4匹目:
夕食は予想を裏切らず鍋だった。
円形の卓袱台の真中に設置されたカセットコンロの上に置かれ、中に出汁の貼られた土鍋には、部屋を出るときに山田姉が持っていた葱と白菜はもちろん、家にあった肉類や野菜、茸に豆腐などが並び、濛々と湯気を上げている。
何故、夏なのに鍋なのかとか、所々、家になかったはずの食材が混ざっていることを気にしたら負けなのだろう。
……カセットコンロなんて持ってなかったと思うがなー。
これもやはり気にしたら負けと結論。
「肉ー!!」
と、叫びを上げたのは山田弟だ。
姉の命令で鍋と食器を運んでいた彼は卓袱台の右側に座り、両手に一本ずつ箸を持ち、それで交互に茶碗を叩いている。
思えばカセットコンロを持って来たのは山田弟だ。
……パシリ。なんて恐ろしい子……。
などと内心で驚嘆する。
「肉ー!!」
今度は叫びが左側から来た。
そこには山田弟と同様に茶碗を叩くゴキ子いる。
こんなところで山田弟の悪影響がでた、と内心でため息を吐き、正面に座る山田姉を見る。やれやれ、とそんな表情をしていた彼女と目が合い、同時。
「いい加減にしろ」
「いい加減にしなさい」
「あいだっ!」
二人の脳天めがけて手刀が行った。
鈍い音に続いて二人が呻き、
「何しやがるクソ野郎!」
「何するんですか坂田さん!」
……おかしい……。
文句を言われるのはいい。相手はどちらも底抜けの馬鹿だ。失敗は言って聞かせて直せばいい。しかし、
「お前は違うだろうが!」
言った先は、何故かこちらに抗議してきた山田弟。本来、彼が咎めるべきはこちらではなく、山田姉であるはずだ。
「ああ!? そんなもん、姉さんに反論したら葱だろうが!」
……なんと清々しい。
「弟くん、人を指さしたらダメよー」
「姉さん! 指が! 指があらぬ方向に! アッー!」
と、山田姉弟がプチ折檻タイムに突入しているが、これは無視しようと決め、改めてゴキ子の方へと向き直る。
「食器で遊ぶなよ」
「……?」
こちらの言葉に対してゴキ子は首を傾げた。どうやら、何故ダメなのかがわからないらしい。
彼女にとっては、目の前の人間の行動を真似ただけで咎められる謂れはないのだろう。
しかし、どう説明したものだろうか。
単に食器で遊ぶのは悪いことだと言っても、明確に何が悪いのかと問われると困る。行儀が悪いと言い切ってしまうのは簡単だが、果たしてそれでいいのだろうか。そんな漠然としたものではなく、もっとしっかりした理由を説明する必要があるのでは――、
……ないな。
うん、ない、と改めて心の中で頷く。
何も知らないゴキ子にくどくど説明しても理解が追いつかないだろう。だから今は、漠然と、それが悪いことだということだけ理解できればいい。細かいことは、これから生活していくうちに身に付いていくことだろう。わからないようなら、その都度、教えればいいのだから。
うん、ともう一度心の中で頷きをつくり、
「行儀が悪いから食器で遊ぶのは止めような。あと、馬鹿の真似は絶対するな」
後半が特に大事だ。
折檻から解放された山田弟が、何やら言ってきているが無視でいい。
「わかりました」
ゴキ子の方も納得しているので万事解決だ。
「あれ? ゴキ子ちゃん、俺のこと馬鹿で認識してね? してるよね? これ、完璧にしてるよね、ね?」
「弟くん、何を取り乱しているのかしらないけど、事実は認めないとダメよ?」
……あ、トドメ入った。




