4匹目:
「――!」
リビングには苦悶する姿があった。
床に伏せた体制の坂田だ。両手を床に叩きつけている彼は、背に一人の少女を乗せていた。
それは先ほどリビングに駆け込んできたゴキ子だ。相当焦っていたのだろう彼女が着ている寝間着のボタンは留められておらず、ゴキ子が動きに合わせて裾が捲れ、無防備な肌を外に晒している。しかし、彼女はそのことを気にすることなく下敷きになっている坂田のシャツを掴み、彼の身を激しく揺すっていた。
対し坂田は、身体が揺れるたび痺れた足に襲いかかる感覚を誤魔化そうと床を打つ。
そんな状況からなんとか脱しようと坂田は、茶を啜っていた山田弟の方へ顔を上げた。
「――!?」
そうして見上げた視線の先、そこにはいるべき人物が確かにいた。しかし、山田弟は湯呑を持ったまま顔を天井に向けピクリともしない。
何をしているのかと思い、視線をさらに上げると、彼の顔面、目と思われる部分から何かが生えていた。
それは二本の棒。天井に向けて真直ぐに伸びたそれらは、根元側は白、二股に分かれた天井側には緑の色をそれぞれ持っていた。葱だ。
何故葱が、と考え、すぐに答えが来た。
それは声だった。坂田の脚側、ゴキ子が飛び込んできたドアの位置から聞こえてきたそれの持ち主は三人を見下ろす形で立つ山田姉だ。右手に葱を握った彼女は目を弓にして、
「見ちゃダメよー」
「姉さん、投げる前に言ってほしか――」
言い切る前に開いた口へ三本目が飛び込んだ。
鈍い音がして山田弟の体が崩れ、床に倒れる。倒れる直前、湯呑を卓袱台に戻しているあたりまだまだ余裕のようだが……。
ただ、山田弟の耐久力を知らないゴキ子は震えを一段と強くする。
それを背に感じていた坂田は一つの疑問を得る。それは、
「お前、昨日は楽しそうに眺めてなかったか?」
首だけを使って顔をゴキ子の方へと向ける。視線を僅かに反らす事で視界から露出した彼女の肌を極力排除しつつ問うたのは、昨日、商店街で行われた折檻ショーのことだ。
ゴキ子もそのことを理解したらしくすぐに返答が来た。
「昨日は私が被害者になる可能性0でしたから」
想像の斜め上を行くゴキ子の答えに坂田は、
……聞かなかったことにしよう。
と、そう結論して、しかし、言うべきことは言っておこうと、
「よーし、お前が酷い娘だということはわかったから、俺の上から退いて前を閉じなさい」
「お断りしますー!」
不服そうに頬を膨らましたゴキ子の返答に対して坂田は動いた。
両手で床を押し、腰までを反るようにして持ち上げる。腰のあたりに跨っていたゴキ子がバランスを崩しかけて、こちらのシャツを掴んでくるが無視。
痺れのとれた脚を動かして膝をつく、そこに体重をかけて残る腰から下を一気に持ち上げ、身体を起こす。すると完全にバランスを失ったゴキ子が、あ、とも、きゃ、とも取れる声を上げて背から床に落ちたが、やはりこれも無視する。
腰を捻って上半身と下半身を回し、山田姉が立つドアの方向へと身体を向ける。後はそのまま床に座り胡座をかく。
一連の動作を終え、一度息を吐いた坂田が改めて前へと視線を送ると、そこには背から落ちたゴキ子がいた。それも両手を顔横に投げ出し、全開になった上半身を隠すこともせず、さらには開脚付きの体勢で、だ。
その姿を見た坂田は、上を向くと右手で目を覆い、一度深呼吸して、さらに数秒の間を置いてから、
「お前は破廉恥な格好で――」
言い切る前に葱が来た。




