4匹目:
目下の人災は解決され、今度こそ室内には静寂が訪れていた。
病人でありながら忙しなく動き回っていたゴキ子はベッドに戻り、騒動の原因であった山田姉がその頭を撫でている。
目を伏せて気持ちよさそうに喉を鳴らす少女と、その横に座って微笑む山田姉は、まるで睦まじい姉妹のように見える。差し詰め手のかかる妹と、優しい姉と言ったところだろうか。実際はバイオレンスな姉とその予備軍なのだが……。
そんな二人を眺めるのは男二人だった。
落ちたり、擦ったり、賢者入ったり、三拍子で忙しかった山田弟と、半透明の袋を漁る坂田だ。
床に倒れた山田弟を踏みつける坂田は、博士が用意した薬の確認を行っていた。
先の騒ぎの所為で、ゴキ子が食事を終えてから時間が経ってしまったが、まだ問題ないだろうと考えつつ袋から薬が入ったケースを取り出す。
どうせ飲み薬だろうと見切りを付けて取り出したそれは、一見すると確かにそうに見えた。しかし、よく見ると違う。紡錘型をしているそれは、
……坐薬じゃねーか。
また尻か、と思うのと額に嫌な汗が浮かぶのは同時。
幸い、薬はまだ誰にも見られていない。
だから上半分まで袋から出ていたケースを戻した。しかし、焦って戻した所為いで袋が激しく音を立て、
「どうかしたか?」
それに足元の弟が反応した。
こちらの表情から焦りの色を感じ取ったのだろう弟は、口の端を吊り上げた笑で、
「やましいものですか? 坂田くーん」
わざとらしく言って、両腕を袋へと伸ばしてきた。
それを袋を持ち上げることで回避し、
「ち、違うわ阿呆。これは単なる薬だ!」
見下ろす視線に否定の言葉を乗せて送る。
「あら? お薬まだだったのね」
すると、その否定に今度はベッド側の姉が反応してきた。
彼女は、空いている手でこちらを手招きして、
「ごめんなさい。私たちが騒いだせいで……、もうとっくに済ませているものだと思ってはしゃぎすぎたわ」
まったくもってその通りなのだが、そう申し訳なさそうにされると、こちらも言うに困る。
だから返答は当たり障りのないもの。
「気にしないでください」
それだけ言って、内心では焦りが濃くなった。
ゴキ子に薬を与えようにも方法が思いつかない。坐薬を入れるにしても、それをこちらで行うわけにはいかない。現状、ゴキ子本人やらせるか、山田姉に任せるのがベストな判断だと思う。その方法なら済むまで自分たちが部屋から出ていればいい。
しかし、前者は色々な不安が付き纏い、後者は坐薬を入れたついでと言って葱が来ること請け合いだ。
「何か不都合でもあるの?」
悩み、動きを止めていたこちらに山田姉が声を掛けてくる。
「あ、ああ、なんでもないです」
誤魔化すため言い、ベッドの方へと進む。
そして、すぐに辿り着き、しかし薬を取り出すわけにもいかず、躊躇うこちらに、悪戯っ子のような笑顔で姉が、
「もしかして坐薬だったり?」
……す、鋭くていらっしゃる……。
「ま、まさか、そそ、そんなことあるわけないじゃないですか」
ははは、と笑って誤魔化そうとするが、
「そうよねー」
言うが早いか、山田姉はこちらから袋を奪い取り、
「あらー?」
疑問詞つきの感嘆で、袋の中身を持ち上げる。
そうして取り出されたのは、しかし坐薬ではなかった。
出てきたのは半透明のプラスチックボトル。中身を褐色に近い色をもつ液体で満たしたそれの正体を、山田姉が告げる。
「小児薬ね」
「お前、高校生にもなる女の子に小児薬はないだろ」
笑い言うのは、いつの間にか身を起こしてこちらに来ていた山田弟だ。
彼は、こちらの肩を一度叩くと、
「坂田。君にはロリコンの称号を与えよう」
裏拳で飛ばした。
山田弟のくだらない言よりも、
「先輩、袋返してください」
「ん? ああ、ごめんなさい」
こちらの言葉に山田姉は答え、袋を差し出してくる。
受け取った袋には、まだ僅かに重みがあり、中身を見れば、底に一枚の紙があった。そしてそれを退けてみれば、その下に坐薬の入ったケースがある。
なるほどと安堵する一方で、袋に手を入れながら気づかなかった自分は、どれだけ焦っていたのかと呆れもする。
ほ、と短いと息が出て、
「先輩。ゴキ子に薬を飲ませてやってください」
「はいはーい」
軽い返事をした山田姉は、
「ゴキ子ちゃん起きられる?」
「あ、はい」
ゴキ子の返事が来たタイミングに合わせて、ゴキ子の上半身に手を回し、よいしょ、と掛け声つきでゴキ子を起こす。
起こされたゴキ子は擽ったかったのか僅かに声を上げた。
それに対し、山田姉は笑み、回した腕を解く。
続く動きで、ボトルの蓋部分に被さっていた御猪口大のカップに薬を注ぎ、
「はい、飲める?」
「大丈夫です」
薬を受け取ったゴキ子が一口でそれを飲み干す。
そして、薬を飲み終えたゴキ子の頭を撫でるまでが一連。
……慣れてるな。
山田姉の流れるような動きに素直な感想が心に来た。
「坂田くん、私の顔になにかついてる?」
と、見とれていたらしい。
「いや、手馴れてるなー、と」
隠す意味もないので言えば、山田姉は照れたように、
「手のかかる弟がいるもの」
微笑つきで山田姉が見つめる先には、床で鼻を抑えている弟がいる。
「何? 俺の話?」
それに気づいた弟が起き上がり、胡座の姿勢で言ってきた。
「なんでもないから気にしないで」
と姉は言い、こちらに視線を戻すと、
「納得?」
「ええ」
一言で肯定する。
姉が持っていたボトルを受け取り、袋へと戻すと、
「坂田さん」
ゴキ子が声を掛けてきた。
上半身だけ起こした彼女はこちらの手元、薬のボトルを注視し、
「おかわりです!」
山田姉弟が転け、こちらは溜息を一つ入れて、
「晩飯の後でな」
言って、額を軽く小突いてやった。




