もない。
結局新谷は家路につくことにした。
女の子のことは心配だが、これ以上自分にはどうしようもない。
桜木町駅の改札を潜る。
ホームで待ちながら新谷はさっきまでの出来事を振り返った。
「(くそっ、なんで俺がこんな目に!!)」
とても面倒臭いことになる気がする。
そう新谷は感じていた。
新谷は極度の面倒臭がり屋だった。
ホームにつくと見知った顔の人物がいた。同級生の有紀だ。
「おー!今日のテストはどうだったー」
有紀がこっちに気が付いて話しかけてきた。
「余裕だよ、余裕」
「えー!そんなにできたの?珍しいこともあるものねー」
「そうじゃない。余裕で追試だ。うるせえなあ」
「ああ、そういうことね。納得納得」
有紀は1人でうんうん頷いてる。彼女とは入学の時からよく喋る仲だ。偶然最初の大学の講義で隣に座り、偶然有紀が消しゴムを落とし、偶然俺がそれを拾ってあげ...
っといった具合で気がつくとよく話すようになっていた。
ついでに有紀の体がとってもエロいとおもっているのはここだけの秘密である。
有紀はかなりの薄着だった。夏であるから当たり前だ。
ブラが透けてるな...黒か...
それにしても本人はそんこと気にせず相変わらずのほほーんとしているな。
有紀は出会った時からそうだった。話してみた感じでは頭がお花畑なちょっとぽかーんとした感じの女の子のである。
でも新谷は知っている。
有紀は頭もいいし、妙に感が鋭かったりすることがある。
新谷は心のどこかで有紀を信用していた。
電車がホームに到着する。
有紀はずっと今日のテストの出来について話している。
俺はてきとうに返事をしていた。
ホームに電車が到着する。
電車の中に入りながら新谷はさっきまでのことを有紀に言ってみようかを考えた。
女の子のが男に捕まってたこと。
その女の子と一緒に逃げたこと。
男が凄い勢いで追いついてきたこと。
男が人間離れしたスピードで俺に殴りかかってきたこと。
女の子が俺に触れた瞬間俺が吹っ飛ばされたこと。
やめだやめだ。
新谷は心の中で呟いた。
どれも信じてもらえそうにない。
電車が発車する。
「おーい。聞いてる?」
有紀が俺の顔の前で手を振っている。
「おお、悪い悪い。ぼーっとしてた。」
「なんかあったの?なんか放心状態だったけどー」
「いやー最近忙しいから今日から夏休みだとは感無量だなーと思ったわけですよ。」
「追試の勉強があるのに?」
「うるせーそれは言わないでくれ」
「新谷も本気だせば勉強できると思うんだけどなー」
と有紀はあははと笑いながら言い、続いて、
「で、何があったの。」
と言った。
新谷は有紀の顔を見た。さっきまでのおどけた表情ではない。お見通しってことか。
「やっぱりお前には敵わないな」
「うふふ、なんでもお見通しだよー」
新谷の下車駅に電車が到着した。
「まあ、そのうち話すよ。」
「えー必ずだよー」
「ああ、約束する。じゃあな。」
新谷は電車を降りた。
改札を抜けながら新谷は女の子の連絡先とは言わないまでも名前くらいは聞いとけば良かったなと思った。
これじゃあなんの手がかりもないではないか。
駅前の自転車置き場に向かう。
新谷は大学の近くに一人暮らしをしており、そこまでは自転車でいくらか漕がなければならない。
携帯の時刻を見るともう21:00だった。
「こんな遅くになるとはな、くそっ」
よく見るとメールがきている。有紀からだ。
『絶対今度おしえてよー』
あいつしつこいな、と思いつつ、
『はいはい今度な』
と素っ気ない返事を返して置いた。
自転車を漕ぐ。自宅に着いた時には22時をまわっていた。
風呂に入りベッドに寝っ転がり新谷はもう一度さっきのことを考えていた。
しかし考えているうちに新谷はどうでもよくなってしまっていた。
新谷の悪い癖だ。
新谷は元々真面目に物事を考えるということが大の苦手だ。
そのうち
なんのゲーム買おうかな
とか
なんかテレビ見ようかな
とか
有紀のおっぱい大きかったな
とか
他愛ないことを考えていた。
「今日のオカズは有紀で決定だな」
とか独り言を呟いていると、
ピンポーン!
心臓が口から飛び出るかと思った。
一人暮らしの経験がある人にはわかるかもしれないが、チャイムには基本的にとても驚く。
ちなみに新谷の部屋に訪問する人は滅多にいない。大学の友人も新谷が住んでる所に通いにくいという理由で、殆ど新谷の家にきたことのある者はいなかった。
「誰だよこんな時間に・・・新聞勧誘な訳も無いだろうし・・・」
ドアへ向かい新谷が不満気な顔でドアを開けると、
「さっきはありがとね」
男に襲われていた女の子が立っていた。